6.魔物のお肉
峡谷の入口にいた冒険者も動員し、氷河ヘラジカへの徹底的な攻撃が行われる。
魔力が七色になって爆ぜ、魔物の群れを打ち倒す。
もちろん、その中で最強の魔力を持っていたのはアシュレイだった。
巨大な氷塊を操り、群れへと叩きつける。
「しゃすが、おーさまでしゅ。強いでしゅね」
「近衛の皆さんも強いですねぇー」
用意された椅子の上で足をぷらぷらさせながら、ホットミルクをぐびぐび。
すっかり観戦モードのライラとモーニャであった。
「陛下、楽しそうですね?」
モーニャがこそこそとライラに耳打ちする。
ちらり。アシュレイは全身から魔力を張り巡らせ、魔法を解き放っている。
ありったけの魔力を魔物討伐に振るっていた。今度は爆炎の魔法だ。
地上で花火のような炎が広がり、群れを押し包む。
さっきまでのクールな雰囲気はまるでなく、バーサーカーみたいだ。
「こういうのが好きなんでしゅよ、きっと」
「陛下がですか?」
「じゃなきゃ、最前線に来たりしましぇん」
「それもそうですねぇー」
「ま、兵は頼もしいでしゅよ。魔物相手に引きこもる王様に従いたくはないでしゅからね」
ライラはずずずーっとホットミルクを飲む。
それよりも気になっていることがライラにはあった。
アシュレイが指摘した通り、毒の効果が強すぎるように感じる。
この麻痺雲はライラ自信の一作だ。自分で調合したのでよくわかる。
(なーんででしゅかねぇ……)
大気に満ちるアシュレイの魔力とその残滓は渓谷に残っていたと思う。
それらがライラ自身の魔力と何らかの相互作用を引き起こした……というのは考えられるだろうか。
「モーニャ、妙なことを聞くんでしゅけど」
「あーい?」
「あたちと王様の魔力って似てましゅ?」
「んー? んー……」
モーニャがたぷたぷの頬をライラに向け、ヒゲをぴくぴくと動かした。
「……そうかもですね。なんででしょう?」
「それは――」
ライラが言葉を続けようとした、その時。
アシュレイの高揚した声が聞こえてくる。
「氷河ヘラジカの討伐を確認した! 作戦は成功だ!」
同時に割れんばかりの大歓声が峡谷を揺らす。
「終わったみたいですねぇ」
「でしゅね!」
ライラが椅子からぱっと飛び下りた。
アシュレイも息を整え、ライラを振り返る。
「よし、下に向かうぞ」
「あーい」
ライラたちは峡谷の下へと向かった。
そこにはロイドを初めとする冒険者たちも勝鬨を上げている。
「群れを倒したぞー!」
「終わったぜぇー!!」
「やったぁーー!!」
冒険者が兵士と肩を抱き合い、お互いに労っていた。
この作戦はヴェネト王国の兵と冒険者の協力によって成功したのだと、両者がわかっているのだ。
一団の中からロイドが進み出てくる。
「……勝ったね」
「感謝する。怪我人は出たが死者はなし――完璧と言っていい形で群れを討伐できた」
「ふふん、あたちの魔法薬でしゅからね」
「少しえげつないかも知れないがな」
「えげつない!? こーりつてきと言ってくだしゃい!」
ロイドはさすがに疲れてそうだ。
「末恐ろしい子だ……」
言葉も少ない。アシュレイはライラとロイドに向き直る。
「ふっ、確かに……この上なく、効率的ではある。さて、これから氷河ヘラジカを解体するが……どうする?」
「おおっ! そうでしゅね……」
S級魔物の氷河ヘラジカは様々な素材に変わってくれる。
角や骨は高値で売れ、魔法薬の素材にもぴったりだ。
魔物の死体は放っておくと大地に還る。その前に処置をしないと無駄になってしまう。
「今回の討伐は冒険者あってのもの。優先的に素材は譲ろう」
「王様、太っ腹ー!!」
「そうこなくっちゃっ!」
大盛り上がりの冒険者たち。これぞまさに特別ボーナスというやつだろう。
「人心掌握が上手いですねぇ」
「兵の魔力と体力がもうないだけじゃないでしゅかね」
アシュレイの兵は魔術で疲労していた。これだけの氷河ヘラジカを優先的に解体するのは無理だろう。
それなら冒険者に譲ったほうがお得というものだ。
