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命短し狂えよ乙女 全てを失ったので笑顔で復讐することにしました

作者: rKarter
掲載日:2026/05/09

 とある東南アジア諸国の南東の島『ケルベム』。

 本土から切り離されたこの島はカジノや高級ホテルが立ち並ぶ誰もが羨むリゾートだ。

 一方、その裏路地では利権を争うためにギャングや無法者たちが犇めく犯罪都市の一面を持ち合わせていた。


 そのケルベム島の高等学校に、日本人の少女が居た。

 髪はしなやかな黒色で、それをまっすぐと伸ばした長髪。

 前髪を分厚くまっすぐに切りそろえた、大和撫子を体現する凛々しさ。

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、彼女の名はユエ。

 その清らかさに、泥水を掛けるような醜い罵声が彼女の背後から飛ぶ。


「この日本人女!」


 廊下を歩く彼女はその罵声に僅かに、眉を顰めるもすぐに表情を整え、微笑みと共に振り向いた。


「御機嫌よう、ウー君」

「澄ました顔しやがって、この不正女が!」


 ウーという少年は顔を真っ赤にして叫び、取り巻きの少年少女たちも同意の声を叫ぶ。

 不正というのは、期末試験の結果だ。

 全ての教科で満点近くという他を寄せ付けない好成績でユエは、この学園のトップの座している。


 この島随一の資産家であるウーは、幼いころから甘やかされ、欲しいものは全て手に入れることが出来た。

 彼は学年一位というメダルを手に入れるために、教師を買収したり、堂々とカンニングをしたが、それでもユエに敗北し続けている。


 いや、実は彼が欲しいのは名誉よりもユエだったが、幾ら金をちらつかせても彼女はまるで靡かない。いつしか憧れは憎しみに変わっていた。


「皆、知っているか? 日本は世界で一番高齢化が進んでいる終わった国なんだ!」

「ははは!」「知らなかった!」「流石、ウーさん!」

「それに比べて、僕の父さんは中国の政治家の友達なんだ! 毎月のように中国から貢物が来る!」

「凄ぇ!」「流石、ウーさん!」


 ウーとその取り巻きは、まるでシュプレヒコールの様相だった。

 しかし、ユエは困ったような笑みを浮かべて首を傾げると、静かに告げた。


「国じゃなくて、あなたと私で比べましょうよ?」


 比べるまでもない。 

 学力だけでなく、運動能力も御曹司のウーよりユエが遥かに優れていた。

 ユエは用は済んだとばかりに、くるりと回り、歩を進める。

 その背後で、顔を真っ赤にしたウーは、ロッカーの上の花瓶を投げつけた。


 ユエは横眼でそれを眺め、ふっと冷笑した。


(どこ狙っているの?)


 だが、直後、目を見開いた。


「きゃあああああああああああ」


 目の前で女生徒が、怯えて悲鳴を上げる。

 放物線を描く花瓶は、その女生徒に迫っている。

 ユエは肩掛け鞄を素早く手に握ると、それをバットのようにスイングし、花瓶を叩き落とした。


「……え?」

「大丈夫?」

「あ、ありがとう」


 呆然とする女生徒に微笑むと、ユエはそのまま歩き去る。

 庇われた女生徒を始め、他の女生徒たちもユエに目を奪われる。


 ユエは、ウーを始めとする地元の御曹司たちに恨まれる一方、貧しいながらも懸命に努力する生徒たちにとって、憧れの的だった。

 まるで主人公、その後姿を見ながら、ウーは憎々しく呟いた。


「後悔させてやるからな」


 しかし、このケルベム島に裏表があるように、ユエにも裏表があった。


 ◇


「――っ! えい!」


 深夜一時の高級住宅街の一角、他国の外交官や商社マン向けに作られた住宅にて、少女の気合の入った声が響いていた。


「何が、不正よ! 私がどれだけ努力したと思って!」


 自宅のジム施設にて恨み辛みと共に彼女は、日本刀を振り回していた。

 模造刀ではなく、立派な真剣だ。

 彼女、桐生ユエの遠い先祖は忍びの名家だったらしく、家宝として幾つかの刀を所有していた。

 ユエの父を始め、こんな物騒なモノ誰一人として触れようともせず、モニュメントとして飾っていたが、彼女は物心ついた頃から興味を持ち、人気のないところで振り回していた。


