なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
「レイチェル。どうして妹を虐めるんだ」
「やっていません」
「キャサリンが泣いていたぞ」
「泣けば証拠がなくても信じてもらえるんですね」
「レイチェル」
わざとらしくため息をついて、私を諭そうとしてくる婚約者にイラッとする。
私は本当に妹を虐げたりしていない。濡れ衣もいいところだ。あの妹は何故か小さな頃からそんな最悪な嘘を重ねていて、私はすっかり両親からも婚約者からも問題児扱いだ。
両親も婚約者も私の言い分は聞かない、私を信じる気もない。
侍女は見てるだろうと言われるかもしれないが、侍女も妹から賄賂を受け取っているらしく妹の味方。
四方八方敵だらけで、私はもう疲れてしまった。
「…では、貴方がたの納得のいくようにします」
「どういう意味だ?」
「言葉のままの意味です。失礼します」
私は婚約者を押しのけて、屋敷をそのまま出た。わかっていたことだけど、婚約者は追ってこない。
妹のことばかり優先する侍女にお望み通りのお小遣いを渡して付いてこないよう言い聞かせ、辻馬車に乗ってとある場所を目指した。
山奥の行けるところまで連れて行ってもらい、あとは歩いて進む。
ついた場所は断崖絶壁、ここから落ちたらひとたまりもないだろう。
遺書は事前に書いて机の引き出しにしまってある。今日婚約者に責められなければやめておこうと思ってもいたが、結局はこうなってしまった。
『妹が私に虐げられたなんて嘘をつかなければ』
『せめて両親が信じてくれたなら』
『せめて婚約者だけでも信じてくれたなら』
『信じてくれなくてもきちんと調べてくれたなら』
『侍女が妹からお小遣いをもらったからって嘘の証言をしなければ』
『私は自殺などしなかったのに』
そんな恨み言まみれの遺書。
『私の代わりに妹に家を継がせればよろしい』
『私にしたように妹に厳しくすればよろしい』
『私の代わりに甘やかされた挙句婚約者も決まっていない妹と結婚すればよろしい』
『私の代わりに妹の侍女にしてもらえばよろしい』
『そして甘ったれた妹に全てを壊されたらよろしい』
そんな呪いめいた遺書。
『でも、最後に少しだけでも後悔してくれたら嬉しいです』
そんな最期の甘えを一言だけ添えて。
「さて、飛び降りますかね」
靴を脱いで、崖の近くに揃えておく。
この靴も風で飛ばされてどこかにいくだろうか。
自殺したことすら信じてもらえなかったりして。
「…ふふ、私を一切信用していない人たちだからありえるなぁ」
空に身を投げるような気持ちで、私は飛んだ。
「…どうして。どうしてそんな嘘をずっと吐き続けたんだ!」
「だって、だってお姉様が羨ましかったの!生まれながらに女公爵となることが決まっているお姉様が、お父様とお母様から期待されているお姉様が!!!」
「なんてこと…」
お母様はお姉様を思ってさめざめと泣き、お父様は私の肩を痛いほどの力で掴んで怒鳴りつける。
お姉様が遺書を残して失踪なんてしたから。
全部お姉様のせい。
「あの子は私たちに理不尽に叱られても懸命に耐えて、将来のために努力も惜しまなかった。それなのに…それなのに私は…」
「わたくしも…あの子の気持ちなど考えていなかった…いつかどこかに嫁いで出て行く子だからとキャサリンばかりを優先して…レイチェルはずっと一緒にいるのだからと蔑ろにしてしまっていた…」
なんで、どうしてお姉様なんかのために泣くの?
今まで私のことばかり優先してくれていたのに。
それが愛の証だと思っていたのに、実際は嫁に行く子だから今のうちに可愛がっておこうと思っていただけなの?
「…キャサリン」
「ダニエル様!」
ダニエル様なら私を庇ってくれる!
