第九章 第一回日米ベースボール対決
明治九年七月八日記念すべき日米ベースボール試合の日を迎えます。米国チームには、プロに所属していたヘンリー・デニソンが出場するのですが、彼の活躍に学生達は圧倒されます。のち、彼は外務省顧問として日露戦争時には外務大臣となった小村寿太郎を支えロシアとの講和条約締結に大いに尽力し、日本外交史に大きな足跡を残すことになりますが、そんな奇縁も含めてこの試合経過を楽しんで頂ければと思います。
東京開成学校の体操場が朝日に照らされている。空が白み始めると同時に豊太が寄宿舎を飛び出したのは、梅雨時期なので空模様が心配だったからである。
「君も天気が心配だったのかい」と声に振り向くと、日差しを眩しそうに来原がほっとした表情で笑みを漏らしている。
「今日一日天気は大丈夫そうですね」と豊太が答える。ちなみに天気予報が始まるのはこれから八年後の事である。
二人の視線の先には、四つの白い四角いベースが正確に置かれている。昨日の練習後、正確にベース間九十フィートの距離を測ってベースを置き、ピッチャーボックスもホームベースから四十五フィート(現在は六十・五フィート)の所に長方形で仕切った。東京開成学校は西の道路に面して正門があり、正門を入って直ぐに西洋風の校舎と寄宿舎が立ち並んでいてその建物を抜けると東側に運動場千坪(三千三百平方メートル)が広がっていた。南側の宮城を背にしてボームベースに立つと、東に向かって一塁ベース、北に向かって三塁ベースが置かれ、その先遙か後方には垣根で校内が仕切られベースボールに十分な広さであった。七月八日土曜日この場所でアメリカ総領事館のチームを迎えて親善試合が行われる記念すべき日を迎えたのだが、今日では国民的スポーツ野球と呼ばれるベースボールの日米の初対決という意識が当の学生達にあったかどうかは別として、気負っては居た。
「勝ちましょうね!」と豊太が言うと、
「ああ、本場アメリカに目にもの見せてやろう!」と来原も答えた。
嘉永六年ペリーが黒船で開国を迫って以来、尊王攘夷で灰神楽が立ったように日本中が混乱する最中に生を受け、戊辰の戦を経て御一新を迎えた少年達は西洋に追いつくべく志を立て開成学校に集った若人なのである。学問の世界ではまだまだ西洋とは比べ物にならないが、ベースボールではひょっとしたら勝てるかも知れない。
「その前に腹ごしらえと講義だ」と来原が言うと、豊太も笑顔で頷き寄宿舎に戻った。
講義は八時から始まるのだが、土曜日なので十二時で終了、試合は午後である。しかも今日の講義が終われば七月十日からは夏季休暇と定められているので学生達の心はすでに浮足立っていて「僕も応援するぞ!」「帰省の良い土産話になる」と盛り上がっていた。
皇居から正午の「ドン」の合図で講義は終了し、寄宿舎で急ぎ昼食を済ませ豊太達試合に出場するメンバーは体操着に着替えて体操場に集まった。授業ではフィジカル・エジュケーション(兵式器械体操)が行われており、体操着と靴も支給されていたので、メンバーを決める際に来原がユニフォームの話をしたところ「では体操着で」と皆で申し合わせていたのである。が、青木元五郎だけは「いや、昨夜洗濯した体操着が乾かなくてなあ」と尤もらしい言い訳をしながら着流しに白木綿の兵児帯姿で足元は草鞋で固めていたのは、どうやら魂胆があっての事のようでもあった。
やがて、アメリカ総領事館チームが運動場に姿を現した。校長補の濱尾や監事の九鬼など学校関係者に混じって来原の姿もあった、横浜への敵情視察以来選手代表のような立場になり、濱尾から出迎えの一員に指名されていたのである。総領事館チームと云ってもウイルソンを始めエドワード・マジェットやフランク・レイシーといった東京外国語学校(旧二番中学)の教師も含まれていたのだが、選手は彦六郎が話をしていたユニフォーム姿で統一されている。
「あれがそうでは無いか?」と誰とも無く声を上げた。
学生達の関心事はやはりヘンリー・デニソンであったのだが、その男は事前に決めていたアメリカチームが陣取る三塁側に荷物を置くと、学生達が陣取る一塁側に大股で近寄って来たので皆身構えていると、ホームベース上で「ヘーイ」と学生達に向けて笑顔で手を上げると一塁ベースに向かって走り出し、続けて二塁、三塁とベースを一周して戻って来た。そして荷物の中からバットを取りだして振り始めると「ブン」という風切り音が豊太の腹にも響いて来た。あっけに取られてその姿を追っていたのだが、学生達の瞳に移った背中は逆三角形に映っていた。この後の話になるが、彼は明治十三年にお雇い外国人として外務省顧問に転身するのであるが、日露戦争時には外務大臣となった小村寿太郎を支えロシアとの講和条約締結に大いに尽力し、日本外交史に大きな足跡を残した。