 特にお気に入りは仕込み刀であるこの刀で、腰のベルトに擬態させるためにペラペラに薄い。今のユエはストレス発散の為にそれを振り回している。


「私がどんな気持ちで!」

「ユエ」


 突然の落ち着いた声に、ユエは刃を止めて、身体を縮こまらせる。


「お、お父さん……!」

「危ないことは止してくれと言ったろう」


 ユエの父は日本の外交官として、この国に派遣されていた。

 彼はユエの身体を抱き寄せると、優しく語り掛けた。


「今日も遅くまで勉強していたんだろう? 身体を大切にしなさい、一番じゃなくていいんだ」

「でも、一番じゃなかったらきっと笑われるよ! 馬鹿にされる、お父さんまで」

「いいんだ。私はただユエが楽しく生きてくれれば……真面目に生き過ぎたから、母さんも私に愛想が尽きたんだ」

「あの女のことなんて!」


 母の話題になると、ユエは取り乱して、語気を荒げた。

 ユエの両親は離婚していた。

 理由は母親の浮気。

 それだけではなく、雑誌社の記者だった母はユエの親権をとられたことに逆恨みし、ユエの父を税金で贅沢する外交官とデマ記事を書き、バッシングを起こした。


 お陰で、父はほとぼりが冷めるまで帰ってくるなと命じられ、ユエと共にこの島に縛られている。


「父さんは悪くないよ。私、父さん大好き」

「そうか、ありがとう。これだけは忘れないでくれ。他の人なんて気にするな、ユエが楽しく生きてくれればそれで良いんだ」


 父の腕の中で、ユエは静かに目を閉じた。

 学園やその他に些細な不満はあれど、男遊びばかりをする母と離れ、父と過ごせる日々は幸せだった。


 しかし……。


 あくる日の事だった。

 突然、街に日本人大使が大量の横領をしているという根の葉もない噂が流れた。

 それを聞いた市民たちは憤り、ユエの自宅に連日詰め寄った。


「ユエ、安心してくれ。助けは来る」


 事態を重く見た日本政府は脱出の手配を試みたが、それを阻止したのはユエの母だった。彼女は世間を巧みに操り、たかだか一人の外交官の為に、大量の税金を投入するのは怪しい、不正の証拠だという論調を作り上げた。


 結果、二人に助けは来ず、数日後、とうとう暴徒はユエの自宅に火を放った。

 玄関が炎に包まれ、それが燃え広がっていく様子をユエは呆然と眺めた。

 燃え盛る外からウーの声が聞こえた。


「見ろ、これが逆らった者の末路だ!

 力を持つものに逆らってはいけない!」


「そんな、こんな酷いこと……」


 ユエが呆然と呟く中、逆に父は穏やかな笑みを浮かべ、彼女を信頼のおけるメイドに託した。


「娘を頼んだよ」

「ご主人様、お任せを」

「待って、父さん、一緒に逃げよう!」


 ユエの伸ばした手に優しく触れると、彼女の父は微笑んだ。


「君の父で幸せだった。

 忘れないでくれ。誰の目も気にしなくていい。楽しく、思い切り、やりたいことをすればいい」


 そして、父は玄関を開け、群がる群衆の元へと進んでいった。

 その隙をついて、メイドたちはユエを連れて逃げた。

 

 数日間、路地裏を通り、物陰に隠れ、人目から逃れ続けた。

 時にはユエを慕っていた同級生の家に身を隠した。


 だが、友人たちの励ましにも、メイドの声にも殆ど反応することなく、ユエはずっと放心状態だった。

 頭の中を回り続けていたのは、父の最期の言葉。


『楽しく、思い切り、やりたいことをすればいい』


(やりたいことか……そんなのもう)


 ユエは半ば投げやりに目を閉じた。

 するとそこには、日本刀を片手にウーを切り刻む自分の姿が見えた。


(駄目、こんなこと出来る筈ない!)

