第5話 意外な難敵(重労働)
豪華な空間だった。奥には赤く一際高貴な雰囲気を漂わせているイスが2つ並んでいる。
そこに座っているのは、中年一歩手前くらいの男女だ。おそらく夫婦なのだろう。男の方は王冠らしきものをかぶり、女の方はティアラっぽいものを頭に付けている。
そして――二人ともどことなく俺に似ている。
「すまない、コーリー。賊の魔の手は、近いうちにここまでやって来るだろう」
「ふがいない私達を許して、コーリー。勝手なお願いだけれど、あなたは私達の希望なの」
二人は俺に向かって申し訳なさそうに言う。
「母上、父上……。分かりました。必ず生きて、国を取り返して見せます」
俺の意識とは無関係に、口が動く。その声は、どこか悲しさやさみしさをこらえているかのようだった。
するとその時、この部屋に繋がる唯一の大きい扉が開き、甲冑を着た人物が息を切らして入ってきた。
「報告します! 賊が街に侵入しました!!」
「わかった。……コーリー、どうやら時間が無いようだ」
「コーリー、どうか息災で」
「はい。父上も母上も、ご武運をお祈りしています」
そして俺は、数人の兵士らしき人物と共に建物を後にした。
***
「……はっ!? 今のは夢……?」
妙にリアルな夢だった。出てきた人物は知らない人だらけだったし、場所も知らないけど……。
もしかして、俺が評する前のこの身体の記憶なのか……?
「……トイレ行って寝直すか」
夢について考えても情報が少ないし、何も結論が出ないので今は気にしないでおく。それよりもおしっこをしたくなったので、トイレに行ってから寝直すことにした。
「うわ、真っ暗じゃん」
テントの外出でると、星と月明かりしか無い真夜中であった。明かりでもあれば良いが、まだ持っていないので月明かりを頼りに歩くしか無い。トイレを近くに作っておいて良かった……。
トイレの階段を上り、扉を開ける。
「うわ、暗いなぁ……」
明かり取り用の窓しか照明が無い現状、夜のトイレは真っ暗だった。昼でもちょっと暗いなと感じていたけど、夜だと本当に暗い。
「懐中電灯が欲しいな……」
無いものねだりをしてもしょうがないので、さっさと用を足すことにする。目をこらせばどこに何があるかなんとかわかるしな。
言っておくが、扉を開けっぱなしは無しだ。まだこの世界の住民に会っていないが人がいつ来るかわからないし、排便時は大きな隙を晒す。最悪、トイレ中に殺されてしまうこともあり得るので、絶対に扉は閉める。
異世界に来てから数日経ち、この穴しか無いトイレにも慣れた。ハミットのガイドが無くても、スカートやパンツを汚さずに用を足すことも出来る。なんなら大も経験済みだ。
「……明かりと一緒に、臭いもなんとかならんかなぁ」
穴の下は直接浄化槽と繋がっているため、臭いが穴から逆流しやすいのだ。しかも換気は明かり取り兼用の窓しかないので、能動的に臭いを排出する手段が無い。臭いの発生位置は下なので下の方に換気窓を設けるのもアリだが、別の問題がある。
このトイレはしゃがんで行うタイプなので、下に窓を付ければ覗かれてしまう。お尻とか、女の子の大切な場所とか。外から見られずに換気できる方法があればいいんだが……。
それと今トイレを使っているのは俺一人だけだが、人数が増えればもっとひどい臭いを放っていたことだろう。今後仲間を増やすならば、トイレの改良は必須だと思う。
そんなことを考えている内に出し切った。そのままいつも通り海綿シートでおまたを拭き、手を洗ってトイレから出る。テントに戻ってマットレスに横になり、もう一度寝た。
***
「起きて下さいマスター! 朝ですよー!」
ハミットの声で目が覚めた。テントの中にいても外の日差しが分かるくらい明るい。俺は、大分寝坊をしたようだ。
「おはよう、ハミット」
