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侍の煩い

作者: 田島 大腮

 「ダメだ。殺される」

私は倒れこみ、真剣を翳した男を見た。

「武士として、この男に殺されるのであれば幸せか…」

私は腹を決め、目を閉じた。


 あと一歩踏み出せれば、私は目の前の武士を倒すことができる。でも私はどうしても動くことができなかった。草履の鼻緒が切れているのだ。踏み出す力が弱ければ相手がいくら腹を決めているとしても、息の根を止めることは非常に難しい。一体、どうすれば…


「はい、カット!」

監督の声がかかるとその場の緊張が一気に解けた。監督は鼻緒の切れた方の武士に向かってこう言った。

「いやあ、やっぱり本物の侍は違いますね。今回のオファーを引き受けてくださって、ありがとうございます。いい映画になりますよ」

倒れていた役者も立ち上がって、砂を払い落しながらこう言った。

「本当に殺されるかと思いましたよ」

私は差し出された手を握ったが、分からない言葉が多かった。

 蝉の音を聞きながら、私は家に入った。妻が桶に水を張って、私の身支度を手伝う。彼女は優しい顔をしながら今晩の夕飯について思案しているようだった。

「オファーという言葉はなんだ?」

「オファーというのは、お願いのことですね。あなたは本物の侍。現代ではいないと思われていた奇跡ですから」

「なるほど」

本当は「映画」という言葉も知らなかったが、それは今晩にでもさりげなく聞くとしよう。私は庭でがやがやと荷物を片付ける大勢の人間を見つめた。今ではかまどに立つ妻も。この大勢の中の一人だった。


 一年ほど前、私の目の前に大きな機械や知らない言葉を使う人が現れた。着ている物も姿も私が会った事のない人達だった。

私は何がなんだか分からない状態で、私は刀から手を離すことができなかった。そんな私に妻が必死で説明してくれた。そこで私は「時代が変容している」ことを知った。一から十まで妻が教えてくれた。そして、彼女はここに住み始め、私たちは夫婦になった。

 夕飯を食しながら、私はずっと思っていた言葉を口にした。「映画」という言葉の意味は知らなくてもいい。

「一緒に帰らなくて良かったのか?」

「帰るって。ここが私の家ですよ?」

「でも、時代が違うのではないのか?」

「そうですね。始めはびっくりしましたけれど、もう慣れました。おかげで心安らかな日々を過ごしていますよ」

妻が笑うから良しとしようか…今では私にとっても非常に大切な人である。彼女がいなければ押し寄せる現代人の言葉を理解できず、農作業の仕事を邪魔されたりしてしまう。彼女がいれば、大半は追っ払ってくれるし、「現代の金」という物も手に入る。金の使い方は知らないが、そのおかげで有力武士の妻のような、豪華な着物や装飾品を手に入れることができると妻は言う。そしてよく笑う。

「今夜は涼しくなるな」

そう言うと妻は微笑み、外を見つめた。

「良い月ですね」

「ああ」


 妻によるとこの年、私が出演したという「映画」はたくさんの人に観られたらしい。おかげで家の箪笥には布団のように「現代の金」が積まれている。私は今までのように暮らせたらそれでいい。しかし…

 妻は箪笥を見るたびに、ニヤリと笑う。そんな顔を見る度に私はに不安が押し寄せる。

妻がいつかいなくなってしまうのか。恐らくはそう遠くない未来に、私は煩っている。



ボツになった作品に手を加えてみました。


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