第4話 異世界トイレ奮闘記
その後、貝殻で出来たローテーブルや食器、調理器具、棚なんかを作ってテント内に持ち運んだ。
「大分家具が揃ってきたな。簡単な食事なら出来そうだ」
「マスター、水の脱塩と濾過が出来ていますよ。問題無く飲めそうです」
「そうか。それじゃあ、始めるか」
何を始めるのか? それは調理と食事だ。
まず、水槽からシオアサリを取り出す。水槽内の海水から塩をたくさん吸収したらしく、塩で出来た殻が召喚時よりも大きくなっていた。
このシオアサリをレンキンガイに放り込み、さらに貝殻も加える。すると、食卓でよく使う粒子状の塩が貝殻でできた容器に入って吐き出されるのだ。
そして砂浜に放っていたアサリやシジミを集め、海水を満たしたバケツに入れる。
「おー、吐いてる吐いてる。貝使いの便利な能力だな」
本来は何時間もかけて砂抜きをするところだが、貝使いの能力で砂を全部吐き出させればすぐ終わる。あとは水で洗い、貝殻で出来た鍋に貝を入れる。
そして水とさっき作った塩を加え、コンロで火にかける。発生する泡を取り除きつつ貝殻が開くまで加熱すれば、できあがりだ。
「アサリとシジミの塩ゆで、完成!」
貝の調理方法の中でもかなりシンプルな調理法、塩ゆで。貝本来の味を楽しむ調理法とされている。さて、気になるお味は……。
「うまい。旨味が強い」
時期やその年の価格にもよるが、アサリやシジミは普通に食べていた。だが、ここまでおいしい貝は初めてだ。
「召喚された貝はかなり理想的な状態で召喚されますからね。ところでマスター、食事をしながらでいいので聞いて下さい」
「ん、何だ?」
食事をしながらで良いというので、俺は塩ゆでをムシャムシャ食べながらハミットの話に耳を傾ける。
「今のマスターの状態についてです。マスターは知りたくありませんか。なぜ少女の身体になったかとか、その身体は何者なのか、とか」
「知ってるのか、ハミット?」
「はい。私はマスターのスキルのガイド役ですからね。マスターのプロフィールや身体の状態についてある程度知ることが出来ます」
「すぐ教えてくれ!」
今知っておかないと、必ず後悔する気がする! ハミットは俺の表情を見て了解したらしく、こう告げた。
「まずなぜ赤ちゃんに転生せず少女に転生したかについてですが、転生装置の不具合によるものです。正常に転生せず、若くて死にかけの人物に憑依する形になってしまったそうです」
「マジか……」
ただ、しっかり設定した転生特典が機能していたり、長く活躍できるよう若い人物に憑依している点で、ある意味転生装置の要の部分は頑丈で故障しにくいんだろう。そうであると思いたい。
「ところで、俺が憑依する前、この身体に何があったんだ?」
「それについては把握しておりません。私が知るのは転生直前にあった事と、その身体の名前と年齢程度なので」
「そうかぁ……」
謎は残ったままだが、この身体の名前と年齢がわかるのはうれしい。身元がわかるかもしれないし、こんなかわいい少女なのに『巻夫』なんて男っぽい名前は違和感があるからな。
「マスターの身体の名前は『コーリー・ノーチラス』。年齢は11歳です」
「『コーリー・ノーチラス』……。『コーリー』が名前で『ノーチラス』が家名?」
「その通りです」
どうやら、『コーリー・ノーチラス』が今世での俺の名前らしい。これからこの世界で生きていく上でも、この名前を名乗った方がいいだろう。
名前はさておき、男から少女になって馴れるかどうか心配だが……。生活面とか人間関係の作り方とか、男の時とは勝手が違うと思うし。
「ラッキーだと思った方がいいんじゃ無いですか? うだつの上がらない中年男よりも可憐な少女になれたんですから」
「やっぱお前、時々辛辣だよな」
重要な会話をしつつ食事を終え、使った食器や鍋を洗って片付ける。……まぁ、水で洗うしか無いんだが。
それと食べ終わった後の貝殻は取っておく。錬金の素材になるし、貝使いの能力は貝殻だけでも動かすことが可能だからだ。
そして飲み食い――特に水を飲んだら、当然来る物がある。
「うっ、尿意が……」
そう、排泄だ。少女の身体で初めてのトイレはどうしようとかそういう懸念はあるが、それ以前の問題がある。
――トイレが無いのだ。
今はまだ我慢できるが、最悪外で出すしか無い!?
