覚醒の前兆
今日はいつも以上にまっすぐ家に帰った。
最初はランドセルでも武器にしようかと思ったが、たぶん邪魔になるだけだ。
それに、僕は『わからせ』に行くんだから。
何もいらないはずだ。
ただわからせればいい。わかるまで何度でも。
ランドセルを自分の部屋に放って、家事をしていた母さんに「今日は遅くなるかも」と告げて家を出た。
まっすぐ公園に向かった。
途中何人かの生徒が奇異の視線を向けてきた。
睨み返すと目を合わせようとせず、その足は早歩きになった。
そんな事はどうでもいい。
もうすぐ公園に着く。
入る前に一度中を見渡した。
居るのはブランコに揺られる齋藤だけ。
僕に気づくと彼はこぐのを止めてブランコから降りた。
そのままこちらへと歩んで来る。
僕も足を止める事なく向かった。
お互いに間合いを取り立ち止まった。
「遅かったな。」
「どうだっていいだろう。急に呼び出したのはそっちでしょ」
「別に悪いなんて思ってないよ。どうせ何時かはこうなった。」
「遅いか早いか、僕はどっちだっていいよ。事実は変わらないし、逃げるとしたらお前たちの方だ。」
「事実、お前の言う『事実』は嘘だ。」
「何が?」
「言葉通りだ。」
「じゃあ幽霊は居るって事でいいんだね?」
「居るか居ないかじゃない。お前に見えてるあれは悪い物だ。」
「へー。でも、お前も見えてるんでしょ?」
チラッとベンチの方に目線を送る。
今日もそこには誰も居なかった。
「だから分かるんだよ、あれは危険な存在だ。」
「いちおう聞くけど、どうして?」
「簡単だよ。だってこの世に確かに存在してないんだから。そんな不安定で不確定なモノがどうして安全だって言えるんだ。」
「へー」
「奴らは危険だ。」
「詳しいね。」
「誰のせいだと思ってるんだよ!」
急に胸ぐらを掴んでいた。
短気にも程があるだろう、と思いつつその腕を掴み返した。
「まるで何かされた事があるみたいだね。興味ないけど。」
「お前はぁ!!」
両手で掴みかかってきた。
さすがにバランスを崩して、そのまま馬乗りにされてしまう。
「何だよ、はっきり言えばいいだろ。ウジウジとキモい。」
平然と思った事を言い放った。
「このヤロウ!」
それへの返答は拳で帰ってきた。
「だから何だよ。お前がどうだろうとな、おじさんは悪い奴でも、ましてや危険でもないんだ。何時だって俺に優しく接してくれて、話も聞いてくれた。」
「それはお前の思い込みだ!取り憑かれてるんだよ、お前は!いい加減に!」
もう一発かまされる前に暴れて齋藤を上から退かす。
立ち上がろうとする齋藤に飛びかかる。
お互いに体を地面に打って、そこからはただただ殴り合った。
相手が立ち上がる邪魔をするように。
互いに足の引っ張り合い。
咄嗟に齋藤の腹を蹴ろうとした時、砂を撒かれた。
急で少量だったがそれでも少しは目に入った。
怯んでる隙に立ち上がられまたマウントを取られた。
「幽霊なんかに同情なんかして!馬鹿を見るだけだぞ!後悔するだけだぞ!!」
目から砂を完全に取り除けてない間にも殴られ続けた何とか腕で顔を隠しているが、腕が痛みに慣れてきた。そしてちょっと痺れてきた。
「お前に、何が分かるんだよ!」
怒号で誤魔化したが涙で言葉が震えていた。
「お前こそ何も知らないくせに!」
「ぐぐ、があああああああああ!!」
急なカンターに反応出来なかった齋藤が僕の上から退いた。
即座に立ち上がり拳を強く握り直す。
「後悔なんてしてない!しない!お前におじさんの何が分かるぅ!?」
殴る というよりはゲンコツを振り回す形で齋藤を狙う。
もちろん防がれるが、それでもいい。
痛みを負わせなければ。
おじさんを曲解した罰。
痛みでなければ分からせられない。
「お前こそ何を分かった気でいる!本性も知らない癖に!」
本性?知っているさ。
後悔は悪い事じゃない何て言う割に自分は人一倍後悔してる。
そして僕が後悔しないように見守ってくれてる。
僕の事を正当化してくれる。
そんなおじさんが悪いモノなわけがない!
「黙れぇええええ!!」
なのに何で、焦ってるんだろう?