「はぁー、ちゃかりしてますねぇ」
そこにアシュレイの言葉が降ってくる。
「ライラ、君ももちろん対象だ。氷河ヘラジカで好きな部位を持っていくといい」
「そうでしゅね……んむ、あたちはお腹ちゅきましゅた。まずは食べましゅ」
「は?」
アシュレイが動きを止める。
魔物の肉には毒がある。なので食べることはできない。
それが常識だった。周囲の兵士もライラの言葉に慌てる。
「いやいや、ちびっこちゃん! 魔物は食べられないよ!」
「そうだよ! お腹を壊して何日も寝込んじまうぜ!」
ロイドもライラを疑いの目で見ていた。
「……食べても大丈夫なものなの?」
「ふっふーん、甘く見ないでくだしゃい! あたちにはコレがあるんでしゅから!」
ライラはバックパックから紫色の魔法薬を取り出した。
さきほどギガントボアにも使った代物だ。
「これをかければ魔物も保存できて、しかも肉から毒がなくなるんでしゅよ!」
「本当か……?」
「試してあげるでしゅ! モーニャ、形の残ってる氷河ヘラジカにかけてきてくだしゃい!」
「はいですぅー」
魔法薬の瓶をいくつも持ったモーニャが空を飛び、ぱっぱと液体をかけていく。
「カットもよろしくでしゅ」
「はいはーい。これなんかイイ焼け具合かも」
モーニャがいい感じに燃えた氷河ヘラジカの肉体を風の魔法で切り分ける。
ふたりのあまりに手慣れた動きに誰もツッコめない。
見守るしかないアシュレイにライラがお願いをする。
「おーしゃま、皆にお皿とナイフとか配ってくれましぇん?」
「あ、ああ……」
謎の自信に満ちたライラ。
その圧に押されるがまま、アシュレイはシェリーに命じて食事セットを配るように伝える。
すぐに皿もナイフも来て、その上にモーニャが氷河ヘラジカのステーキ肉をよそっていく。
皿の上に鎮座した肉に、冒険者も兵士も不安げだ。
「なぁ……本当に食べられるのか?」
「俺、見たことあるぜ。魔物の肉を食って口がただれたやつ……」
「食べてすぐ分かるんだよな?」
皆がライラを見つめる中、当のライラはご機嫌だった。
「さぁ、これで行き渡りましゅたね? 遠慮はむよーでしゅ! いただきましゅですー!」
「わーい!」
喜んでいるのはライラとモーニャだけ。
皿の上に乗る氷河ヘラジカの肉は霜降り、しかもレアだった。
肉質はぷるんとして柔らかい。
火自体はそこそこ通っている、ステーキとしての完成度も高そうだ。
「……皆、食べないでしゅね。まぁ、いいでしゅ。じゃあ、あたちから――」
あーんと大きく口を開けて、ライラが氷河ヘラジカのステーキを頬張る。
「んー!」
脂の甘味と肉の芳醇さがすぐにライラを直撃する。
ギガントボアの肉よりも筋が少なく、歯で容易に噛み切れた。
モーニャも頬一杯に肉を詰め込み、味わっている。
「はぁ〜、おいひいでふぅ〜!」
「焼き加減と脂のおかげで、とってもおいしいでしゅね!」
びっとライラがアシュレイに親指を立てる。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫でしゅー、それよりも冷たくなっちゃうでしゅよ」
「……ふむ、そうだな」
アシュレイがステーキを食べようとすると、シェリーがそれを制した。
「お、お待ちを! 陛下の前にわ、わたしくしめが安全を確かめて……!!」
「膝ががくがくしてるでしゅ」
「そ、そんなことは……」
「ふっ、無理をするな。問題はなかろう。確かに魔力の質が少し変わっている……多分、大丈夫だ」
「絶対大丈夫でしゅ」
「信じよう」
アシュレイが優雅な手つきでナイフを振るう。
ワイルドなライラとは対照的だった。
兵や冒険者の注目を浴びながら、アシュレイは淀みなくステーキを口にする。
もにゅもにゅ。しっかり噛んで味わっているようだった。
「……おお、なるほど。これは美味だな。肉と脂のバランスが良い」
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