賢者チャラ男、あとメガネ。
異世界召喚。
今や使い古されたこのテンプレートに、ある王国の命運が託された。
召喚されたのは五人のクラスメイト。目的はもちろん魔王討伐だ。
魔法陣から現れた彼らは、女神の「粋な計らい」によって、そのビジュアルを大幅に書き換えられていた。
勇者となった野球部キャプテンはゴリラから、すらっとした細マッチョに。
魔道士となった真面目地味子のメガネ委員長は、露出過多なセクシー美女に。
戦士となった陰キャ小太りオタクは、岩のような筋骨隆々に。
僧侶となった派手な外見のギャル子は、慈愛を秘めた清楚系美少女に変わった。
誰がどう見ても「勇者パーティ」の完成である。
だが、問題は五人目だった。
賢者となったチャラ男は、知力が大きくアップ。
彼は見た目こそそのままだが、顔つきがガラッと変わった。あとメガネ。
というわけで賢者となったチャラ男はとても賢くなった。それはもう読者の想像以上に。
「よくぞ参られた、勇者たち。我が願い、魔王討伐を叶えたまえ!」
勇者キャプテンが王の願いを叶える決意を表明しようとするが、チャラ男はそれを制して、クィッとメガネを直す仕草をする。
「王様、そのマジヤバい願い、叶えてやるっス。しかしその前に・・・。」
本来、現代人なら「は? なんで俺たちが?」と反発するところだが、そうはならない。勇者一行は女神によってすっかりその気にさせられていたのだ。困ったものである。
だが、チャラ男だけはちょっと違った。彼はそれを知った上で「まぁ、話は聞くわ」と、あえて乗ることにしたのだ。
チャラ男にはお見通しだったのだ。——— なぜなら賢者だから。
賢者チャラ男はIQがいきなり跳ね上がったことで、王たちの思惑を推察することや自分たちが置かれた状況を冷静にかつ正確に分析できるようになった。
少しの質問と回答、その時の表情やしぐさをつぶさに観察し、いろいろ察してしまう。
彼はどこに持っていたのか大学ノートと三色ボールペンを取り出した。
「まずは、あんたの『目的』をハッキリさせようか。」
賢者による、えげつないカウンセリングの開始である。チャラ男がノートにさらさらと書き出したのは、勇猛な戦略図ではなく、冷徹なまでの「国家経営の現実」だった。
「あんた、魔王を倒したいわけじゃないっしょ。本当の目的は『政権維持』。自分の代で国を滅ぼさず、安泰に暮らしたい。そうでしょ?」
「貴様、不敬であるぞ! 王はそのような狭量の持ち主ではないわ!」
大臣たちが色めき立つが、チャラ男は「まぁまぁ」とペンを回した。
「いや、いいんっしょ、別に。政権維持は皆の平和、超大事。王として当たり前っしょ。むしろ、それを認めてくれないと話が進まないんよね。」
彼が示したのは、冷淡な「討伐後のシミュレーション」であった。
「いい? 今、魔王を俺たちがぶっ殺した場合どうなるか。これ、見て!」
彼が差し出した紙には、無機質な線で「国家崩壊の曲線」が描かれていた。
「結論から言うと、討伐から半年以内にこの国、滅ぶよ。」
「な、何を馬鹿な・・・!」
「計算すれば解るっしょ。この国のGDPの4割、対魔王軍用の防衛予算で回ってるじゃん。武器屋、騎士団、城壁・・・。魔王がいなくなったら、その4割の仕事が明日からゼロになるわけ。失業率爆上がりで、経済は死ぬ。」
「さらに、今みんなが重税に耐えてるのは『魔王が怖いから』でしょ? 魔王がいなくなったら、国民の不満は全部、城にいる王様に向くよ。これ、革命が起きる確率、92%っしょ。政権維持どころか、ギロチン台直行だよ、王様。」
王の顔から血の気が引いた。
「———なっ、ならばどうすればよいのだ?」
賢者チャラ男のメガネがキラリと光る。
「『抑止力』って知ってる? 魔王だって馬鹿じゃない。———ほら、魔王が勇者に倒されるって定番じゃん。魔王が知らないわけないじゃん。勇者に殺されるかもって、マジでビビってるよ。
だったら、俺たち勇者っていう『戦略兵器』をチラつかせたまま、外交官を送ればいいわけ。侵略やめないと勇者を派遣すっぞ~、ってさ。
魔王にとっても、死ぬよりは『和解して共存』するほうがコスパいいっしょ。たまに国境付近で小競り合いするフリだけしてれば、王様はずっと『国を守るヒーロー』でいられる。これ、ウィン・ウィンじゃね?」
それからしばらく後、魔王との間に『不可侵および経済協力条約』が結ばれた。
その間、勇者たちは一度も戦うことなく、ただ「平和の象徴」として豪華なメシを食って太るだけの日々を過ごした。
勇者一行は全てが終わると、チャラ男が解析した召喚魔法陣で逆召喚、現世に帰って行った。
残りの4人はまったく出番がなかった。
現世に戻った一行は、能力が奪われ元に戻る。
野球部キャプテンは元のゴリラに、委員長は地味子に、全員が元の姿に戻り、元の凡庸さに戻っていた。
「———マジ、何だったんだよ・・・。」
キャプテンが呆然と呟く。女神に与えられたチート能力も、全能感もすべて無意味だった。
しかし、ただ一つ分かったことがある。
賢者とは「万能魔法使い」ではなく、単に「賢い人」だったってことだ。
◇◇◇
街角で今日もまたナンパに失敗するチャラ男。
さてどうしたものか思案しようとして、 無意識に鼻の付け根へと右手が伸びる。
しかし、そこにはもう、直すべきメガネがなかった。
「———あ、メガネ、ねーわ。」
指先が空を切り、間抜けに鼻先を触るだけだった。
「ま、いっか。」
そう言って、次のターゲットを求めて街をブラブラする。
チャラ男は相変わらず、チャラ男であった。




