表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

男2女4▼LLS【ダブレス】 白猫白雪姫と金の戦士。100分。

作者: 七菜 かずは

LLS【ダブレス】

第一話・白猫白雪姫と金の戦士。

著者:七菜 かずは





※ダブレスとは、ケテラス星、アイゼル城を拠点とし。キャギラや魔物から民たちを守り、星の平穏を守る戦士たちのことをいう。

今の主力メンバーたちのことを『二代目ダブレス』といい、二代目ダブレスの親世代(過去に大きな戦争を体験している)のことを『初代ダブレス』という。

初代ダブレスは、ダーク、ラキュリア、ジョルド、リンディア、ヴァン、シルク、リング、等。

二代目ダブレスは、たく、メイラ、クロア、リリー、シャドウ、ティラキ、モニカ、リュウ、等。


■キャスト(男2女4)※女3でも可能。


リリー・スクラーク♀

(リリー。女の子。二代目ダブレス。十七歳。半獣。白い猫耳、長い猫尻尾。黒いストレートボブヘアー。普段は素直で優秀なメイドさん。好きな人の前では、つい意地を張ってしまう。メイド長、スノーホワイトと呼ばれている。誰にでも敬語)


リング・ウォード♂

(リング。初代ダブレス。アイゼル城騎士団副隊長。二代目とメイド、兵士の武術教官。男性。金短髪。白い甲冑。誰にでもフランクに話す。好きな子はいじめちゃうタイプ。ダークの親友。年齢不詳。身長175センチ)


クロア・ロワーツ♀(※ルナと被りOK)

(クロア。アイゼル城現王女。かなり大人っぽい少女。誰にでも優しい、女神のような女の子。ふわふわ、のほほんとしている。十六歳。地毛は黒だが、黄色に近い金髪に染めている。ボブヘアー)


シャドウ・ベルセイヴ♂

(シャドウ。二代目ダブレスの一人。魔族の王の息子。18歳。普段は寡黙だが、心を開いている人間に対しては普通に喋る。クロアの恋人。黒短髪)


笹倉 ラキュリア♀(※クロアと同じシーンがある為被りはNGだが、ルナ役との掛け持ちはOK)

(ラキ。初代ダブレス。テンションが超高い。ちょっとおかしな人。言葉遣いも変。お洒落さんだが、いつも妙な格好で現れる。扇と鞭で戦うらしい。可愛くて素敵な女性。アーティスティック。メイクが凄い。超ぶりっ娘。12人の子供が居る)


ルナ・スクラーク♀(※クロアと被りOK)

(ルナ。リリーの母親。容姿は娘とほとんど似ている。髪は腰までの黒ロングストレート。医者の為、白衣を羽織っている。赤いピンヒールに、シンプルな黒いドレスを着ている。きつい性格。超ドS。女王気質。娘や女の子には多少優しいが、男性ダブレスにはいつでも厳しい。冷静沈着)


※名無し姫の世界と、類似しています。






■CAST(ト書きを大事に!! 矛盾のないテンポの良い演技をお願いします!!)

リリー♀ :

リング♂ :

クロア♀ :

シャドウ♂:

ラキ♀  :

ルナ♀  :






★シーン1(クロア、リリー)


 目覚まし時計の音が鳴り響く。目覚ましを止めるクロア。


クロア「っ。……ふぁぁ……」


水晶宮、アイゼル城。最上階の、クロアの部屋。


リリー「クロア様、おはようございます。紅茶を用意致しました」


クロア「おはよー。ありがとうっ。あら? ……リリー、寝不足?」(リリーの目の下のクマに気付いて)


リリー「えっ? あっ。い、いえ、大丈夫ですっ!」


クロア「そう?」


リリー(クロアから少し離れて呟く)「……しっかりしなきゃ。姫様の前では笑顔で! 完璧な私を演じるのよ……。

ああ、どんな花よりも天女よりも美しい。可憐な私のお姫様。このアイゼル城のクロア王女は、本日。

華奢なお身体に良くお似合いの、黒いドレスを身に付けている。私の言葉にいつも笑顔で応えてくださって。

唯一の癒しだわ。クロア様が笑う度に、艶々(つやつや)の金の髪がふわりと揺れ輝いて。何度でも、見惚みとれてしまいます。

小さい頃からずっと一緒。大切な大切な、私のお姫様。

クロア様は、私が嫌いなこの黒髪も、白い猫耳も尻尾も、いつも触れて褒めて下さる。魔族の証を……、クロア様は嫌ってはくれない」


クロア「次生まれ変わったらわたしにもしっぽが欲しいわっ」


リリー「とか」


クロア「黒髪の女の子は特別、美人に見えるわねっ」


リリー「とか。言うことがいちいち可愛いくて。とても素敵なのです。姫様に褒められると、ただ嬉しくて。笑顔がこぼれてしまう」


クロア「ふふふっ」


リリー「あ、あのっ。クロア様。こちらはシャドウ様に……」


クロア「あら。シャドウにもお茶を淹れてくれたの?」


リリー「はい。必要ありませんでしたか?」


クロア「ううん、そんなことないわ。ありがとう。シャドウはね、さっきまで、リュウや、たくと一緒に。剣のお稽古をしていたのよ。

あの二人がすばしっこいから、ちょっと機嫌を悪くしていたわ。ふふふっ」


リリー「そ、それは……大変でしたね」


クロア「でも、魔法を使って二人に反撃してたわ。魔族って、好きに魔法を使っても命を削らないから、便利よね。羨ましいわ」


リリー「剣の稽古なのに魔法を使ったらズルいでしょう」


クロア「そう?」


リリー「そうですよ!」


クロア「でも、私もリリーも、一応二代目ダブレスの一人だけれど、戦地へは滅多に行かないでしょ? 戦い方なんてみんな違うものよ。きっと」


リリー「そんなのは当然です! 姫は城に居るべきですし。私には、メイドをまとめ、城内を守るという仕事があります。

危ない時こそクロア様をお守りしたいんですから! アイゼル城からなるべく離れたくありません!」


クロア「ふふっ。ありがとう。でも。たくだってね、精霊魔法を使っていたわよ? それにね、剣でリュウに勝てる人は、初代にも居ないって。みんなが噂していたわ」


リリー「二代目ダブレスの男の人って……そっか、四人だけでしたね」


クロア「ジェノバは、戦地へあまり行かないけどね」


リリー「鍛治師ですからね。先陣を切って戦うのは、リュウさんと拓海たくみさんばかり。任せてばかりで申し訳ないと思っています。

でも、あのお二人の強さに余計な水を差すことの方が迷惑な気が致します。隊長のダークさんだって、お二人を随分頼ってるみたいですし」


クロア「タイムくんは二代目じゃないの? あと、笹倉家の。たくの兄弟たちは?」


リリー「タイムさんはただの鍛冶見習いで。戦いも下手だから一生ダブレスにはなれないって聞きましたよ」


クロア「あら。そうなの?」


リリー「はい。魔力もないようですし。それに、笹倉家のみなさんは、拓海さんとラキさん以外、ご家族みんな行方不明じゃないですか」


クロア「12人も居るのにねぇ。でも、たまーにひょっこりアイゼルに来るわよ? それに多分、メイドのあの真珠組の金髪の子……」


リリー「ひょっこり現れるだけのダブレスなんか、在籍させるおつもりなんですか? クロア様」


クロア「中途半端はちぃさんが怒るから。無理かも知れないわね」


リリー「ダブレスに必要なのは、強さとやる気と、愛国心ですっ!(ふんっ!)」


クロア「ふふふふっ。じゃあ、あなたは完璧ね」


リリー「当然ですよ」


クロア「愛国心、か……」


リリー「はい?」


クロア「ねえ、信じるっ? リリー。違う世界のケテラスと、アイゼルのこと。名無しの姫と、赤い刀にとりついている幽霊の女の子のこと……」


リリー「またその話ですか? 姫様」


クロア「だって。本当に居るなら会いたいじゃない。たとえおとぎ話でも……。

わたし、絵本の中に飛び込みたいくらいよ。素敵でしょ。ダーク隊長が未婚なのは、名無しの姫を待っているからよ。きっとね」


リリー「クロア様。おとぎ話もいいですけれど。ちゃんと朝ごはんをたべましょうね」


クロア「あはっ。はぁーいっ」


 クロア、小鳥が飛び交う綺麗な空を見て。


クロア(伸びをして)「……いい朝ね……」


リリー「はい。昨日の雷雨が嘘のようです」(にっこり笑いながら、クロアのティーカップを温めている)


クロア「いつかきっと会えるわ。名無しの姫君」


リリー「そうですかぁ?」


クロア「なによ、もう。お父様は本当の話だって言ってたもの!」


リリー「ジョルド様がですか? えぇ……? 本当かなぁ……」


クロア「もーっ! どうして信じないのようっ!」






★シーン2(クロア、リリー、シャドウ)


 カチャン(シャドウ役、何か物音を立てる)、と――ドアの音がした。

 裸足で、黒いジーンズ、上半身は裸。濡れた身体とその短い黒髪をゴシゴシ拭きながらこちらに近付いてきたのは。魔界の王の息子、シャドウ・ベルセイヴ。


クロア「っ。シャドウ。おはようっ」


シャドウ「ああ……。おはよう。ロンディ」(クロアにだけ、優しく話す)


 シャドウだけ、クロアのことを真名(アイゼルの王族が生まれた時に、親から秘密に贈られる名前)で呼ぶ。


クロア「ふふっ」(シャドウの身体と髪をぽんぽんと拭いてあげて、頬にキスをしてきゅっと抱き付く。数秒のハグを終えて。彼の手を引き、白いソファーに並んで座る)


 この部屋の家具はほとんどが白を基調としていて、とても清潔感があり。「王族の部屋!」と言うよりかはとてもお洒落で安心感のあるシンプルな部屋。

 奥には三つ部屋があって、同じような雰囲気。寝室、脱衣所、書斎がある。

 ここはクロアのプライベートルームで。お茶を楽しんだりしてゆっくりお過ごしして頂く為の大切な場所。

 見つめ合う二人は、まるで女神と悪魔。太陽と月のよう。なのに。何故かとてもお似合いで。リリーは少し腹が立つ。

 彼は、とても寡黙。しかし最近は、皆に良く話し掛けるようになったし、歳の近いリュウや拓海と話している時はとても楽しそう。

 シャドウは、凄く細身で、“ひょろい”。

 あばら骨が浮いてるし、同じ二代目ダブレスのリュウや拓海、ジェノバと比べたら全く筋力は無いように見える。顔も小さめ、背は165位。

 青い眼はいつも虚ろで。しかし、もの凄く綺麗な瞳をしている。


リリー(呟く)「まるで人間のようだけど……」


 シャドウの口の中の歯はとても鋭利だし。お尻に狐のような黒い尾がくっついている。

 そして、背中には黒く恐ろしい堕天の翼。そう、やはり。彼はれっきとした魔族なのだ。


リリー「(魔族は嫌い……。殺戮を好むから。

私の大切なクロア様が、魔族と付き合っているだなんて。今でも信じられない。何度も反対したけれど、聞き入れては貰えなかった。

あのミステリアスな女王様に相談なんて出来ないし、ダークさんとちぃさんとお母さんに相談したけれど。

既にクロア様にしっかりと丸め込まれていて。『心配するな』『大丈夫でしょ』と言われただけ。

はぁーあ……。もしクロア様に何かあったらどうするおつもりなのかしら。心配で仕方ない。もしさらわれたら?

