第一話 差し込んだ光の欠片
「本日は洗濯物もよく乾く、快晴となるでしょう。」
憂鬱な月曜の朝。寒気の残る春の日。
テレビをただ垂れ流し、天気予報を聞き入れる。
頭には入ってこない。
眠くて仕方がないのだ。
僕の心は選り好みしすぎだと言われる。
やりたい好きなことがあれば、やるべき事など放ったらかし。
やさぐれて、無駄に大人びて現実を知った気になっている愚かなクソガキだと。
―
毎日のように満員電車に揺られ、
毎日のように長い駅の廊下で足を進める。
毎日のように学校で下手くそな笑顔を並べる。
毎日のように…いや今日は少し違う。
今日だけは隣に君が居座っていた。
今日だけは長い駅の廊下は短くも感じた。
彼女の名前は花咲 雫。
彼女はただのクラスメイトで少し静かめの奴だ。
でも顔は可愛いから高嶺の花的な奴でもあるらしい。
彼女とは少し前の席替えで隣の席になった。
好きなアニメとかアーティストとか。
少しだけ話が合う程度だった。
でも今日はたまたま帰り道で鉢合わせた。
肩の下まで伸びた艶やかな黒髪に、珍しい青紫色の瞳、色白で柔らかそうな肌、上品であざとくて、ほんの少しだけ低くて元気で優しい声。もう春なのに何故かマフラーをしている。
そして彼女は電車の隣の座席に楽しそうに座り、
有線イヤホンの片方をにこにこしながら差し出した。
その笑顔は月よりも目立つ一等星のようだった。
彼女は一丁前に恋愛ソングを流した。
そのくせ自分はウトウトとうたた寝している。
それがなんだかおかしくてクスクスと笑った。
『……です。足元とホームドアにご注意ください。出口は右側です。』
降りる駅のアナウンスが流れると同時に
目を覚ました。危なかった。いつの間にか寝ていた。
でも彼女はまだ俺の肩に首を乗せて寝ていた。
彼女の髪が首に掛かって少し痒くなった。
「おい、し…」
名前を呼びかけて言葉を呑んだ。恋人じゃあるまいし。
「おい、降りるんじゃないのか」
そう言って肩を揺らしてみた。
触っても良かったのだろうか。そんな事を思いつつ。
「え、もう!?」
彼女はそんな呑気な事を言いながら飛び起きた。
「ほら行くぞ。」
俺はそう言って一足先にホームに立ち、
手を差し伸べた。
すると彼女は寝起きとは思えぬ軽快な足取りで
意味の無さそうなジャンプをしてホームに乗り込んだ。
「って危ないぞ!」
転びそうになった彼女を両腕で受け止めた。
彼女の身体は暖かかった。
「あ、あぁ、えと、ままた明日!!」
そう叫び、彼女は顔を見せず走っていってしまった。
急に触ったから怒ったのだろうか…
悪い事をしたな…明日にでも謝ろう。
俺も帰ろう。何気なくイヤホンを両耳につける。
これから30分、アニメ1話くらい見れるかな…
見てるのは丁度雫と話していた転生系の物語。
彼女と俺は等しく魔法とかに憧れたお子ちゃまなのだ。
そして今見ている12話。
ここは特に胸アツなシーン。
主人公はヒロインを魔王に殺され、悲しみに襲われながらも魔王をなんとか討伐するが、主人公は愛するヒロインを失い悲しみに崩れる。でも女神がヒロインに蘇りの魔法をかけてくれ、感動の再会。
こんな感じでストレートだけど悪くない展開だ。
しかもこの後…
『まもなく、終点。終点です。本日もご利用ありがとうございました。お忘れ物のございませんようご注意願います……』
あ、もう到着か…
明日、彼女にも話してやろう。
明日も花咲 雫は一緒に帰ってくれるだろうか。
少し楽しみにしてる自分に驚いている。
―花咲 雫―
「いただきます。」
今日の朝食はお米と味噌汁だった。
「ごちそうさまでした!」
素早く制服に着替える。
そして洗面所で身なりを整える。
木瀬くん、どんな髪型が好きなんだろ…
髪ゴムを咥えたまま手を止めた。
「ねぇ、お父さん。男の人ってどんな髪型が好き?」
隣で髭を剃るお父さんに聞いてみた。
「なんだ、雫!彼氏か!?」
「父さん許さんぞ!」
「はぁ…お父さん、おじさんみたいだよ…」
「雫ぅ…冷たいよ!父さん泣いちゃうよ」
「はいはい。お仕事頑張ってね」
今日は結ばないでいいや。髪ゴムは置いていこ。
「母さん!雫が反抗期だ!」
「まだ言ってる…いってきます!」
玄関から叫んだ。
私は中途半端だと、いつもそう言われる。
一番嫌いな物もなければ、一番好きな物も特に無い。
そして不器用。ちょっと変わった子だと。
今日は端っこに座れた電車。
今日は長い廊下の自販機に美味しそうなジュースを見つけた。帰りに買って帰ろっと。
今日の学校では隣の子が髪型も褒めてくれた。
そして今日はその隣の子と帰り道、一緒にいる。
名前は木瀬勇人。
彼は最近よく話してくれる友達。いつも暗くて無口。
髪が長めで目が少し隠れているけど、
意外とかっこいい顔をしている。
そして私と趣味の合う人。
髪は黒くて長め、いっつも暗くて物静かだけど、私と一緒だと結構お喋りかも?そういえば笑っている所をあんまり見た事がない。ずっと無表情。
今日はもっと仲良くなってみせる!
「ほら、片っぽつけて…。」
木瀬くんは少し嬉しそうな顔をした気がした。
スマホで曲の入ったプレイリストを漁る。
あ、この曲…すごい良い曲だから聞いてもらお。
いい歌…
「おい…おい、降りるんじゃないのか?」
彼の声が遠めに聞こえた。
「え、もう!?」
いつの間にか寝ちゃってた…
「ほら行くぞ!」
不意にも木瀬くんが手を差し出してきた。
木瀬くんってそうゆうことできるんだ…
「っおい!危ないぞ!」
突然のことが重なったから思わず、転びそうになった。
なんとか木瀬くんが肩と手を握って受け止めてくれた。
彼の手は冷たかった。
「えぁ!あぁ、えっと…ままた明日!!」
やってしまった…
急に触られたからつい恥ずかしくなって逃げちゃった。
あれ、顔暑くなってる…なんで私…
―翌日
今日は花咲 雫は来ていなかった。
あいつのことだ。どうせ寝坊とかしてるんだろう。
『キーンコーンカーンコーン』
チャイムが学校中に鳴り響いた。
ホームルームが始まる。
「えー皆、突然の報告になるが、うちのクラスの花咲 雫さんが自宅の近くで遺体として見つかった。」
「は?」