1.交差点の選択
放課後、いつもと変わらない帰り道。
普段は誰もが慌ただしく帰っていく時間帯だが、今日は何故か一歩一歩が重く感じられた。
「お前、やっぱり大丈夫なのか?」
俺はつい、そんなことを言っていた。無意識に、柚月の様子を伺ってしまっていたからだ。
普段はあまり感情を表に出さない彼女だが、今日に限って、どこか元気がないように見えたから。
「うん、大丈夫」
柚月はいつも通り無表情で答えた。だがその目は、どこか遠くを見つめているような、少しぼんやりとしたものだった。
その姿に、俺は自然と足を速めた。
「そっか。でも、無理すんなよ」
「無理なんてしてない」
柚月はそう言って、僕に軽く笑みを向けた。その顔に、何かを隠しているような気がして、胸がザワつく。
俺たちはただのクラスメートだし、仲がいいわけでもない。だが、それでもどうしても気になる存在だった。
「……そうか」
そう言いながらも、俺は目の前の柚月から目を離せなかった。彼女の髪が、風に揺れているのが見える。だがその時、ふと彼女が歩みを止め、何も言わずにふらついた。
俺は驚いて声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
でも、答えは返ってこなかった。
柚月はふらふらと、まるで酔っ払ったように歩道を横切り、反対側の道路へと足を踏み出してしまった。
「おい、待て!」
「おい!」
思わず声を上げた瞬間、目の前に飛び込んできたのは、走行中のトラックだった。
そのトラックは、猛スピードで交差点に差し掛かろうとしていた。
時間がスローモーションになったかのように、全ての音が消え、心臓の鼓動だけが耳に響いた。
「柚月!」
彼女が道路に飛び出したのを見て、何も考えずに駆け出していた。足元がすくんで、次の瞬間には身体が前に進んでいた。
俺は柚月を突き飛ばすようにして、道路から引き寄せようとした。
だが、間に合わなかった。
車のタイヤが、すぐ目の前を通り過ぎる。
その瞬間、全身に冷たい感覚が走り、意識が途切れそうになった。
「うわあっ!」
強烈な衝撃が背中から襲い、全てが真っ暗になった。
目を覚ますと、そこは病室だった。
頭がぼんやりしていて、体のあちこちが痛む。
意識が完全に戻らないうちに、目の前に見慣れた顔が現れた。
担任の先生だ。
「おい、目を覚ましたか?」
あれ、そういえば……なんで俺は病院にいるんだ?
ぼんやりした頭を整理する暇もなく、先生は次の言葉を続けた。
「お前、死ぬかと思ったぞ。事故の後、すぐに運ばれたけど、意識は戻らないって言ってたからな」
「……事故?」
俺は頭を掻きながら、ようやく思い出す。
あの瞬間、確かに、俺は柚月を助けるために走り出して、トラックに轢かれた。そして、今、こうして病室にいる——。
「柚月は?」
その言葉が、自然に口からこぼれた。
どれだけ気にしているのか自分でもわからなかった。ただ、柚月のことが心配で仕方がなかった。
担任は少し黙ってから、静かに言った。
「柚月は……大丈夫だよ。君のおかげで命拾いしたんだろう」
その一言で、ようやく胸のあたりが軽くなったような気がした。でも、それと同時に、また一つ疑問が湧いてきた。
「君のおかげで命拾いした」……?
俺が、彼女を助けた?
そうだ。確かにそうだった。
でも、その代償が大きすぎて、俺はまだその実感がわかなかった。
「でも、君も無事じゃないだろ? あのトラック、かなりスピード出てたし、よく生きてるな」
担任の言葉に、俺は軽くうなずいた。
だが、それでも心の中では、まだ答えが出せないでいた。
「どうして、俺はあんなことをしたんだ?」
その問いが、頭をぐるぐると回り続けていた。
命をかけて、柚月を助けた。それは間違いない。だが、なぜ、俺はあんなにも必死に走り出したのか?
ただ、命を助けたかったのか?
それとも、他に何か理由があったのか?
答えを求めて、夜が更けていく。