もしかしたら、僕は…
僕は
あ_
「させるか!」
結論が出る寸前に横槍が入った。
それは現実でも、横殴りで来た。
体に痛みが走り事態の混乱の解消のためすぐに上半身を起こした。
目の前にいる齋藤からは絶対に届かない場所から突き出た拳。
その元を辿ると友慈の顔があった。
「ギリギリだったな。どうだ、俺の『ストロングナックル』は?。」
拳を突き出し漫画の技をくらった感想を求めてきた。
どうしてここに。
そんなありきたりな事はいい。
前は『巻き込むな!』なんて怒鳴ってたじゃないか。
そんな友慈がどうして。
混乱は解けなかった。
だから動き出せなかった、齋藤が僕をのしかかるまでは。
そのままマウントを取られるのかと思った瞬間齋藤は友慈に蹴り飛ばされていた。
「悪いけどこの喧嘩、俺も混ぜてもらうから。」
僕を助けた、という訳ではなさそうだ。
ただ乱闘をしたいだけか、それともトレーニングとやらの結果を誇示したいだけなのか。
分からない、今の友慈が分からない。
僕は友慈とは喧嘩するつもりはない。
でも友慈は僕を殴る。
だが、齋藤も同じように。
均等ではないが僕と齋藤の両方を友慈は殴っていた。
そのタイミングはだいたい片方が有利になりそうな時と自分に攻撃が来る時だ。
そんな友慈に痺れを切らして齋藤が標的を変えた。
「ウゼェえ!」
友慈は防いだ。
その隙に僕は齋藤を殴ろうとしたが、友慈が反撃すると思った拳は僕を捉えた。
どうして
そう思った時友慈は既に振り返って齋藤を殴る瞬間だった。
分からない。
友慈は敵ではない。
でも今は?
味方ではない。
目的は分からないし、一体どうしたら…
ただ齋藤が僕の敵だから殴る。だが届く前に友慈に邪魔され吹っ飛ばされる。
何度尻餅をついただろう。
その度に疑問を持ち、それでも友慈には何もしようとしないまま三つ巴とは言い難いような状況が続く。
齋藤はいつしか友慈も敵と定め襲いかかっていた。
だが簡単にいなされるか反撃され尻餅を着いていた。
僕は実質も何も出来ずにただ齋藤を殴ろうとしては友慈に殴られていた。
いつの間にか友慈と齋藤の喧嘩に僕が割り込もうとしている様な図になっていた。
僕は気絶した。
何度も繰り返して、ただ痛みだけが次第に強くなり、鈍くなり、朦朧として、ついに倒れた。
目が覚めた時には齋藤が公園からとぼとぼ出て行くところだった。
近くに立ち佇む友慈は肩で息をして、砂だらけの服で汗を拭っていた。
視線を下に向けた友慈と目が合った。
友慈は何もせずただ唾を飲むと水道の方へ向かっていった。
僕はふらつく足で、ボーッとする頭で砂埃を払いながら立ち上がった。
友慈の方へは行かず、いつもの場所へ痛む体を引きずった。
座るといつもの様に安らいだ。
寝転がると体が楽になった。
安心する。
「やっぱりそこが落ち着くか。」
友慈が手についた雫を払いながら近づいてくる。
「うん、そりゃあね。」
「そうか。まあそれにしても、もうこんな事はやめろよ。」
友慈が僕の頭の上の空いたスペースに腰かける。
「何で?それに今日はどうして僕の邪魔をしたの?」
「今日だけじゃない、これから先ずっと邪魔する。」
「友慈は僕の友達じゃなかったの?味方じゃないにしろせめて邪魔しないでよ。」
友慈にも分からせないといけないみた「『友達』ってのはさ。先生が言った事なんだけど、例えば勉強出来ない奴だとしたら、そいつにノートをただ写させるんじゃなくてノートの取り方やなんかを教えてあげた方がいい。例えば友達が道を逸れそうになった時、一緒に行くんじゃなく力づくでも戻してやらなきゃいけない。それが『友達』ならな。悪いけど俺は齋藤とも友達のつもりだよ。」
反論が浮かばなかった。
「ごめん、齋藤にはもう謝ったんだけどな。俺はああするしかないって思って。ただ、お前には一方的に殴ってたからな、本当にごめん。」
崩れかかった決意を支えて、反論を思い浮かべたのに、全て無駄になってしまった。
こんな不意を突かれたら、たださっきまでの自分を思い出して泣く事しか出来ない。
「あ、そんなに痛かったか?」
僕が泣き出した事に友慈が気づいた。
「痛かった、痛むよ。だから、ごめん、1人にして。明日には、齋藤に、謝れるように、」
「ああ、頑張れよ。じゃあな、また明日。」
だんだんとしゃくりあがってくる声で震える唇で途切れ途切れになった言葉を、友慈は分かってくれてフォローしてくれた。
視界が溺れる。涙が止まらない。声を押し殺し切れない。
友慈は座っていた場所にハンカチを置いて去っていった。
考えが止まらない。昨日の夜のように、昨日の夜とは違う考えが溢れる。
どうして。どうして僕は。
思考が涙が後悔が止まらない。
枯れたのか、と思うくらいについに泣き止み、
頭がボーっとするくらい考え果てた。
隣にはおじさんが友慈のハンカチを差し出していた。
