エピローグ 回想
エピローグを迎えました。秘書がその後のゲーム展開を尋ねると、石藤豊太が当時を語ります。
さて、どうなりましたか?
「それで、アメリカチームに勝ったのですか?」
陸軍戸山学校での講義が終わり、校門を出て豊太がくるっと直角に左に向きを変えて高田馬場駅に向かった背に追いつき秘書は話しかけた。
「ん?」と立ち止まり取締役は振り返った。
「ほら、明治九年のアメリカとのベースボールの試合ですよ、三回に逆転したところまででお話が終わっていたじゃ無いですか」
「ああ、あの話ですね、残念ながら負けましたよ」と答え再び駅に向かってゆっくりと歩き始めた。
「ええ! 負けたのですか」と秘書も残念そうに肩を落とし「それで、何対何で負けたのですか?」と問いかける。
取締役の話によると、ゲームが再開され、四回アメリカチームの攻撃は、デニソンの長打で始まり、二点を返され逆転を許す。その裏、開成学校チームには得点なし。続く五回、久米はストライクが思うように入らなくなり、投球数がやたらと増える。なまずことウイルソンにもヒットを打たれる始末。五回に七点、六回に十二点、七回には七点と合計三十四得点を与えた。開成学校は六回に一点、七回に三点を返すのがやっとで、合計十一得点。時計も午後六時を回って日も落ちて来た事もあり、九回まであと二回を残してアメリカチームの申し出により七回を以てゲームセットとなった。
「確か、こんな結果だったと記憶しておりますよ」
「七回でゲームセットでしたか、残念でしたね」
「後で聞いた話ですが横浜への帰りの汽車の都合もあったようでしたよ。でもゲーム終了でお互い握手を交わした時にはすっかり打ち解けてましたが、ベースボールって素晴らしいですね。さっき見たのは感心しませんがね、武士道も地に落ちたものです」
思い出して憤慨したのか再び駅に向かって足を速めた。秘書はまたしても慌てて追いかけた。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。
この作品を創作するきっかけは、勤め先の近くにあった「日本野球発祥の地」というボールを握るモニュメントに触れたことでした。さっそく、ホーレス・ウイルソンや貢進生たちの資料を漁りますと何とも面白いエピソード満載でした。米国の新聞「New York Clipper」のスコア記事から当時の出場メンバーが記載されているのですが、おそらく日本語の発音を聞いた記者が聞いたままを記載していて例えば日本選手の三番は「Hwogana」となっておりましたが、色々調べるうち青山と分かりました。アメリカチームのピッチャーは「Hepburn」でローマ字で有名なベボン先生の息子さんとの事です。
最後まで読んで頂きましてありがとうございました(^^♪
【参考文献】
・「大学々生遡源」(日本教育史基本文献・史料業書11)
・「唐沢富太郎著作集第4巻」(㈱ぎょうせい)
・「杉浦重剛先生」(杉浦重剛先生顕彰会)
・「大学今昔譚」(日本教育史基本文献・史料業書8)
・千代田区史(千代田区役所)
・「福山市史下巻」(福山市史編纂会)
・「日本野球史」(ミュージアム図書)
・「ベースボールの夢」(内田隆三 岩波新書)
・「真説日本野球史<明治編>」(大和球士 ベースボールマガジン社)
・「日本野球創生記」(君島一郎 ベースボールマガジン社)
・「明治五年のプレイボール」(佐山和夫 日本放送出版協会)
・「明治維新と日米野球史」(島田明 文芸社)
・「石藤豊太先生」(石藤豊太先生喜寿賀帖編纂会)
・「野球文献史話」(斉藤三郎)
・「東京開成学校一覧」(明治八年二月)
・「明治人ものがたり」(森田誠吾 岩波新書)
・「東京都の百年県民百年史13」(㈱山川出版社)
・「史料が語る明治の東京100話」(日本風俗史学会 ㈱つくばね舎)
・「江戸東京物語都心篇」(新潮社)




