飛び込んだ瞬間に
彼女は屋上の柵の向こうに立ち、地上を見下ろしていた。
「もうこんなの終わりにしようよ。僕は君よりずっともっと苦しんだ顔を見たくない。」
俺の唇は震え、頬を伝う涙のしょっぱい味が口の中に広がる。
(泣いてるのか……俺……)
「そうよ! 私も見たくないんだよ。私だって、青春というものを堪能したい! したいけど……!」
「僕だって青春を過ごしたい……!」
「じゃあ生きてよ! 生きて、生きて……生きまくってよ! 人間の貪欲さをもっと出せよ、透真!」
柚月の叫び声が、夕暮れの空に響く。
彼女は静かに、涙を一筋流した。そして、まるで「じゃあ、もう行くね」とでも言うように、身体を傾けた。
俺の時間が止まった。
「柚月——!」
瞬間、俺は柚月へと飛び込んでいた。
——どん、と、何かがぶつかる音。
衝撃。
風。
俺は、彼女の身体を抱きしめたまま、落ちていく。
だが、次の瞬間、強い衝撃が背中に伝わった。
(え……?)
視界に広がるのは、白い巨大なクッション。
「は……?」
俺は柚月を抱きしめたまま、ぼんやりと空を見上げた。病院の関係者と消防隊員が駆け寄ってくる。
「よかった! 屋上から飛び降りる人がいるって通報があって、すぐにクッションを準備しました!」
消防隊員の声が耳に入る。
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、先ほどの看護師の姿が蘇った。
(……そうだ、俺が屋上に向かう途中で看護師に伝えたんだ……それで……)
『走る途中、俺はすれ違った看護師に叫んでいた。
「柚月が…柚月が屋上にいる! 飛び降りようとしてるかもしれない…!」
看護師の表情が変わった。「すぐに報せます!」と彼女はナースステーションに駆け込んでいった。』
「ああ……助かったのか……?」
俺の腕の中で、柚月が震えながらもがいて胸を両手で叩いた。
「……なんで、なんでなんで!また私を苦しめたかったの?生かされるのはもう十分なんだよ!。」
俺はまだ、何も考えられなかった。ただ、柚月を強く抱きしめたまま、泣いた。