「もう、いいのかい?」
自分の服の袖で最後にもう一度目元を拭き取り友慈のハンカチを受け取りポケットにしまった。
「うん。もういいよ。」
「そうか。なぁ、後悔はしてないか?」
「うん。」
「そうか。それもまた後悔だ。」
「分かってるよ。後悔しないようにして後悔してる。今も、たぶん後になって後悔すると思う。」
「でも、それでいい。」
「うん。」
「ありがとう。」
「僕こそ、ありがとう。」
おじさんと並んで見る夕日。
それももう、沈んでしまう。
「帰るよ。」
立ち上がる。
「ああ、じゃあな。」
「さようなら。」
振り返り、頭を下げる。
まだ涙が残っていたのか、瞳から一雫だけ溢れてしまった。
おじさんは黙って頭を撫でてくれた。
そしてその手が離れるとおじさんはもうそこには居なかった。
目を疑った。
だが心では分かった。
「分かったよ、おじさん。」
誰もいないベンチに呟く。
公園を出ようとする僕を急かすように風が吹いた。
僕の帰り道を照らすように街灯が燈り始めた。
家に帰った後、親に散々説教され、散々心配された。
結果、齋藤の家に謝りに行った。
当然齋藤はムスッと拗ねていたが、僕の決意をそれとなく伝えると、不機嫌なまま自分も行ったと言う寺と住職を紹介してくれた。
後日その寺に行ってお払いをした。
どうやら何者かの加護がかかっているようだった。それと同時に悪魔のようなモノに呪いをかけられていた。
どちらかを払う事は出来ず、だから両方払う事にした。
払う事は一応出来たらしいがなんとも言えない結果に終わったらしく難しい説明を両親が受けている。
その間暇だというので妹と一緒に寺を邪魔にならないように散策し、妹は疲れて眠ってしまった。
邪魔にならない所に移動して、ただボーッと降り続ける雨を見ていた。
その奥にある太陽はいつ顔を出すのかと。
「よう。」
そんんあ僕に声がかけられた。
「何?」
妹を起こさないように返事をする。
「いや、何だかお前に親近感が湧いてな。歳も近いみたいだし。」
なんとなく、彼とは友慈とは違うけど仲良くなれそうな雰囲気がした。
「それでお前はこんな所で何をしてんだ?」
「君こそ。」
「あー、そうだったな。俺はここのお坊さんの息子で今日は手伝いさせられてんだよ。んで、今サボり中。」
「そうなんだ。僕は今日はお払いに来たんだよ。」
「ほー。それで、どうだった?」
「分かんない。だから今親が話ししてる。」
「へー、誰がやってくれたんだ?」
名前を言う。
「え?本当にその人が失敗したのか!?」
「いや、分からないよ。だから今話し合ってる。」
「そ、そうだよな。うん。」
僕が疑問を口に出そうとした先に答えをくれた。
「ああ、そうそう。あの人ここで一番偉い人だからさ。あの人でも無理ってんなら日本中を、ひょっとしたら世界を探しまわらなきゃいけないぞ。」
「そうなんだ。」
「ああ。お前もうちょっと緊張感持った方が良いんじゃないか?」
「そうかな。」
「ああ、普段は知らんが今日のお前は、おかしな事言うけどお前らしくない。なんとなくそう思うんだ。」
「おかしくなんかないよ。みんなに言われるし、僕だってそう思う。でも、今は変わろうとしてるから、」
言葉を飲み込む。後悔しないように。
「そっか。まあ自覚してるんならその内治るか。」
「うん。」
「上!!」
遠くから人を呼ぶ怒声が聞こえた。
「うわっ、見つかった!そういう事だから。」
そういってこの場から走り出そうとした時、
「そうだった。俺は『落合 上』だ!またどこかで会おうぜ!」
手を差し出して来た。
「僕は青木 拓人。」
同じように手を伸ばす。
上は僕の掌を叩いて「じゃあな!」と言って寺の中を走って逃げ出した。
すぐ後にお坊さんが早歩きで来てどこに行ったかを聞いて来たので、素直に本当の事を話した。指差し付きで。
すまないとは思うけど、彼はこれでいいと思う。
妹も起きたし、そろそろ両親の所に戻る事にした。
立ち上がって妹を起こそうとした時、今度は目の前に白い袋を携えたサンタが姿を現した。
「ホッホッホ」
大層なサブタイトルを付けたなーとも思いますが元々こういうの付けようと思ってたんで内容と違和感があるかもしれませんが、自分ではちょっと納得してます。
そんなわけで新キャラも登場した今回の話しですが、新キャラの方は割りと最近思い付いたんですが、それ以外は最初の方からずーっとやろうと構想していたのが今回、それと次回かその次の回です。
いろいろと考えてたんですがこのような形で決着しましたが如何でしたでしょうか。
私はやりたいことやれて少し満足です。
今回のは本当は2話分割でやろうとしたんですが、やりたかった場面が案外綺麗にまとまったものでそのまま続けました。
やりたい話だったと言うことで早めの更新ですが、次回も1週間以内より早めを目指していきたいです。
それでは