『楽しく』

(こんなことやっていい筈がない、それに父さんの名誉を挽回するには正しいやり方じゃないと)

『思い切り』

(いつも誰かの目線を気にして、座るときも、立つときも、歩くときも、やりたいことなんて)

『やりたいことをすればいい』


 ユエは目を開き、立ち上がった。

 気が付くと、下水道の中だった。

 疲弊困憊しているメイドたちは、突然立ち上がったユエを怪訝な目で見上げた。


「お嬢様?」

「ふふ、私、やりたいことが出来たの」

「な、何を?」

「復讐!」


 ユエは曇りのない笑顔でそう言い放つと、いつの間にか腰に差していた仕込み刀を抜き、宙にかざした。

 上の排水溝から洩れる光を受け輝く刀、それを見ると、突然何でもできそうな気がした。


「皆、ありがとう! もういいよ! しばらくしたらまた皆を迎えに行くからね!」

「ああ、お嬢様……どうか、お気を確かに」


 主は気が狂ってしまったのかと、すすり泣くメイド達に、ユエは飛び切りの気味の悪いぐらいに魅力的な笑顔を見せた。


「皆、泣かないで。

 私はもう悲しい風景や嫌いなものを見たくない、楽しいことだけして、楽しい風景だけを描くの。

 だからね、決めたのっ。誰よりも楽しく、誰にも出来ない生き方(復讐)をするって!」



 ユエの父が襲撃されてから半年後、ケルベムの住人達はその事件のことを忘れ始めていた。


 その頃、彼女は行動を開始し始めていた。


 かつて、父から危険だから近づくなと言われたカジノ街の裏手、彼女はそこに向かっていた。


 父から託されたものは愛だけではなく、外交官としての情報書類もあった。




 華やかなカジノのネオンとは対照的な薄暗い通りに、彼女の目当ての場所があった。


 そのシャッターの降りた寂れたその建物はまるで空き巣だった。彼女はのドアノブに手を掛けた。




 中には外見からは想像も付かない、お洒落なバーを思わせるシックな空間が広がっていた。


 しかし、ヒノキを使ったショーケースの中には酒瓶ではなくライフル銃が並べられていた。


 1人、カウンターに鎮座していた初老の白髪紳士の店主をユエを一瞥すると、僅かに怪訝な表情を浮かべた。




「どうやら、手違いで入店されたご様子。お嬢さん、此処は繁華街ではありません。すぐに出ていったほうがよろしい」


「ううん、この鉄砲屋さんに用事があったの」


「……これは最後の警告です、どうかすぐに退店を。さもなくば」




 店主の目つきが鋭くなった時、ユエは持参してきたボストンバックの口を開き、中身をカウンターにどさどさとこぼした。


 幾つもの札束。


 ユエの父からの遺産だった。




「これで足りるかな?」




 店主は暫し硬直していたが、小さく息を吐くと、眼鏡をはずし、手拭いでそれを拭いた。




「とんだ失礼を致しました、お客様。私の目が曇っていたようです。どうぞこちらへ」




 そういうと、店主はカウンター奥の棚をずらし、ユエを隠し扉へと案内した。


 現れた部屋は、一面の白いタイルに武器ラックが備え付けられており、そこに多種多様な銃器がかけられていた。




「わぁ……。漫画みたい」


「お客様の事情には深入りしませんが、どうやら、訳がおありの様に見えます。そういったお客様にも対応できるものを用意しております。


 それで、どのようなものがご入用でしょう?