もし、傷付けられたら? 考えれば考えるほど、不安が募ってしまう。今だって、そうよ。

その手からいつ強力な魔法を撃たれてしまうのかわからないじゃない)」


 色々考え込んでいたリリーに、いつの間にか歩み寄って来ていたクロアがそっと耳打ちする。


クロア「リリー、ちょっとわたし化粧室に行ってくるわ」


リリー「あっ、はい。かしこまりました」


 パタン。と、クロア様が部屋を出て行くと同時に扉が閉まる。そして、無音になったこの部屋は、微妙な空気となる。


シャドウ「……」


リリー「(気まずい……。な、何を話せば良いのかわかんないし。彼を視界に入れるのすら、なんだか申し訳ないわ……。

とっとりあえず、さっき淹れたお茶をすすめようかな? い、いや。『いらん』とか言われて睨まれたら怖いし。

触らぬ神にたたりなしっ。

私は平然を装い、テラスに行って鉢植えにお水をあげることにしよう。

そう、それがいいわ! 良い天気なんだもの。ポカポカ晴れてて……すっごい心地良い天気。

お昼寝したらどんなに気持ちが良いかしら。しかも好きな人と一緒に眠れたら――……)」


 そう思った瞬間、初代ダブレスの、リングの顔が頭に浮かんでウアッと顔が熱くなる。


リリー「っ! い、いやいやいやいや。何想像してんのっ!? ばか。私。違う違う。あんな人大嫌いなんだから!」


 むかむかして、じょうろを持ち、シャドウを無視したまま。リリーはテラスに出る。


リリー「? ……さっきまであんなに晴れてたのに……?」


 すると、今さっきまでちょっと陽射しが暑いくらいのとびきり良い天気だったのに。

 ゴォッ……!! っという強い風の音が身体全身を包み込んで。突然何度もそうして繰り返し起こる突風と、強烈な豪雨に襲われた!!


リリー「っきゃあああ!!」


 あまりにも突然のことで、動けず逆らえず。ただ風に吹き飛ばされ倒れこんだリリーは、勿論ずぶ濡れ。両膝を強く打ち付けてしまった。


 ついでに転がって壁に頭を打ちそうになった――所を、強く温かい力に引っ張られ。クロアの部屋の中へ救出された。

 バンッ、バンッ、ガチャン! っという音は、テラスのあの大きな二枚窓が閉り。鍵をかけた音。

 視界を塞いでいた自分の前髪をぐいっと掻き分けると、その助けてくれた人が目の前に立ちリリーを見下ろして。

 先程自分が使っていたバスタオルをかぶせてくれた。


リリー「っ――!」


シャドウ「はやくこっちへ来い!」


リリー「あっ!?」


シャドウ「……濡れたか。タオル、新しいのを持ってくるから待ってろ」


リリー「あ、ありがとうございます……」


 そう言って、脱衣所に行きすぐに新しいバスタオルを取ってきてくれ。


シャドウ「ほら、服を着替えてこい」


 と言ってくれた。頷き、歩きだそうとするが。

 

リリー「痛っ!! ……っ!」


 両膝に激痛が走り、かがんでしまう。擦り剥いた所から血が出ていた。

 

シャドウ「動くな。……はっ!!」


 そう言われ。その場に腰を降ろしたリリーの両膝に、彼は手をサアッと振りかざした。

 するとその一瞬、碧の光が、傷付いた足を包み込み。傷が嘘のように消えてしまった。流れた血だけが足の皮膚の上に残る。

 なぜ助けてくれるのか、わからないリリー。彼を冷たい人間だと思い込んでいて。


リリー「っ。傷が……」

 

シャドウ「はやく行け」


 そう言い向けられてしまった背中に、咄嗟に問いた。


リリー「っ! 何故助けて下さったのですか?」


シャドウ「? ……」


 それと、回復魔法は慈愛の心が無ければ使えない。だから、


リリー「魔族のほとんどは、回復魔法は使えないはずです!!」


シャドウ「また決め付けか。何故お前はそんなに魔族を嫌う? お前も半魔はんまだろ?」


 一瞬で歪んだリリーの顔と目に、きっと滲み出ていたのだろう。

 魔族を毛嫌いしているという事実が。だけどそんなことより驚いたのは、魔族と人間のハーフだと知られていたこと。

 しかもそれは、まさか魔族の王の息子である貴方も?


リリー「『お前も』……?」


シャドウ「オレの母親は、人間だ」


リリー「そんな。魔族の王の息子がどうして」


シャドウ「ふっ。それをオレに聞くのか?」


 意味が解らないが、ぶんぶんと首を横に振った。

 だが、彼もきっと、リリーと同じ悩みを持っているのだと感じて。

 恨んでいた気持ちがするする楽になっていってしまう。――けれど。でも、やっぱり。

 大好きなクロアと愛し合うのはまだ許せない。突然現れて、姫の心を全て奪ってしまったのが、人間ではなく魔族だなんて。


シャドウ「たくも、リュウも。半魔らしいな。あと、ティラキと……ジェノバも。それにあの女……メイラもか。二代目はそーゆー半端な奴等が集まっているんだな。ふっ」


リリー「っ……――」


 気付いた。

 その、嬉しい気持ちを隠すような。下手くそな小さい笑み。

 シャドウはきっと今までずっと孤独で仕方がなかったんだろう。

 誇りもプライドも高い位置に生まれ。同じ境遇の仲間もおらず。

 独りきりで。ずっと今までそのジレンマと戦ってきたのかも知れない。

 リリーのように、恵まれた環境で、誰かに優しくされることもなく。心をゆだねられる人も居なくて。

 ただ、だから。

 シャドウも。あの光のような天使にひたすら憧れたのか? と、思えた。


リリー「あ、あの五人も確かに半魔のようですが。見た目はほとんど人間に近いじゃないですか。私なんて、こんなにおっきな耳と尻尾。隠しようが無いですし」


シャドウ「そんな下らないことがコンプレックスなのか?」


リリー「下らないって! 貴方に私の気持ちなんてわからないですよ!!」


シャドウ「わかるよ。オレだって、“普通の人間”に恋をしてるから」


リリー「!! え、エスパー?」


シャドウ「同じなだけだ。だがお前の方が希望があると思えないか? ずっと。ここで。人間に囲まれて暮らして来たんだろう?」


リリー「……」


 確かに、そう。シャドウの言う通り。リリーは自分で、自分の限界も望みも簡単に下げて諦めていた。

 母と同じ、この猫の耳と尻尾を、他と違うからと言って嫌って。余計に自分を追い詰めていた。悲しくなるだけなのに。 


リリー「そう、ですね……。あの、どうして私が半魔だって気付いたんですか?」


シャドウ「肌の色。その薄いだいだい……、綺麗な色は人間の証だからな。魔族にそんな肌の色をした奴は居ない」


リリー「そうですか……」 


 納得して、頷いた。シャドウの年は確か、自分と同じ。クロアの一つ上だと聞いていたけれど。

 こういった意見を聞いてしまうと、なんだかもっと大人に見えてしまう。


 入り口が開く音がして。クロアが笑顔で戻ってくる。






★シーン3(クロア、リリー、シャドウ、ラキ、リング)


クロア「リリー、ただいまっ。ラキュリアとリングにちょっと捕まってしまって。あ、二人とも。入りますか? どうぞ?」


 クロアの背後に立っていたのは、よく知る二人。


ラキ「ウフフンッ! お邪魔しますんっ」


リリー「ラキさん!」


 とんでもなく派手で、美しい和柄が描かれた「東洋の着物」と呼ばれる特別な織物の服を身に纏っている女性。

 この人物こそ、“美の七変化”。笹倉ささくらラキュリア。初代ダブレスの一人。

 いつも、髪型も髪の色も服装も全然違う。お洒落上級者。今日は、クレオパトラみたいな髪型だが、センターから右半分は真っ黒。

 左半分はオレンジのような金色。ついでにラメで髪はキラキラ光輝いていて。足元の真っ赤な、厚みのある下駄がカランコロンと鳴っている。

 凝ったネイルにプルプルの白い肌。小さい顔。誰よりも、完璧なバッチリメイク。ちらりと見えるセクシーな太ももには、蝶々の刺青。

 アイドルのような抜群のスタイル。ラキは、メイド達の憧れでもある。いや、この中央大陸に暮らす全ての人間がきっと、ラキのファッションにいつも興味津々のはず。

 どうしてか、たまにちょっと変わった着ぐるみを着たりもしている。


 十四歳の時に拓海を産んだのだと、リリーは母から聞いた。ので。今は、三十五歳のはず。見た目は年より、十歳は若く見える。


 そして、もう一人。

 その人が少し視界に入っただけで、リリーの胸は締め付けられ。鼓動が速くなってしまう。


 すんなり声を掛けられない自分の臆病さに、虚しさを感じ。苦い唾を飲み込む。

 

