殺し屋がファンタジー異世界で無双する話
俺の名は舘武。
殺し屋を生業にしてる。頼まれた標的の脳天に銃弾をぶちこむのがお仕事だ。
さて、今はそのお仕事の帰り道だ。稲葉組の組長の顔面を穴だらけにした直後ってわけさ。
ただ、この帰り道が現状平坦とは言いがたいのはちょっとばかり問題だ。
なぜって?
追っ手がいるからさ。黒塗りの大型車が二十台ばかり、俺が運転する4WDの後ろについてきてやがる。
要するに俺は、ヤクザの組長を殺した後、その部下どもとカーチェイス中ってわけだ。舞台は山沿いの県道。時間は夜。
黒塗りの車から身を乗り出したヤクザどもが、俺の車めがけて次々と銃弾を発射する。お互いに走行中の銃撃戦なんざそうそう当たるもんじゃないが、何個かは車のそばをかすめて通る。
ここでびびったらおしまいだ。俺はひるまずにアクセルを踏み込み、ふかす。
とはいえ、そこでアンラッキーがあった。路面の一部が濡れてたんだ。俺の車は足を取られ、滑る。回転し、ガードレールを乗り越え――落下を始めた。
落ちながら、俺は考える。
このまま車に乗ってたら死亡は確実だ。どっちにしても分が悪い賭けではあるが、車から飛び降りてイチかバチかを狙うか。
そう考えて、俺が車のドアを開けようとした瞬間。
俺の落下先に、一個の大きな虹色の光の穴が見えた。直感的に、俺は子供の頃に見たガキ向けアニメのことを思い出す。殺し屋だってガキの頃にはアニメぐらい見るさ。そう、ありゃあ、異世界への門だった。おそらくこれも――。
そう思っているうちに、俺は否応なく、光の中に包まれていった。
目が覚めた。
俺はまだ車の運転席にいる。
車のアクセルをふかしてみると、エンジンがかかった。
どうやら車は無事のようだ。俺自身も。
車の窓から、外を見てみた。
いつのまにやら日が明けたようで、外は青空。そして、地平線が見えるほどの平原が広がっていた。
「ここが天国じゃないなら、どうやら助かったって思っていいらしいな」
俺はタバコに火をつけ、一服した。
どこからか小鳥の声がする。
タバコがただのしけもくになった頃、遠くから馬のヒヅメの音がした。
見てみると、一人の鎧を着た金髪の女が、白い馬に乗って走ってくるところだ。
凛とした美人だ。今すぐに交際を申し込みたいぐらいだ。
とはいえ、それには若干の障害があった。
数人の黒い鎧の男どもが、やはり馬に乗って女を追っていたからだ。
仲良しこよしの追いかけっこじゃないことは、すぐにピンと来た。女騎士の表情は必死そのものだったし、女騎士に追いすがる黒鎧どもは、槍や剣を女に向かって振り回してる。どう考えたって命のやり取りさ。
さて、こんな時どうする? 呼び止めて事情を聞くか?
そんな面倒なことをしてる猶予はない。
トラブルを避けるためにシカトするか、助けたいと思った方を助けるか、だ。
俺は後者を選んだ。
助けたい方がどっちか? 決まってる。
俺は後部座席からハンドガンを取り出し、残弾を確認する。余裕は十分。
車から降りた。
ちょうど、女騎士と黒鎧がやってくるところだった。
追い続けられた女騎士の表情には曇りが見え、疲労しているようだった。
女騎士が俺の車のすぐ横を通り過ぎた後。
俺は、その数メートル後を追ってくる黒鎧どもに向かって、ハンドガンを乱射した。
連中は血煙と共に蜂の巣になる。
どうやらこの世界に銃弾はないようで、防弾装備もされてないしょぼい鎧だった。
俺がハンドガンで黒鎧どもをかたづけたのを見て、女騎士は呆気に取られた顔をした。
ま、そりゃそうか。
女騎士はゆっくりと近づいてくると、馬から降りた。そして俺の前にひざまずく。
「どちらの魔術師の方かは存じませんが、危ういところを助けていただき、感謝の言葉もございません」
魔術師、か。殺し屋だの銃だの言っても説明が面倒くさいしそういうことにしとこう。
「ああ、うん。……ええと、君と、君を追っていた男どもは何者かな」
女騎士は怪訝な顔をする。
ま、そりゃそうだろう。相手が何者かも分からないのになんで蜂の巣にしてぶっ殺したんだ、って思うもんな。
「いや、確認のためだよ」
と、俺は付け足した。
「はい。私はバードンフィード王国の騎士団の一人で、姫の近衛を任されているものです。名はシャリー」
