交わる命、隔てる壁
落下防止のクッションに救われた俺たちは、そのまま病院のスタッフに囲まれ、担架に乗せられた。
柚月は泣いていた。
俺も泣いていた。
生きていることが、こんなにも苦しい。
翌日、俺たちは病院の奥にある特別病室に移された。
「精神が安定しない人」として、二人一緒に。
病室の窓は鉄格子がはめられ、ドアには外から鍵がかけられていた。最低でも一週間はここで過ごすことになるらしい。
最初の数時間、柚月はずっと黙っていた。
だが、沈黙は長く続かなかった。
「なんで……なんで助けたのよ!!」
柚月の叫びが病室に響く。
「なんであんたが巻き込まれなきゃいけないの!? 私は……私は死のうとしたのに!」
「……死なせるわけにはいかないだろ。」
俺の言葉に、柚月の瞳が怒りで揺れた。
「どうして!? なんで私の人生に口を挟むの!? どうせ私なんて、もう——」
「お前だけじゃねぇんだよ!!!」
俺は思わず怒鳴り返した。
「……俺だって余命宣告されてんだよ……!!」
柚月の表情が凍りつく。
「え……?」
俺は拳を握りしめながら、喉が焼けるように痛むのを感じた。
「俺も、大腸がんなんだ……余命、あと一年持つかどうかって言われてる……」
柚月が小さく息を呑むのがわかった。
「だから、お前だけが絶望してるんじゃねぇ……俺も……俺も、お前と同じなんだよ……!」
病室には、沈黙が訪れた。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
気づけば、柚月は俺の方をじっと見つめていた。
「……知らなかった。」
その声は、さっきまでの怒りとは違い、ただ静かだった。
「だから……だからお前に俺の肺をやろうと思ったんだよ。俺の命なんて、どうせ一年も持たないんだから……」
「やめてよ……そんなこと言わないでよ……」
柚月は泣いていた。
「そんなの……そんなの悲しすぎるじゃん……!」
「……悲しいのは俺も同じだよ。」
「でも……でも、それでも生きるんでしょ……?」
柚月は涙を拭いながら、俺をまっすぐ見た。
「私、透真と……生きる。」
俺は驚いたように彼女を見た。
「……いいのか?」
「うん。……だって、どうせなら……少ない時間でも、一緒に青春を過ごしたい。」
俺は、しばらく何も言えなかった。
だが、次第にその言葉が俺の心をあたためる。
「……そっか。」
俺たちは、互いに重い病気を抱えている。
それでも——
残された時間を、共に生きることを決めた。
隔離されたこの病室で、俺たちは「生きる」ことを始める。
数日後、俺たちは担当医である白川先生のもとへと呼ばれた。
「実は……君たち二人の状態を考えて、一つの提案がある。」
先生はゆっくりと、けれど真剣な表情で言った。
「成功率は決して高くない。しかし、透真くんの片肺を柚月さんに、そして柚月さんの大腸の一部を透真くんに移植することで、二人とも延命できる可能性がある。」
俺たちは息をのんだ。
「移植……?」
柚月が不安そうに呟く。
「……リスクは?」
俺が問うと、白川先生は少し間を置いてから答えた。
「どちらかが拒絶反応を起こせば、最悪の場合、どちらも助からないかもしれない。」
沈黙が落ちる。
柚月が怯えたように俺を見つめる。
「……怖いよ……」
俺も正直、怖かった。
けれど——
「やる。」
俺は強く言った。
柚月が目を見開く。
「俺たちは、互いに生きるためにここにいるんだ。だったら、賭けてみるしかないだろ。」
柚月はしばらく俺を見つめ、やがて小さく頷いた。
「……分かった。私もやる。」
俺たちは手を握り合った。
生きるために——
この手術を受けると、決めた。