 赤く古びた攻撃的な首輪を付けている、短い金髪の男性。(ラキも同じ首輪をつけている。初代ダブレスは全員、首輪か腕輪として同じものを着けている)


 彼は、シャドウよりも背は高く。175は軽くありそう。空のような、青いパリッとした軍服を着ていて。

 腕と手には時計や指輪、お洒落な金と黒の腕輪を沢山付けている。今風に言うと、ちょっと「チャラい」感じのお兄さん。

 年齢は、二十代中頃。初代ダブレスの長官(隊長)・ダークと同じ年のはずだから、今年24歳。

 槍使いの、リング・ウォード。初代ダブレスの一人。顎や腕に沢山切り傷や古傷がある。

 両耳に何個もついているシルバーピアスが、見ていて少し痛々しい。耳に穴を空けるなんて、怖くて。リリーには絶対無理。


 彼は底無く明るくて、とても自信家。ワンコみたいな、なつっこい性格で。かなり面倒見がいい。自信家なのは、影の努力家だから。

 二代目ダブレスの男の人達はリングと特に仲が良い。一緒に修行をしたり。ご飯も一緒に食べている所を見掛ける。

 それもそのはずで。リングは二代目ダブレス達の武道の指導を主にやっていて。

 しかも兵士達の剣術の教育。メイド達には、護身術・体力作りの基礎・武器の取り扱い方など。

 色んなことを教える為に、『教官』としてアイゼルで生活する人々と対面する機会が沢山ある。


 ついでに言うとメイドの教育は、初代ダブレス達と外部から来て下さっているメイドのOG『金獅子組』とが分担して行ってくれている。

 信頼も実績もある。それに誰にでも優しいから。二代目の拓海やリュウ、ティラキも、リリーの部下のメイドたちもきっと。

 みんな、みんな。リングのことが大好きなんだろう。しかしその事実を、リリーは素直に受け止められずにいた。

 リングがいっぱい努力する度に。いっぱい、誰かと関わる度に。何だか心が空っぽになる。憂鬱で。ゾクゾクと、ザクザクと、胸に痛みが走る。


ラキ「あはんっ。おはよんっ! リリイ! シャドウきゅん! ラキよんっ!」


リリー「ラキュリア先生。おはようございますっ」


 深々と頭を下げ、挨拶するリリー。ラキは、誰よりもメイドたちの面倒をみている。リリーの良きパートナーでもある。

 明るくて、変な喋り方をしているが。可愛くて素敵。

 そして強い。誰が見ても彼女を「変わってる」と言うだろうけど、それは仕方ない。ラキの旦那は魔族なのだから。


 笹倉一家に関しては、謎ばかり。


リング「おう。おはよ。シャドウいるか?」


シャドウ「あ、リング。……どうした?」

 

リリー「(私は多分、いや絶対。頭が悪い……。いつも自分からさけてるくせに。

声を聞けただけで嬉しくなるなんて)」


クロア「? リリー? どうしたの?」


リリー「えっ、あ、いえ! なんでもありませんっ!」


 感情を殺して顔が強張る。


 リングは、ひょこりと顔を出してすぐに、何か大きな包みを持ったままシャドウのもとへ歩いて行ってしまう。

 リリーには、目を合わせてくれなかった。

 シャドウは、アイゼルへ来て日が浅いのに。初代の男の人達とも既に打ち解けていた。


リング「軍服、似合うじゃん」


シャドウ「ああ、お前が用意してくれたんだったな。感謝する」


リング「あははっ。まあ、ラキがちゃんとしたお前用の縫ってくれるまで、しばらくそれ着ててくれよ」


シャドウ「ああ」


ラキ「うふん! しっかりとカッコイイ! シャドウきゅんのコスチュームを作ってみせるわん。待っててん」


シャドウ「あまり派手でないほうが助かる……」


ラキ「ふっふーん」


リリー「(シャドウさん、凄いなぁ……。もう皆さんと仲良くなってるなんて……)」


 性格がきつそうなのに。と――内心で呟く。

 いや、クロアの恋人にそんな失礼なことを思っているだなんて知られたら。嫌われてしまだろうか。

 しかし、既に魔族の王の息子な時点で、リリーは受け入れられないが。


 ダブレスのほとんどは、リリーのような偏見が無いのだろう。

 むしろ、魔族が仲間になるのは好都合かも知れない。戦力が格段に上がるのだから。


 そういえば、ちぃは生粋の魔族なのに。魔族嫌いだって聞いたなあ。と、思い浮かぶ。

 数日前、シャドウとは何故か親しそうにしていた。


リング「今日は……。っ。ほら、シャドウ。お前のほころびが凄かった魔剣。ジェノバが綺麗に打ち直してくれたぜ。良かったなっ!」


シャドウ「おお」


 包みをほどき、その中から赤い魔剣を取り出して。丁寧にシャドウにそれを渡すリング。

 かなり重そうな剣。なのに、リングはひょいと簡単に持っている。

 男らしい腕に見惚れてしまうリリー。


クロア「うわあ~っ。なんか、なんて言ったらいいのか良くわからないけれど……。細かい装飾がとっても素敵!

立派で。綺麗な赤い剣ね。重たくないの?」


シャドウ「平気だよ。魔力で浮くようになってるから」


クロア「すごーいっ」


 顔に出る前にグッと奥歯を噛み締めて。耐えるリリー。気付かれちゃ、駄目! と、必死になる。

 特に本人とクロアには気付かれたくないようで。


シャドウ「有り難い。今日取りに行こうと思っていたんだ。わざわざ悪かったな」


リング「たまたまな。俺の槍、折れちゃってさあ。新しいの創ってもらうついでに行ったら。

持ってってくれーって。頼まれて」


 赤い魔剣を天に高く掲げたシャドウは、それをじっくりと見つめながらリングと会話を続ける。

 シャドウはポーカーフェイスなのに、少しだけ嬉しそうな気持ちが瞳からほんのり溢れていた。


リリー「(魔族、なのに……)」


 リリーが知っている身の回りの魔族達は、リリーが“嫌い・想像する”姿や性格と随分違う。

 だからこそ拍子抜けしてしまう時が良くある。


シャドウ「ん。やはりあいつの腕はかなりのものだな。相当酷い状況だったからほとんど諦めていたんだが。

まさかここまで打ち直すとは」


リング「あいつはスゲーよ。流石、ケテラス一の鍛冶師だよなっ! あ、あのさあ。魔族は魔法が好きに使えんのに。

武器まで持つんだな? これぞ、鬼に金棒ってやつ?」


シャドウ「ああ。だが武器は高価な品だ。扱うのも手入れも、金と知識がいる。

だから、ほとんどの魔族は武器を持たない。下等な魔族が武器を手に入れたとしても、宝の持ち腐れだ」


リング「へぇー。あっ、そう言や。ちぃは武器を持ってない、か。ルナも!」


シャドウ「あの二人は素手で十分強いだろ?」


リング「あははっ。違ぇねーなっ!」


シャドウ「リング。お前、銃も持っていたな。一度扱ってみたいんだが、アイゼルでは手に入らないのか? 城下では見なかった」


リング「ああー。銃はなぁ。ジェノバが嫌いだから、輸入品しかなくってさ。

あ、今度一緒に南大陸行くか? あっちなら、新型のライフルがさぁ……」


 リングとシャドウの武器談議が続く。


リリー「(どうして男の人って、武器とか兵器とかが好きなんだろ……?)」


 リリーは、全然理解が出来なかった。あんなもの、他人を傷付けるだけじゃないのかと。

 モンスターを倒す時には便利だが。魔法で十分だろう、と思う。


ラキ「んーっ!!? まあっ! リリイ!? 今気付いたけども、ああたどうしてそんなにびっちょりなのーん!? クロアちゃんっ! 

温かいシャワー浴びさせてあげてよおんっ!」


 この無惨な姿に気付いたラキとクロアが、リリーの腕を引っ張って奥の脱衣所・シャワールームに連れて行く。


クロア「うふええっ!? リリー、どうしたのっ!? さあ、こっちへ!」


リリー「す、すみませんーっ。通り雨にやられてしまって、ですね」


ラキ「もうっ! ほらっ! ほいほいほいっ!」


クロア「もうっリリーったら! ほいほいほいっ!」


 上手く説明する前に。メイド服、カチューシャ、タイツ、下着をペペッとお二人に脱がされ。

 シャワー室に押し込められる。


ラキ「屋内に居たのに雨に降られたのおん? 変わってるわねんっ! ウフフッ。ウフフーッ」


リリー「先生に変わってるって言われたく無いです……」


 女三人、少し会話を続ける。


ラキ「新しいタオル、取りに行きましょん。クロア」


クロア「はいっ」


リリー「く、クロア様! 私もう大丈夫ですからっ!」


クロア「いいのいいのっっ! タオル、この部屋の隣の倉庫にあるわよね?」


部屋を出て行ってしまうラキとクロア。


リリー「すみません……(――ぁ。そう、だ。さっき助けてもらった時。シャドウさんにお礼を言わなかった。今更かな。

クロア様に伝えておけば、言ってくださるかしら……。いやいや、本人がすぐそこに居るのに。

ありがとうと言っておいて下さい、なんておかしいわ。

魔族に頭を下げるのは嫌だけど、でも助けられたのは事実……。だもん)」


 パパッと熱いシャワーを浴びて。

 外に出ると、クロア様が広げて待っていて下さった大きなフワフワバスタオルにくるまり。ぽふぽふ身体を拭く。


クロア「はいっ! ふふ。良く拭かないとね」


リリー「ありがとうございますっ」


ラキ「あーっ! 丁度良かったわんっ! リリイの新しいメイド服を、ラキ。縫ってきたのよんっ! 

