4.本営
「陛下! 御自らここに!?」
「救援ならこのほうが身軽だ。ふむ……その必要はなかったようだが」
「はい! あたちが助けましゅた!」
ライラが手を上げるとアシュレイがライラと氷河ヘラジカを交互に見つめる。
「空から見たが、あの魔力の爆発は君が起こしたのか?」
「でしゅ!」
ライラがどーんと胸を張る。
「氷河ヘラジカはS級だぞ。魔力耐性も高く、普通の魔法で倒せる魔物ではないが」
「それが倒せちゃうんでしゅ!」
「は、はい……私もこの目で確かに見ました! このライラちゃんのおかげです!」
シェリーがライラのそばに屈み、手を添える。
保護者と幼稚園児みたいな構図だった。
「……疑ってはいない。そばにいれば潜在魔力の強さは桁外れなのがわかる。改めて我が兵の命を救った礼を言おう、俺はアシュレイ・ヴェネトだ」
「ライラでしゅ!」
「モーニャですー! あっ! 敬語のほうが良かったです!?」
「いや、宮廷内でもないゆえ無礼講だ」
しかもレッサーパンダだしな、とアシュレイは心の中で付け足した。
「いい人でしゅね、モーニャ」
「よかったですぅー。見た目も高貴ですけど、内面もまた素晴らしいのですね!」
アシュレイがじーっとモーニャを見つめた。
「従魔か、これは……?」
アシュレイはライラのそばに歩み寄る。
上半身だけをコートから出したモーニャに、アシュレイは興味津々だった。
「驚いた。常時の実体化のみならず独立した知性まであるのか」
「そんなにみ、見ないでください〜」
「……従魔については詳しくないのですが、それほど凄いことなのでしょうか?」
「世界で数人もおるまい。S級魔物の討伐より、こちらのほうが信じがたい……」
「もっと褒めてもいいんでしゅよ」
「どこでこんな魔法を手に入れた?」
「秘密でしゅ!」
「親は?」
「わかりましぇん!」
「……なぜこんな無人の氷原に?」
「あたちが聞きたいくらいでしゅ!」
「実はですね、最寄りの街からテレポートで――」
モーニャがかいつまんで説明するとアシュレイがふむふむと頷く。
「なるほどな、マーキング式のテレポートか。従魔ほどではないが、そうした高度な魔法も使えるんだな」
「驚かないのでしゅね?」
「俺も使える」
「さすがでしゅね」
「こほん……街は防衛上の理由で、数キロ区画整理した。なので冒険者ギルドはあちらの方角だな」
アシュレイの指先が東を示す。
まるで見えないが、あちらの方角にシニエスタンの街があるらしい。
「だが、氷河ヘラジカの討伐に来たのだろう? それなら本営に案内する」
「いいんでしゅか?」
王侯貴族が一介の冒険者の手を借りたい、というのは面子上、あまりない。
しかしアシュレイの目は静かであるが闘志が奥底で揺らめいていた。
「今は緊急事態だ。戦力は一人でも欲しい。……しかるべき報酬も出そう」
「おおっ! 太っ腹でしゅね! それならもちろん、参戦しましゅ」
「現金だな」
「何か言いましゅたか?」
「いや、俺もライラも実利主義者ということだ」
確かに、とライラは思った。
初対面でありながらアシュレイには貴族らしい傲慢さがない。
ぽんぽん物を言えてしまう。
そしてアシュレイもそれを許容している。
シェリーがはらはらしているほどに……。
でもこのぐらいのほうがライラにとっては、ずっと楽である。
報酬も出るなら、断る理由は何もなかった。
アシュレイのテレポート魔術によって、ライラたちは雪原に築かれた軍営に案内されていた。
慌ただしく兵が動き、急ごしらえのレンガ造りの部屋を行き交う。
華美なところは一切ない。
アシュレイの後を歩くライラが、何気なく壁をぽこぽこ叩く。
軽い音が鳴って、頑丈な気配はしなかった。
「これは魔法でしゅね」
「まぁ、緊急の建物だからな」
こうしたところにもアシュレイの主義が出ている、とライラは感じた。
案内されたのは飾り気のない会議室だ。暖炉はあるのでそこそこ暖かい。
