第17話 急に優しくされると怖い
宿屋の主人は、優しくない。
普通。
冷静。
金には厳しい。
それが正しい。
信用できる。
でも。
今日は違った。
「おかえり。」
笑ってる。
優しい。
怖い。
「……ただいま。」
様子を見る。
警戒。
大事。
「今日は早いな。」
「うん。」
「依頼は?」
「終わった。」
「そうかそうか!」
テンション高い。
怖い。
本当に怖い。
「ほら、パンだ。今日は焼きたてだぞ。」
パン。
増量。
分厚い。
いつもより明らかに大きい。
「……いくら?」
反射。
大事。
「今日はサービスだ。」
サービス。
無料。
最も怪しい言葉。
「……なにか企んでる?」
「ひどいなあ!」
笑ってる。
歯が見える。
普段見えない。
怖い。
ガルドが横で小さく言った。
「……何かあったな。」
「ある。」
絶対ある。
私たちは席に座った。
パン。
温かい。
いい匂い。
幸せ。
でも。
怖い。
主人が近くに立っている。
帰らない。
距離が近い。
「最近なぁ。」
主人が言った。
「森が静かなんだ。」
「へえ…。」
他人事。
基本。
「魔物が出ない。」
パンを止めた。
少しだけ。
「出ない?」
「ああ。出ても、すぐ逃げるらしい」
らしい。
噂。
好きじゃない。
「街の連中がな。」
主人は声を落とした。
「お前のこと、守り神だとか言い始めてる。」
「……。」
最悪。
本当に最悪。
守り神。
働かされる役職。
給料出ない。
絶対出ない。
「違う。」
即答。
否定大事。
「俺もそう思う。」
主人は頷いた。
安心。
「でもな…。」
続ける。
嫌な流れ。
「街は静かすぎると不安になる。」
パンが冷める。
嫌。
「静かならいい。」
「そうでもない。」
主人は真面目な顔になった。
「魔物が逃げるってことはな…」
少し止まる。
「もっと怖いもんがいるってことだ…。」
……。
ガルドの剣が。
カタリ。
鳴った。
小さい。
でも。
はっきり。
主人は気づいていない。
私とガルドだけ。
「……気のせい。」
言った。
自分に。
主人は、しばらく私を見てから。
「まあいい。」
笑った。
戻った。
いつもの顔。
「とにかく、しばらく部屋代は待ってやる。」
「……。」
「その代わり、街から消えるなよ?」
優しい声。
でも。
重い。
逃げるな。
つまり。
残れ。
守れ。
働け。
最悪。
本当に最悪。
「借金は減らない?」
「減らない。」
残念。
本当に残念。
主人は去った。
静か。
パンを食べる。
温かい。
いいこと。
ガルドが言った。
「守り神だってさ。」
「やだ。」
「逃げるか?」
「借金ある。」
「そうだな。」
それで終わり。
単純。
楽。
でも。
窓の外。
子どもがこっちを見ている。
小さく手を振った。
笑っている。
やめて。
期待しないで。
本当に。
私はパンを食べ終えた。
「……ガルド。」
「なんだ?」
「働きたくない。」
「知ってる。」
外。
静か。
森も。
街も。
静かすぎる。
ガルドの剣が。
もう一度。
小さく鳴った。
まるで、何かが近づいているのを、知っているみたいに。




