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第五章 国産ボール

ウイルソンが持ち込んだボールがとうとう破れて使い物にならなくなります。ベースボールに魅了された学生たちは途方に暮れますが、杉浦重剛は「自分たちでボールを作ろう」と提案し、ボールは革で出来ている事から神田の靴屋に依頼する事になり店主に掛け合います。気さくな店主と話は弾み、神田明神の神田祭りをボイコットする事したので代わってベースボールを見物にと話は盛り上がります。

 ボールが裂けた。

 遙々米国からウイルソンが持って来た唯一のベースボールのボールの縫い目が擦り切れ中身がはみ出したのである。ベースボールに熱中する仲間も増え、それぞれの技量も上がって来ると、ボールも休む間が無くなり目に見えて消耗して行った。当然ながらボールが無いとベースボールにはならない。紙を丸めて周囲を紐で固めた物を作ったりしてみたが、ボールの代用には程遠かった。バットでボールを叩き「カーン」という打球音と手に伝わって来る快感を覚えるともう我慢が出来なくなる。「何とかならぬか」と切実な声が当然の如く上がり杉浦からウイルソンに聞いてもらったのだが、開成学校の外国人教師でボールを持ち込んでいるような教師は居ない様子で、ウイルソンも諦め顔であった。結局杉浦はウイルソンにこの裂けたボールを譲り受け、夕食後声を掛け十一号室に集まって来た仲間に「こうなったら自分たちで作ってみよう」と宣言した。戦国期に種子島に鉄砲が伝わり、一夜借り受けて解体してやがて同じものを作った故事を披歴し、「出来ない訳は無い」と胸を張った。

(そうは言っても我らは職人では無いしなあ)

 豊太がそう思っているうちに、杉浦は行李から小刀を取り出して来た。

「では、参るぞ」

 裂け目に刀身を入れ、野菜でも切るようにしてボールは真っ二つになった。皆の目がボールに注がれる。断面を見ると、中心部とその周りとで材料が違うようである。芯の部分を糸のようなもので巻き付けてあるのが一目瞭然である。その芯の部分を杉浦が手に取る。

「ははあ、これはゴムだな。触ってみろ、弾力がある」

 杉浦が断定し、それを他の者にも回して確認する。豊太も手にしたが確かにその丸い芯は触ると弾力があった。それを糸のような物でグルグル巻きにして球体にしているのだ。その糸のような物は何であろうか、糸にしては太い。

「メリヤスに使う毛糸だな。手編みの」と誰かが指摘する。

 細い一本の糸を織り込む「織物」が一般的だった日本では、「編み物」に使う毛糸はあまり馴染みが無かったのだが、「ああ、そうか」と一度は皆見た事はある様子で頷いた。

「最後はこの布で包んで、革を被せて縫い込まれているのだ。しかし丈夫そうな布であるな」と言いながら、その布を他の者に手渡してみる。

「羅紗だな。僕の羽織と襟巻はこれと同じものだ」と断定する者が居た。

「贅沢だなあ」

 山岡が思わず声を上げ、羅紗をボールに使っているのが贅沢なのか、羅紗の羽織を着ているのが贅沢なのか意味不明に呟いたが、誰もが聞き流した様子で反応は無かった。

「最後に革で覆って、糸で縫い付けておるのだ。よし! ボールが何で出来ているかがこれで分かった、まずは材料を集めてみよう」

杉浦が提案すると、それぞれ心当たりのある者が請け負って十一号室を出て行き、暫くして材料を手に再び集まって来た。

 長靴、毛糸で編まれた手袋、羅紗の切れ端と革靴が集まった。長靴はゴム製であるのでこれを適当な大きさに切れば芯を作る事が出来そうだし、靴下や手袋の手編みを解せば毛糸として使えそうである。そして革靴であるが、硬くてとても球体を被う物にはなりそうにない。