 中長距離対応の7.62㎜のバトルライフル、室内戦向けのPDW、必要なものは全て揃っています」




 店主は恭しく説明したが、ユエは首を傾げていた。


 そして、まるで少女が誕生日のケーキを注文するかのような態度でこんなことを言い出した。




「私が欲しいのは、カッコよくて、SFみたいで、それで面白い銃かな」


「格好良くて、SFのような……」




 聞きなれない単語に顔をしかめる店主だったが、彼はプロフェッショナルだった。


 彼はショーケースの中から、一つの銃を取り出した。




「こちらの一品は、マシンピストル 93R。


 警察特殊部隊の法的執行機関様に作られた拳銃です。


 一般的な拳銃と違うのは、3連発のバースト射撃機能。


 瞬時に弾幕を張ることができ、拳銃サイズでありながら高い制圧力を兼ね備えた面白い銃となっております。




 ふむ、SF要素は……実戦的なレーザー・ポインターをお付けしましょう」




 ユエはその拳銃を受け取ると、愉悦の笑みを浮かべた。




 ◇




 それから、1年近く経った頃だった。


 ウーはユエの居なくなった学園で王のように暴虐に振る舞い、卒業した。


 彼は進学せずに、資産家である親から融資を受け、親の事業の一部を引き継いぐことにした。


 カジノやリゾート地の運営、それから、銃器や薬物の違法取引にも手を染めた。


 彼の父は膨大な資産でマフィアを動かすこの島の支配者の一人であり、ウーはそれを襲名する形で支配者になろうとしていた。




 多少の事業の失敗なんて問題なかった。


 親の七光りの前に失敗を指摘できる人間はおらず、気に入らない人間はユエのように期してしまえばよかった。


 警察も買収済み、失敗なんてあり得ない。


 成功が約束された人生だった。




 だが、暫くして、暗雲が立ち込め始めた。




 銃や薬物の闇取引に向かわせた部下が何者かに襲われることが多発したのだ。


 最初は部下が影から刃物で切られたと血まみれで帰ってきていた。


 だが、その内、何人もの部下が帰ってくることがなくなり、街の路地で死体で発見されるようになった。




 死体にはどちらか二つの特徴があった。


 3発の銃弾か、鋭利な刃物でバッサリと切り捨てられているか。




 ウーは毎夜部下たちを集めては、大変激怒した。




「何回やられたら気が済むんだ!?」


「ウー様、これで9回目です」


「9回!? それでどれだけの損益が出たと思っている!? 相手は誰なんだ!?」


「わ、分かりません」


「早く捕えろよ!何をしているんだ!」




 部下たちに襲撃犯の始末を命じ、懸賞金も掛けた。


 部下の命が云々というよりも、自分のプライドが傷つけられたことや取引が邪魔されたことにだ。


 しかし、結局、襲撃者の正体すら掴むことが出来なかった。


 


 ただ、幾ら失敗をしたところで、ウーにはこの島での絶対的な力がある為、何処かでしばらくすれば収まるだろうという甘い考えがあった。


 が、突然、ウーは見限られた。


 彼の大物顧客である中国マフィアの堪忍袋の緒が切れた。


 マフィア達は莫大な賠償金を払え、さもなくば報復すると言って来たのだ。




 ◇




「ふふ、計画通り」




 闇夜の下、フードを被ったユエは手元のタブレットを見て、呟いた。


 それはかつて父が使っていた外交官用のタブレットだ。


 日本の機密情報管理は甘いと言われるが、予想以上だった。


 父の死の後も、そのアカウントで外交官向けの機密情報にアクセスできたのだ。


 ユエは日本政府の持つ国際情勢の情報にアクセスした。


 アジア向け外交官に向け、中国マフィアの抗争の激化に注意されたし、という内容の情報を得ると、ユエは徹底的にウーの商売を妨害した。


 抗争中の中国マフィアは我先に武器が欲しいのに、それが手に入らないとなると、厳しい制裁を下すだろうと予想できたのだ。




 ユエは路地から、豪華絢爛な要塞の様な豪邸を覗き見る。


 ウーとその家族の邸宅だ。


 以前まで夜中でも電気は消えず、派手な音楽鳴り響いていた。しかし、今はあらゆる窓にブラインドが降ろされ、家人たちが足音を殺しているかのように音は一つもしない。




 そして、門にはみすぼらしいチンピラのような警備しかいない。


 もうマフィアやプロの護衛を雇う金もないのだろう。




 恐らく、放っておいても、中国マフィアの制裁によって始末される。


 だが、その役目を誰かに譲る気はなかった。




「だって、こんなに楽しみなんだもん」




 ユエは闇夜から、躍り出た。




「ん? おい、止まれ!」




 ウー邸宅の護衛は路地から出てくる人影に気づいた瞬間、銃を向けた。


 だが、その相方がそれを制する。




「馬鹿! 女だ。 またウーさんが呼んだ女かもしれねぇ」


「そ、そうだった」




 少し前に悲劇が起きた。


 ストレスのせいで不眠気味だったウーは連絡無しにお気に入りの女を呼んだ。


 しかし、来訪を知らなかった護衛は例の襲撃犯と勘違いし、射殺してしまった。


 役目を果たしたはずの護衛はウーの激昂を買い、海に沈められてしまったのだ。


 護衛達はそのミスを恐れ、そして、張り込んでいたユエもそのことを把握していた。


 


「お前、ウーさんの呼んだ女か? 名前は?」


「ふーん、そんな口聞いて良いんだ?」


「うっ!?」




 ユエの生意気な演技に護衛達は口を紡ぐしかない、女の告げ口によりご主人の機嫌を損ねたら、制裁が待っているからだ。


 護衛からしたら最悪な仕事だ。だが、良いこともある。




「でも、ボディチェックはさせてもらうぞ。これはウーさんからの御命令なんでな」


「よし、俺は後ろを見る。お前は前を見ろ……ぬふふ」




 男たちは思わずにやける。


 ウーのような富豪を持てなす上玉なんて、下っ端にはとても届かないが、この時だけは文字通り触れられる。




(にしても、これは上玉中の上玉だな。 若いし、下品な感じが無い。このヒップラインが……)




