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呼吸を分けた日  作者:
1/14

1.交差点の選択

放課後、いつもと変わらない帰り道。

普段は誰もが慌ただしく帰っていく時間帯だが、今日は何故か一歩一歩が重く感じられた。


「お前、やっぱり大丈夫なのか?」


俺はつい、そんなことを言っていた。無意識に、柚月の様子を伺ってしまっていたからだ。

普段はあまり感情を表に出さない彼女だが、今日に限って、どこか元気がないように見えたから。


「うん、大丈夫」


柚月はいつも通り無表情で答えた。だがその目は、どこか遠くを見つめているような、少しぼんやりとしたものだった。

その姿に、俺は自然と足を速めた。


「そっか。でも、無理すんなよ」


「無理なんてしてない」


柚月はそう言って、僕に軽く笑みを向けた。その顔に、何かを隠しているような気がして、胸がザワつく。

俺たちはただのクラスメートだし、仲がいいわけでもない。だが、それでもどうしても気になる存在だった。


「……そうか」


そう言いながらも、俺は目の前の柚月から目を離せなかった。彼女の髪が、風に揺れているのが見える。だがその時、ふと彼女が歩みを止め、何も言わずにふらついた。

俺は驚いて声をかけた。


「おい、大丈夫か?」


でも、答えは返ってこなかった。

柚月はふらふらと、まるで酔っ払ったように歩道を横切り、反対側の道路へと足を踏み出してしまった。


「おい、待て!」


「おい!」


思わず声を上げた瞬間、目の前に飛び込んできたのは、走行中のトラックだった。

そのトラックは、猛スピードで交差点に差し掛かろうとしていた。

時間がスローモーションになったかのように、全ての音が消え、心臓の鼓動だけが耳に響いた。


「柚月!」


彼女が道路に飛び出したのを見て、何も考えずに駆け出していた。足元がすくんで、次の瞬間には身体が前に進んでいた。

俺は柚月を突き飛ばすようにして、道路から引き寄せようとした。


だが、間に合わなかった。


車のタイヤが、すぐ目の前を通り過ぎる。

その瞬間、全身に冷たい感覚が走り、意識が途切れそうになった。


「うわあっ!」


強烈な衝撃が背中から襲い、全てが真っ暗になった。


目を覚ますと、そこは病室だった。

頭がぼんやりしていて、体のあちこちが痛む。

意識が完全に戻らないうちに、目の前に見慣れた顔が現れた。

担任の先生だ。


「おい、目を覚ましたか?」


あれ、そういえば……なんで俺は病院にいるんだ?

ぼんやりした頭を整理する暇もなく、先生は次の言葉を続けた。


「お前、死ぬかと思ったぞ。事故の後、すぐに運ばれたけど、意識は戻らないって言ってたからな」


「……事故?」


俺は頭を掻きながら、ようやく思い出す。

あの瞬間、確かに、俺は柚月を助けるために走り出して、トラックに轢かれた。そして、今、こうして病室にいる——。


「柚月は?」


その言葉が、自然に口からこぼれた。

どれだけ気にしているのか自分でもわからなかった。ただ、柚月のことが心配で仕方がなかった。


担任は少し黙ってから、静かに言った。


「柚月は……大丈夫だよ。君のおかげで命拾いしたんだろう」


その一言で、ようやく胸のあたりが軽くなったような気がした。でも、それと同時に、また一つ疑問が湧いてきた。

「君のおかげで命拾いした」……?

俺が、彼女を助けた?

そうだ。確かにそうだった。

でも、その代償が大きすぎて、俺はまだその実感がわかなかった。


「でも、君も無事じゃないだろ? あのトラック、かなりスピード出てたし、よく生きてるな」


担任の言葉に、俺は軽くうなずいた。

だが、それでも心の中では、まだ答えが出せないでいた。


「どうして、俺はあんなことをしたんだ?」


その問いが、頭をぐるぐると回り続けていた。

命をかけて、柚月を助けた。それは間違いない。だが、なぜ、俺はあんなにも必死に走り出したのか?

ただ、命を助けたかったのか?

それとも、他に何か理由があったのか?


答えを求めて、夜が更けていく。

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