「肝心なのは、皮革なのだが。もっと、こう柔らかく球体を包み込む素材は無いものかな」と杉浦が思案顔を見せる。皆、思っている事は同じ様子で、視線が革靴に集まった。

 その時「あ!」と、叫び声が上がり、その視線が声の主である山岡に集まった。

「靴屋はどうだ。革靴を作っておるのを見た事があるが、革は材料としてあるであろうし、糸で縫って靴を作っておったぞ。同じようにボールを縫うのは朝飯前では無いか?」

「成程、山岡にしては良い考えだ」と声が上がり、豊太も珍しいものだと感心した。

「よし、靴屋にこの裂けたボールと材料を持ち込んでみよう」と杉浦が膝を叩いた。

 翌日は土曜日で、正午になると皇城から聞こえる「ドーン」と云う午砲とともに授業は終わる。昼食を済ませてから杉浦は山岡と寄宿舎を出て靴屋に向かった。豊太と河原勝治も材料を入れた風呂敷を手にしてそれに付いて行ったのだが、それはたまたま河原がバッターで打った打球が、豊太の守るファーストに飛んだ時にボールが裂けてしまい、ボールを拾った豊太と、走り込んで来た河原の周りに皆が集まって来て「あ~あ」などとため息を聞くにつけお互い貧乏くじを引いてしまったようで、紙を丸めて紐で固めた代用品とか作ったものだから何となく、ボール再生の役割を背負ったようになってしまった。しかしボールがそれこそ大袈裟に言えば国産出来るのであればそれはそれで愉快だと豊太は思ったし、何より早くベースボールをやりたかった。

 靴屋は、神田紺屋町にあった。

「御免!」と、杉浦が暖簾を割って中に入り、山岡達も後に続いた。

「へい、いらっしゃい!」と威勢の良い声のあと「お、書生さんかね、おっおっ、これは大人数で」と、杉浦達を見るなり笑顔を見せた。先客は無い様子で、店主が板敷で胡坐をかいて革靴を縫っていた。

「ご店主、実は折り入って頼み事があって参った」と杉浦が鯱張って話を切り出す。

「頼み事……」そう答えながら、何事だろうかと下駄ばきの書生たちを見回し、「まま、せっかくだ、むさ苦しい作業場でやんすが上がってくださいな」と杉浦達を板敷の作業場へ促した。

気難しい職人気質で、門前払いを食らったらどうしようかと豊太は気を揉んでいたのだが、歳の頃は三十を超えた顔つきの様子で気の良さそうな店主である。縫いかけの靴と供に匂って来た革の香りがボールの匂いと同じようで内心小躍りするような心持で腰を下ろした。

「で、頼み事とは何ですかい?」と促され、杉浦がまず手にしていたボールを店主の前に置いた。

「これは?」と、店主は手に取りしげしげと眺める。

「これは、ベースボールというアメリカで流行っている競技に使う道具です」

「ほう、ベ、ベーす、ぼおる、ですかい」

「そう、この球を投げて、木の棒で打ち合う競技で、肝心要の球が裂けてしまったのです。球を小刀で半分に切って何で出来ているか調べた跡がこれです。なまず、いやウイルソンという我々の教師がアメリカから持ち込んだ唯一の道具なのですが、これと同じものを何とか作りたいと思い立ちまして、御助力をお願いしたい。材料は持ち寄ったのですが、肝心の一番外側を包む革と、最後に縫い付ける技が無いもので、革靴を縫う要領でこのボールが出来ないものかと」

「なるほど、これは」と店主は杉浦の話に聞き耳を立て「牛皮でやんすな」とボールを手に取ってしげしげと眺めながら「うまい事丸くなるように切って縫い合わせてますな、器用なもんだ」と感心する。

 店主を眺めながら、ボールを通じて海の向こうの職人同士と会話しているようで妙に豊太は感心した。

「芯はゴムで、その周りを毛糸で巻いて球体にして羅紗で包んで、その上に革で包んで縫い付けているようです」

「なるほど」と店主は唸り、ボールの断面を触った。

「材料はこうして持ち寄っております」と、豊太と河原に促して風呂敷を開いて長靴と毛糸と羅紗を店主の前に差出した。店主は長靴を手に取り苦笑する。そして床に置かれたボールを眺めながら腕を組んで思案顔をしたものだから、その邪魔をしてはならぬと少し長い沈黙が流れ、一同息を呑んで次の言葉を待った。

