20.薬の活用
「はいさー!」
ライラとモーニャがエリクサーを持って椅子に座るアシュレイに飛びかかる。
「うぉっ! 待て! 本当にあともうちょっとだ!」
「何がでしゅか! モーニャ、とーさまの顔を上に向けるでしゅ!」
「はいはーい!」
ふわふわ毛玉ながら、モーニャの力は強い。
ぐぐぐっーとアシュレイの顔を天井に向かせる。
「さぁ、飲むでしゅ!」
エリクサーの瓶をアシュレイの口に近づけ――まだエリクサーを飲ませないうちに、髪の成長がぴたりと停止した。
アシュレイの髪がくたりと力をなくす。
「おおっ、陛下の髪が止まりました!」
「うん……もう成長しないのかな?」
飛びかかったライラとモーニャがアシュレイの髪を撫でる。
髪はもう伸びていない。
「……本当ですね、主様」
「確かに止まったでしゅ。とーさま、どういうことでしゅか?」
「自分の頭に残る魔力から推測しただけだ。お前にもわからなかったみたいだが……俺には予測できた」
「なるほど、だから落ち着いていたんだね」
「ああ、塗られた魔力が発散していくのがわかったからな」
ライラでさえ、そこまで鋭敏な魔力の感知はできない。
アシュレイの説明にライラがジト目で答える。
「……たまたまじゃないんでしゅか?」
「サーシャの魔法薬のテストに付き合ってきた俺だ。自信はあった」
淀みなく答えるアシュレイ。母の名前を出されてはライラも納得するしかない。
だからかアシュレイはライラの魔法薬の実験台になりたがったのだ。
「はぁ、一瞬焦ったでしゅ……」
「ふっ……魔術王と呼ばれるだけはあるだろう」
そこでアシュレイが伸びに伸びた髪を見下ろす。
「しかしそろそろ重い。切ってくれないか?」
咳払いするアシュレイ。ライラたちは総出でハサミを持ち出し、アシュレイの髪を切っていった。
チョキチョキ……。
「素晴らしい。効果が終わっても成長が止まるだけで、髪質などにも変化はなさそうだ」
「とーぜんでしゅ。効果が切れて髪がボロボロになったら意味ないでしゅ」
「いささか髪の成長が急すぎるが、それ以外に欠点はない」
ロイドがシェリーにぼそりと呟く。
「……ずいぶん甘くない?」
「わ、わたしからはなんとも……っ!」
「濃度や量をうまくやれば解決しましゅ。ちょっと時間がかかりましゅけど」
「そうなのか? 使う量を減らすのでいいんじゃないのか?」
アシュレイの疑問にライラが両手を掲げる。
「うっかりドバっと出したら、えらいことになりましゅよ!」
「……それもそうだな」
「こぼしてネズミにでもかかったら、家が毛むくじゃらでおしまいですしねー」
モーニャが切り終わったアシュレイの髪を束ね、ゴミ袋に押し込む。
「ふむ……俺も髪で埋まった王都は見たくない。濃度を薄める方向でお願いしよう」
「でも簡単じゃないでしゅ。薄めると魔力の結合もほどけて……大変でしゅ」
「爆発するわけでもあるまい」
「爆発するかもでしゅ」
アシュレイはもうライラの言葉を冗談とは受け取れなくなっていた。
そんな間にも髪を切って捨てる作業は続く。切って、切って、切って。
モーニャが風の魔力で集めては袋に詰めて……かなり片付いてきた。
「床が見えてきたでしゅ」
「我ながらこんなに髪が伸びたのか……」
ようやく頭を動かせるようになったアシュレイがこきりと首を鳴らす。
「後日、髪がぱらぱらと抜けないよな?」
「要経過観察ってやつでしゅ」
にべもなく言い放つライラ。
ライラが床に散らばった髪を持ち上げると――ぴたりと動きを止めた。
「……こ、これは!」
「主様、どうかしました?」
ぷかぷか浮かぶモーニャが身体を伸ばす。ライラの足元には小さな芽と葉が出ていた。
シェリーがライラの足元に屈み、床の隙間から発芽した種を引っ張り出す。
「スイートピーですね。秋に種まく種ですから、どこからか入り込んだのでは」
「妙だね。準備している時にはそんなのなかったと思うけど」
「それもそうですね。このくらい芽が出ていれば気が付きそうなものですが」
その通り、これだけの人がいる中でこんな目立つ種が見過ごされるだろうか。
ライラとアシュレイは顔を見合わせる。
「……まさかな」
「とーさまも思いましゅか」
「ないとは言えん」
ピンと来ていないシェリーが首を傾げる。
「陛下、どういうことでしょうか?」
髪をゴミ袋にぶち込んだライラが声を上げる。
「この種は……もしかしたら毛生え薬で芽が出たかもでしゅっ!」
そんな馬鹿な、とは思っても誰も否定しきれない。
ライラの魔法薬はそれだけ規格外なのだ。
「……可能性はあるよ。生き物全般に作用するなら人体も植物も選ばないのかも」
「主様、そんな魔法薬でしたっけ?」
モーニャも毛生え薬の資料には目を通している。当然の疑問だった。
「そもそも調合に成功した人がほとんどいないでしゅよ。隠された効果なんてわかりましぇん」
「あっ、そうか! 出来上がりを試した人もいないんでしたね!」
「テストしてみる価値は大いにある」
もし毛生え薬が植物に効果があれば大変な成果だ。アシュレイの側近も興奮を隠せない。
ということでアシュレイの髪を片付けた一行は王都裏の丘に来ていた。
秋風が切り株だらけの丘に寒さを吹き付ける。
残った木も葉が落ちて幹も細く、今にも枯れそうであった。
元は緑の生い茂る丘だったが、乱伐により荒れ果ててしまったのだとか。
「回復を待つと何十年もかかるだろう」
「もしこの毛生え薬が植物に効果があるなら……凄いことでしゅ!」
ライラが毛生え薬の小瓶をモーニャに渡す。
モーニャが小瓶の蓋を開け、ぐんぐん浮き上がっていった。
「じゃあ、この辺から撒けばいいですかー?」
「はーいでしゅー!」
「んっしょ、えーい!!」
切り株と枯れかけた木に向かい、モーニャが毛生え薬をぱーっと上空から振りかけていく。
空中から緑の魔力がオーロラのように広がり、木々へと降り注ぐ。
ごくり、全員が見守る中――ゆっくりと切り株から新しい芽が生えていく。
枯れかけた木は太くなり、葉には力強い緑色が戻ってきた。
秋だが地面に埋もれた種も芽吹き、小さな芽と花を咲かせていた。
「おおー! やったでしゅ!」
「このままどんどん撒いていきますよ〜!」
モーニャが振りまいた先から丘には色濃い緑が戻っていく。
切り株から芽生えた緑にアシュレイが手を添える。
「……夏の日のような緑だ」
「でしゅね。でもさっきのスイートピーもそうでしゅけど……髪よりも効果が落ち着いている気がしましゅ」
確かに自然は戻っているが、あの髪の伸びる速度には遠く及ばない。
「元々は毛生え薬だからな、この植物への効果は副次的だからじゃないか?」
「その辺も要検証、ですね!」
緑が波のように広がる丘を見て、シェリーも意気込む。
アシュレイの側近たちも早くこの薬を検証したくてたまらないようだ。
「そうだな。この薬は多くの自然を救うようになるだろう……」
こほんとアシュレイが咳払いする。
「もちろん薄毛に悩む人間もな」
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