第二話 希望の闇
俺の唯一の友人が死んだ。
人は死ぬことを改めて思い知らされた。
それに俺は彼女のこと何も知らない。
好きな食べ物とか好きな季節とか、
何も知らないまま話せなくなってしまった。
俺は葬儀の参加を申し出た。
せめてもの礼儀と挨拶をするために。
―
雫の葬儀は少し東京から離れた所で行われた。
俺も黒いスーツに身を包んで先生の車に背負われた。
「なぁ木瀬、葬式は初めてか?」
先生はしゃがれた低い声で聞く。
「いえ、前に一度だけ。」
俺は両親を中学に入ってすぐに亡くしている。
「そうか…やっぱり悲しかったか?」
「はい。涙が止まりませんでした。」
「そうか。」
―
葬儀場に到着すると、雫の母親が挨拶回りをしていた。
母親は無表情だった。
葬儀の前先生と少し話をした。
葬儀場の駐車場の先に眺めのいい展望台があった。
よく風が吹いていて、気持ち良かった。
「フー」
「先生って煙草吸うんですね。」
「いや初めて吸った。クソまじぃ」
「でも、涙が乾いていく感じがする。」
「泣いたらよ、花咲も天国行くとき悲しいと思ってな」
「そうですね…」
先生の目尻には涙の跡がついていた。
「結局泣いてんじゃないすか。」
「うるせえ。今泣いてるお前に言われたくないぜ。」
「え?いや、俺泣いてますか?」
「あぁそりゃビショビショだ。ほらよ拭いとけ」
先生真っ白のハンカチで俺の顔を拭いてくれた。
さっきまで煙草臭かった先生からはいい匂いがした。
「俺たち、葬儀の前に泣いちまってバカみたいだな。」
「はは…そうですね」
悲しいのになんかおかしくて。
おかしいのに涙が止まらなくて。
人には死など必ず訪れる。
人が死んだらどうなるか?
葬儀中ずっとそんなことを目を閉じて考えていた。
お経の言葉が並ぶ度、心が重くなっていく。
人が死んだら天国か地獄に行くらしい。
生前良い事をしたら天国。悪い事をしたら地獄。
それが一般的な考えだ。
しかしそれは仮説に過ぎない。誰も知らないのだから。
人が考え出した仮説だ。
それなら幽霊や亡霊という存在は?
なぜ彼らは天国や地獄に行けなかったのだろうか?
つまりは、俺らは死後のことを何も知らない。
死んだ人が教えてくれるわけもない。
違う世界に行くのかもしれない。
天国と言われる場所でずっと過ごすのかもしれない。
―
目を開くと、お経が聞こえなくなった。いや止まった。
時間止まったんだ。
まるで魔法だ。
すると薄暗かった葬儀場が青白く彩られた。
そして桶に供えたお花が宙に舞った。
不穏な空気が肌を擦った。
『聖導者共め。こんな少女まで手にかけるとは…』
どこからともなく男が現れた。
声の元は艶やかな白髪に、整った顔、紫色の美しい目をしていた。
そして彼は桶のそばにお花を添えた。
俺は驚きも隠せぬまま立ち上がった。
「誰だ!」
そう叫んだ。
すると彼は驚いたように目を丸くしてこっちを向いた。
『お前、何者だ?』
「それはこっちのセリフだ!急に現れてブツブツと…」
『私は堕天の一橋、名はシルファ。』
「堕天…?」
『我々堕天は聖導者を追っている。』
「ディクレム?」
『聖導者は、宿命を定めし者。そこの少女も奴らに導かれた。つまりこの少女が死ぬのは決まっていたことなのさ。』
「何…言ってんだよ…」
『信じられないのも無理は無い。お前ら地球人は奴らの玩具に過ぎない。奴らの能力の実験台にされている。奴らは命を遊び道具としか思っていない。』
『いやそんなことはどうでもよい。小僧、お前本当に人間か?私の堕戒魔導に耐える人間なんてありえぬ。』
「何が何だかわからない」
『今分からずとも問題ない。お前がどうしたいかだ。この先を知りたければこれを使え。』
シルファは鍵を渡してきた。
なんだったのだろうか…
わけもわからぬまま行ってしまった。
―
シルファが居なくなった途端、
お経がまた流れ始めた。
俺の頭の中はぐちゃぐちゃだったが冷静だった。
シルファの言ったことを整理しよう。
まず彼は異世界からの使者であること。
そして彼の言ったことが正しければ花咲雫は殺されたということ。
もしかしたら何かが変わろうとしているのかもしれない。