各地のものと育つもの
「やったー!赤点回避ー!」
「これで野球に専念できるな!!
「ああ!わざわざ野球留学して赤点で補修はな!」
野球部寮の食堂からにぎやかな声が聞こえる。
「こんばんはー」
「あモリマネージャーチーっす」
「どうしたんです?」
「寮の管理人さんがぎっくり腰でお休みだから代行」
「その手の花は?」
シマさんが目ざとく持っていた花に質問が飛ぶ。
「菜の花。冷蔵庫で咲いてたからもらったの」
「もらってどうするんです?」
「部屋に飾ろうかなって」
「てか菜の花って咲くんだ。食べ物とばっかり」
食べ物ばかりに目がいくのは年頃だからだろう。
「菜の花は食用だから。小松菜やブロッコリー」
「キャベツにレタス、白菜、大根、アスパラ……」
「そ。オカさんのも含めてアブラナ科の総称」
キャッチャーのオカさんが補足してくれた。
「ってか連休後に中間テストって連絡あったよね?」
「実家かえって弟の世話してた」
「同じく実家かえって妹と火山灰の世話」
私の疑問に野球留学生たちは口々に答える。
「石の裏にダンゴ虫いるって教えたら喜んでね」
「こっちは布パンツとオムツでトイトレと灰落し」
「前は泥団子の作り方教えてたよね。噴火は桜島?」
「霧島も。神社埋まったときは1日2m降ってさ」
(ブルカノ式噴火と黒神神社埋没鳥居だったかしら)
あの噴火で桜島と大島半島は陸続きになったという。
☆ ☆ ☆
「ってかマネージャー」
シマさんが聞いてきた。
私は鍋の火を弱火にして本格的に会話に加わる。
「赤点者は補修合格まで部活禁止ってどうなん?」
「『学生の本文は勉強!』が野球部の伝統なの」
「まあ高校だし義務教育は卒業しちゃったし」
「高校ってだいたい同じ偏差値で集まるのもあるわ」
オカさんが賛同してシマさんを宥める。
「ストレス与えるのが目的って聞いてるわ」
「どうしてそんなことを?」
シマさんが質問してきた。
「先輩や監督からの話だとね」
私は預かってきたゴムボールを手に取る。
「これが普段の状態これにストレスが加わると……」
私はそう言いながらゴムボールを手で押す。
「へこんだね」
「そう。そしてストレスが離れると戻るの」
私は手を放してゴムボールをもとの形に戻す。
「問題があってね、ストレスが強すぎると……」
「ボールはへこんだままだわな」
「そうよね。逆にストレスが弱すぎると……」
「負荷が軽すぎて遊んじゃうってことか」
「そういうこと。テストはちょうどいいストレスなの」
私はそう答えてキッチンに行き料理を盛り付ける。
★ ☆ ☆
「はいせんべい汁と焼き魚と小鉢。ご飯は自分でね」
「せんべい汁初めてだな。具はせんべいに……」
「牛蒡と人参に小株に菠薐草にレタスに茸かな」
「地元の野菜と茸を味わってって管理人さんから」
「根菜類多いな。いただきまーす」
配膳された料理を二人とも一気に食べ始める。
「今は野球留学生二人だけだから少し寂しいよね」
「去年は大勢いたんです?」
「いるにはいたみたいよ」
「なんか含みのある言い方だな」
「在籍目当てなのかでやる気がね……って先輩が」
せんべい汁に箸を付けながらご同伴に預かる。
「ふーん。そうだ!これ入れてもいい?」
シマさんは調味料を取り出した。
「ミカンとタカの爪とゴマ。鹿児島の特産品」
郷土料理と特産品が並ぶ。
「静岡からはなんかある?」
「きんめ鯛もなかと牛乳サプレ。赤がこし餡ね」
(丹那盆地の牛乳かしら)
静岡の丹那盆地は鉄道開通時に水が枯れたと聞く。
(この交流会も昔は人が大勢いて盛んだったのよね)
今は合宿の時にだけ食堂はにぎわっている。
(少子化かあ)
★ ★ ☆
「あそうだ!寮の管理人さんからいちご煮があるの」
私はそう言って再びキッチンに赴く。
「いちご煮ってジャム系のデザートかな」
「もなかとかぶっちゃうな。栗入りだし」
(そっかーいちご煮はデザートなんだーそっかー)
またひとつ学びを得ながら火の通りを見守る。
「そういえばそっちはどうなん?」
「なにが?」
シマさんとオカさんの楽しげな声を風が運ぶ。
「地震とか。伊豆半島はプレート3つあるんだろ?」
伊豆半島は本州に後からくっついた火山島。
プレートテクトニクス理論を学べる場所でもある。
「今のところ大丈夫だよ。俵磯も見られるし」
(俵磯か。福井だけと思ってた。あと駿河湾よね)
「三角形や六角形状にマグマが冷えて固まるんだ」
マグマの核がゆっくり冷えて固まる柱状節理現象。
エネルギー効率云々の話があった気がする。
(自然界の数理は珍しいし静岡もいつか行きたいな)
「鹿児島は地熱発電所があるって聞いたよ」
「南九州全体でやってからなあ」
オカさんはシマさんに驚いた様子で聞き返す。
「そうだよ。実家は砂蒸し風呂だし」
「砂蒸し風呂って体に砂つきそう」
「大丈夫だぜ。浴衣が汗を吸ってくれるから」
「そうなんだ。人の知恵ってとこかな」
「だな。地熱風呂でも茹で上がるから長風呂注意な」
「はい。いちご煮できたよ!」
「これがいちご煮!?
「そ。アワビとウニのお吸い物」
せんべい汁と汁物で被ってるのは訳がある。
「いちごの名の由来は?」
「乳白の汁とウニが朝露の野イチゴに見えるでしょ」
お祝い事に出す料理なのは伏せておく。
(せっかく留学しに来てくれてるんだし)
赤点突破の祝い料理といえば興がそがれるだろう。
鹿児島の子も静岡の子もいちご煮を堪能している。
それが私にはうれしく思えた。
★ ★ ★
夕食が終わると夕暮れ時だった。
私は一人帰路に就く。
自転車をこいでいると東寄りの風が吹いてきた。
「さむっ!やませにはまだ早いわよね」
冷風が奥羽山脈にあたり太平洋側にとどまる。
その結果このあたりの初夏は寒いと教わった。
せんべい汁の野菜も冷害に強いものと聞いている。
「有望株のためだもの。このぐらいへっちゃらよ」
交差点で信号が赤になり自転車を止めた。
青になるまで私は校章の竜胆に手をかざす。
(リンドウ……宮沢賢治のイーハトーブか)
理想郷との言葉が脳裏をかすめた。
(寮生にとって学校は理想郷になるのかな?)
中学校までの土壌で育った野球の芽がある。
(監督の指導で天まで届く巨木に育つといいな)
レギュラー争いや指導でしおれていく子もいた。
(花を咲かせるか切り倒されるか私たち次第よね)
対策としてストレスの話と祝賀会が毎年ある。
留学生たちは今頃スマホで家族と話してるだろう。
(いちご煮、ありがとうございました)
新たなスタートを切れたと私は思う。
心の中で寮の管理人さんにお礼を告げた。
信号が青に変わる。
「さて行くか」
私は家に、野球部は甲子園に。
それぞれの目標に向かって力強く踏み出した。