第十三話:嘘が聞こえない世界
【プロローグ:案内人】
さあ、紳士淑女の皆様。この歪んだ回転木馬も、いよいよ最後の周回です。フィナーレを飾るにふさわしい、とっておきの物語をご用意いたしました。
あなた方は「真実」という言葉に、どのような印象をお持ちかな? 正しく、美しく、何よりも価値あるもの? 嘘や偽りは悪であり、真実こそが人を救うと、そう信じていらっしゃるでしょう。
ですがね、もし、人が社会を営む上で不可欠な、あの優しさに満ちた「嘘」や「建前」という潤滑油が、この世界から一切消え去ってしまったとしたら?
もし、愛する人の心の中にさえ渦巻く、一瞬の、しかし紛れもない本音の刃に、四六時中晒され続けるとしたら?
今宵の主役は、そんな「真実」だけを聞く力を手に入れてしまった、一人の男。彼は、その力で理想の人生を築き上げたつもりでした。その先に待つのが、絶対的な孤独という名の地獄だとも知らずにね。
さあ、心してご覧ください。真実が、人を狂わせる物語を。
【本編】
1.真実という名の祝福
高橋亮は、嘘にうんざりしていた。
営業マンとして、心にもないお世辞を並べ、腹の底で何を考えているか分からない取引先の笑顔に怯える毎日。恋人には浮気され、親友だと思っていた男には金を騙し取られた。真実などどこにもない、欺瞞に満ちた世界。
そんな彼が、不慮の事故で命を落とし、私の前に現れた時、その願いはただ一つだった。
「もう、嘘は聞きたくない。人の心の声が、本音が聞こえる世界に行きたい」
私は、その願いを快く受け入れた。実に、人間らしい、愚かで面白い願いだと思ったからだ。
リョウとして新たな生を受けた彼は、望み通り、人の心の声が聞こえる能力を手にしていた。それは、まさに祝福だった。
口では良いことを言いながら、内心で彼を騙そうとする商人の声が聞こえる。彼はそれを看破し、詐欺を未然に防いだ。
彼に好意を寄せる女性たちの、偽りのない心の声を聞き、その中から最も純粋な愛情を持つ女性、エマを選び、恋に落ちた。彼女の心は、いつだって「リョウ、大好き」という温かい言葉で満ちていた。
彼は、その能力を駆使して、瞬く間に成功を収めた。誠実な人間だけを見抜き、盤石な人間関係を築き、巨万の富を得た。嘘のない世界。真実だけが存在する、完璧な人生。彼は、この力を神からの贈り物だと信じて疑わなかった。
2.不協和音
だが、いつからだろうか。
彼の世界に、不快なノイズが混じり始めたのは。
信頼する部下が、彼に報告書を提出する。「完璧な出来です、リョウ様」
(…ちくしょう、この修正のせいで、昨日は徹夜だ。少しはこっちの身にもなれよ…)
街ですれ違う人々が、彼に道を譲る。「どうぞ、お通りください、リョウ様」
(…なんだよ、こいつ。偉そうに。金持ちはこれだから嫌なんだ…)
それは、悪意と呼ぶにはあまりに些細な、一瞬の心の揺らぎ。誰もが抱く、しかし決して表には出さない、取るに足らない本音の澱。
以前の彼なら、気にも留めなかっただろう。だが、完璧な「真実」の世界に慣れきった彼の耳には、その些細なノイズが、不協和音として、ひどく突き刺さった。
3.愛という名の地獄
決定的な亀裂は、彼が最も愛し、信頼していたはずの妻、エマとの間に生じた。
ある朝、彼女は彼に微笑みかけ、キスをした。「おはよう、あなた。愛してるわ」
(…ああ、また靴下が脱ぎっぱなし。何度言ったら分かるのかしら、この人は…)
ある夜、彼が仕事の成功を祝して高価な腕輪を贈った時、彼女は満面の笑みでそれを受け取った。「素敵!ありがとう、あなた!」
(…綺麗だけど、本当は、あっちの首飾りの方が欲しかったな…)
些細な、本当に些細な、夫婦の間なら当たり前にあるはずの、心の声。
だが、リョウには、それが耐えられなかった。
「愛してる」という言葉と同時に存在する、「不満」という名のノイズ。それは、彼女の愛が偽りであるという、動かぬ証拠のように思えた。
彼は、次第にエマを問い詰めるようになった。
「なぜ、靴下のことで内心、俺を罵っていたんだ?」
「本当は、首飾りの方が欲しかったんだろう!なぜ正直に言わない!」
エマは、困惑し、傷ついた。
「そんなこと、思ったかもしれないけど…でも、あなたを愛している気持ちに嘘はないわ!どうして、そんなことまで分かるの…?」
