33.大公進撃
夕日が王都を染める頃。
魔物の襲来に怯える王都の中にあって、ボルファヌ大公だけは違った。
彼は野心にぎらつく眼を武装した配下に向ける。
ボルファヌ大公が集めるだけ集めた手勢が庭にもおり、総勢は数百名にもなった。
名目は魔物の襲来に備えるため。しかし、ボルファヌには異なった思惑があった。
「あの若造のことだ。魔物の襲撃は退けるだろう……。しかし消耗しきるはずだ」
アシュレイさえ消してしまえば、他はどうとでもなる。
否、どうにかしなくてはならない。
これ以上座していては、ますます勢力に差が開いてしまう。
(そんな事実は認められん……!)
アシュレイの軍が大打撃を受けていれば、ボルファヌ大公はこの兵でもってクーデターを実行するつもりであった。
もちろんアシュレイの軍が無事なら、また別の機会を待つしかないが。
だが、何度も魔物の襲来を王都周辺で起こせば勝機はある――ボルファヌ大公はそう頭の中で算段を立てていた。
「そのためにもあの若造の軍がどうなったか、押さえねばな……」
そこにボルファヌ大公のスパイが息を切らせて飛び込んできた。
「申し上げます、大公様!」
「おお、あやつはどうなった?」
「魔物の襲撃に対し、アシュレイ陛下は孤軍での戦闘を開始! 戦闘自体は勝利され、軍も健在のようですが――陛下は大怪我をされ、瀕死とのこと!」
「なんだと!? それは本当か!」
「は、はい! 近衛軍は勝利したものの、祝う者はおりません……」
ボルファヌ大公は野蛮に歯を剥き出した。
「……やはり青臭い奴よ。どうせ兵を見捨てられず前線に立ち、傷を負ったのだろうな」
やはりアシュレイは王の器などではなかったのだ。ボルファヌ大公はひとりごちる。
俺ならば王都を危険に晒してでも生き残る。最後に生きていた者が勝者なのだから。
「よし、儂は出るぞ! ヴェネト王国の実権を我が手に取り戻すのだ!!」
ボルファヌ大公は馬へ騎乗し、完全武装の兵を引き連れて大通りへと向かう。
いつもは喧騒あふれる市内も死んだように静まり返っている。
アシュレイの悲報とともに活力を失ったようだ。
ボルファヌ大公は意気揚々と王宮に向かう。
アシュレイが動けない今、王宮を押さえれば門閥貴族も自分を支持するに違いない。
大通りを威圧しながらボルファヌ大公は進む。
ここまでは順調だった。
「……あれは」
大通りを塞ぐように数十人の騎士がいる。
その先頭に立つ男に目をこらし――ボルファヌ大公は笑った。
「バルダーク! 来たのか!!」
それはバルダーク侯爵の一隊であった。
全員がボルファヌ大公も見覚えがある名うての騎士や魔術師だ。
なんという遭遇。このタイミングで合流できるとは。幸先が良い。
「……閣下、テレポートや飛行などで集められるだけの戦闘員を集めて参りました」
「ほっほう! ご苦労だった! よし、我が後ろに加われい!」
バルダークが加われば日和見主義者も腹を決めるだろう。
ボルファヌ大公が自分の後ろを顎差す。
だがバルダークは微塵も動かなかった。
バルダークの隊が動かないとボルファヌ大公の軍は進めない。ボルファヌ大公が眉を寄せる。
「いえ、私はこのまま陛下の元に馳せ参じるつもりでしたが……閣下はなぜ、このような軍を連れて王宮への道を進まれるのです?」
「お前は聞いていないのか、あの若造が瀕死なのだぞ。王宮を空ける訳にはいかんだろうが!」
ボルファヌ大公が叫ぶとバルダークが負けじと叫び返す。
「真に王国を想えば、門外にて魔物を防ぐよう陣を張られるはず! 陛下が危急の折り、このように王宮に乗り込むのは大逆の誹りを免れませんぞ!」
バルダークがボルファヌ大公の軍を睨みつける。更に彼の兵も一歩も引かない構えだった。
ボルファヌ大公が歯をぐぐっと噛む。
「貴様……! 我が行軍を邪魔立てするか! どけい!」