「よし! あっしを頼みにやって来た書生さんの心意気、これに答えられねえようじゃあ江戸っ子が廃るってもんだ。分かりやした、任せておくんなさいな」

「おお、やって下さるか!」と山岡が手を叩き、豊太と河原も思わず顔を見合わせニンマリとした。

「ありがとうございます!」と、杉原も丁寧に頭を下げた。そして、「お代は如何ほどでしょうか? なにせ貧乏書生の集まりなもので、お安くして頂けるとありがたいのですが」と頭を掻いた。

「いやなに、商売の革靴であればお代は頂戴しますがね、書生さんからお代は頂けませんやね」と言って、ブンブンと顔の前で手を振った。

「いや、そこまで甘える訳には参りませぬ」と、言いつつ杉浦の語気は弱々しい。

「そのかわりと言っちゃ何ですがこの材料は遠慮なく使わせて頂きますよ」

 店主の申し出に「初めからそのつもりですから」と杉浦は答える。

「それと、このぼおるとか言うんですかい、球が上手く仕上がれば、次から商売に使わせてもらいやすよ。いやね、西洋で流行っていると言えば売れる事間違い無しだ」

 店主のチャッカリした申し出に、杉浦も苦笑しながら頷いた。それを見て「おーい、書生さん達にお茶を、それとお稲荷さんも」と、奥に声を通すと「あいよ」っと、声とともに女房であろう婦人が顔を出して会釈をし、「四人さんだね」と言って再び引っ込んだ。

「開成学校の書生さんでやんしょ、お国はどちらで?」

「僕は、杉浦と申しまして近江の膳所藩です」と杉浦が答え、山岡に目配せする。

「僕は山岡と申しまして、備後の福山藩です。こちら石藤も同じ福山藩です」と、山岡は豊太も紹介したので「石藤です」と豊太もペコリと頭を下げる。

「僕は河原と申しまして、斗南藩です」

「斗南藩。斗南藩といやあ会津様ですかい?」

「はい」

「開成学校ですから皆さんお武家様のご子息でやんしょ、河原さんも会津戦争を」

 話したくは無いだろうなと豊太が河原の心情を思っていた時「お待たせしましたね」と奥からお茶と、稲荷寿司が運ばれて来た。

「お彼岸でやんすからね、ご近所にもと思ってお稲荷さんを沢山作っておいたもんで。ささ、食べて下さいな」

 皿に盛った稲荷寿司が車座の中心に置かれ、湯呑に急須からお茶を入れ「どうぞ召し上がって下さいな」と勧めてから婦人は奥に引き込んだ。

「ありがとうございます、では遠慮なく」と杉浦が店主に頭を下げ、他の皆も「頂きます」と湯呑に手を伸ばした。

「そうそう、せっかくのお近づきです、ご店主のお名前をお聞かせ下され。それと生国は?」と杉浦が店主に問いかける。豊太も、神田と言えば江戸っ子言葉と思うのだが、店主のそれは違う訛りが混じっていると感じていた。

「名は要助と申しやしてね、生まれは常陸の真壁というところで、中西様と言う旗本の使用人をしておりやした。女房も同じ里でスエと申します」と、奥に引っ込んだ女房を紹介した。

「洋靴を商売にされておるのは何か経緯があったのですか、しかもこの神田界隈で」と山岡はいつもの通りに思いついたであろう疑問を直ぐ問い質す。

「へい、御一新になりましてね、熊田様というご家来に誘われましてね、横浜で一旗揚げようという事になって靴屋を。ですが、熊田様は商売がからっきしでして、持ち金巻き上げられた揚げ句真壁に逃げ帰ったでやんす。あっしは、革靴を縫う技量はすっかり身に着けていたもんですから、ちょっとした知り合いが神田に居りやしたもんで、ここに何とか身を落ち着けったってところで」

