表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呼吸を分けた日  作者:
2/14

命の選択

俺はまだ病院のベッドの上にいた。


事故の衝撃は大きかったらしく、骨折こそなかったものの、内臓へのダメージがひどかったらしい。担当医からは、しばらく安静にするように言われている。


柚月は何度か見舞いに来たらしいが、俺が眠っている間だった。きっと、顔を合わせるのが気まずかったのかもしれない。それとも、俺に会うのが怖かったのか。俺のせいで罪悪感を抱いているのだろうか——。


残されたのは、病室のテーブルの上に置かれたリンゴと手紙。


手紙には、短くこう書かれていた。


—— 「ごめん、ありがとう。」


それだけだった。


柚月がどんな気持ちでこれを書いたのか、想像するだけで苦しくなる。震える手で書いたのだろうか。何度も書き直して、それでも短い言葉しか紡げなかったのだろうか。


彼女は謝る必要なんてないのに。


それよりも、俺は自分の選択が正しかったのかを考えずにはいられなかった。


俺が命をかけて彼女を助けたのは、ただの衝動だったのか? それとも、心のどこかで彼女を救いたいと強く願っていたのか?


もし俺が飛び出さなかったら——柚月はどうなっていただろう。


そして、俺が助けたことで、彼女にとって本当に良かったのか?


柚月には、時間がない。肺移植のドナーが見つからなければ——1年ももたない。


俺は拳を握りしめた。命をかけて守った彼女が、結局病気で消えてしまうのをただ見ているだけなのか?


そんなのは嫌だ。


俺はあの時、柚月を助けると決めたんだ。


でも、本当に救えたのか?


(もし……俺の肺を柚月にあげられたら?)


ふと、そんな考えが頭をよぎった。


一度助けた命。

だけど、それだけでは彼女は救われない。


俺が生き残った意味は、もしかするとここにあるんじゃないか——?


考えれば考えるほど、その想いが強くなっていく。


夜、静まり返った病室で、俺は柚月のことを思い続けた。


彼女の笑顔が浮かぶ。


放課後、夕陽に照らされながら並んで歩いた帰り道。


ふと見せた寂しげな横顔。


病院の白い天井を見つめながら、俺は決意した。


「先生、話があります。」


病室に入ってきた担当医に、俺は意を決して口を開いた。


「俺の肺を、柚月に移植することはできませんか?」


医者は驚いた表情を浮かべた。


「……どういうことだ?」


「俺の片方の肺を提供したいんです。」


自分の言葉に、驚くほど迷いはなかった。


先生はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて静かに息をついた。


「その判断を軽々しくするな。君の命にも関わる問題だぞ。」


「それは分かっています。」


だけど——


柚月には時間がない。


俺が動かなければ、彼女は——。


俺の命が少し削られたところで、彼女の未来が伸びるなら、それでいい。


「先生、お願いします。」


俺の声は、震えていた。


だけど、その意思だけは、決して揺らがなかった。


その時——


「バカッ!!」


突然、病室のドアが乱暴に開かれた。


驚いてそちらを見ると、そこには柚月が立っていた。彼女の目は涙で滲んでいて、震える拳を握りしめている。


「なんで……なんでそんなこと言うの!? 私のために、自分の身体を犠牲にするなんて……そんなの間違ってる!」


「柚月……」


「肺を移植したところで、生きるとは限らないのよ! そんな確証どこにもないのに! あなたが苦しむのを見たくないのに!!」


涙を流しながら怒鳴る柚月を、俺はただ黙って見つめることしかできなかった。


「私は……私はもう十分幸せだったのに。あなたが助けてくれた。それだけで……」


柚月の肩が小さく震える。


「私をこれ以上、苦しめないで……」


その言葉に、俺の心臓が締め付けられるような痛みを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