「学生さん頑張ってー!」といつの間にか神田界隈の住人達がいつもより沢山集まって来ていた。土曜日毎に行う紅白戦がボイコット中の神田祭りの代わりという事でも無かろうが、最近では神田界隈の行事として人気を博していたのに加えて、今日はアメリカチームとの特別なゲームと宣伝もしていたからで、三百人居る学生達以上の人数が集まり、家族連れも多く弁当などを広げ、中には酒を飲み始める者も居て正にお祭り気分である。
「おおーい、みんな集まって下さーい!」と来原が声を上げたので一塁側に学生達が集まると、黒の山高帽に黒の背広姿の紳士が握手で出迎えた。
「こちらが領事のミスタービューレンです。今日の審判を勤められます」と、来原が紹介する。そして自然とアメリカチームと学生チームが交わりお互い握手を交わしたのだが、笑顔こぼれるアメリカの選手に比べて学生の表情は皆硬く、握手も慣れていないためかぎこちない。青木元五郎など鼻の孔を膨らませて敵意をむき出しにしていた。
「八人?」
来原から話を聞いた学生達が一様に戸惑った。アメリカチームは急遽一人欠員が出てしまったらしい。
「では、我々も八人で?」と言う声が当然のように上がる。
「いえ、遠慮は無用。九人でプレーしてほしいとの事です。」
「八人でどのように守るのだ?」という声も当然のように上がる。
「センター抜きで、レフトとライトの二人で守るようです。でも右バッターの時にはレフトとセンター、石藤くんのように左バッターの時にはライトとセンターというように守る位置を変えるようですね」
「分かりました、僕は決してレフトの方向には打ちません」と豊太が口を引き締めて宣言すると、「我ら右バッターは当然ライト方向には打たぬぞ!」とそれが武士の情けとでも言うように青木が再び鼻を膨らませて宣言し「皆、良いな?」と同意を求めると一同大いに頷いた。
「相手が不利ばかりとも言えないのですよ。あの元プロのヘンリー・デニソンは一人分打席が早く回って来るのですから」と来原が念を押すように言うと、「よ、よかろう」と今さらながら考えの及ばなかった様子で青木が頷いた。
「デニソンって、先ほど走っていた?」と豊太が聞くと、「そう、握手の時に確認した」と来原が抜け目なく答えた。
審判を務める領事のビューレンがホームベース上でデニソンと来原に声を掛けて立ち合わせ、手にしたコインを投げてアメリカチームの先攻が決まったので、学生達がそれぞれの守備に散った。
一番ファースト石藤豊太、二番レフト野本彦一、三番ショート青山元、四番センター来原彦太郎、五番ライト田上省三、六番サード本山正久、七番キャッチャー青木元五郎、八番ピッチャー久米祐吉、九番セカンド佐々木忠次郎である。
対するアメリカチームは一番セカンドエドワード・マジェット、二番ショートフランク・レイシー、三番レフトなまずことホエレス・ウイルソン、四番キャッチャーヘンリー・デニソン、五番ファーストチャーチル、六番サードオー・レイシー、七番ピッチャーサムエル・ヘボン、八番ライトダーンハム・スティーブンスの八名である。
「プレイボール!」
ビューレンが、右手を上げてピッチャーの横から宣言した。審判はピッチャーの横に立ってストライクとボールやアウト、セーフのジャッジを行うのである。
「フェア」と一番バッターのマジェットがボールの高さを審判に申告する。「フェア」は乳より下、腰までの間。「ハイ」は目の高さから乳までの間。「ロウ」は腰より下、膝までである。バッターが申告したコース以外は全てボールとなるので、ピッチャーはバッターの申告した高さに打ちやすいように投げなくてはならない。
「フェア!」と久米の横でビューレンが大声でマジェットの申告を場内に告げる。
ピッチャーの久米が長方形のピッチングゾーン内で左手を腰に着け、反動をつけて下手から右手でボールを投げた。
ボールは途中で失速するように四角いホームベースの上でバウンドし、キャッチャーの青木が捕球する。
「ボール」
とビューレンがジャッジする。
青木から返されたボールを左手に握り、しきりと右手で股間を掻いている。その様子を見ていた山岡が、
「おい吉田、久米の様子を見てみろ。ひょっとしてインキンをうつされたのでは無いかのう、特に宮原にはこの試合が終わるまでは風呂は最後にしろと言っておいたのだが」
「そう言えば久米さん、月明かりを頼りに遅くまで壁を相手にボール投げて練習をされていたようですよ。ひょっとしたら宮原さんの後に風呂に入ったかも知れませんね」