店主が話している間も、杉浦は天井を仰ぎながら「真壁、真壁」と何か思い出す風で、やがて思いついたのか手を叩いた。

「真壁、真壁藩と言えば浅野内匠頭長矩公の曽祖父長重公ゆかりの」

(え!)そこに話が飛ぶとは、杉浦の赤穂浪士好きも筋金入りだと豊太は舌を巻く。

「そ、そうでやんしたか。あっしの里は真壁と言っても三千石の天領でやんしてね、旗本の中西様というお殿様が陣屋を構えておいででした」

 ちなみに、真壁藩は長重の時、功績により笠間藩への加増移封に伴い笠間藩に吸収されて真壁藩の名は無くなる。この長重の子長直の時に浅野家は赤穂藩に移封された。

「これは美味い!」と稲荷寿司をつまんで遠慮の無い山岡が声を上げたのを合図に、他の者もお稲荷さんに手を伸ばした、食い物に飢えている書生には何よりのご馳走である。河原も口に運ぼうとしてふと奥に目が行った。

「こっちにおいで、一緒に食べよう」と、河原が手招きする。

「これ、書生さんの邪魔をしてはだめだよ」とスエの声に吸い寄せられるように、その膝に顔を埋める。

「邪魔では無いですよ、お嬢さんもこっちさで一緒に食べまっしょ」と、意外にも河原が砕けた調子で声かけをする。

「そうそう、せっかくだ、みんなでよばれましょう」と杉浦も手招きし、山岡は盛ってある稲荷寿司の残りを確認して「そうしないと、全部食べちゃうぞ」と、おちゃらける。

「書生さんのお招きだ、キクも、お母さんと一緒においで」と店主が微笑みながら促すと、奥からスエが襷を外しながら娘と出て来た、キクという名らしい。可愛らしいほっぺの赤い丸顔は母親似であろう、亭主の横に座ったスエの膝にちょこんと腰かけると、店主が皿から一つ摘まんで渡す。娘は受取り、嬉しそうにして河原に見せる。

「河原さん、でしたかね。すっかりキクと馴染んでもらって、きっと妹さんが居られるんでやんしょ」

視線をキクに向けながら「ええ、丁度キクちゃんと同じ年頃の妹が居りました」と、河原が答えた。

「会津戦争で、家族は皆亡くなり河原一人が生き残ったのですよ」と杉浦が彼の生立ちを話す。官軍が会津城を取り囲んだ時、父親は会津城に入り、跡取り息子であった彼は母親の言いつけで親戚の家に預けられて家名存続を託した後、気丈にも残った家族は皆自害して果てたのだが、その中に幼い妹も居たのである。豊太も聞き知っている河原の生立ちであるが、こうして改めて聞くと、これほど境涯が違う河原とこうして開成学校で暮らしている不思議さを思う。

夫婦にとっては初めて聞く会津藩の苛烈さに言葉を失った様子でしばらくしんみりとした空気が流れ、それを「おいちい」とキクの声が空気を和ませた。

「そいつは知らぬこととは云え、思い出させるような事を申しまして面目ない。真壁はそのような事は無かったもんで」

「いえ、気になさらんで下さい」と、言いながら手を伸ばして稲荷寿司を摘まんで一口食べて「ほんとだキクちゃん、これは美味しいね!」とキクに向けて微笑んだ。隣の豊太には、稲荷寿司を頬張る河原の目は心なしか少し潤んでいるように見えた。

「そー言えば、神田明神のお祭りはいつですかの?」

 山岡が話題を変えた。

 江戸庶民にとって、神田祭は特別である。将軍家の産土神である山王権現と江戸の総鎮守である神田明神は天下祭りと呼ばれ、隔年で行われる祭礼には将軍の代参が行われ、幕府から手厚い助成があり豪華な扮装と大掛かりな山車がちゃきちゃきの神田っ子の自慢でもあり、幕府が無くなってもその誇りは変わらない。豊太も祭りと聞くと自然と体が疼く性質で、福山でのお盆祭りは毎年楽しみにしていたし、帰省しても相変わらずで、一晩中踊り明かさないと気が済まない。神田明神のお祭りと聞いて、「そうだった」と心が疼き、お調子者の山岡にこの時は手を叩きたい思いであった。