早速これに着替えて頂戴なんっ! ねんっ!? ささっ! はやくうーんっ!」


リリー「えっ、ちょっ、ラキさっ! ちょっ! まっ! てっ! くだっ! ああーっ」


 ぐいぐい引っ張られ。ソレに着替えさせられる。


ラキ「よいしょっ! んっ! とっ! ほい、ほい、ほいっ! はいっ! でーきたっ」


リリー「赤い、シルクの布? えっ!? そっ!? なにこれ!?」


リング「どーしたー? ラキ」


ラキ「リングぅんっ! 見て見てーっ! じゃっジャアーンッ!!」


 新しいメイド服に着替え終わったと同時に。ラキュリアに押し出され。リングに突撃してしまうリリー。


リング&リリー「!?」


クロア「あら。結構、キワドイ、わね……?」


リング「お前そんなに大胆なリクエストしたの?」


リリー「きゃっ!?」


 どさくさに紛れて私をぎゅっと抱き止めるリングさん。彼の鎖骨に、自分の唇が当たってしまう。


リング「ぷっ……」


リリー「まままま待って下さい! 違うんですっ!!」


 そう言ってジタバタとその腕の中で暴れるリリー。


 リリーが着させられたのは、金のドラゴンの刺繍が幾つも入った真っ赤な――チャイナドレス!

 お尻スレスレからぱっくり開いたスレット。流石はラキュリア。

 マーメードラインのきつそうな上品な服も、サイズぴったりで痛くなくて、動き易い。

 だが胸が大胆に開いていて。明らかにまあメイド服ではない。エプロンも無いし。


 いつもは長いスカートに真っ黒タイツ、ブーツ姿。そんなリリーの生足を、他人に見せたことはない。

 リングはリリーを受け止めたまま、ニヤニヤしている。目がいやらしい。リリーは、ギィッと睨み付け。

 その顔を右手でバッチンとぶっ叩く。ついでにお腹をえぐるように殴った。


リリー「(恥ずかしいっ!!)いやあっ! 見ないでくださあーいっ! っ!!」


リング「ぶっ!? グハッ!?」


 シャドウは、真顔でこっちをただ傍観していて。クロアは、あらあら困ったわねーと言って笑ってて。

 ラキは、満足気にウンウンと頷いてる。


ラキ「リリイ! ナイスよんっ! きゃわゆいーんっ」


リリー「ら、ラキュリア大先生……これをわざわざ渡しにいらっしゃったんですか……?」


ラキ「あはんっ。それはついでよんっ。リリイにちょっとお話があってぇー」


リリー「あ、はい。なんでしょう?」


ラキ「はい。これ。直しておいたわよん。色々……書類? 合ってるか確認してくれるん?」


 先程のリリーの新しいメイド服(とは認めたくない)が入っていた、ラキの白くコンパクトなキャリーケース。

 そこから今度は数枚の書類を取り出し。手渡された。

 それは、リリーが先日作って真珠組に提出した書類だった。

 あ、これは、メイド達の検便のお知らせ。

 それにメイド学校の教員のスケジュール、クロアの来月の予定表、中央大陸のまわりを囲む森のモンスター目撃情報と出現率をまとめたもの、そして、リリーの行動予定表。

 全ての書類、あちこちラキさんの赤ペン字で添削がされており。

 間違ってはいけない日にちや時間まで、修正が入っていた。

 脳内が――フル回転してぐっちゃぐちゃになる!!


リリー「すっ、すみません! そうでした。この日はこの予定があるから無理で、ここはあれがあったから! 

こっちに変わったんですよね! うそ、ああっ、これも間違ってる!? ここも!」


ラキ「そうよん。モニカに確認してくれって言われて良かったわん。

リリイ最近、真珠の事務かなーり手伝ってたけど。任せるトコは任せないとんっ。

ああーただって、二代目ダブレスという役目がありーの。スノーホワイトの仕事もありーの。

クロアちゃんの専属メイドという責任もありーのよん? 荷物を持ち過ぎてはダメダメん! 

ラキも、みんな。力になるからねん? それに、やるんだったらミスは最小限にしてくれないとー。

時間が勿体ないでしょん? わかるわねん?」


リリー「はい、はい……。すみません、本当に。ありがとうございました」


ラキ「印刷して配る前に気付いて良かったわん」


 ラキは、いつもと変わらない弾けた笑顔で慰めてくれた。

 最悪だ。私が、もっとしっかりしなきゃいけないのに。

 そう、ラキが言ったように。二代目ダブレスの一人として。メイドの長として。

 クロアの一番のメイドとして。完璧になんでもこなせなきゃ。


 中途半端は絶対にイヤ。リリーは――自分の血のような。

 魔族の血に負けるような自分にだけはなりたくないと思い。唇を噛み締めた。

 立派な人間になるんだ。誰かが羨むような。


 人間は魔族よりも優れてるって、実証したい。


リリー「ラキさん。全部ちゃんと確認して、書類作り直しますから! 一日! 待って下さい!」


 そうハッキリ言って部屋を飛び出そうとした。すぐにラキに追いかけられる。


ラキ「ちょっ大丈夫よん! ラキがやるわん。リリイ最近働き過ぎよん? 今日はゆっくり休んで?」


リリー「いえ! ラキさんにもお仕事がありますし。負担をこれ以上押し付けるのはイヤです! 

迷惑をかけた真珠組にも、御礼状を書かないといけませんし!」


ラキ「御礼状ってそんな大げさなぁ! アナタの部下でしょん? 後でヒトコト言っとけばへーきよん!」


リリー「いえ! ちゃんとけじめをつけたいんです! お願いです今日だけ待って下さい!」


 怒ったようにそう言い放つ。


ラキ「ちょっと、リリイ!」






★シーン4(リリー、リング)


 部屋を飛び出すリリー。歩きながら。


リリー「(落ち込んでいる暇なんか無いわ。すぐに自分の部屋に戻って、なんとかしなきゃ。

電話で真珠組にも先にお礼を言っておこう。まだこっちの書類は全て今日明日なら間に合う。

やらなきゃ。私がやらなきゃ!!)」


リング「おい、ちょっと待てよ」


 と、背後から追い駆けてきた人物に、腕を捕まれ引き止められる。リリーはイラッとして、彼の制止を振り切り。


リリー「邪魔をしないで下さい!」


 と言い放ち、足早に逃げた。

 普通の女の子より、リリーは足が速い自信がある。だがそれでも彼はリリーの後をしつこくついて来た。


 アイゼル城四階の、広い螺旋階段を一段飛ばしで下りながら。リリーは大きな溜め息を吐く。

 機嫌が悪く、とんでもなく焦っている。すぐに追い付いて来たリングさんに対して。

 うざったいな、という態度を取り続けて。どんなに話し掛けられても、無視、無視、無視。


リング「おい、リリー! おい、ちょっと! 聞けって! 止まれよ!」


リリー「無理です」


 何度呼ばれても、振り返りはしなかった。リングに構っている場合じゃ無い。自分には私の仕事がある。


リリー「(そうよ、何より私は――あなたの側に……。――あなたの側に、……居たくないのだから)」


リング「っざけんな!! おいちょっとこっち来い!! 頭冷やせ!」


リリー「っ!」


 飛ばされた罵声と同時に右腕を強引に引っ張られ。

 三階フロアの脇すぐ横にある、リングの部屋に連れ込まれてしまう。


リリー「ちょっ……! 離して下さいっ!」


 と叫んでも聞いてもらえず。

 腕と肩を押されてそのまま彼のベッドに尻餅を付き――ひたすら討論。


リング「(アドリブ喧嘩)!!!!」


リリー「(アドリブ喧嘩)!!!!」


 腕を組み目の前に立つ、怒った顔の彼を。久々にこんなに、目が合った。

 ――彼の、姿を。まともに見ることなんて、出来ないのに。


 激しく。リングに対して物申すリリーは、他人から見て。どれだけ酷い顔をしてるんだろう。


リリー「もういい加減にして下さい! 私には時間が無いんですよ!」


リング「部屋から出して欲しいんだったらちゃんと俺の目を見て言え」


 糸が切れたように。今度はだんまりになるリリー。そのままそっぽを向き、ぎゅっとつむぐ唇。

 白いねこ耳を、右手左手でパタンパタンと折る。


 リングは、そんなリリーを見て。怒り混じりのため息を、重く一瞬で吐く。


リング「っ……」


 それを聞き、リリーはもっと腹が立って仕方なくなってしまって。奥歯をガリガリ噛み締めた。


リリー「……っ」


リング「なあ。誰だって失敗するだろ。ラキがやるって言ってたんだから、その書類の件は任せてさ。

お前はクロアの側に居ろよ。それが一番いいだろ?」


リリー「そんな、知ったような言葉をはかないで下さい!」


 むかついて。


リング「わかれよ」


 多分それは正論。そうした方が、本当は良いのかも知れないとわかっていても。素直になれない。

 でも、頭を横に振り回して拒否を続け。


リリー「嫌です!」


 と叫んだ。そのまま立ち上がり。リングの右肩を思い切り殴る――!!


リリー「っ!!」


リング「ぐっ!」


 リリーは意固地になっていた。

 が、彼は自分の右手でリリーの拳をガッチリ掴んでガードしていた。見切られて当然なのだろう。

 リリーに武術を教え込んだのは、リングなのだから。


リリー「!」


リング「手が早ぇのは昔と変わんねーな」


リリー「キライです。っどいて下さい! ただ、戦ってればいいだけのダブレスと。私は違うんですよっ! 

忙しいし。ッ疲れてるんだから――っ!!」


 そう再び大声を張り上げたら、リングの表情がハッと暗く哀しそうになっていった。

 緩んだ手をそっと放され、静かに俯く彼。


 まるでナイフで突き刺されたかのように。胸が痛む。今のは言うべきではなかった。

 ダブレスだって、みんな色んな仕事を掛け持ってる。リングは特に。

 ――なんてことを言ってしまったんだろう。

 違う。ごめんなさい。と、心の中で呟く。リングに、迷惑をかけたい訳では無いのに。

 全て、好きでやっている仕事なのに。自分で選び、積み重ねてきた。

 “疲れてる”なんて。そんな弱音はらしくない。

 

 自分の腑甲斐なさを恨んで。目頭が熱くなる。

 知ってるのに。どんなに強い戦士だって。脆くて傷付きやすい心を持っているって。

 まだリリーが子供で、戦争がもっと盛んにあった頃。リリーの母はいつも、傷付いて帰ってくる人達を治療しながら泣いていた。

 その時思ったのに。

 心の傷は、身体の傷より深くなりやすくて治りが遅いんだって。


リリー「(私、半分変な血が入ってるから。だから、こんな駄目なのかな。

魔族であるお母さんを悪く言うつもりなんか無いのに。そう、こんな風に本当は思いたくない。

メイラさんやクロア様のように、誰のことも平等に愛したい。でもね、お母さん……。

人間は私にとっては美味しい天然水。そこに魔族というアルコールが入ってしまったら? 半分ずつ混ぜて、沸騰させて。出来上がったものは何?