「じゃ、お身体に触りますよっと」




 背後側の男が鼻息を荒くし、ユエの背中に迫ろうとした時、彼女が動いた。




 目にもとまらぬ速さでコートから拳銃を抜き、前側の男に突き付けた。


 左手で銃を突き付けながら、上半身を後ろに捻り、右手で刀を抜いていた。




「え?」


 


 ダダダンという3点バースト特有の発射音と、シュンという空気を切り裂く音が響く。


 男が最期に認知できたのは、顔に横から迫ってくる刀の刃先と愉悦の表情を浮かべる少女の横顔だけだった。


 ◇



「いつまで駄々を捏ねているんだ!」




 ウーの執務室では、彼の父が怒鳴り声を上げていた。


 一方、ウーは今にも泣きそうな顔で叫ぶ。




「嫌だ! この島を離れるなんて!


 僕らはこの島の支配者だ!」


「マフィアや殺し屋の手が迫っているのだぞ」




 中国マフィアの提示した賠償金は天文学的でとても払うことが出来ず、とうとう二人の元に殺害予告が届いた。


 父は直ちに国から脱出しようと考え、暗い部屋の中で慌ただしく夜逃げの準備をしていた。


 だが、ウーはそれを頑なに拒んだ。




「嫌だよ、父さん! 


 知っているだろう、僕は負けるのが嫌いなんだ!


 あの襲撃犯にやられたままなんて嫌だ!」


「もう襲撃犯を捕えてどうこうなる問題ではない!」




 だが、父にとっても、理解不能な敵だった。


 ウーの家に歯向かう組織なんてこの島にはいない。海外の組織かとも考えたが、怪しい出入りは無かった。となると、単独犯だが……1人で10人近くを始末したことになる。




「ことが収まれば、戻って来れる。逃げる先は日本だ」


「日本って……! 嫌だよ、父さんだって時代遅れって馬鹿にしていたじゃないか! せめて、香港やマカオがいい!」


「馬鹿者! マフィアの総本山に乗り込んでどうする!? 