「こいつらは?」
俺は黒鎧の死体を指しながら言った。
「ガーマス公の手のものです」
「ガーマス?」
「黒騎士とゴブリンにて軍団を編成し、王国に叛旗を翻した地方貴族で、バードンフィード王国の転覆をもくろむ悪漢です。更には……」
「お姫さんでもさらったっていうのかい」
俺は冗談のつもりで言った。しかし女騎士は真顔で、
「その通りです、偉大な魔導師よ。ガーマスの手下がウェンティ姫の寝室に夜中入り込み、ガーマス公の城へとさらっていったのです」
「あんたはそれを取り戻したいわけだ」
「……しかし、力及ばず敗走し、黒騎士の手に追われていたところを……」
「俺が助けたわけだな」
「はい」
「ふむ。なるほど」
俺はアゴをかいた。
少し考えた後、言う。
「ならば、俺がここに来た目的は正しかったわけだな」
「目的、ですか?」
「俺はな、ガーマスの野望をくじくために神よりつかわされた正義の魔術師だ。君に今話を聞いたのは、俺がつかわされた場所と時間が正しいかどうかを確認するためだった」
真面目な顔で大嘘をつく。しかし、状況が状況だったので、女騎士――シャリーは信じたようだった。
「ああ、なんという僥倖!」
と、俺に抱きつく。が、すぐに顔を赤らめ、
「ご無礼をいたしました」
俺から離れ、礼をする。
「いや、気にしなくていい。そういうのは気にしない主義なんだ」
「ありがたきお言葉」
シャリーは疲れていた。馬に至っては、もう、戦闘を伴っての移動には耐えられないほどだった。
だから、俺達は、馬を置いて、森の中へと向かった。
もちろん、俺の車でだ。
シャリーの案内で森の中をしばらく走ると、水場があった。俺が、水場のある場所への案内を求めたからだ。
「ここでいい。降りてくれ」
「はい……」
シャリーは言われるままに降りてくれる。助けられた俺への恩義と、異世界の魔術師という肩書きが効いて、既に彼女はすっかり俺の虜だ。
俺は水場によると、
「傷を洗って、治療しよう。鎧と服を脱いでくれ」
シャリーは顔を赤らめながらも俺の言うままにし、そのしなやかな裸を森の中にさらした。
そして、水場のそばにひざまづく。
俺は、水を手ですくい、シャリーの体中のあちこちにある傷へとかけてやる。
「いつっ……!」
シャリーが苦悶の声をあげた。
「大丈夫か?」
「申し訳ありません。醜態をお見せしました」
「気にすんな」
傷を洗った後、車の中から消毒液を持ってきて、消毒した後、包帯やばんそうこうで治療を施した。
消毒液やばんそうこうは怪訝の目で見られたが、魔法の治癒アイテムだと言ったら納得された。
その後は、夜を待ち、車の座席を横にして、揃って寝た。
シャリーの疲労を取る必要があった。
翌朝。起きた俺は、シャリーに聞いた。
「さて、シャリー」
「はい」
「ガーマスの野郎の城までは、ここからどれくらいある?」
「馬で半日ほどです」
「ふむ……」
なら、車でも同程度に見といた方がいいか。
俺たちは車に乗り、出発した。
予定通り、半日ばかり走ったあと城のそばまで着いた。
城のそばには、うじゃうじゃとゴブリンや黒騎士どもがいた。
こいつらを避けて通るのは無理だろう。
「シャリー、ここを馬だけで通ろうと思ったのか?」
「はい。……しかし、無謀でした」
「ああ、無茶し過ぎだ」
「魔術師様なら可能ですか?」
「もちろんさ」
シャリーと席を代わった。つまり、彼女に運転席に座らせた。
俺自身は、両手にマシンガンを持つと、サンルーフを開け、助手席に立ち上がった。
「いいか、シャリー。ハンドルを――その丸いのをできるだけ動かさないように持っててくれ。あとはアクセル、つまり右側のあぶみみたいなのを思い切り踏みしめてくれりゃいい。ゴーと言ったら始めろよ」
「はい」
「よし、そんじゃ……」
俺は一呼吸をおいた。
「ゴー!」
4WDが猛発進をし、ぐんぐんと加速する。
もちろん、俺が命じたんだから予期したことだ。
俺はマシンガンを構えた。
オオカミに乗ったゴブリンや馬に乗った黒騎士どもが、次々と襲いかかってくる。
もっとも、無駄なはかない抵抗だ。
大半は、俺の掃射の前に次々と倒れた。俺の腕と銃の前には、オオカミと馬による抵抗は無意味だ。