私はどう呼ばれるものなの? お酒なんて飲まないから良くわからないけど。水で薄めてしまったら、美味しくないと思う……。もう、意味わかんない)」

 

 込み上げてくる感情を我慢すればする程、涙が止まらなくて。

 リングにそんな顔をさせたことが、たまらなく辛い。うまく出来ない。可愛くなれない。

 いつになったら余裕なんかつくれるのか。どうすれば良いのか。わからない。わからな過ぎて。全然わからない。自分、なんなんだろうって。


 顔を両腕でグシグシ拭いていたら、リングに頭をぽんぽんっと撫でられた。

 大きな、温かい手がそのまま左頬も撫でて来て。ほっぺや顎をむにむにと軽くつままれる。そして、チュッと、触れられてる顎の逆側から聞こえたリップの音。


リング「(ちゅ)っ……」


 マシュマロのようにやわらかくてあったかい感触。そのかたい金のツンツン髪が確かにすぐ目の前にあって。とろんとした彼の月色の瞳と目が合う。


リリー「――は?」


 あっ、顎にキスされた!! と、理解すると同時に。右手を振り上げてリングの左コメカミらへんをわしづかみにし、そのまま勢いをつけて彼の顔を床に叩きつける。


リリー「っ!!」


リング「ぐあっ!!」


 身体はぐるんと回転して宙に浮き、腰の骨がゴキン! と鳴ったっぽい。かなり、やばいかもしれない音。

 だがリリーはそんなことよりも、恥ずかしくてもう。ああーっ! てなってしまって。


リリー「りっリングさんのばかっ! えっち!」


 顔が熱くなって。両手をほっぺに当てたまま、その場で小さく小刻みに跳ねた。


リング「ぎゃあ!!」


 リングの悲鳴と、顔面の後に背中をフローリングに打ち付けた音が生々しく鳴り響いて。


リリー「あっ、」


 床の心配をした。

 ひゅっと屈んで、痛がって唸っているリングをくいくい押して横に退かし。床にそっと触れる。


リリー「良かった。床に傷はないみたい」


 ほっと一息吐く。

 ここだって、アイゼル城内。守るのはリリーの役目。


リリー「うん。メイドの鏡としてきちんとやってるっ! よしよしっ! よし……」


リング「何がよしだ! あたたたっ。お、おい、ぁー、イテテテ。ちょっとは手加減しろよ! 

お前は唐突だし動きが見えねーんだよっ! メイドならメイドらしく華奢に弱々しくちっちゃくおしとやかにしてろ! 

っつか何安心してんだよっ!?」


リリー「残念でした。私はダブレスですー。さっきは止められたじゃないですか。ふんっ」

 

 口を尖らせ。リングを叩きつけた床をぽんと軽くたたき、チャイナドレスの裾を右手で払って立つ。

 腰に手を当て、フンッという、威張った態度を取った。


リング「昔はもっと可愛かったぞ、お前」


 と言いながら。リングは頭と背中をさすりながらムクリと立ち上がる。流石に頑丈だ。


リリー「昔なんて、覚えてません」


リング「ふーん? そんなこと言っちゃうんすか。へー? はー? へー?」


リリー「なっ、なんですかっ!」


 ニヤッと笑ったリングは、彼のベッドの隣にある、リリーの背の高さくらいの棚の一番上の引き出しを開け、何かを取り出す。

 その取り出した何かは、手紙位の大きさの白い、画用紙? で。すぐにリングの後ろに隠されてしまった。


リング「約束したよな。昔」


 落ち着いた声で語る彼。

 すぐに、いつのことだか気が付いた。でもリリーは知らぬふりをして、心の目を伏せる。

 シャットダウンして。期待する前に全て隠して。――傷付くのが、怖いから。


リリー「なんの話ですか?」


 そんなモノは知りませんと。バカにしたような軽い笑みを浮かべて言った。


リング「お嫁さんごっこ。したろ?」


 そう。確かに、何度もした。二人で。でも、


リリー「覚えてないですねぇ」


 視線をそらして平然とした。そうするしか、無理だから。


リング「八年くらい前の話かな。ルナが俺にばっかりお前預けるから。ここで良く遊んだだろ?」


 たった、七年。

 たった七年。なのに、人はこんなにも変わってしまうんだな。そう思って切なくなる。


リング「俺が今のリリーと同じ年だったっけ」


 リングが十七の時。リリーは十歳だった。


リング「これ覚えてるか? じゃーんっ!」


 ピラッと、目の前に見せ付けられたのは。

 二つ折りにしてある――画用紙。枠線と、下手くそな幼いリリーの字。

 太く黒いマーカーで、一生懸命書いた。色んな誓い。「誓い」という言葉がとても好きだった。あの頃。

 「けっこんしたひと」の欄に、大きな字で。リリーと、リングの名前。ピンクのマーカーでハートの囲いがそれぞれしてある。

 その紙の一番上には、「けっこんしました」と、あの頃の自信満々な宣言が、赤いペン青いペン黒いペンで勢い良く書いてある。

 そんなお得意文句の隣に、リングの綺麗なボールペン字で、「婚姻届」と書いてあった。

 大人になってから見ると、相当痛い。

 今のリリーの視界には入らない、折られたもう半分には、リングと決めた約束事が書いてある。

 けっこん五じょう、「うそをつきません」「ずっとあいする」「デートはまいにち」「やさしくする」「おふろはいっしょ」。

 幼く儚い夢。そんな幸せな関係になれる訳がないと。心の中で、サイレンのような鐘が鳴っている。

 ――優しくする? ずっと愛する? 


リリー「(笑えるわ。頭おかしい。幼すぎたのかな……)」


リング「?」


 手形をつけるために使った赤いペンキを、リリーがひっくり返してしまったのを思い出す。

 二人とも頭からベットベトになって。おかしくて、楽しくて。笑いが止められなかった。リリーの母親には怒られたが、だが、二人仲良くお風呂に入った。


 良く見るとそれには。カラーペンでリリーが描いた、小さなハートが沢山ちりばめられていて。

 純粋な好きが沢山溢れてた。

 他人から見れば粗末だ。けど、一生懸命書いた力作だ。愛を語るには早過ぎた歳に。

 まだ子供のリリーとリング。特別な約束。かけがえの無いもの。そう、現実がもっとメルヘンでロマンチックだったら。運命で繋がってるって断言出来るのに。

 これを書いた時の幸せな想い出が脳を駆け巡り。縛り付けて。まるで昨日のことのような出来事が、もうただの過去であるという事実に。たまらなく虚しさを感じた。

 と、冷静に解説をしたが、現実のリリーはとっくに取り乱す程、感情が高ぶっていた。


リリー「っ返して下さい! 捨てて下さい! どうして捨ててないんですかっ!?」


リング「お前は捨てちゃったの? もう一枚書いただろ?」


リリー「最悪。最低。あるわけないじゃないですか」


リング「本当に?」


 終わった。

 もう一枚は――。捨てて、いない。探されたらアウトだ。

 リリーの部屋の、ベッドの下。リングが昔、木で作って下さった宝箱に大事にしまってある。

 貰ったオモチャの指輪も。幸福の青いピンも。ハンカチで作ったベール。造花を集めたブーケ。お気に入りの食器。

 全て、嫁入り道具だと思って信じていた。でも、


リリー「ええ。捨てました。私は」


 ――変わってしまった。


リング「そう、か」


リリー「それ、貸して下さい」


 左手を差し出し、その忌々しく忘れたい歴史を処分しようとする。


リング「やだ。俺の宝だから」


リリー「はい?」


リング「これだけは誰にも渡せない」


リリー「何言ってるんですか。貸せって言ってるでしょ! そんなものは、ただのゴミです!」


リング「はあ!? ゴミじゃねーし。謝れ!」


リリー「嫌です」


リング「リリー、怒るぞ」


リリー「大体なんなんですか。そんなもの! 今更出してきて! それにリングさんは、……彼女が居るくせに!」


リング「もう別れたよ」


リリー「メイドにばかり手を出すのやめてくださいっ! 私の部下ですよ!?」


リング「だって可愛かったんだもん。良いだろ、俺が誰と付き合おうと」


リリー「……」


 ショック。

 可愛い、とか。

 聞きたくない。知りたくない。大嫌い。

 

リング「経験って大事じゃん」


リリー「なにそれ……」


呆れて。悔しくなって。また泣きそうになる。辛い。


リング「でも俺、結婚相手は……ごにょにょ。お前は、処女がいいよ!」


 再び怒りで頭に血が上る!!


リリー「ばかあ! っ!! っ!」


 と叫びながら、リングの顔面を右拳でぶん殴り。飛び上がって、仰向けに倒れていく彼の腹に蹴りを四発喰らわせた。


リング「っ!! ――っ!!」


 倒れてビクビクしているリングに、


リリー「セクハラで訴えますっ!」と言ってから。そっぽを向く。


リング「ゴホッ、ゴホッ……殺す気か。けっこー入ったぞ。っは、はっ。なんだよ、リリー処女じゃねーの?」


リリー「しょっ! しょんなわけないでひょっ!」


リング「はい?」


リリー「わ、私はふしだらなことはしませんっ!!」


リング「一生?」


リリー「いっ、いっしょーです」


リング「なんだよ。お前の為に下準備してんのに」


リリー「下準備って……料理じゃないんですからっ! 何度も言いますけど、リングさん。なんなんですかっ!」


リング「多少テクニックのある男の方が良いだろ?」


リリー「なんの話ですか! なに真顔でそんなふしだらなことばっかり言うんですかっ! 意味わかんないっ!」


 からかわれてる?

