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イベント・春 (2025)

各地のものと育つもの




「やったー!赤点回避ー!」

「これで野球に専念できるな!!

「ああ!わざわざ野球留学して赤点で補修はな!」

 野球部寮の食堂からにぎやかな声が聞こえる。

 

「こんばんはー」

「あモリマネージャーチーっす」

「どうしたんです?」

「寮の管理人さんがぎっくり腰でお休みだから代行」

「その手の花は?」

 シマさんが目ざとく持っていた花に質問が飛ぶ。


「菜の花。冷蔵庫で咲いてたからもらったの」

「もらってどうするんです?」

「部屋に飾ろうかなって」

「てか菜の花って咲くんだ。食べ物とばっかり」

 食べ物ばかりに目がいくのは年頃だからだろう。

 

「菜の花は食用だから。小松菜やブロッコリー」

「キャベツにレタス、白菜、大根、アスパラ……」

「そ。オカさんのも含めてアブラナ科の総称」

 キャッチャーのオカさんが補足してくれた。 

「ってか連休後に中間テストって連絡あったよね?」

「実家かえって弟の世話してた」

「同じく実家かえって妹と火山灰の世話」

 私の疑問に野球留学生たちは口々に答える。


「石の裏にダンゴ虫いるって教えたら喜んでね」

「こっちは布パンツとオムツでトイトレと灰落し」

「前は泥団子の作り方教えてたよね。噴火は桜島?」

「霧島も。神社埋まったときは1日2m降ってさ」

(ブルカノ式噴火と黒神神社埋没鳥居だったかしら)

 あの噴火で桜島と大島半島は陸続きになったという。


     ☆     ☆     ☆


「ってかマネージャー」

 シマさんが聞いてきた。

 私は鍋の火を弱火にして本格的に会話に加わる。

「赤点者は補修合格まで部活禁止ってどうなん?」

「『学生の本文は勉強!』が野球部の伝統なの」

「まあ高校だし義務教育は卒業しちゃったし」

「高校ってだいたい同じ偏差値で集まるのもあるわ」

 オカさんが賛同してシマさんを(なぐさ)める。

 

「ストレス与えるのが目的って聞いてるわ」

「どうしてそんなことを?」

 シマさんが質問してきた。

「先輩や監督からの話だとね」

 私は預かってきたゴムボールを手に取る。


「これが普段の状態これにストレスが加わると……」

 私はそう言いながらゴムボールを手で押す。

「へこんだね」

「そう。そしてストレスが離れると戻るの」

 私は手を放してゴムボールをもとの形に戻す。

 

「問題があってね、ストレスが強すぎると……」

「ボールはへこんだままだわな」

「そうよね。逆にストレスが弱すぎると……」

「負荷が軽すぎて遊んじゃうってことか」

「そういうこと。テストはちょうどいいストレスなの」

 私はそう答えてキッチンに行き料理を盛り付ける。


     ★     ☆     ☆


「はいせんべい汁と焼き魚と小鉢。ご飯は自分でね」

「せんべい汁初めてだな。具はせんべいに……」

牛蒡(ごぼう)人参(にんじん)小株(こかぶ)菠薐草(ほうれんそう)にレタスに(きのこ)かな」

「地元の野菜と茸を味わってって管理人さんから」

「根菜類多いな。いただきまーす」

 配膳(はいぜん)された料理を二人とも一気に食べ始める。

 

「今は野球留学生二人だけだから少し寂しいよね」

「去年は大勢いたんです?」

「いるにはいたみたいよ」

「なんか含みのある言い方だな」

「在籍目当てなのかでやる気がね……って先輩が」

 せんべい汁に箸を付けながらご同伴(どうはん)に預かる。

 

「ふーん。そうだ!これ入れてもいい?」

 シマさんは調味料を取り出した。

「ミカンとタカの爪とゴマ。鹿児島の特産品」

 郷土料理と特産品が並ぶ。

「静岡からはなんかある?」

「きんめ(だい)もなかと牛乳サプレ。赤がこし(あん)ね」

丹那盆地(たんなぼんち)の牛乳かしら)