学生の間では三幅対と称して実に百を超える項目を挙げて今で言うベストスリーを選んでいる。宮崎直尭、河上謹一、三田善太郎は「インキンの張本人」として挙げられ宮崎は一番目であった。ちなみに彦六郎は「放屁家」、山岡は「人付き合いよき人」、豊太は「酒好き(大飲酒ニハ非ズ)」に名を連ねている。山岡が応援をしている宮原に疑いの目を向けている間に、久米の投じた二球目をマジェットがレフト前に運んだ。二番のレイシーもセンター前に運んでノーアウトでランナー一塁と二塁である。打席にウイルソンが立つと不思議なもので妙な安心感が広がるのは、実力の程が想定されるからであろう。案の定、ウイルソンの打った球は、当たり損ねてボテボテとショート正面に飛び、青山がしっかり捕球して豊太に投げてアウトとなる。ランナーはそれぞれ進塁した。
「よし! ワンアウトだ」
豊太がボールを久米に返してバッターを見る。四番はあのデニソンである。手にしているバットも何だか短く見える。ファーストベース上で両掌を股の当たりでバッターに向け中腰で守備の構えをする。久米が投球すると、快音を残してサード佐々木の左横をライナーが飛んだ。「ファール」と審判のビューレンが判定する。ボールを拾いに追いかけるレフトの野本の背を見ながら豊太は肝を冷やした。デニソンに目を向けると頻りにタイミングを測るようにして素振りをしている。青山が野本からのボールを中継して久米に戻した。青山が、外野に向かって「下がれ」と身振りを交えて声を上げる。守備位置が深くなったのを確かめて、久米は第二球を投げた。バットから繰り出されたボールは、守備位置を下げたセンター来原の頭上を超えてゆく。打球を見ながらデニソンは豊太の前を猛烈な勢いで走り抜けセカンドベースも回る。足も速い。来原が追いついたボールを青山が中継してホームベースに向かって投げる。
「セーフ」
青木がタッチする前に、デニソンは三塁をも回ってホームベースに滑り込んでいた。あっと云う間に三点がアメリカチームに入った。更にこの回は、チャーチル、レイシーと連続ヒットで出塁し、続くスチーブンスが二塁に進む長打を放って二人が生還したので、合計五点の先制を許した。
「これからだぞ! この回六点取って逆転じゃ!」
一回の守備を終え山岡達の応援を背に受けながら豊太がバッターボックスに入る。一回の攻撃で十点入る事など珍しいことではないのだが、開成学校の身内のゲームというこれまでの気楽さと違って今日ばかりは何とも初回の五点は重たく感じた。
「フェア」と審判に申告して左のバッターボックスに入る。それを見てキャッチャーのデニソンがショートの守備位置をファーストとセカンドの間を守るように指示を出し、外野もレフトをセンターに、センターをライトの守備位置に変えた。
(レフトががら空きでは無いか)
そう豊太は思うが、そこを狙うのは卑怯というもの。誰も口には出さないが、それが「武士道」と心得ている。相手が一人少ないのも返ってやり辛い。
ピッチャーヘボンの第一球は少し高いコースであったが、思い切って振ると、チッと掠って、ボールはデニソンの手に難なく収まった。やはり守備も上手い。豊太もキャッチャーをやるが、デニソンの守備に感心する。続く第二球目を思いっ切り振り切ると、打球は地をすべるような勢いでファーストとショートの間を走り抜けてライト前に転がり哲太はファーストベースを駆け抜けて「セーフ」と審判がコールした。
「おお!」と神田っ子や学生の歓声の声に包まれて豊太はファーストベースの上に立つ。手を叩いて喜ぶ観客の様子を見て、ホッと気持ちが楽になって気分も良い。「ナイスバッティング」とファーストのチャーチルが声を掛けるが聞こえないふりをした。そこはお互い敵同士、けじめが必要と闘争心を示した。
野本がバッターボックスに立つ。豊太は心が逸り、ピッチャーの投球を見届けて離塁するが、野本は見送った。当時、離塁はピッチャーの手を離れてからとルールに定められている。「ヘイ」とデニソンがチャーチルに矢のような送球をする。慌てて豊太は頭からベースに戻った。「セーフ」と審判のコールに安心するが、キャッチャーから送球されるなど初めてでもあり、驚きつつも自分もマネしてみようと思った。
野本の打った球は、ボテボテのゴロとなって守備位置をサードとセカンドの間に移していたショートが捕球しファーストに投げてアウトになる間に豊太はセカンドに達した。
青山が「ロウ」と宣言してバッターボックスに立つ。低めが好きな青山の打った打球はレフトのウイルソンの前に飛び、ウイルソンはワンバウンドで捕球してサードに返球するが、豊太はすでにベースを陥れていた。
応援を背に来原がバッターボックスに入る。
(来原さんが打てばホームに還るぞ!)
