夜の静寂に溺れて
透真の部屋は、思ったよりも整頓されていた。
「意外と綺麗にしてるんだね。」
柚月が部屋を見回しながら、感心したように言う。
「まあ、病院暮らしが長いと、自分のものが少ない方が落ち着くんだよ。」
「なるほどね。でも、ちょっと殺風景すぎない?」
「……うるさい。」
軽口を叩きながら、二人は適当にテレビをつけ、夜の時間を過ごしていた。
「なんかお腹すいたね。」
柚月がぽつりと呟く。
「インスタントのカップ麺ならあるけど。」
「食べる!」
柚月が元気よく返事をする。
透真はカップ麺にお湯を注ぎ、二人で小さなちゃぶ台に並んで座った。
「夜中にジャンクフードとか、最高だよね。」
「病人のセリフじゃねえな。」
「透真もじゃん。」
「まあな。」
二人で笑いながら、適当なバラエティ番組を見て、くだらないことで盛り上がった。
こんな普通の夜が、普通に続くと思っていた。
時計の針が1、2目盛りほど進んだ頃。
ふと隣を見ると、柚月が寝返りを打っていた。
薄暗い部屋の中で、彼女の寝顔をぼんやりと見つめる。
「……はぁっ……はぁっ……」
小さく、浅い息遣いが聞こえた。
透真は眉をひそめる。
(息、荒い……?)
「……っ、は……ぁ、けほっ……けほっ……!」
突然、柚月の体が大きく震え、激しく咳き込んだ。
「柚月!?」
慌てて身体を起こすと、柚月は喉を押さえて苦しそうにしていた。
「は……っ、苦しい……っ!」
「落ち着け!ゆっくり息を……!」
柚月の肩を支えながら、透真は背中をさすった。
だが、彼女の呼吸はどんどん荒くなり、喉が詰まるような音がする。
(まずい、これ……喘息発作か……!?)
「吸入器は!?持ってるか!?」
柚月は小さく頷いたが、バッグまで手を伸ばす余裕すらなさそうだった。
透真は急いでバッグを開け、吸入器を取り出す。
「柚月、これ!」
震える手でそれを渡すと、柚月はなんとか吸入器を口元に当て、薬を吸い込んだ。
それでもすぐには回復せず、苦しそうに顔を歪めながら必死に呼吸を整えようとしていた。
「……っ、はぁ……はぁ……」
しばらくして、ようやく呼吸が落ち着いてきたのか、柚月はぐったりと透真にもたれかかった。
「……ごめんね、びっくりしたでしょ。」
「……バカか、お前。」
透真は絞り出すように言った。
「こんなの……見たくねぇよ。」
彼女の細い肩が、透真の腕の中でかすかに震えている。
柚月が苦しむ姿は、これまで何度も見てきたはずだった。
それでも、こうして目の前で喘ぎ、苦しみ、命の灯火が揺らいでいるのを見ると、胸が締め付けられる。
(俺は何をしてるんだ……)
(結局、何もできないじゃないか……)
透真は柚月の背中をさすりながら、ただ静かに彼女の体温を感じていた。
この夜が、終わらなければいいのに。
そう思わずにはいられなかった。