夏の夜、揺れる想い
花火大会の余韻を残したまま、俺たちは帰り道を歩いていた。
屋台の明かりも徐々に消え、人のざわめきが遠のいていく。
夜の静寂が訪れ、聞こえるのは柚月の下駄の「コツコツ」という規則的な音だけだった。
「楽しかったな……」
柚月が小さく呟く。
「うん、最高だった。」
俺もそう答えながら、ふと道端の小さな公園に目を向けた。
「おい、寄り道しようぜ。」
「え?」
俺は柚月の手を取り、ブランコのある方へと導く。
「久しぶりに乗るなぁ。」
柚月がブランコに腰掛ける。
俺も隣のブランコに座った。
ゆっくりと足を動かす。
けれど、漕ぎ方を忘れたようにぎこちない。
「……子どものころは、もっと上手く漕げたのにね。」
柚月が微笑む。
「昔は、地面を蹴る力も強かったしな。今は……ちょっと怖い。」
俺たちはゆっくりと揺れながら、夏の夜風を感じていた。
「ねえ、透真。」
「ん?」
「透真は……一人暮らし、寂しくないの?」
俺は手を止めた。
「……寂しいよ。」
柚月がこちらを見つめる。
「誰かに『おかえり』って言われることもないし、誰かに話しかけられることもない。」
ぽつりぽつりと、本音がこぼれる。
「ずっと病院だったし、退院しても家に帰ると静かすぎて、逆に落ち着かないんだ。」
柚月はしばらく何も言わなかった。
そして、ふっと笑う。
「……じゃあ、泊まろっか?」
「は?」
「だって、透真が寂しいって言うから。」
「おいおい、急すぎるだろ。」
「だって……私、今日、泊まる準備してきたもん。」
「……は?」
柚月は、自分のバッグを開けて見せた。
そこには、きちんと畳まれた制服や着替えが入っている。
「なんでそんな準備万端なんだよ。」
「なんとなく、そんな気がしてた。」
柚月は小さく笑う。
俺は呆れながらも、ふと心が温かくなるのを感じた。
「……じゃあ、泊まるか。」
「うん。」
俺たちは公園をあとにし、並んで歩き始めた。
この夏の夜が、いつまでも続けばいいのに。そんなことを、ふと思った。