残りはどうなったかって? 百キロ超えですっとばす車にひかれてミンチさ。
やがて、城門に近づいた。固く閉ざされている。
しかし、無意味なことだ。
俺は後部座席に置いてあったロケットランチャーを取り出し、門にめがけてぶっぱなした。
轟音と共に大爆発が起こり、門は跡形もなく砕け散る。
「すごい……」
シャリーが息を呑んだ。
「これが俺の大魔法の真価って奴さ。さて、そろそろ右足を離してくれ」
シャリーは言われるままに右足をアクセルから離してくれた。
車は減速しながら門から場内に突っ込み、ちょうど、城内の壁に激突する前に止まった。
「行くぞ」
「はいっ」
俺たちは車から飛び降り、城の内部へと潜入する。
あちらこちらに黒騎士どもやゴブリンが沸いたが、俺の銃弾の前にはただのザコだ。
出た、見えた、撃った、死んだ。この繰り返しさ。
おっと、シャリーの名誉のために言っておくと、彼女の剣のサビになった奴もそれなりにはいる。
ザコどもを虐殺しながら進むうちに、俺達は、城の最奥部の大きな扉の前へと着いた。
扉には鍵がかかっていたが、鍵穴を銃弾でぶっ壊し、開ける。
扉の向こうには、当然、扉に見合うだけの大きな部屋があった。
髭面の男がひとり、部屋の奥の玉座に座っている。
そして、男のすぐ横に、ドレスを着た一人の幼女――九歳か十歳ぐらいだ――が、縛られたままで立っていた。
「姫!」
シャリーが叫んだ。幼女の方も、
「シャリー!」
と返す。すると、あの女の子がウェンティ姫ってわけか。
そこで、感動の再開に水を差すように、玉座に座った髭面の男が言った。
「まさか二人だけでここまで来るとは思わなかったぞ」
「ガーマス! 貴様の野望もこれまでだ! 即刻降伏しろ」
と、シャリーが吠えた。なるほど、あの髭面がガーマス公か。
ガーマスは、シャリーの吠えるのに対しても余裕綽々といった表情だ。
「さしもの護衛騎士とはいえ、我が軍団を正面から突破できたとは思えぬ。そこの男は、さぞかし腕の立つ用心棒なのだろうな」
「異世界よりつかわされた魔術師様だ。貴様の野望をくじくためにいらっしゃった」
そう言われ、俺はあわててうなずいた。そうそう、そういう設定にしといたんだった。
「なるほど、魔術師か。我が軍団を討ち滅ぼしたのもうなずける。特に城門を壊した火弾の威力は、城の窓から見ていても怖気が走るほどだった」
ガーマスは言った。
「しかし、残念ながらここで終わりだ」
そう言ってガーマスは、そばのウェンティ姫の首元にナイフを突きつけた。
「我も魔法については多少のことは知っておる。いかに偉大な術師といえど、魔法の発動には詠唱の時間を要すはず。もしも魔法を唱えるそぶりを見せれば、姫の命はない」
「OK!」
俺はそう言い、同時に拳銃弾をガーマスの額にぶちこんだ。
血が飛び散り、ガーマスはくたばり、倒れる。
シャリーは呆気にとられた表情で、俺とガーマスを交互に見た。
「……俺は最高のマジシャンなのさ」
と、ウィンクしてやった。
「シャリー!」
ウェンティ姫が叫びながら駆けてくる。
シャリーは歓喜の表情でそれを抱きしめた。
しばらく抱擁が続いたあと、シャリーがウェンティ姫の縄を解く。
「ありがとう、シャリー」
「いえ……こちらの方こそが、姫様を本当に助けたのです」
そう言ってシャリーは、俺の方を手で指した。
「ありがとう、魔法使いのおじさん」
ウェンティはそう言って笑った。
「はは……おじさんか」
帰路は簡単なもんだった。
ガーマスの首を切り取って掲げてやったら、残っていた残党どもも残らずひれ伏し、俺達に馬を差し出した。
俺たちは馬に乗って――殺しの仕事なんかを長年やってると乗ったことはある――王城に帰った。
王城に帰った俺たちは、このうえもない歓待を受けた。
夜を徹しての大宴会。王による叙勲。貴族の称号の授与。
更には王からは、ウェンティ姫との将来の婚姻までもがにおわされた。
ウェンティ姫は今はガキだが、顔立ちは無茶苦茶に整ってる。ロリコンには今でもたまらない物件で、俺にとっても将来は最高の女になるのは疑いようもなかった。
とにかく様々なサイコーのイベントの後、俺は、天にも昇る気分で、王城に与えられた仮の部屋へと戻った。
元の世界に戻りたくないかって?
