第9話 働きたくないし、話したくもない
今日は静かだ。
何も壊れていない。
誰も探しに来ていない。
理想的な日。
椅子に座っているだけでいい。
それが一番。
「レティシア。」
ガルドが言った。
声が少し違う。
いつもより真面目。
「なに?」
「聞きたいことがある。」
聞きたいことは、たぶん一つ。
予想できる。
当たってほしくない。
「お前は…」
ガルドは少し止まった。
言葉を選んでいる。
優しい。
「何者なんだ…?」
やっぱり。
そうなる。
いつかは来る。
避けられない。
面倒。
「魔導士。」
答えた。
「それは知ってる。」
当然。見ればわかるもんね。
「そうじゃなくて…」
ガルドは続けた。
「昨日の奴ら、食堂にいたじいさん、お前の魔法。」
全部。
全部、面倒なこと。
「普通じゃない。」
普通。
難しい言葉。
普通は、人によって違う。
私は、普通。
ずっと普通。
昔から。
ただ。
周りが、違っただけ。
「……昔。」
口に出していた。
言うつもりはなかったのに。
ガルドは黙って聞いている。
逃げない。
聞く準備をしている。
優しい。
本当に優しい。
「昔…。」
もう一度言った。
「たくさん消した。」
それだけ。
本当のこと。
それ以上でも、それ以下でもない。
ガルドは何も言わなかった。
怖がると思った。
離れると思った。
よくあることだから。
でも。
「そうか。」
それだけだった。
それだけ。
責めない。
怒らない。
怖がらない。
不思議。
「それで…」
ガルドは続けた。
「今は?」
今…。
今は…。
考えたことがなかった。
考える必要がなかったから。
ただ。
パンを食べて。
寝て。
働きたくなくて。
それだけ。
「今は…」
言葉を探した。
難しい。
でも。
「何もしてない。」
本当。
何もしていない。
何も壊していない。
何も消していない。
静か。
それが一番。
ガルドは、少し笑った。
「それならいい。」
それならいい。
簡単な言葉。
重い言葉。
どうして、そんな顔をするのか。
どうして、そんな風に言えるのか。
わからない。
本当にわからない。
でも。
少しだけ、少しだけ、安心した。
突然外で風が吹く。
窓が揺れた。
ただの風。
危険じゃない。
何も起きていない。
でも。
知っている。
いつか、また、面倒なことが来る。
探しに来る。
呼びに来る。
誰かを。
消させようとしに。
だから、その前に、
今だけは、静かにしていたい。
何もせず、どこにも行かず。
ただ、ここにいたい。
働きたくない。
本当に。




