選択
ふと気が付くと、枕元にみすぼらしい老人が立っていた。
「一郎よく聞け。おまえは必ずS大学に行け。N大学だけは行ってはいけないぞ。わしは未来からきたおまえだ。つまり五十年後のおまえなのだ。」
一郎は飛び起き、驚きのあまり叫んだ。
「泥棒!……夢?……幽霊?……誰?」
老人は話を続ける。
「夢は夢だが本当のことだ。よいか、もう一度言う。おまえはN大学に行くとあるサークルに入る。そこで出会った女性と将来結婚することになる。」
「いい話じゃないですか」
「そこまではな。ところがその女性はブランド好きで金使いが荒い。おまけに浮気癖まであってな。最終的に男をつくって家を出て行ってしまう。残ったのは彼女が作った借金だけじゃ。おまえは一生その借金のために働くことになる。やっと返済が終わった頃にはもう七十歳手前だ。夢も希望もない。おまえには、いや私のことだが、こんな人生を送ってほしくないのだ。だから忠告に来た。」
「忠告に来たって、どうやって? しかも夢の中に?」
老人は少し悲しげな表情で答えた。
「人は死ぬ間際に一度だけ、過去の自分の夢に現れることが出来るそうじゃ。
神様から教わった。死んだ人間しか知らんのだから誰も知らんと思うがのぉ」
「おじいさん、いや、俺、死ぬの? いや、おじいさん死んでるの?」
一郎はしどろもどろでたずねる。
「ずっと働きずくめで、病院に行く暇もなかった。気が付いたら手遅れだそうな。体は病院で寝ておるが、あと数時間じゃろう……」
老人の姿はだんだん透明になっていく。
「どうやらそろそろのようじゃ。よいかN大学だけは行ってはならんぞ……」
そう言い残すと消えてしまった。
一郎は寝付けぬまま朝を向かえた。現在予備校に通う彼は十八歳。成績も良く、夢に出てきたS大でもN大でも合格できる実力がある。ただ彼はその校風からN大を志望していた。
「ん~、あのじいさんの言うことが事実ならN大はやめとこうかなぁ。でもじゃあS大に行ったらどうなるのかっていうの聞いてないよなぁ……」
受験までの数ヶ月悩み続けた結果、結局N大ではなくS大学を受験、見事合格した。大学生になった彼は、あるサークルで素敵な女性と出会った。彼女はとある一流企業の社長令嬢。お互い気が合い恋愛関係に発展した。就職も彼女の父親の会社に就職した。令嬢の彼氏ということもあり、一郎は順調に出世した。やがて二人は結婚し子供も授かった。婿養子ではあるものの一郎はその手腕も評価され、ついに社長にまで登り詰めた。
都心の高級マンションの最上階で、一郎はグラスを片手につぶやく。
「あのじいさん、いや未来の俺のおかげだな……いい人生をありがとう。未来の俺さん」
一郎が逮捕されたのは、それから数日後のことであった。巨額脱税に不正融資。仮釈放されて家に帰ったときには、嫁も子供も消えていた。もちろんその父親も。一郎は全責任を負わされ個人資産もすべて失った。
一郎は樹海の奥深く、一本の木の下にたたずんでいる。どこからともなく声が聞こえる。
「あなたは人生の最後を迎えようとしています」
一郎は疲れ切った声でたずねる。
「あんた神様か?」
「そう呼ぶ方もいらっしゃいます。一郎さん。人は人生の最後に思い残すことがないように、一度だけ自分の過去の夢に現れることが出来ます。さあ、伝えたい事があれば、お好きな過去へ行っていいですよ」
「せっかくだけど……いいよ」
一郎は力なく答える。
「人生なんて死ぬまで何が起こるかわからない。何をもって成功、何をもっていい人生と言うかもね。いや、やっぱり一言だけ言いたい事がある。そうだ、神様あんた代わりに伝えといてくれよ。『自分の決めた道を進め』ってね」
一郎は木に吊るされたロープを首に駆けた。