 静かに最高潮まで怒るリリー。


リリー「嫌い、です――『千里の熱、帯びて尊い君渡りて』……」


リング「はっ!?」


リリー「……『真なる想ひ。激しく纏ひて。我呼ぶ也は、不死の鳥。迷ひ亡くしてたゆたう魂の円舞よ』――」


 数歩下がり、リングに向けて両手の平をかざし。リリーが最も得意な炎の魔法を詠唱した。すぐに、


リング「ヒィッ!?」


 と悲鳴を上げて逃げようと這い立ち、走って扉から出ようとするリング。しかし、リリーの詠唱は丁度終わる!


リリー「燃えろ――『ヴァルガンヒリード』ッ!!」


リング「嘘だろちょっと待っ――!! わぁぁぁああっ!!」

 

 両手の平から噴き出す、十の鳳凰!! 渦となって追いかける炎がリングを襲う!!

 必死に逃げる彼。間一髪で扉を開き外へ。一匹目の鳳凰の攻撃からなんとか逃れてしまう。

 そのまま前転し――駆けて螺旋階段を全速力で下りて行く。


 リリーは冷静に判断をし、一気に五匹の鳳凰を使ってリングの足元と頭、胴体、腕、首! 順番に狙い撃っていく!

 が、上手く避けられてしまう。残りの四匹を使って同時に顔面を襲わせた。鳳凰の泣き叫ぶ雄たけびが辺りに木霊する。

 多分、リングの“気”の力に相殺されたかも知れない。“気”は、普通の人間が使う魔法のようなもので。その能力に優れた人は、傷も癒せるとか。

 リングは、空気を高速で殴って衝撃破を生んだりすることや簡単な治癒が“気”によって出来る。風の魔法に似ていて、目に見えないから余計に怖い。

 彼は素手でも十分強いけれど、戦に出る時はいつも槍か剣を装備する。

 

 リリーは、華麗に三階から飛び、スタッと二階フロアに下り立った。煙幕に包まれながらも彼の姿を探した。音、匂い、五感を研ぎ澄ます。

 が、咄嗟の反応が遅れ。ぎゅうっと背後から抱き着かれてしまい、耳元で一言囁かれる。


リング「そんなに嫌いか?」


 それとついでに足で押されて両膝をカックン! された。

 

リリー「大――ッ嫌い!!」


 顔に裏拳をかまして回し蹴りした。


リング「ぶっ!」


 その胸にドフンとヒットする! 気持ち良いくらいに当たった! よし、もう一発!


リリー「――っ!?」 


リング「こんなお転婆メイドがクロア姫の専属で良いのかねえ?」


リリー「なっ!? なんで!?」


 ちゃんと当たったと思ったのに。リリーの右足首が何故かリングにぎっちりと掴まれていた。

 そのまま足を持ち上げられ、――る、が! 彼の余っていた左腕を、強引に自分の身体を捻らせてガブリと噛みつき! 回した腕で喉を引っ掻いて逃れた。


リリー「っ! ――っ!!」


リング「てっ!?」


 体勢を整える。やはり強い。


リング「いつつ……凶暴だなあ。これ後でちゃんと回復魔法かけてくれんの?」


リリー「無理ですっ!」


リング「ケチ。ブス」


リリー「ッキライ!!」


リング「キライしか言えないのかよ。お前」


リリー「だって、だってリングさんがっ!」


リング「俺はお前のこと好きだよ。ずっと昔から」


リリー「!! またそうやってからかって! 嘘つき、嘘つきッ!!」


リング「っ!」


 言いながらリングに再び何度も殴りかかる。思い切り拳を振っているのに、何故か全て避けられてしまって。もっともっと腹が立つ!!

 彼はリリーに反撃しようとはせず、ただ笑っている。力に差があるのはわかるが、これ以上子供扱いしないで欲しい。

 そうやっていつまでも、届かない。


リリー「はっ。私が好きなのに、別の女の子にふしだらなことをするんですかっ!」


リング「そうだよ。でもいつもお前のこと考えてた。誰とキスしても、誰を抱いても。どんな夜もな」


 私の頬を撫でながら、キザにそう言った。


リリー「っ!」


 頭が沸騰しそうになる。腕を振り払って、リングから離れる。


リリー「っ……! だいっ! バカ! クッ嘘!」


リング「大嫌いバカクソ嘘つきーってこと? ははっ。悪い男だなーって思った?」


リリー「信じられない! それでも初代ダブレスですか!」


リング「俺だって人間だ。それにお互い火遊びだって解ってやってんだから。いーんだよ」


リリー「やっぱりあなたも変わってしまった。昔はここまでチャラチャラしてなかったもの。メイドに手を出すだなんて絶対しなかった!」


 でも……一番愚かなのは自分なのかも知れない。諦めが悪くて、ただバカなのは。

 リングのことを、思わない日が無いのは。……――様々なジレンマが交錯する。


リング「もう一つ理由があるんだ。別の女の子と一緒に居れば、」


 その続きを聞こうと、眉間にシワを寄せた。


リリー「ヤキモチやいたお前の顔が見れるだろ?」


 にんまりとしたその幸せ全開の顔!! 両手でビンタし、顔を挟んでやった!


リリー「っ!!!!」


リング「い゛ッ! いひゃいぞ!」


リリー「大嫌い! 大嫌い! だいっ嫌いーっ!!」






★シーン5(リリー、リング、ルナ、ラキ、クロア)


 両手の拳に炎を纏い、自分の持てる最高速度でリングに攻撃した! ひらっひらりと避けられるが、諦めない! 

 馬鹿にして、笑って螺旋階段をまた下って逃げて行くリング。怒りのせいでまわりが見えていないリリーは、彼の後をイノシシの如く追い駆ける!

 

 螺旋階段の丁度終点、出口になっている所から、リングの


リング「うわっ」という叫び声がした。


 そこは、今リリーが走っている所からは死角になっていて良く見えない。

 すぐにそこに駆け付けると、誰かに足を引っ掛けられて宙回転してしまい、リリーは叫び声をあげて


リリー「きゃっ!!」そのままドサッと地面に落ちてしまう。


 アイゼルの一階は石のタイル張りになっているのに、何故か身体は痛くなくて。

 少し不思議に思ったリリーは、ぎゅっと閉じていた目をパッと開ける。そして見た光景にハッとして驚いた。

 なんとリリーに下敷きにされているリングが、うつ伏せで


リング「ううう」と唸っていた。


リリー「すっ、すみませんっ!」


リング「イテテテテ。あー、重かった」


リリー「ふんっ!」


 起き上がろうとしたリングの頭に全力でチョップするリリー。 


リング「ぐえっ!」と叫んで地面にぺたっと突っ伏すリング。


リリー「っ、ざまあみろです」


ルナ「コラ馬鹿二人。何遊んでんの? 城内で走るなっていつも言ってんでしょ?」


リリー「お、お母さんっ!」


 リリーとリングの足を引っ掛けたのは、なんとリリーの母。

 白衣を纏い、長いサラサラの少しウエーブがかった黒髪と、恐ろしい程の白い肌。殺傷能力が絶対高いギザギザの牙に、リリーと同じ真っ白な猫の耳と長い尻尾、黒いピンヒールに、シンプルな黒いワンピースを中に着ていて。濃いベージュのパンストが、色気を出している。娘のリリーからしても羨ましい位のとても綺麗な身体と顔。真っ赤な唇が、いつも「へ」の字で。ツンした印象。


ルナ「さっさと起きなさい。リング、リリー、擦り剥いたとこ診てあげるから。医務室に行って」


 とっても、女王様キャラ。リリーの憧れの一人で、大好きな人。


 リリーの母も、リングと同じ、銀のトゲが沢山付いた赤い首輪をつけている。

 これは、アイゼルの女王に無理矢理着けられている契約の首輪。

 リリーの母は、螺旋階段からすぐの所にある医務室にスタスタと歩いて行ってしまった。

 怒らせるととんでもなく怖い為、すぐに二人で追い駆ける。


リング「おいルナ、待てよ。俺別にどこも怪我してねーよ?」


リリー「わ、私も!」


ルナ「いいから座れって言ってんの。医者に口応えす・ん・な・よ。ケツ十等分にするわよ」

 

リリー&リング「ヒイイ!」


 とにかく超怖い。目がぎゅあんぎゅあんと光って。声もハスキーだから余計に怖い。

 逆らわずに。リリーの母親の言う通りにする。

 二人は、並んで白いベッドにちょこんと座った。


ルナ「リングに謝りなさい。リリー」


リリー「えっ?」


ルナ「こいつが馬鹿なこと言ったからって、殴るのは良くないわ。

ただでさえ数少ない脳細胞が完全に死んで、余計に知能が劣ってしまうでしょう。

馬鹿は死ななきゃ直らないの。わかる? 命が途絶えなければこのバカは駄目なのよバカだから。

今の医学では、知能が悪すぎるこいつを助けてあげることは出来ないのよ? 

殴ってもっと更に馬鹿になったらどうするの。可哀想でしょう! 

こいつは馬鹿だけど、一応ダブレスの戦力なんだから。馬鹿なりに頑張っててね、(馬鹿だけどねえ、馬鹿だけど……)」


リリー「あああ~っ! もういいですっ! やめて下さいっ! リングさん、殴ったのは……謝ります」


 リリーの母親は、初代と二代目の男達にいつも毒を吐く。


リング「はははっ。いーんだよ。俺が馬鹿なのが悪いんだし? なあルナ」


ルナ「そうよ。何リリーに謝らせてんのよ。馬鹿クソタコ」


リング「おまっ、ルナが言ったんだろーがっ!」


ルナ「うるさい。くたばれ。ほら、二人とも、腕出しなさい」


リング&リリー「腕?」


 と思い、リリーとリングは何故か同じ右腕をお母さんに見せた。二人して同じ肘の所に擦り傷があり、血が滲んでいた。


リリー&リング「あっ……」


 リングと顔を見合わせてしまう。


リング「あははっ」


 と笑う彼の顔を、照れてずっと見てはいられず、すぐにそっぽ向いてしまった。


ルナ「ラッキーよあんた達。丁度新しい薬品を使いたかったのよね」


 力強く語るルナは、不敵な笑みを浮かべて、薬棚から怪しげな緑の液体が入った小瓶を取り出し。それをフラスコに二等分する。


リング「いいっ!? ちょっ! 待て! それ何が入ってるか教えろ!」


ルナ「ただのキャギラ……あー、なんとかの体液とー。なんとかの胃酸とー、あー、科学調味料? 

