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呼吸を分けた日  作者:
5/14

交わる命、隔てる壁

落下防止のクッションに救われた俺たちは、そのまま病院のスタッフに囲まれ、担架に乗せられた。


柚月は泣いていた。

俺も泣いていた。


生きていることが、こんなにも苦しい。


翌日、俺たちは病院の奥にある特別病室に移された。

「精神が安定しない人」として、二人一緒に。


病室の窓は鉄格子がはめられ、ドアには外から鍵がかけられていた。最低でも一週間はここで過ごすことになるらしい。


最初の数時間、柚月はずっと黙っていた。

だが、沈黙は長く続かなかった。


「なんで……なんで助けたのよ!!」


柚月の叫びが病室に響く。


「なんであんたが巻き込まれなきゃいけないの!? 私は……私は死のうとしたのに!」


「……死なせるわけにはいかないだろ。」


俺の言葉に、柚月の瞳が怒りで揺れた。


「どうして!? なんで私の人生に口を挟むの!? どうせ私なんて、もう——」


「お前だけじゃねぇんだよ!!!」


俺は思わず怒鳴り返した。


「……俺だって余命宣告されてんだよ……!!」


柚月の表情が凍りつく。


「え……?」


俺は拳を握りしめながら、喉が焼けるように痛むのを感じた。


「俺も、大腸がんなんだ……余命、あと一年持つかどうかって言われてる……」


柚月が小さく息を呑むのがわかった。


「だから、お前だけが絶望してるんじゃねぇ……俺も……俺も、お前と同じなんだよ……!」


病室には、沈黙が訪れた。


どれくらい時間が経ったのか分からない。


気づけば、柚月は俺の方をじっと見つめていた。


「……知らなかった。」


その声は、さっきまでの怒りとは違い、ただ静かだった。


「だから……だからお前に俺の肺をやろうと思ったんだよ。俺の命なんて、どうせ一年も持たないんだから……」


「やめてよ……そんなこと言わないでよ……」


柚月は泣いていた。


「そんなの……そんなの悲しすぎるじゃん……!」


「……悲しいのは俺も同じだよ。」


「でも……でも、それでも生きるんでしょ……?」


柚月は涙を拭いながら、俺をまっすぐ見た。


「私、透真と……生きる。」


俺は驚いたように彼女を見た。


「……いいのか?」


「うん。……だって、どうせなら……少ない時間でも、一緒に青春を過ごしたい。」


俺は、しばらく何も言えなかった。


だが、次第にその言葉が俺の心をあたためる。


「……そっか。」


俺たちは、互いに重い病気を抱えている。

それでも——


残された時間を、共に生きることを決めた。


隔離されたこの病室で、俺たちは「生きる」ことを始める。


数日後、俺たちは担当医である白川先生のもとへと呼ばれた。


「実は……君たち二人の状態を考えて、一つの提案がある。」


先生はゆっくりと、けれど真剣な表情で言った。


「成功率は決して高くない。しかし、透真くんの片肺を柚月さんに、そして柚月さんの大腸の一部を透真くんに移植することで、二人とも延命できる可能性がある。」


俺たちは息をのんだ。


「移植……?」


柚月が不安そうに呟く。


「……リスクは?」


俺が問うと、白川先生は少し間を置いてから答えた。


「どちらかが拒絶反応を起こせば、最悪の場合、どちらも助からないかもしれない。」


沈黙が落ちる。


柚月が怯えたように俺を見つめる。


「……怖いよ……」


俺も正直、怖かった。


けれど——


「やる。」


俺は強く言った。


柚月が目を見開く。


「俺たちは、互いに生きるためにここにいるんだ。だったら、賭けてみるしかないだろ。」


柚月はしばらく俺を見つめ、やがて小さく頷いた。


「……分かった。私もやる。」


俺たちは手を握り合った。


生きるために——


この手術を受けると、決めた。

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