 状況が変わった。 日本だって悪くはない。地味だが、治安がいい。マフィア共も追っ手を寄越せないはずだ」


「それだけは嫌だ!」




 ウーの脳裏には、かつて学園に居た少女のことが浮かんでいた。


 誰よりも可憐でお淑やかながら、いつもいつも、あらゆる分野で自分の先を行き、何時しか目障りで仕方の無かった少女。


 だから、始末した。


 ウーに後悔などなく、気分爽快で、その内忘れていった。




 だが、襲撃事件が連発し始めた頃から、あの少女の影がちらつき始めていた。


 自分がやろうとしたことを先回りして潰しに来る。対策を練っても、掻い潜り、振り向かせることすらできない。




「なっ! 泣くな馬鹿者!」


「だ、だって」




 気づけばウーは悔しくて、涙を流していた。


 ――これが学生の頃なら、まだ可愛げがあったが、今となってはあまりに情けない。


 御曹司として何不自由なく過ごしてきたせいで、身体ばかりがぶくぶく大きくなり、精神性はまるで成長していなかった。




「くっ! とにかく、早く準備をしろ! 身の回りの物と金塊をバックに詰めろ!」




 その時、部屋の扉がノックなしに開かれた。


 光の無い部屋に男の影が現れた。逃走用の脚を用意させていたウーの部下のようだ。




「遅い! 用意はできたのか!?」


「あ、ううっ……」


「は? はっきりと喋らないか」




 主の苛立ちを受け、男は大きく口を開けた。


 そして、主たちに向け、吐血を放った。




「がはっ」


「ひぃ!?」




 男は倒れ、ウーたちは恐怖に竦み上がった。


 倒れた巨漢の影から現れたのは、小柄な少女だった。


 雲に覆われていた月が照らし出した。




「に、日本人女!」


「生きていたのか!?」




「そんな素っ気ない呼び方じゃなくて、ユエって呼んでよ」




 ユエは微笑む。


 朧げになっていたウーの記憶の彼女よりも、もっと清楚で、もっと凛としていた。


 彼女を纏うベージュのトレンチコートは返り血で真っ赤に染まっていた。




「どうしてお前が此処に!? 何をしに来たんだ?」


「まだ気がつかない? 私が襲撃犯よ。しつこすぎて、ドキドキしちゃった?」


「ふざけるな!」




 ウーが仰天し、声が上擦る中、彼の父は零細さを保っていた。


 ユエに気づかれないよう、そろりと引き出しの中の護身用の拳銃に手を伸ばした。




「そこ、人が喋っている時にもぞもぞしない」




 ユエは落ち着きのない子を叱る様な声を上げると、コートのベルトを引き抜いた。


 ぶらんと宙で靡いたベルトは、目が覚めたかのようにすぐに鋭利な刃物と化し、父の胸を貫いた。




「ふぎゃあ!?」


「父さん!」


「無理に抜こうとしない方が良いよ。血が噴水みたいに飛んで、それこそ死んじゃうよ」


「お、恩知らずめ。この島の支配者たる私に……! こんなことが赦されると思うのか?」


「私のお父さん奪っておいて、お互い様じゃない?」




 ユエは笑みを消し、首を傾げて尋ねた。


 父は出血と恐怖で、顔を真っ青にした。


 息子ウーは隙を見て、どうにかしようとしたが、その額に赤い光点レーザーポインターが光った。




「もぞもぞしないでって言わなかったけ?」




 ユエは左手の日本刀と右手の拳銃で二人の命運を握っていた。


 父の胸に刺さっている刃は絶妙に心臓を避けており、致命傷ではない。


 交渉できると判断した彼はユエに尋ねる。




「な、何が望みだ? 金ならくれてやる!」


「要らないかな」


「お前の父のことか……! あれは息子と部下がやったことだ!」


「お父さん!?」


「嘘つかないでよ。父さんの外交官としての仕事が目障りでしかたなかったんでしょう? あなたの部下が最期に教えてくれたよ」


「クソ、何処の馬鹿が!? 


 がああああああああああああ!」




 ユエは伸縮性の高い刀をプラプラとさせる。


 彼の体内で鋭利な刃が暴れ、心臓をも貫こうとする。




「ごめんなさいぐらいは言って欲しかったなぁ」


「ご、ごめ……ひひひ、へへへ、いーひひひひひひひひひぃ!」


「あ~あ、壊れちゃった」




 ユエは興味を無くしたかのように呟くと、刃を引き抜いた。


 部屋の天井まで届くような血の噴水が吹き上がり、かつてのケルベム島の支配者は死んだ。




「ひ、ひいいい」




 ウーは盛大に小便を漏らした。


 彼はその場で頭を下げたり、腰を低くしたり、身体を左右に振り、額のレーザーポインターを外そうとする。


 が、ユエの持つ拳銃はぴったりと彼の額を追いかける。




「何その踊り? ちょっとおもしろいかも」


「や、やめろ! 復讐なんて意味ないぞ! 」


「うん、それ無理」




 ユエは茶目っ気ぽく笑うと、その場でくるりと回って見せた。


 今まで浴びて来た血飛沫が床に飛び散る。




「私はこの時を楽しみにしてたんだからさ!」




 が、その時、ユエの目が細くなった。


 誰かがこの邸宅に入って来たのだ。




 ◇




 中国マフィアはウー親子に激高し、ケルベム島の地元マフィアに抹殺の依頼を出した。


 その依頼を受けたのは、イタリア系マフィア「バルベーラ・ファミリー」だった。


 女頭首バルベーラは、以前からウーの金に物を言わせた下品な振る舞いを嫌っており、彼の没落を大変喜び、抹殺依頼を快諾した。


 それと共に、ウーの没落の原因となった得体の知れない襲撃事件にきな臭いものを感じていた。




 そして、いよいよ、ウーに引導を渡す為に彼の邸宅に乗り込んだわけだが、既に護衛達は切り伏せられた後だった。




「うっ……。これは酷い」


「ボス、この鋭い斬創に、3発の銃弾。この手口間違いありません」


「例の謎の襲撃者か。 是非とも、お顔を拝見してみたいものだ」




 バルベーラは、期待と共に執務室の扉を蹴り上げた。


 そこで、怯え切ったウーとユエと出会った。


 ユエの姿を見て、部下たちは言葉を無くし、バルベーラは圧倒された。




 月夜に照らされた血濡れの令嬢、そっちのけは無いが、うっかりすると恋に落ちてしまいそうなぐらい衝撃だった。




 ユエの方が先に口を開いた。




「ねぇ、お姉さん。イタリアマフィアでしょ?」


「あ、ああ。 待て、どこであたしたちのことを知った」


「イタリア製の高級スーツを着てるから」




(学があるのか、この少女。――そうか)