まあ、危険なモノは別に入ってないわよっ? ンフ?」


リリー「笑顔が怖過ぎます!」


リング「っざけんなルナ! キャギラだあ!? なんとかって言い直すな!」


リリー「お母さんそれモンスターじゃないですかっ! 科学調味料とか言って伏せないで下さいっ!」


 キャギラというのは、アイゼル城を囲う深い真っ白な森に住まう、狂暴なモンスターのこと。

 しぶとくて、まるでゴキブリなみの生命力で。すぐに増殖し、城や城下町に侵入してきてしまう。

 ダブレスや兵士が月に数回、キャギラ討伐の為。皆で出掛ける。

 小さくてすばしっこく、かなりの量が居る為壊滅することは無理だが、無駄な殺生をダブレスは皆好まない。

 しかし、中央大陸の平和の為には、やむを得ないこと。

 キャギラの翼や体毛は、武器や魔法の道具に使える。古い時代からずっと、有効に利用してきた。

 討伐には先週行ったばかりだ。今回はリリーは参加しなかった。


ルナ「細かいこと気にしちゃ駄目よ。あんた達ダブレスでしょ? 勇敢にしてなさいって。

ほら、一気に飲んじゃってよ。異臭が気になっちゃってさあ、丁度処分しようか迷ってたのよねえ」


リリー&リング「いいいいいいいいやだああっ!!」


ルナ「あ。待って、人体に使う時はネズミの内臓……いや、え――――との血液が必要なんだった。ちょっと自分の部屋に取りに行ってくるわ。大人しくしてなさいよ」


リリー「ね、ネズミ?」青ざめる。


リング「カオスもルナも俺らを実験台にすんの好きだなあ」


 カツカツと靴を鳴らして医務室から出て行ってしまうルナ。残された二人は、大きく溜め息を吐き。


リリー「リングさん、逃げますか?」


リング「いや。逃げてもどーせ捕まるだろ。ここは交渉するために踏ん張ろう。あっ、なあ。先に魔法で傷! 直しちまえばいーんじゃね?」


リリー「お母さん、医者の目の前で治癒魔法なんて反則だしっ! って、魔法を気嫌いしてますし。すぐにバレてプライド傷付けちゃうと思うんです」


リング「めんどくせえなあアイツ」


リリー「はあ、そうですね。すみません」

 

 数秒、だんまりになり。静かな時が流れた。

 リングが、そっとリリーの手を握る。

 びっくりして、固まってしまう。彼はこっちを見ていない。リリーは勿論見れない。

 ドキドキして、顔が熱くなって、握られた手がもう――溶けそう。

 

リング「お前ダブレス辞めれば」


 聞き間違いかと、思って。顔を上げて彼の顔を見る。

 正面を向いたままのリングの横顔は、落ち着いた普通の顔だった。

 言葉が出ないリリーは、動揺していたが、またいつものように「嘘だよ」と笑ってこっちを向いてくれるだろうと思い。

 期待して何も声が出ず。軽く愛想笑いしてしまう。


リリー「っ……え……」


リング「リリーはダブレスに相応しく無い」


リリー「どうしてですか……。そんな、突然……っ。自意識過剰かも知れませんけど、私は十分戦えるし。

本気を出せばティラキさんとだってきっと張り合えます! 魔力だって! クロア様やメイラさんには全然かないませんけど、でも!」


リング「強さの問題じゃねーよ。お前、シャドウが嫌なんだろ」


リリー「そ、それはっ!」


リング「べったりだったクロアを取られたからって、仲間の悪口を言うな」


リリー「――。仲間だって、認めてるんですね? 魔族なんかを? どうしてですか?」


 オドオドするリリーをちらっと見て、深ーい溜め息を吐くリング。


リング「なんで嫌う? お前もルナも、ちぃも。魔族の血が流れてるじゃんか。メイラやたく、リュウだって。ジェノバもティラキも。二代目はほとんど半魔なのに」


 皆、同じ話ばかりで。また、腹が立つ。


リリー「それでも、それでも! 私は人間に生まれ変わりたいんです。

出来ることなら今すぐに、こんな耳も尻尾も切り落としてしまいたいんです!」


リング「お前から耳と尻尾取ったら、お前じゃないだろ!」


リリー「私は! 普通の人間として! 人間らしく、穏やかに生きていきたいんですよ!!」


 ベッドから降りてそう叫んだ。彼の虚しそうな表情が、リリーの心にまたヒビを入れる。

 少し、無音の時が流れた。お互いじっとしたまま。

 ふと何かを考え込んでいるリングを見る。

 そしてゆっくりと口が開き。先に話し出したのは、『あなた』。


リング「なら――ダブレスもメイドも辞めてアイゼルから出ていけ! 仲間も信用出来ず、戦うのを恐れてる奴なんか、居ても邪魔なだけだ!!」


リリー「っ――……」


 ――わからなかった。

 溢れ出た涙を止める方法も、なんでこんなこと言われてしまったのかも、全然。

 それは、


リリー「(正論なの……?)」


 リングに出ていけなどと言われるとは思ってなかった。

 こっちを見てくれなくなった彼をじっと見つめ。止まらない涙を拭うことも出来ずに。色んな考えが脳内を交錯して――。

 言葉が出た。


リリー「リングさんが、ま、魔族が嫌いだって、い言ったからっ!」


リング「は? そんなこと言ったけ?」


リリー「ッ言いましたよ!! 何年も前だけど、確かに言った! フェートさんが魔族の集団に襲われて。

その時ッ、言った、もん。魔族なんか全部死んじまえって言ったもん!!」


リング「お、お前に言った訳じゃねーよ!」


リリー「わかって、ますよ……っ! でも、でも忘れられなくて。

リングさんは何人も彼女がいて、いつも悲しくて……。わたし、やだったんだもん。違うとわかっていても、私に言われた気がしてっ……!!」


リング「リリー……」


 顔を両手でぐしゃっと押さえた。こんな惨めで悲しくなるのはいやだ。きっといつまでも、報われることなくずっと一人なんだ。そう思った。


 カツンッと、リングの靴が鳴った。リリーはその大きな腕の中に包まれ、ぎゅうっと抱き締められる。

 優しい温もりと、懐かしいリングの香水の匂いがふわりと香った。特別な気持ちになる、ブルーハーブの香り。

 昔、ラキが、リングに憧れてる兵士さんはみんなこの香水をつけてるわよんとか言っていた。城中あちこちからリングの匂いがしたら困るな、と思って。


リング「ごめんな」


リリー「リングさん、ぅっ、うう~っ」


リング「ごめん。俺が悪かった」


 リングの両手に包まれた、リリーの顔。ぐしぐしと涙を拭かれ、んーんーっと泣き続けるリリーに優しく、何度もごめんと言ってくれた。


リング「ごめん……」


 リングの唇が、私の額に当たる。取り乱して。


リング「(ちゅ)……」


リリー「や、やめて、くださいっ! ばかっ!」


リング「お前、短いスカートたまに履いてるな」(両手を捕まえて)


リリー「えっ、あ、は、い。え?」


リング「短いスカート履くな! 他の男が見るだろ!」


リリー「はあ!? あ、あれはラキさんが作ってるんですから、苦情ならラキさんにっ! ……んんっ!」


 強引に身体を寄せられて、今度は唇にキスされてしまった。


リング「……っ……っ……」


リリー(逃げる)「ぷはっ! なっ、なな何するんですかっ! やめて下さいっ! ほ、他にもこゆことする人沢山居るんでしょう? ふ、ファーストキスなのにー!!」


リング「ちげーよ!!」


リリー「は、はいっ?」


 赤面したリリーがジタバタ暴れ出したら、両手首を強くガッと捕まれ。逃がしてくれない。


リング「もう何回も、俺からしてるし!」


少し、間。


リリー「ええええええええええっ!? いっ、いつですか!?」


 目玉が飛び出るかと思った。


リング「もう何年も前だけどな。お前が寝てたときに。した」


リリー「ひっ、ひどいですー!!」


リング「ハア。リリー、訂正する。俺は……、最近はむしろ逆なんだ。半魔や魔族に憧れを持ってる。

やっぱ魔法って便利だし、人間よか魔族の方が力もあるみたいだって言われて。人間である自分が、なんか非力に思えてきてな」


リリー「そ、そんな。リングさんは強いですよ。ちゃんと、強い。です! この間だって、」


リング「でもさ。魔族とか人間とかってこだわるのはやっぱ良くないよな。俺は、俺の目標は。

たくの父さん。ヴァンなんだ。いつかあの人のように強くて、誰からも慕われるようになりたい。海のような深い男になって。そうなったら、」


リリー「リングさん……」


 笹倉 たく(拓海)の父親は、正真正銘の魔族。

 リリーは一度だけ会ったことがあるが、イエローとオレンジの翼が凄く印象的な、「ハーピー」と呼ばれている種族で。足は鳥のように鍵爪になっていた。


リリー「(知らなかった……)」


 てっきりリングの目標は、ダークなのかと思っていたリリー。

 こうして話してくれなければ、ずっと誤解していたかも知れない。


リング「もう浮気しないよ」


 そう言いながら、リリーのほっぺや鼻に何度もキスしてきた。


リリー「やっ、やめてくださいーっ」


リング「俺が魔族が嫌いだって言ったから、無視してたのか?」


リリー「は、い」


 コクリと頷く。


リング「ハア。自分で蒔いた種か。反省する」


 どうして、信じたいと思ってしまうのか。どうして、これ以上怒れないのか。

 どんな理由があっても、ダブレスである誇り高き人が、女の子をとっかえひっかえしているという噂は簡単に消えない。

 リリーの寂しさも、消えない。

 リングが別の女の子に愛を囁く姿なんて、想像したくない。


リング「お前が成人になるのをずっと待ってた。やっと……。ようやくだな」


リリー「り、リングさん。ロリコンです」


リング「わかってるよバカ」


リリー「ばっばかにバカって言われましたっ!」


リング「十歳に手出す訳にはいかねーだろ!」


リリー「だ、だからって。七年も待ったんですか?」


リング「悪いかよ。好きなもんはしょーがねーだろ。他じゃダメなんだよ!」


リリー「おっ怒らないでください」


リング「俺はお前と一緒に、ずっと、いつも一緒に居たかったけど……。でも幼女のお前襲ったらルナに殺されるだろ!」


リリー「だだだ、だからって、他の人のとこ行かなくったっていいじゃないですか!」


 ブチン! と、何かが切れた音がリングさんからした。ハッと顔を上げる。


リング「しょーがねーだろ……。勝手に部屋入って来られたりして! 迷惑してんのはこっちだっつうの!! 