冗談じゃない。実のところ殺し殺されの世界が嫌いってこともないが、こんなユートピアとおさらばするぐらいなら、戻れなくても大した悔いもないね。
俺は、豪奢なベッドに横になり、寝た。
夜中に、目が覚めた。
便意を催していることに気がついた。
幸いにして、俺たちの世界の中世ヨーロッパなんかと違って、この世界は清潔なトイレがちゃんとある。
なんでも魔法のアイテムで水洗的な処理をしてるとかなんとか。
ま、そんなことはどうでもいい。
俺は自室を出ようと思い、扉を開けた。
扉の外には、暗い廊下が――なかった。
あったのは、光り輝く空間だった。
俺は直感的にそれがなにであるかを察し、ドアを閉めようとしたが――光が広がり、俺の体を包み込む方が遥かに速かった。
気づくと俺は、光り輝く空間の中に浮いていた。
「勇者よ、そなたのあの世界での勤めは終わった」
光の中から声がする。
「勇者? 冗談じゃない、俺は単なる殺し屋だ。たまたまあの世界にワープしたな」
「お前から見ればそうであろうが、あの世界の人々にとって、お前は定められし勇者だったのだ」
なんてこった。俺がシャリーに言った口からでまかせは、どうやら半ば真実だったらしい。
「だったら、あの世界に置いておいてくれよ。元の世界に戻りたいなんて頼んじゃいないぜ」
「それは無理だ。あの世界にお前が定住するようでは、世界のバランスは崩れすぎてしまう」
「えらく都合のいい話だな。使うだけ使っといてポイか」
「それはすまないと思っている。だから、多少の埋め合わせはしてやることにした」
「埋め合わせ?」
「元の世界に帰れば分かる」
「……お前は一体、なんなんだ?」
「あの世界において神――と呼ばれているものだ……」
声がかすれた。
同時に、光も薄れていく――。
目が覚めると、俺は、茂みの中にいた。
周りを見回す。
上を見上げると、例の俺が走っていた県道があった。車の走る音がするから間違いない。
ふむ。
どうやら、あのまま落下コースをたどった場合に落ちたはずの場所に、無事に着いたというわけか。
しかし、まさか無事に着地できたのが埋め合わせってこともあるまい。
俺はそう思いながら、ポケットをまさぐった。
中から、王から与えられた勲章があった。
落下の最中に見た夢だった、というわけでもないようだ。
ともあれ、目が覚めた以上は同じ場所に長居するわけにもいかない。
稲葉組の追っ手がいつ来るかも分からないからだ。
俺は、草を踏み分けながらその場を後にした。
その晩。
俺は、行きつけの居酒屋に行った。
酒屋に入ると、
「最近見なかったじゃん」
という女の声がした。聞き覚えのある声だ。
フリーターをやってる俺の知り合いで、千本橋京子。
たまによく飲む仲だ。
「色々あってな」
俺は言いながら、カウンターに座った。
「そういや、舘くん。最近、物騒な話あったの知ってる?」
「物騒?」
「稲葉組のことよ」
「組長を殺したのは俺だが」
それを言っても、京子は特に驚いた顔はしなかった。この女は俺の仕事を知っているのだ。
「あ、そ。でもそれだけじゃないの」
京子はそう言い、今日付けの地方新聞を出した。
「どれ……稲葉組内紛! 組長の跡目争いにより血を血を洗う抗争! 組員の大半が殺害、脱退へ――」
「ね、たいしたもんでしょ」
「ああ、おっかないな」
俺は、やれやれと思いながら、カウンターに出された枝豆を剥いた。
どうやら、この内紛が、あの世界の神様から俺へのプレゼントだったらしい。
これで当面、本来なら俺を追い回すはずだった稲葉組がなくなったわけだ。急場の命がちょっと永らえただけのことだが――ま、俺みたいなクズへのプレゼントとしちゃ、確かに妥当なもんかもしれない。
枝豆を噛んだ。
甘じょっぱかった。
ご読了ありがとうございました。
本作品は「妖怪世界の女子と猫」のスピンオフとなります。
舘武はその作品の脇役として登場しますので、興味のある方はご覧ください。
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