 静岡の丹那盆地は鉄道開通時に水が枯れたと聞く。

(この交流会も昔は人が大勢いて盛んだったのよね)

 今は合宿の時にだけ食堂はにぎわっている。

(少子化かあ)


     ★     ★     ☆


「あそうだ!寮の管理人さんからいちご煮があるの」

 私はそう言って再びキッチンに(おもむ)く。

「いちご煮ってジャム系のデザートかな」

「もなかとかぶっちゃうな。栗入りだし」

(そっかーいちご煮はデザートなんだーそっかー)

 またひとつ学びを得ながら火の通りを見守る。

 

「そういえばそっちはどうなん?」

「なにが?」

 シマさんとオカさんの楽しげな声を風が運ぶ。

「地震とか。伊豆半島はプレート3つあるんだろ?」

 伊豆半島は本州に後からくっついた火山島。

 プレートテクトニクス理論を学べる場所でもある。

「今のところ大丈夫だよ。俵磯(たわらいそ)も見られるし」


(俵磯か。福井だけと思ってた。あと駿河湾よね)

「三角形や六角形状にマグマが冷えて固まるんだ」

 マグマの核がゆっくり冷えて固まる柱状節理現象。

 エネルギー効率云々の話があった気がする。

(自然界の数理は珍しいし静岡もいつか行きたいな)

 

「鹿児島は地熱発電所があるって聞いたよ」

「南九州全体でやってからなあ」

 オカさんはシマさんに驚いた様子で聞き返す。

「そうだよ。実家は砂蒸し風呂だし」

「砂蒸し風呂って体に砂つきそう」

「大丈夫だぜ。浴衣が汗を吸ってくれるから」

「そうなんだ。人の知恵ってとこかな」

「だな。地熱風呂でも茹で上がるから長風呂注意な」


「はい。いちご煮できたよ!」

「これがいちご煮!?

「そ。アワビとウニのお吸い物」

 せんべい汁と汁物で被ってるのは訳がある。

 

「いちごの名の由来は?」

「乳白の汁とウニが朝露の野イチゴに見えるでしょ」

 お祝い事に出す料理なのは伏せておく。

 

(せっかく留学しに来てくれてるんだし)

 赤点突破の祝い料理といえば(きょう)がそがれるだろう。

 鹿児島の子も静岡の子もいちご煮を堪能(たんのう)している。

 

 それが私にはうれしく思えた。

 

     ★     ★     ★

 

 夕食が終わると夕暮れ時だった。

 私は一人帰路に就く。

 自転車をこいでいると東寄りの風が吹いてきた。

「さむっ!やませにはまだ早いわよね」

 冷風が奥羽山脈にあたり太平洋側にとどまる。

 その結果このあたりの初夏は寒いと教わった。

 せんべい汁の野菜も冷害に強いものと聞いている。

「有望株のためだもの。このぐらいへっちゃらよ」

 交差点で信号が赤になり自転車を止めた。

 青になるまで私は校章の竜胆に手をかざす。

 

(リンドウ……宮沢賢治のイーハトーブか)

 理想郷との言葉が脳裏をかすめた。

(寮生にとって学校は理想郷になるのかな?)

 中学校までの土壌で育った野球の芽がある。

(監督の指導で天まで届く巨木に育つといいな)

 レギュラー争いや指導でしおれていく子もいた。

(花を咲かせるか切り倒されるか私たち次第よね)


 対策としてストレスの話と祝賀会が毎年ある。

 留学生たちは今頃スマホで家族と話してるだろう。

(いちご煮、ありがとうございました)

 新たなスタートを切れたと私は思う。

 心の中で寮の管理人さんにお礼を告げた。

 

 信号が青に変わる。

「さて行くか」

 私は家に、野球部は甲子園に。

 それぞれの目標に向かって力強く踏み出した。


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