第8話 働きたくないのに、昔を知る人が来る
銀貨5枚は大きい。
肉が買える。
パンも買える。
スープもつけられる。
頑張った結果としては、悪くない。
頑張ったのはガルドだけど。
私は食堂の椅子に座って、パンを食べていた。
柔らかい。
温かい。
幸せ。
「お前、本当に何もしてないよな」
ガルドが言った。
「精神的に働いた。」
「便利な言葉だな。」
便利な言葉は好き。
使えるから。
その時。
扉の音がした。
カツン。
杖の音。
知っている音。
聞きたくない音。
「……久しぶりだな。」
顔を上げた。
いた。
やっぱり。
白い髭。
深い皺。
変わっていない。
「久しぶり。」
言った。
ガルドが老人を見る。
「知り合いか?」
「昔の知り合い。」
それで十分。
老人は、私を見ていた。
観察するみたいに。
確認するみたいに。
数えるみたいに。
面倒。
「随分と静かだ。」
老人は言った。
「昔は、もっと――」
「やめて。」
途中で止めた。
続きは聞きたくない。
老人は少しだけ黙った。
それから言った。
「世界は、動き始めている。」
意味がわからない。
わかりたくない。
「知らない。」
「お前を探している者がいる。」
「知らない。」
「いずれ――」
「知らない。」
繰り返した。
それが一番楽だから。
老人は、ため息をついた。
「……変わらんな。」
変わらないのは、良いこと。
変わるのは、面倒だから。
沈黙。
ガルドが、少し困っている。
状況がわからない顔。
当然。
説明していないから。
説明はしない。
その時。
外で音がした。
怒鳴り声。
金属の音。
剣。
複数。
近い。
ガルドも気づいた。
「……何か来る。」
扉が開いた。
男たち。
鎧。
剣。
知らない顔。
でも。
知っている匂い。
探している匂い。
「いたぞ。」
一人が言った。
私を見て。
「レティシア・ヴァール。」
名前を呼ばれた。
面倒。
非情に面倒。
ガルドが前に出た。
「誰だ、お前ら。」
「関係ない。」
男は言った。
「その女を渡せ。」
渡せ。
物みたいに。
よくあること。
ガルドは動かなかった。
前にいる。
邪魔。
「下がって。」
言った。
「でも――」
「大丈夫。」
本当。
大丈夫。
男たちが剣を抜いた。
遅い。
本当に遅い。
時間がゆっくりに見える。
全部見える。
動き。
呼吸。
恐怖。
全部。
だから。
「動かないで。」
それだけ。
男たちは、止まった。
本当に止まった。
一歩も動けない。
呼吸だけしている。
ガルドも止まっていた。
でも違う。
驚いているだけ。
男たちを見た。
弱い。
本当に弱い。
消す必要もない。
面倒だから。
「帰って」
そう言った。
次の瞬間。
男たちは逃げた。
転びそうになりながら。
必死に。
いなくなった。
静かになった。
ガルドが私を見る。
何か言いたそう。
でも、言わない。
いい人。
老人は、小さく笑った。
「やはりな。」
面倒。
「帰る。」
立ち上がった。
もう十分。
パンも食べた。
今日は疲れた。
本当に疲れた。
何もしていないのに。
外に出る。
空は普通。
世界も普通。
何も変わっていない。
でも。
たぶん。
少しだけ。
面倒なことが増える。
嫌。
本当に嫌。
だから。
働きたくない。