「で、あたちはどーすればいいんでしゅか?」
「実は今、氷河ヘラジカを一箇所に誘導している。作戦は最終段階だ」
「氷河ヘラジカ、何体くらいいるんでしょうか?」
「群れひとつに10から20体。群れが6つほど。合計80体ちょっとだ」
その数にモーニャがのけぞった。
「げぇー! ヤバすぎません!?」
「下手すると地方ひとつ、無人になりそうでしゅね」
「シニエスタンだけではない。ここは国境だが、近隣諸国にも被害が出る」
「他の国は手助けしてくれないんでしゅか?」
「紅竜王国を除いては、資金面で援助はあった。紅竜王国にも連絡はしたが、何の応答もない。協力すればお互いに利があるはずだが……」
大陸北端にいる紅竜王国は排他的だ。
知性ある竜の国であること以外、ほとんど知られていない。
「冒険者と共同作業で氷河ヘラジカは集め、あとは大火力をぶつけるだけではある」
シェリーが縮こまっている。
多分、その誘導がうまくいかなくて彼女は氷河ヘラジカに襲われたのだろう。
「なるほどでしゅね! それならいいのがありましゅよ!」
「ふむ、そうか……。心強いな。早速、誘導場所に連れて行こう」
会議室から連れて行かれたのは、軍営の裏手だった。
そこは切り立った峡谷になっているうえ、行き止まりになっている。追い込むにはいい場所だ。
場所も広く、何百頭もの氷河ヘラジカを閉じ込めることができそうだった。
しかしライラの記憶上、こんな峡谷はシニエスタンの近くにはないはず。
ライラが小首を可愛らしく傾げた。
「シニエスタンにこんな峡谷ありまちたっけ?」
「ない。俺が魔法で作った」
「ひぇー! さすがは魔術王様ですぅ!」
モーニャが感心する。ライラもこれには驚いた。
「中々やりましゅね……!」
「まぁ、しかし群れを集めて仕留めきれるのか……という懸念は残る。氷河ヘラジカは魔法にも物理にも強い。この峡谷を切り崩しても耐えるだろう」
「手はありましゅよ」
「ほう……」
アシュレイが屈んだので、ライラがこしょこしょと小声で『作戦』を伝える。
その作戦にアシュレイが眉をひそめた。
「……手段は問わないが、それで大丈夫なのか?」
「任せてくだしゃい!」
「ど、どんな手なのですか?」
シェリーがこわごわと尋ねる。
そこでライラはちっちっと指を振った。
「それは見てのお楽しみでしゅ!」
「プランとしては悪くない。手配しよう。シェリー、ロイドを呼んできてくれ」
その言葉にモーニャが瞳を輝かせた。
「ロイド! もしかして赤髪のロイドさんですか!?」
「モーニャ、なんだかうっとりしてましゅね」
「知らないんですか、主様。最高位のダイヤ級冒険者ですよ! この辺りの諸国では最強とも言われる方です!」
「名前くらいはうっすらと聞いたことがあるかもでしゅ」
魔法薬オタクのライラは金やグルメ、魔法薬に直結しないことには興味が薄い。
同業者のことはモーニャのほうがわかっている有り様だった。
「ロイドは放浪の冒険者だが、最近はヴェネト王国を本拠地にしてくれている。多少、口下手だが……非常に有能で信頼できる男だ」
「ふぅん、評価しているんでしゅね」
アシュレイは門閥貴族と折り合いが悪いという。
その意味でも冒険者は都合が良いのだろう。
「4歳児よりは世間的にも重用できる」
「けほっ、反論のしようもないでしゅ」
少しして峡谷に赤髪の青年が訪れた。
大剣を背負い、精悍な顔立ちの冒険者だ。
「……この人でしゅね」
身体の奥底に眠る魔力は隠しようがない。
ライラやアシュレイほどではないが、常人を遥かに超える力があるのは一目でわかった。
「待たせました……」
穏やかそうな雰囲気とは裏腹に、体格は戦士そのもの。
S級魔物と戦うというのに気負いもない。アシュレイがロイドを手で指し示す。
「紹介しよう。冒険者のロイドだ」
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