「そんな変態的行為、マスターにさせられるわけ無いでしょう。錬金してトイレを作りますから、私が言った貝を召喚して下さい」
ハミットが指示した貝は、テントガイ、ロカカキ、カイメンガイ、あと召喚するわけでは無いが海水だ。
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カイメンガイ
大ぶりの二枚貝で、貝殻が海綿のような物質で出来ている。耐衝撃性を重視した発達を遂げたらしい。海綿の殻を使った道具の材料となる。
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これらの材料をレンキンガイに放り込むと、すでに手に入れているテントに似た巻貝状のものが吐き出された。
「使い方はテントと同じです。好きな場所に置いて頂天部分を押して下さい」
「テントガイを素体にしているから、テントと似たような使い方なんだな」
俺は利便性を考えテントの隣に……と思ったが、もしかしたら臭い対策が不十分かもしれないので、レンキンガイを挟んだ反対側に置いた。これくらいの距離なら臭いが気にならず、距離も遠すぎず丁度良いだろう。
俺はこいつを決めた場所に置き、頂天部分を押すと、テントと同じように大きくなった。だがテントと決定的に違う部分があり、扉が下から3分の1位の高さにあり、階段で上る構造になっているのだ。
「下の部分は浄化槽です。海水とロカカキが入っており、排泄物を浄化します」
「なるほど。処理も考えているんだな」
俺は階段を上り、扉を開けトイレの中に入った。円錐状の構造物なので上に行くほど底面積は狭くなる。従ってトイレはテントよりも狭いが、それでも一人用のトイレとしては広い。
そして貝を素体にした物なので真珠のような光沢で床も壁も覆われている。ただ換気と採光を兼任した窓がテントと同じく天井付近に4つしかないので、この辺りがちょっと不安ではあるが……。
そして、俺が最も目に付いた物がある。
「ハミット、便器らしき物が無いんだが。代わりに穴が空いているだけなんだが」
一番奥に、肩幅よりも少し狭い長方形の穴が1つ床に空いているだけなのだ。
「その穴が便器です。穴に用を足すと排泄物が下部の浄化槽に直接落ちる仕組みなので」
「……それだけ?」
「それだけです。このトイレ、正確には『トイレ(簡易・屋外用)』という名前なので。キャンプなどのアウトドアで簡易的に設営・運用するためのトイレでして、構造がかなりシンプルなんですよ」
まさか、和式ですら無い穴で用を足す事になるなんて……。いくら転生駆け出しだからって、この展開は予想してなかったぞ!?