常識ねえのはてめぇらメイドだろ! 俺は確かに欲求不満だったけど、何人も何度も部屋来て夜這いされたんだよ!! 

お前の部下だし女だからぶん殴る訳にもいかねーし!! 

もし学校やラキの方針で、メイドの教育にそーゆーオプションが当たり前のようについちまってんなら、俺が拒否すんのはコンプライアンス違反だろ!? 

俺が嫌だと思っても、やんなきゃなんないことならッ……。ああ、もう! はあ。誰に相談しろって言うんだよ……クソッ」


リリー「リングさん……。じゃあ、女の子を選んでるのは……」


 嘘だったんだ。

 自分の監督不行き届きのせい。リングは深く傷付いて、悩んでたのに。

 涙がまた止まらなくなってしまう。「私はあなたを無視してばかりで、その救難信号を見ようともしていなかった」

 自分のこと、ばかりで。


リング「リリー、俺はっ!」


 両手をリングに引っぱられた拍子、彼の服のポケットに丸めて差してあったあの画用紙の「婚姻届」がひらりと舞い、床に落ちた衝撃で折られていた部分が開く。

 裏に何か書いてあることに気付いた。

 ボールペンでの、殴り書き。これは確かに、間違い無くリングの字――。


 “宣誓! リリー・スクラークが今の俺と同じ歳になったらプロポーズする!! リング・ウォード17歳”


リング「……」


リリー「え……なん、え、え、これっ……」


 なに、これ。

 なんなの、これ!?


 そう――。私が気付いていなかったんだ。ずっと、リングさんを孤独にしていたのは私だった。

 私がばかだった。リングさんは、いつも私だけを想ってくれていたのに。

 逃げてばかりで、つまらない意地を張って。ばかだ。

 恋を愛に変えられず、尽くせないなんて。メイドとして人として終わってる。なんて子供だ。

 あなたはずっと、一途に想って下さってたのに。


 画用紙の婚姻届をゆっくり拾い上げると。それに重なってもう一枚、紙があることに気付いた。

 それは薄い紙で、なんだかとてもちゃんとしている、――まさかと思ったけど。

 それは間違い無く、本物の婚姻届。それは何故か色褪せていて、古びている。

 広げると、彼の字で「夫となる者」の欄に、リングさんの名前とアイゼル城の住所がきちんと書いてあった。「妻となる者」の所は、寂しく空いている。


リング「何年も経てば、もしかして気持ちも薄まって諦めがつくかと思った。

でも現実は逆で、ちょっと見ない間にもどんどん成長していくお前をたまに見れただけで、いつも嬉しくて。

もっと好きになってった。でもお前、俺から話し掛けたら一目散に逃げるし、なんだかんだ無視されるし、そっちからは事務的な話しかしてこねーし。

でもあれだ、お前ダークには色目使ってるだろ。デレデレすんな! むかつくっ」


リリー「ご、ごめんなさいっ! って、いっ、色目!? そんなことないですよ!? 私がデレデレするのは、くっクロア様だけですっ!」


リング「なにそれ」


 少しだけ笑って。見つめ合う私と、リングさん。ああ、過呼吸になりそう。私も、気持ちをもっと伝えたい。

 彼は照れ臭そうにして、私からずりずりと視線を逸らし頭をガシガシ掻いて、言う。


リング「あのさ。話戻るけど、半魔の何が悪いの。俺になんか言われたって関係ねえって開き直れよ。

しょーがねーだろ子供は親を選べねーんだから。それに、ルナはお前の最高の母親だろ? 誰よりお前を大事にしてるよ」


 乾きかけの涙を拭きながら、何度も頷いた。顔も頭も熱くって。今にも蒸発して倒れてしまいそう。

 聞きたい。これ、なんですかって。


リング「ダブレスの中で、お前だけだ。気持ちまで半分、中途半端になってるのは。……違うか?」


リリー「ずっと迷って……。私……」


 首を横に振った。色んなごめんなさいを、はやく言いたい。償いたい。優しくなりたい。もう、強がりたくない。身体の震えが止まらない。


リング「俺がそれに、なんですんなり名前を書いたかわかるか?」と、本物の婚姻届と画用紙の婚姻届、両方に指を差すリング。


 私は首を横に振った。


リング「俺が自分を信じたかったんだよ」


 はじめて見る。彼が顔を赤らめて、まばたきの多い、こんな可愛い姿なんて。いつもの格好良いリングからは想像つかない。


リング「お前をずっと好きでいたいって。思ったから。だから」


リリー「だ、から?」


 私の心はいっぱいで――破裂しそう、で。


リング「はやく俺のこと好きだって言えよ! クロアにも、許可取ってあんだから! 

リリーが良いって言うんなら、俺の専属にして良いって約束したんだよ! それでお前と……毎晩一緒に、いたい」


 ばかですか。

 それがプロポーズ?


リング「一生、俺の傍に居ろよ」


 痛いくらいに抱き締められて。


リング「愛してる」


 死ぬかと思いました。


リリー「ばか、ばか、ばか……」


クロア「ねえラキュリア。リリーには、むかつくくらい大きな悩みがあるみたいなのっ」


ラキ「悩みは三つっ?」


クロア&ラキ「一つ目は?」


リリー「私の姫様に魔族の恋人が出来たこと。だってずっと私だけの姫様だったのに!」


クロア&ラキ「二つ目は?」


リリー「昔おままごとで書いたこの婚姻届けのこと。しかも本物まであったとゆー事実!」


クロア&ラキ「三つ目は?」


リリー「……」


リング「ん?」


 ――この人をどうしようもなく愛しいこと。


リリー「リングさんなんか大嫌いですっ!」あああ、恥ずかしさ全開でしぬ! もう無理っ! リングさんを押し退けて全力で逃げました!


リング「あっ、おい!?」


リリー「っ!!」


クロア&ラキ「おめでとーっ!」


 愛してる。幸せな、悩みばかりが降り掛かって。明日からも。退屈しない日々がはじまるのです。


リング「コラ逃がすか!!」


リリー「いやーっ!!」


ルナ「ちょっと、リング、リリー! 城内で走るなって言ってんでしょ! 毒薬飲ませるわよ!!」


リング「医者がなんで毒薬持ってんだよ!!」


ルナ「常備薬よ!! 一般常識でしょ!」


リリー「お母さんやめてくださいーっ!」


ルナ「ってかリリーあんたどうして泣いてるの!? リングあんたリリーに手ェ出したら脳髄引き摺り出して殺すわよ!! グシャーって!」


リリー&リング「「えええーっ!?」」






『--白猫白雪姫と金の戦士。--』

END!






★おまけ


クロアの部屋の前。


クロア母「じゃあリリー、宜しくお願いしますね」


リリー「はいっ! 女王様っ! かしこまりました!」


クロア母「失礼します」


リリー「(女王様……。いい匂い……)あっ……。クロア様っ。ほんとうはもう、会っているのかも知れませんね」


クロア「えっ?」


リリー「たしかめに、行きましょうか。ユーレイのこと!」


クロア「っ! うんっ! 探検ねっ!」






いつか巡り会う。名無し姫へ。つづく














































































白猫白雪姫と金の戦士。後書き。

 

 終わったー!

 意外としぶとかったです。

 お疲れしたっ。お疲れしたーっ!


 今回は、色々な制限を付けて自分を追い込みながらも、「(好みが分かれる)嫌われやすい!! ヒロイン・ヒーロー」を描こう! って思って。

 まあ右往左往しながら~。んなーんとなあーく苦労? ん? しながら~も! めちゃくちゃ楽しく演出し、書かせて貰いましたっ。

 書きあげられて良かったっ! えっへっへー!


 リリーちゃんとリングも、先に出てきました「たく」や「ティラキ」、「タイム」くん達と同じように私が小学生の時に創り出したキャラクターでして。

 べっちゃべちゃにメタンコ愛しております。可愛いです。穴という穴に入れられてもきっと痛くない。

 だからこそ、好みの分かれるワガママな二人をストーリーに組み込みたかった。これは、親心。です、かね。

 お話の骨といいますか、基盤となっているものは小学生の時に考えたものをそのまま使っています。

 リリーとリングが昔おままごとで書いた「婚姻届」のエピソードを膨らませて。今回あのように演出出来たこと、とても嬉しく思っています。

 ずっとずっと大切に温めてきたものなので、形にして誰かに読んで頂けるというのはとても光栄なことですね。

 

 読者のみなさん、いつもいつも閲覧ありがとうございます! そんなこんなで、如何でしたでしょうかー? 

 和美さん、にゃめ、トムさん、他のみなさんも! いつも大量のスターを有難うー! 励みになってます!

 

 日本人の男性にはロリコンが多いとつい最近聞きました(笑)

 私のキャラクターカップルにも、ロリコンが多い気がするな。被ってる! くそうっ!←

 

 次のお話は、笹倉 たくと契約している水の精霊さんと、二代目のリーダー? の、お使いのお話の予定です。お楽しみに? うん。楽しみにしてくださると嬉しいです。

 最近真面目ぶっているので、たまにはギャグ一直線のモノも書きたいな、とか思っております。はてさてどうなることやら。

 あ、いや。前回のモニカの話を書いた時点で真面目からやや逸れていましたか。失敬失敬。

 可愛い女の子ばかり出てくるから、その内男ばっかのものも書きたいですねえ。

 笹倉一家の大兄弟のエピソードにつきましても、ちらちらと書いていきますので、見守ってて下さいです。


 ありがとうございました。またお会いしましょう。


 2011 10.11 18:20 七菜 かずは

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