「お前、あの外交官の娘か?」


「うん、そう」




 ユエは宙に向かって刀を素振りさせた。


 邪魔するなら血祭りに擦るぞという、明らかにバルベーラ一味に対する威嚇だった。


 マフィアの一人が、ユエに拳銃を向けようとするが、バルベーラがそれを止めた。




「お嬢さん、お前さんには同情するよ。


 ただ、あたしたちも仕事なんでね。


 父親の方は譲ったんだ。そのバカ息子の首は貰うよ」


「でも、結果的に死ぬなら誰の仕業でも同じじゃない?」


「うちらにもプライドとか建前とか色々あるのさ。


 取引だ。


 こいつらが夜逃げに使おうとしたその金塊を持っていけ。


 売れば一生遊んで暮らせる。


 それで豊かな故郷トーキョーに帰って悠々自適に暮らせばいいさ」




 ユエとバルベーラの駆け引きがどうなろうと、ウーは死んでしまう。


 彼はやけになって叫んだ。




「だ、誰か助けてくれーっ!」




 ユエはその叫びを聞いてため息をつくと、銃口を降ろし、執務机のバックに手を伸ばした。どうやら、交渉成立のようだとバルベーラが気を抜いた時だった。




「あっ――」




 その場に居た誰の目にもとまらぬ速さで仕込み刀が一閃し、ウーの首が宙を舞った。




「ああ、これだよ、これ……感動。


 貴方オーディエンスたちも驚いてる、愉悦」




 ユエは恍惚と呟く。


 絶句して固まるバルベーラの元へ、彼女はバックを手渡すとニコリと微笑んだ。




「これで交渉成立でしょ?」


「は?」


「あの首と金塊で交換ってお姉さんが言ったんでしょ? じゃあ、首を貰ったから、この金塊あげるね。


 じゃね」


「ま、待て!」




 バルベーラは慌てて彼女を止める。




「これからどうするつもりだ?」


「あー。


 あんまり考えてないや。どうしようかな」


「じゃあ、こういうのはどうだ?」




 金塊は再びユエの手元に返された。




「え?」


「この馬鹿どもの持っていた領土シマを、お嬢さんが統治するのさ。


 楽しいぞ、自分の領土を持つっていうのは。


 自分の楽園にするのさ」


「ちょ、ちょっとボス!何を!」


「面白いじゃないか。


 どうせ、これ以上あたしたちのシマをふやしても、管理しきれない。


 ウーみたいな小物が実権を握っていた時のこの島は本当につまらなかった」




 バルベーラには島を巡る権力争いに、ユエという狂人ジョーカーを混ぜたいという考えがあった。




「それ、楽しそう!」




 ユエはその話を聞いて、目を輝かせた。


 そうだ。自分を救ってくれたメイドや友人たちが、そして、自分が誰よりも楽しく過ごせる楽園を作るのだ。




「ふっ。じゃあ、お前さんの名前を聞こうか?」


「私はユエ」




 そう言いかけて、彼女は何か思い直し、再度、口を開いた。




「私は愉悦ユエツ……ユエツだよ!」




 ◇




 それから一年後、ウーの邸宅はまっさらな更地にされ、その後、新しい屋敷が建っていた。


 大きなアーチ状の限界を抜けると、丁寧に揃えられたブリティッシュ・ガーデンが客人を迎え、その先には西洋式の真っ白なお屋敷が鎮座している。


 大勢の美しいメイド達が天使の様な笑みを浮かべ、楽しく働いている楽園のような場所だ。




 ユエはかつて自分を救い、ウーの手により虐げられていた友人やメイドを拾い上げ、超高額で此処で雇った。


 一方、ウーの取り巻きや父の殺害に関与した人物たちはある日、忽然と姿を消した。


 その理由を探ってはいけない。


 屋敷の自室から微笑みを浮かべ、立派な庭園を眺める少女は一見、穢れを知らぬ美少女に見えるが、それは違う。




『愉悦会のユエツ』、血も涙もないこの島の支配者の一人なのだ。




「今日も愉悦」




 彼女はそう微笑んだ。



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