そう思って抱きついたけれど、思い切り突き飛ばされた。
「きゃっ…」
「君を信じた僕がバカだった」
「え…」
ダニエル様は私を愛してくれるからお姉様を目の敵にするんだと思ってた。
でも違った。
「愛するレイチェルが少しでも実の妹と仲良くなれたらと思って君に味方していたのに…嘘だったなんて。僕はレイチェルを信じるべきだったのに、どうして君の嘘を信じてしまったのか…」
「…そんな!ダニエル様は私を愛してくれていたんじゃないの!!?」
「そんなわけないだろう!僕の婚約者はレイチェルだ!」
信じていたものが足元から崩れて行く。
そして、さらに信じられない言葉がお父様から告げられた。
「…教会に今回の騒動を申告したところ、とある疑いがあるとキャサリンの魔力を調べられた。結論から言うと、キャサリンは無意識のうちに弱い魅了魔術を周囲に常時展開している」
「え…私が、魅了魔術を?うそ…」
「無意識だとしても、教会はこれを問題視している。お前はこれから教会で拘束されることになる」
「…!!!」
教会に拘束されたら最後、ずっと魔力を搾取され続けることになる。
魔力を搾取されるのは肉体的苦痛を伴う。
死にこそしないが、だからこそ寿命が来るまでずっと苦しむことになるのだ。
奪われた魔力は国を守る結界に充てられたりするらしいけれど、そんなの絶対にいや。
おとなしいお姉様ならそれでも国の役に立つのならと言いそうだけど、私は絶対嫌。
「…きゃっ!」
家族の隙をついて逃げようとしたけれど、一歩遅かった。
転移魔術で突然現れた神官に身動きを封じられ、枷を嵌められる。
「キャサリンだな。教会に連行する、大人しくこい」
「うぅううううう!」
口も塞がれて言葉での抵抗もできない。
そのまま私は教会に連行された。
最後に見た両親や初恋の人の目は、私に対する憎しみに満ちていた。
「…いやぁ、すごいことになったねぇ。君の家族。でも、両親と婚約者は魅了魔術に酔っていたんだから被害者じゃない?」
「そうですね」
「帰る気は?」
「ないです」
私は結局、あの後自殺に失敗した。
旅の賢者に邪魔されたのだ。
ハーフエルフだから年若く見えるが、長いこと生きている美丈夫でどうもお節介焼きらしい。
で、今はその人にお世話になっている。
私の事情を知ったこの人は、私の味方をしてくれている。
こうして家族と婚約者の結末も見せてくれた。
「まあ、オレとしては弟子が出来て嬉しいから君が帰らなくて全然いいんだけど」
「弟子といっても今のところお世話になってるだけですけど」
「一緒に旅をするうちに色々勝手に覚えると思うよ?君、生真面目だし魔術の才能あるし」
「それは弟子といっていいのでしょうか」
「技は見て盗め、だよ」
まあ、そういうことなら頑張ろう。
「でも、今なら婚約者はともかく家族とは和解できるんじゃない?」
「私の方が心の整理ができないので無理です。ただ、時々旅先から差出人不明にして絵葉書でも送ろうとは思いますが」
「へえ、いいんじゃない?君からのものだと気付いてくれればいいね。気付かないならそれまでだし。ま、とにかく心の整理がついたら戻ってもいいし、ずっと俺のそばにいてくれてもいいし。全ては君の選択次第だ」
…多分おそらく、和解はいつか出来ると思うけれど家族の元に戻ることはないと思う。
だって、私はこの命の恩人に惚れ込んでしまったから。
人に優しくされるのが久しぶり過ぎてころっといってしまった。
今は言葉にするつもりはないけれど、いつかは想いを伝えたいと思っている。
家族になれたらとも。
だから、今は和解できても帰る気はない。
薄情な娘で申し訳ないが、対外的にはどっちにしろ死んだことになっているので許してほしい。
婚約者は、まあ私は死んだと思って新しい恋に移って欲しい。
「師匠」
「うん?」
「甘えてもいいですか」
「どうぞ」
彼にぎゅっとしがみつく。
優しい体温に安心する。
人の体温すら久しいなんて、なかなかな人生だったなと思うが…これからは師匠がいる。
「師匠、大好きです」
「ん、オレも久しぶりに弟子が出来たから可愛くて仕方がないよ。ほら、おじいちゃんがうんと可愛がってやろう」
私を膝に乗せて、わしゃわしゃと頭を撫でる師匠にこれはまず女としてみてもらうのが難題だなぁとため息をついた。
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