豊太も気合いが入る。が、肝心の来原の顔色が少し青ざめているようにも見える。来原は、今回の対抗戦の段取りを殆ど一人で調整して最近は練習もままならなかった。昨日も濱尾新に呼ばれて遅くまで話をしていた様子である。少し疲れが出ているのかも知れない。ピッチャーのヘボンが投げたボールを、空振りして尻餅をついてしまった。やはり何時もの来原とは違う様子である。「あーっ」と言う観客のため息が聞こえる中、立ち上がって構え直す。案の定、当たり損ねて、打球はボールの下を叩いたフライとなった。ショートのレイシーが難なく捕球し「アウト」。これでは豊太はホームへ還れない。 次は田上である。
――田上さん、俺を還してくれ!
初球を打った田上のボールは地面を叩いた、反射的に豊太はスタートを切ってホームに奔る。ボールをショートのレイシーが捕球してファーストへ投げ、「アウト」。初回の攻撃が終わった。開成学校チームにとってホームベースは遠い。
二回、アメリカチームの攻撃は、二番のレイシーがレフトフライ、三番のウイルソンがショートゴロでツーアウトとなったが、四番のデニソンが、二塁打を放ち、五番のチャーチルのヒットで生還して六点目が入った。
その裏の開成学校の攻撃は、六番本山からである。
「まずは一点、一点じゃ」
応援に送り出される本山の背中は大きくて頼もしい。体格では外国人にも引けを取らない。
快音を残した打球は、レフトの頭を超えた。本山は、ウイルソンの背中を見ながらセカンドベースに向かい、ウイルソンがショートに返球した時には、サードベースに滑り込んでいた。
「やったぞ!」
「本山! よ、日本一!」
あちらこちらから声が上がり、応援にも熱が入る。
デニソンが「バックホーム、カモン」と身振りを交えて叫んでいる。七番青木が「ハイ」と宣言して打席に入る。
(大根斬り打法をやるつもりだ)
豊太は察する。高めの球を袈裟懸けに大根を切るよう地面にボールを打ち込み、バウンドして高く上がった隙にファーストベースに走り込む。成程、一人和装に拘る訳である。
「キエェー!」と奇声を発して大根斬り打法が炸裂した。地面に弾かれ高く上がったボールは、ピッチャーの頭上を越えてセカンド方向に飛び、マジェットが捕球した時には、本山はホームベースに滑り込んでいた。打った青木も「セーフ」となった。
歓声が沸き起こる。開成学校に、待ちに待った一点が入った。「よし! よし!」チーム全体の気持ちが高ぶる。本場アメリカのチームから一点をもぎ取ったのである。みんなの表情が明るくなった。「よーし、続け!」と声が上がる。が、そんなに甘くは無かった。この回、豊太もヒットを打って三人が塁を埋めたが、追加点は取れなかった。
三回のアメリカチームの攻撃は、簡単にツーアウトとなってから、二番レイシーがヒットで出塁したが、ウイルソンのセンターフライで初めて無得点で終えた。デニソンまで回っていたらと思うと、なまず様々であった。
「なまずで終わってよかったな」
無得点で終わったので、みんなの声は弾んでいた。点差は五点である。
「書生さん達、頑張ってくださいよ! アメリカに一泡吹かせておくんなさいよ!」
「そうだ! そうだ!」
「わっちらがついてまっせ! やっておくんなさいよ!」
試合が進むにつれて、観客は更に増えていた。ほとんどが地元神田の人たちのようで気勢を上げている。神田明神まつりは今年も行わず、神田っ子も鬱憤が溜まっている様子だ。
この回の攻撃は来原から始まる。
「フェア!」
審判のビューレンが声を上げて場内に告げる。
(来原さんが打つとチームの雰囲気が変わるのだが)
豊太は祈る気持ちで見ている。来原は帰朝以来、本場ベースボールを熱心に指導し、今やこのチームの中心であり、デニソンと同じく打順は四番であるのはその証である。しかし、今日はどうにも調子が上がらない、「あー」と神田っ子の溜め息が漏れたのは、空振りしてまた尻餅をついたからだ。これでツーストライクで後が無い。気持ちだけが空回りして力んでいるのが分かる。豊太が肩の力を抜くよう声をかけようとしたその時、
「いよー!」