「そうそう、神田祭りでやんすよ! あの神主に神田っ子はみな怒ってまさあ」

 店主は常陸真壁の産のはずだが、憤慨する「神田っ子」の一人として口をへの字に結んだ。何だか雲行きが怪しいので思わず豊太が問いかけた。

「何かあったのですか?」

 一呼吸おいて「何があったかなにも、とんでもない話でやんすよ」と店主が口角泡を飛ばして語るにはこうである。

 神田明神の主神は言わずと知れた平将門である。それをあろうことか祠官が将門を神田明神の主神からはずして別社へ移し、大巳貴命(大国主命)を中心に据え、那珂川の河口から少彦名命を迎えたとの事である。

「そりゃまたどうしてですかの?」と山岡が問う。

「ああ」と店主の答えを待つ前に杉浦が声を上げる。

「杉浦よ、知っておるのか」

「いや、神田明神の事は知らなかったのだが、御一新の後神社の祭神を変えたという話は他で耳にした事があるぞ。平将門公と言えば反逆者であり朝敵だ、祠官が勝手に阿ったのであろうよ」

「まったくその通りでやんすよ。長年大切にしてきた将門様をないがしろにするなんざあとんでもないと、神田っ子の鬱憤は溜まりに溜まってまさあ」

 ちゃきちゃきの神田っ子では無いにしろ、常陸国が生国の店主にとって将門は英雄でもあろう。しかし今年の神田祭りはいったいどうなるのであろうか。

「その、神田祭はどうなるので?」とすっかり祭りに加わる気になっていた豊太は聞く。

「どうもこうも神田祭は中止でさあ、この鬱憤を晴らすのはこれしかありますめえ。神主の面目丸潰れでやんしょ、ざまあ見ろだ!」

「なるほど、ボイコットですな。神田っ子の心意気を伝えるのは良いかもしれません」と杉浦が英語を使ったが、何やら店主にはボイコットの意味が伝わったらしく、

「そう、そのぼいこっとでやんす」と大きく膝を叩き、豊太はがっくり肩を落とした。

「でも、祭りが無いというのも淋しいですなあ」と山岡が呟く。

「そ、そうでやんすよ。祭りが生きがいという連中も多いですからねえ、これはこれで別の鬱憤が溜まりまさあね。そうそう、この球を使った競技ってのは面白いのでやんすか?」

「そうだ、ベースボールだ!」と杉浦が手を叩き、「人数も揃って来たので考えておった、二手に分かれて、そうだなあ、東軍と西軍に別れてというのはどうだ」と提案する。

「僕と石藤は西軍、杉浦と河原は東軍だな」

「何だか、天下分け目の関ヶ原のようでやんすね。こりゃ面白そうだ!」

「その為にも店主、ボールをよろしく頼みます」

 真面目な顔に戻って頭を下げる杉浦たちに「任せて下さい、一週間もあれば作って見せまさあ」と店主は胸を叩いた。

 一週間後、出来上がったボールは思っていた以上に上出来で、これには諦めていたウイルソンも感嘆の声を上げ、さっそく杉浦に案内させて靴屋の店主に会い、お礼とばかりに自分の靴を注文した。さっそく日曜日の午後にボールのお披露目とばかりに店主親子を始め、祭り好きの神田っ子が集まって観客となり、ベースボールゲームを披露した。その日は派手な打ち合いとなり、神田っ子も大空に舞う白球に「花火だ花火だ」と盛り上がり、「次はいつやるんだね?」と、次はもっと沢山呼んで来るからと言い残して帰って行った。観客が集まり、その中でゲームを披露するという体験が学生達を興奮させて練習にも熱が入り、雨が降り泥田になった校庭でも一同揃って蓑嵩を着て脚絆草鞋履きで練習をする始末で、徐々に技量も上がり、日曜日に開催する試合も神田っ子が弁当持参で益々盛り上がりを見せた。この様子に気を良くしたのか、例の靴屋は作ったボールを強気に一つ一朱で店頭に並べた。まだまだ貨幣も江戸の通貨が流通しているのである。ちなみに神田祭りはこの後明治十九年福沢諭吉の斡旋による再開までボイコットは続いたのである。


神田っ子が神田明神まつりをボイコットしたと言うのは中央区誌に記載がありました。次回は、ベースボールを通じて豊太が小村寿太郎と親交を深めてゆきます。

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