彼女の心から、今度は別の声が聞こえてくる。
(…怖い。この人、どうしてしまったの…?少し、距離を置きたい…)
その声を聞いた瞬間、リョウの世界は完全に崩壊した。
愛する妻が、自分を「怖い」と思っている。この真実以上に、残酷なことがあるだろうか。
4.真実の牢獄
彼は、全ての人を信じられなくなった。
友人たちの励ましの言葉の裏には、嫉妬と侮蔑が渦巻いている。
使用人たちの忠誠の裏には、怠惰と不満が蠢いている。
道行く人々の無関心の裏には、名状しがたい悪意が潜んでいる。
世界は、醜い本音で満ち満ちていた。
彼は、自分の屋敷に引きこもり、誰とも会わなくなった。だが、静寂は訪れない。壁の向こうから、庭師の、メイドの、そして遠く離れた街の人々の、汚泥のような心の声が、絶え間なく彼の脳内に流れ込んでくる。
彼は、ようやく悟った。
自分が手に入れたのは、「真実を知る力」などではなかった。
それは、人間が社会生活を営む上で、無意識のうちに濾過している思考のノイズ、そのフィルターを破壊するだけの、呪いの力だったのだ 。
人が、愛する人と共にいるために。友と笑い合うために。見知らぬ他者と共存するために、どれほど多くの「優しさという名の嘘」と「思いやりという名の建前」を駆使しているか。
彼は、その全てを拒絶し、剥き出しの真実だけを求めた。その結果が、この四六時中、他人の醜悪な本音に苛まれ続けるという、無限地獄だった。
「やめてくれ…!もう、聞きたくない…!」
リョウは、両耳を塞ぎ、絶叫した。
だが、声は外から聞こえてくるのではない。彼の頭の中に、直接響き渡るのだ。
彼は、自らが望んだ、嘘のない世界に、たった一人、永遠に閉じ込められたのだ。
【エピローグ:案内人】
…さて、これにて、当博覧会の全ての演目は終了となります。
最後の物語は、お気に召しましたかな? 彼は、自らが望んだ通りの真実を手に入れました。その真実が、彼を狂わせる毒の刃だったというわけです。
完璧な世界など、どこにも存在しない。欠陥や嘘、矛盾を抱えているからこそ、この世界は、かくも滑稽で、愛おしいのかもしれませんな。
回転木馬が、ゆっくりと止まります。
名残惜しいですが、お別れの時間です。
またいつか、どこかで、新たな運命の博覧会が開かれたなら、その時は、一番乗りでお越しください。
この私、気まぐれな支配人が、心よりお待ちしておりますので。
――では、ごきげんよう。この、歪んだ世界の、どこかで。
『運命の博覧会』完結の御礼と、新作のお知らせ
ここまで『運命の博覧会』にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
真実を求め続けた男の末路を描いた物語、いかがでしたでしょうか。私たちが日常で交わす「嘘」や「建前」が、いかに人間関係の潤滑油になっているか、少しでも感じていただけたなら幸いです。
この物語が面白いと感じていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】での評価、一言でも感想をいただけますと、今後の執筆の大きな励みになります。
さて、少しビターなお話にお付き合いいただいた皆様に、明日から始まる全く新しい物語のお知らせです!
【新作予告】
『異世界に召喚された娘の聖女パワーが、なぜか全部パパに来た件 ~ビル管理の知識で、今日も娘を守ります~』
【あらすじ】
41歳、しがないビル管理業の俺が、ある日突然、7歳の愛娘と共に異世界へ。そこで知ったのは、娘が世界を救う『聖女』であるという、とんでもない事実だった。
だが、聖女の力はなぜか全部パパである俺に発現!? 剣も魔法も使えない俺の武器は、41年間の人生で培った『ビル管理』の知識と、危険な現場を生き抜いてきた『構造解析』のスキル。仲間と共に、知恵と経験だけで、娘に迫る巨大な悪意に立ち向かう!
これは、ただの父親が、世界で一番愛する娘の笑顔を守るため、最強の『守り人』になるまでの物語。
―――その、最初の業務日報である。
ダークな物語の後味を、今度は愛情深いパパの奮闘が癒やしてくれますように。
ぜひ新作もブックマークしていただき、父娘の活躍を見守っていただけると嬉しいです!
それでは、また新しい物語でお会いしましょう。