「閣下! 王都の外で魔物と戦われるというのであれば、このバルダーク! 喜んで先陣を切り、大群の中で死にましょう!」
そこでバルダークが剣を抜き放ち、両手で構える。
すでに彼は分身薬を飲んでいた。
「しかしながらこのまま進むと仰せであれば、命を賭してお止めせねばなりません!」
「……その右腕、貴様もアシュレイに鞍替えしおったか」
「これが最後です、閣下! どうか!」
ボルファヌ大公が右腕を上げる。彼の近衛が前に出て、戦闘態勢を取った。
「国家存亡の危機に、貴様と問答している時間はない! 構わん、敵はたったの数十人だ! 踏み潰せい!」
「我が兵よ! 閣下はご乱心だ! お止めせよ!」
互いの兵が抜刀し、前進する。
こうしてボルファヌ大公とバルダーク侯爵の兵はお互いに切り結ぶことになった。
激しい剣戟が巻き起こり、通りに魔術が飛び交う。
通りに面した家が破壊され、市民は逃げ惑った。
「ヴェネトの騎士よ! 一歩も引くな!」
ボルファヌ大公のほうが兵は多いが、練度と士気はバルダーク隊が上回っている。
十倍の敵を前にしてもバルダークは引かず、隊が崩れる様子もなかった。
「くそっ! こんなところで足止めされるとは……」
ボルファヌ大公は前線から下がり、歯噛みする。
時間をかければバルダークの隊をすり潰し、王宮には迫れる。
しかしそれまでに兵を失いすぎ、時間をかけすぎれば不確定要素が増す。
王宮を押さえるには速度がもっとも重要だった。
こんなところで時間は浪費できない。
「……馬鹿な男め」
ボルファヌ大公は呟くと懐から魔法薬の瓶を取り出す。
真紅の液体が満たされたその瓶は、激しく泡立ちながら凶々しい魔力を放っていた。
「新作の誘魔の薬――切り札を用意して正解だったな。これがあれば……!」
王都を多少破壊することになるが、バルダークの処理のほうが優先だ。
アシュレイがいなければ、追及はどうとでもなる。
ここまで来てしまったら、やるしかない。
「ふん、魔物と戦いたいと抜かすなら、戦うがいい……!」
ボルファヌ大公が誘魔の薬を握りしめ、戦闘が行われている地面へと叩きつける。
「なんだ、これは……!?」
真紅の液体が即座に煙となり、バルダークの隊を包む。
煙はすぐに消えたものの、煮詰めた砂糖のように甘い匂いが立ち込めた。
この誘魔の薬はこれまでの獣系を呼び集めるタイプとは違う。
昆虫系の魔物を呼び寄せる新作だった。
どんな魔物が来るかは未知数だが、昆虫系は空を飛ぶものも地中を掘り進むものも多い。
即座にこの場へ魔物がやってくるだろう。
大公の予測はすぐに当たった。
「……なんだ!?」
戦闘中の兵士がざわめき、手を止める。
王都の大通りがわずかに揺れていた。
崩れかけた家がさらに壊れ、重苦しい地鳴りが地下より響く。
同時に地面が隆起する場所もあった。普通の地震ではない。
何かが地中を叩き、集まってきてくるような……。
「これは……」
ボルファヌ大公はにやりと笑い、兵に号令する。
「我が兵よ、後ろに下がれい!」
ボルファヌ大公の兵は戦闘を中断し、後方に集結する。
息を切らせるバルダーク隊は不自然な揺れに戸惑うばかりだった。
ただ、その中で魔物戦の達人であるバルダークだけはこの揺れに覚えがあった。
「まさか、このタイミングで……」
彼方に視線を向けると、遠くの家や王宮は全く揺れていない。
つまりこの大通り周辺だけ、謎の揺れに襲われているのだ。
「はははっ! バルダーク! お前さえいなけなれば、ヴェネト王国は俺のものだ!」
「――それはどうかな?」
「なにっ!? ……空か!」
聞き覚えのある声にボルファヌ大公が空を向く。
そこには赤き竜のロイドに乗ったアシュレイ、ライラ、モーニャがいた。
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