3.雪国へ
そして虹色の光を抜けて、ふたりがぽむっと着地したのは……無人の氷原であった。
叩きつけるように雪が吹き荒れる。視界は雪に遮られ、ろくに先も見えない。
街中にテレポートしたのに、見渡す限り誰もいなかった。
「……あれれ? おかしいでしゅ」
半年ほど前にシニエスタンにテレポートした時には、確かに冒険者ギルドへ到着できていたはずなのに。モーニャが首を左右に振り回す。
「主様、ここは……シニエスタンの冒険者ギルドじゃないですよね」
「でしゅね。マーキングがズレるなんて、そんな例はなかったでしゅから……冒険者ギルド、移転したみたいでしゅ」
「ギルドどころか、街自体がないですよ!」
モーニャの叫びにライラが腕を組んで考える。
「シニエスタンがなくなったはずはないでしゅ。きっとちょっとした区画整理でしゅよ」
「あ」
首を振り振りしていたモーニャが右を向いたまま、固まる。
ライラはそれに気付かずに思考を進めていた。
「まぁ、あたちの魔力があれば数十キロの移動も楽勝でしゅが。でも視界が悪いでしゅから、テレポートで出戻りもありでしゅね」
マイペースなライラの首をモーニャが引っ張る。
「主様、あれ!」
「なんでしゅか! むっ……!」
思考を引き戻されたライラがモーニャを差す方を向くと、吹雪の向こうに一際巨大な影が動いていた。
四つ足で転がる大岩のごとき魔物。体長は10メートル近い。ゾウ並みの巨体だ。
さらに特徴的な大きく広がった角が吹雪の切れ目からわずかに見える。
「あれは氷河ヘラジカでしゅね」
その名の通り、氷に閉ざされた地でしか見られないS級魔物だ。
あの巨体で目についたものを角と脚で壊してしまう。
しかも群れで行動し、暴れたら街ごとなくなることも……。
しかし雪原にいたのは氷河ヘラジカだけではなかった。
なんだか人影が氷河ヘラジカの前に見える。
「こっちに向かってきてません!?」
「あや。追われてるんでしゅかね」
ライラが目を細めると、軍装をした女性兵士が必死になって走っている。
どう見ても追われていた。
ライラの見たところ、女性兵士に魔力は感じるが氷河ヘラジカには遠く及ばない。
このままだと踏み潰されて雪原の真っ赤な花になりそうだ。
「雪で見えなくて、魔物に近付きすぎたんでしゅかね。運がないでしゅ」
「ちょっと! 助けないと!」
「わかってましゅよ。でも、まだ射程外……」
「こ、こども!? どうしてこんなところに――」
女性兵士がライラに気付いて驚愕している。
こんな極寒の地に4歳児がいたら、そういう反応にもなるだろう。
「もうちょい、こっちに……」
ライラは冷静に氷河ヘラジカとの距離を読んでいた。
バックパックの横に挟んだ小瓶を取り出し、構える。
もう少し、もう少しだけ引き寄せてもらって……。
女性兵士が叫ぶのとライラが小瓶を投げるのは同時だった。
「逃げなさい――」
「伏せてくだしゃい!」
「えっ?」
魔力で強化されたライラがフルスイングで小瓶を投げる。
小瓶は女性兵士を飛び越え、氷河ヘラジカに当たり――ドゴォッと猛烈な爆発が起きた。
紅い閃光が巻き起こり、十字架に似た軌跡を打ち出す。
一瞬の後に高熱と衝撃波が氷河ヘラジカを包んでいた。
「ぐもー!!」
「な、なんですかぁ!?」
すんでの所で伏せた女性兵士が叫ぶ。
これも爆裂薬の一種だが、範囲は狭い代わりに破壊力は増大している。
S級魔物でさえ、一撃だった。残されたのはいい具合に焼けた氷河ヘラジカ。
ぷすぷすと煙を上げて、完全に事切れている。
「なっ、氷河ヘラジカが……」
「んふー、怪我はありませんでしゅか?」
女性兵士に近寄ったライラが声をかける。
巨大なバックパックを背負った幼女。
明らかに怪しい……が、ライラがいなければ激怒した氷河ヘラジカに踏み潰されていたかもしれない。
「あ、ありがとうございます。助かりました!」
女性兵士がぺこりと礼儀正しく頭を下げる。
さらりとした金髪に真面目で凛々しい顔立ち。
それに防寒具のコートもかなりの高級品、勲章も付いている。
ライラは女性をそれなりの位の軍人だと判断した。
「おっと、すみません! 自己紹介をしなくては……私、近衛騎士のシェリー・メイカと申します!」
(おおう、大層な家柄でしゅた!)
メイカ家はヴェネト王国では新しめの伯爵家だったはず。
ちゃんと主だった貴族の名前はリサーチ済みのライラである。
「あたちはライラでしゅ!」
「モーニャですぅー」
「ライラちゃんにモーニャちゃん――もしかして、南方で大活躍の冒険者さんですか? 森の魔女との異名を持つ?」
シェリーが目を輝かせ、尊敬の眼差しを送る。こうした視線にライラは弱かった。
「そうでしゅ、あたちが今大絶賛売り出し中の冒険者のライラでしゅ!」
「おおっ! やはり!」
一通り、いい気になった後にライラはシェリーに問いかける。
「で、シェリーはどうして氷河ヘラジカに追われていたんでしゅ? 他の人もいないようでしゅけど。まさかお仲間しゃんはぺちゃんこに?」
「ひぃ」
モーニャが震えるが、シェリーはぶんぶんと首と手を振った。
「いえいえ! 私は斥候で単独行動をしていたんです。氷河ヘラジカの群れを偵察していたんですが、運悪く群れの斥候と鉢合わせで……」
「ありゃりゃ」
「追われる前に信号弾を発射しているので、救援が来るはずです。合流しましょう。お礼もしたいですし」
「そうでしゅね、ここには何もないでしゅ」
情けは人の為ならず。自分に返ってくるものだ。
と、そこで背筋がぞわりとした。強大な魔力の持ち主が近付いてくる。
気配がしたのは、空から。
ライラが思い切り首を持ち上げ、猛吹雪を見つめる。
シェリーが慌てた声を出した。
「あ、あれは……!!」
一筋の銀光が流れ星のように吹雪を切り裂く。飛行魔法だろうか。
空を飛ぶ魔法は非常にセンスが必要で、ライラも安定しない。
どうしてもこの4歳児のボディだとまだ難しいのだ。
それをこんな吹雪の中で飛んでくるとは――大した魔術師だった。
「こっちに来ますね、主様」
「でしゅね。偉い人かもですから、きりっとしましゅよ」
銀の流星はライラたちの元にどんどん近付く。
そして、雪を舞い上げながら一人の男が着地した。
放っていた魔力と同じ色の銀髪。
鋭い眼光に彫りの深い顔……非現実的なまでの美貌で、街中にいたら振り返ってしまうだろう。
背も非常に高い上に手足も長い。身長180センチは超えているだろうか。
ここまで均整の取れた肢体を近くで見たことがなかった。
(前に見た時は遠くからだったけど……とんでもない美形でしゅね)
まぁ、こんな4歳児など恋愛対象外だろうが。ライラも精神的にはそこそこの年齢だ。
彼こそが氷の魔術王アシュレイ――このヴェネト王国の主である。
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