「おはようございます。朝のお手洗いに行かれますか?」
「朝っぱらからいきなりそれかよ。途中で目が覚めてトイレに行ったからおしっこする気分は無いんだ。顔洗ってくる」
俺はテントから出て、水槽から水を汲み顔を洗った。
「朝食はすでに出来ていますよ。蒸し貝です」
「ああ、ありがとう」
残念ながら、俺がキャンプを張っている場所の付近に食べられそうな植物なんかはなかった。だから今は俺が召喚した貝で三食貝だけ食べている。栄養的にも、そろそろ他の食べ物を探さないとマズい気がするんだがなぁ……。
朝食を終えると、次は掃除だ。まずは比較的楽に動かせるローテーブルとマットレスを外に移動させる。マットレスはカイメンガイを材料に錬金したもので、海綿で出来た敷き布団だ。頭の部分を盛り上げて枕代わりに出来るのが非常に便利。
今の時期は温暖である事と、俺が来ているワンピースがペチコート付きである意味重ね着しているような状態である事もあって掛け布団は必要なかった。後で必要になるかもしれないが。
その後、モップを使って床を掃除する。モップは貝殻で出来た柄と海綿で出来た先端で構成されており、先端の海綿に水で濡らして床を磨くのだ。テントの床は貝殻の裏側のような素材で出来ているので、モップで拭くだけで意外と汚れが取れる。
マットレスとローテーブルを戻し、次はトイレの掃除だ。最初にバケツに水を汲み、床にぶちまける。そしてモップで水を便器の穴に落とすように拭いていく。もちろん、モップはトイレ掃除用としてテント掃除用とは別に作ったものだ。
トイレの床掃除が終わると、水の入れ替えを行う。手洗い用の水槽と海綿シート保管用の水槽の底に栓があり、それ外して古い水を全て捨てる。余った海綿シートで水槽内を拭き、新しく水を入れる。
ただ水を溜めておくだけなので最低でも1日1回は交換しないとダメなのだ。水が腐ったりカビが生えたりするし、手を突っ込むので使えば使うほど汚くなっていくしな。
「マスター、そろそろ浄化槽の入れ替えも行ったらどうです?」
「あー、やった方がいいかー」
浄化槽内の海水は、数日に1回入れ替えた方が良いらしい。いくらロカカキが便を濾過して綺麗にしてくれるとはいえ、定期的に新鮮な海水にした方がロカカキの活動が良くなるそうなのだ。
というわけで、初めて浄化槽の入れ替えに挑戦する。まずトイレの外に回り、後ろの底にある栓を抜く。栓は大小あり、小は海水のみ排出する栓、大はロカカキごと排出する栓らしい。もちろん今回外すのは小の栓だ。
「結構綺麗な水だな。トイレの中は臭いがすごかったのに」
「ロカカキの力で浄化されますからね。臭いの原因は、ロカカキが便を処理しきるまでに発生した臭いが原因です」
つまり、臭い対策はロカカキの浄化速度を速くするっていう手もあるのか。
海水を排出し終え栓を元に戻すと、今度はバケツに海水を汲み便器の穴から海水を注ぐ。これを何度も繰り返す。
「しんどい……。重労働だぞ、これ」
海水を溜めたバケツを運ぶ。しかもトイレは階段を上る必要があるので体力がすごく削られる。これを何回も行うのだ。11歳の少女の身体にはキツすぎるぞ、コレ。
「マスター、飲用水を作る水槽の水がなくなりそうです。そろそろ補充する必要があるかと」
「またかよ……」
シオアサリとロカカキを入れた、海水から飲用水を作るための水槽。飲食だけでなく顔を洗ったり掃除に使ったりと生活に無くてはならない淡水を作っているのだが、それが無くなりそうだというのだ。
そういうわけで、俺はまた海水をバケツに汲み、えっちらおっちら水槽に海水を入れ、淡水を作らせる。これを何回も行うという重労働をまた行う羽目になったのだ。
……ああ、いつかこの作業が必要ない、自動化した装置を作りたいな。それでこの重労働から解放されたい……。