「そうそう、このトイレの使い方を説明します。まず穴の左側にくぼみの様な箱がありますね? その中にカイメンガイから作った海綿シートが入っています。この中に普通の水を入れて下さい。水に濡らした海綿で股間やお尻を拭きましょう。出入り口付近にも同じような箱がありますが、こちらは手洗い用の水槽です。同じくあらかじめ水を入れて下さい。
準備を終えたら、下着を脱いで穴の上でしゃがんで用を足しましょう。穴の右側に姿勢安定用の手すりがあるので上手く活用して下さい」
ということで、ハミットの説明にあったとおり真水を水槽から汲み、海綿の収納箱と手洗い用水槽に注いだ。
「では、私はひとまず退出しましょう。いくら私がガイド役の精霊とは言え、他人に見られながらなんて出る物も出にくいでしょうから」
「そうだな。一人になった方が気兼ねなく用を足せる」
「なにかあったら遠慮無く呼び出して下さい」
ハミットが出て行った後、俺は早速穴をまたぐようにして立った。そしてパンツを脱いでしゃがみ……なんか落ち着かなくなるな。下半身『だけ』が直に外気に触れるせいで、大事な物が守られていないんじゃないかっていう気分になってくる。
とにかく、このまましゃがんで……。
「このままじゃスカートの裾が汚れるな」
そのまま用を足せば、スカートがおしっこで汚れてしまう。なので左手でスカートをまとめて抱え込むようにし、右手で手すりを掴んで姿勢を安定させた。
だが、ここで新たな問題が。
「おまたが見えない……」
抱えたスカートはペチコート付きな事もあり、結構なボリュームになっておまたが死角に入ってしまうのだ。別に女の子の大事な部分を見てみたいという変態的思想では無い(触ったのはノーカンにしてくれ。あれは現状確認的意味合いが強かっただけで……)。狙いが付けられないのだ。
今パンツは足首の高さまで脱いでいる。このまま放尿してもいいが、もしかしたらパンツにおしっこが引っかかってしまう危険性もある。どうも自分がはいているパンツは高級品っぽいし、なるべく汚したくないのだ。
腰の位置を色々変えてみたが、やはりよくわからない。だが我慢の限界は刻一刻と迫っているのだ。時間が無い。
『もう少し腰を上げて下さい』
「ハミット!? なんで声だけ……」
『私はマスターのスキルのガイド役です。つまりスキルから生まれた存在であって、マスターの一部とも言える存在なのです。なのでマスター限定で声だけ届けることも出来ますし、マスターの現状も把握出来ます』
わざわざトイレから出て行った意味は何だったんだと思わないでも無いが、今はガイド役が必要だ。
『腰を上げて、上げて……行き過ぎです。少し下げて……そこです。そこからちょっと腰を引いて……ここです! 思い切って出しちゃって下さい!!』
自分のトイレの姿勢を指摘されながら排泄するなんてメチャクチャ恥ずかしいが、もう我慢の限界だ!!
ショオオオオオォォォォォーーーーーーーーーー……。
一気に身体が楽になったが、顔の熱は持ったままだった。
それと気付いたことがあり、用を足すとめちゃくちゃ音が反響する。穴の下は浄化槽と空洞になっているからか……? もしかして、外にも聞こえているんじゃないか? 簡易的なトイレだって言ってたし、色々配慮できていない部分が多い気がする。
『用を足したら股間を拭きましょう。海綿を取って余分な水分を絞って使って下さい。注意していただきたいのは、前から後ろに拭くことです。絶対に後ろから前に向かって拭かないで下さい。肛門の細菌を膣や尿道に運んでしまい、炎症になることもありますから』
へぇ、それは知らなかった。姉妹なんかいなかったから、知ることが無かったからな。
俺は右手を手すりから離し、海綿シートを取って絞りおまたを拭く。もちろん、前から後ろにだ。
「ウッ……」
海綿シートが湿って冷えていることもあると思うが、拭いた瞬間経験したことも無い感覚が……。
『一人遊びは、今はご遠慮下さい。衛生状態を十分確保できない状態でいじると、感染症のリスクがありますから。病気を治す手段も限られていますし』
「いきなり何言ってんだよ!!」
こいつ、本気で言っているのかからかっているのか、それとも単なる趣味で言ってるのか……。時々読めなくて困る。
海綿シートを穴に捨て、立ち上がってパンツをはく。手洗い用の水槽で手を洗い、トイレから出た。扉の外に待っていたのは、もちろん生身のハミットだ。
「どうぞマスター。ハンカチ代わりの乾燥海綿です」
「準備が良いな」
「それほどでも。ところでマスター、いかがでしたか? 初めての異世界で、初めて少女の身体でトイレに行った感想は」
感想か……。今の学校はトイレの改修が進められて洋式が主流になりつつあると聞いた事があるが、俺の時代は小学校から高校まで全て和式だった。もちろん女子トイレも全て和式だっただろう。
そして女子は毎日何回も和式トイレを使っていたわけで。そう考えると――。
「女子って、めちゃくちゃ器用だったんだな……」