声のした方に観客の視線が移り、豊太もその光景に驚いた。何故だか青竹で組んだ梯子に登って手を放して睨みを利かせている、火消しの応援である。
来原も苦笑するしかなく、これで肩の力が抜けた様子である。構え直した姿で豊太には分かった。
来原の強振した打球はウイルソンの頭上に飛び、バックして差し出したその手を弾き転々と転がる間に、来原はセカンドベースに立った。歓声が会場を包み込む。
来原のヒットが開成学校反撃の狼煙となった。
田上、本山の連続ヒットで来原が還り二点目、青木の大根切り打法がまたしても炸裂して満塁となるも、続く久米はフライとなってショートが捕球してアウト、佐々木のショートゴロの間に田上が生還して三点目。佐々木は一塁アウトだったのでツーアウトで二塁に青木、三塁に本山で打順は一番の豊太に戻る。
(よーし、僕で終わらせない。あと三点入れれば逆転だ)
「フェア」と宣言して打席に入ったものの初球は空振りをしてしまった。「力むな、力むな」と逆に来原に声を掛けられ、バットを短く持ち直す。次に打った打球は、守備位置を変えていたウイルソンの前に飛んでヒットとなって本山が生還四点目。続く野本もしぶとくゴロでショートとサードの間を抜けるヒットを放って青木がホームベースを踏んで五点目が入り一点差となった。
満塁となって青山が打席に立って「フェア」と申告する。
「頼んだぞ青山! 僕が見込んだ男」と山岡の声が響く。
(いや、青山さんを見込んだのは来原さんだけどな)と二塁に進塁した豊太が思いながら次に控える来原を見遣ると、彼も苦笑いをしていた。
青山が思い切り振り切った打球は、右打者なので守備位置を変えていたウイルソンの前に飛び満塁となったのだが、ウイルソンもなかなか忙しい。
一巡した打席に来原が立つと、「いよー!」っと火消しの応援にも気合が入り、真打登場といった趣きがあった。
「フェア」と申告し、初球は見送ってボールとなったが、二球目を思い切り振りぬいた打球は、スチーブンスとウイルソンの間に飛んでヒットとなった。それを見てから豊太がホームベースに戻り同点の六点目。スチーブンスがボールに追いついてショートに返球する間に二塁に居た野本はサードベースを大きく回っていた。ショートからホームに返球されたボールをデニソンが受け取り足から滑り込んだ野本にタッチすると同時に土煙が立ち上った。
火消しは動きを止め梯子の上から睨みを利かし、一瞬の静寂が会場を包み込む。
「セーフ!」審判のビューレンが宣告する。
「うわあぁー!」と今度は会場がどよめきに包まれる。
「逆転だ! 逆転だ!」
「アメリカチームを逆転したぞ!」
その間、隙を見てサードに向かった来原を見逃す事無くデニソンはサードのレイシーに送球して、来原はアウトとなってこの回は終わった。
ここで、アメリカチームからの申し出により休憩をとる事になった。今日は特に暑いせいか豊太が見回すと開成学校の選手も息が上がっていたので、休憩は有難かった。しかし開始が遅かったせいもあり時計は午後四時になろうとしていた。
「よーし、この調子だ」
山岡達の応援にも熱が入る。
「暑い、暑い。水だ、水!」
用意していた手桶に選手が集まり、柄杓で水をガブガブ飲む。
「ポン、ポン」と軽快な音がアメリカチームからするので、豊太が見ると彼らはビンの栓を抜いて飲んでいる。「何だあれは?」と誰とはなく声が上がった。
「ラムネだ。アメリカは贅沢なもんだ、こっちで用意した手桶には見向きもしとらん」とアメリカチームの様子を見に行っていた彦六郎が、ブツブツ文句を言いながら戻って来た。
「やりやしたね学生さん! あっちは絶対打つと思ってましたよ」
「黒船さんに勝てそうでやんすね」
神田っ子が学生の周りを取り巻き口々に囃し立てる。
「よーし、この調子だ! 勝てるぞ!」と山岡が神田っ子の期待に応えるようにして自信満々に叫ぶのはいつものおっちょこちょいでもある。
「山岡さん、まだ三回が終わった所ですから」と来原が嗜め「よし! このまま行くぞ!」と選手を鼓舞する。
「おう!」と呼応して開成学校チームは四回表の守備に走った。
記念すべき第一回日米ベースボール対決…次回のエピローグで結果を書きます。




