6 道隆、お前もか。呪詛は成功? 漢詩の会そして盗賊団
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第六話 二人の才女
「そろそろ諦めて一緒に観たらどうだ?」
ドアを開けると、梅里様が呆れたように言った。
「いっそ、最後までこのままで行こうと、今思いました」
「頑固者め」
「自覚はあります」
しばし見つめあう。先に折れたのは梅里様だ。
「まあいい。今日は何だ?」
とは、本日の茶菓子のことだ。
「今日はシンプルにアメリカンなクッキーです」
バターたっぷりの生地に、チョコチップとナッツ、そしてシナモンとナツメグを入れてスパイスをきかせている。それを二人分。先週、梅里様がおかわりした時にご一緒して、今度からは一緒にという話になったのだ。
「お飲み物は、コーヒーを。コーラとか炭酸にしようかとも思ったんですけど…」
ちらっと外に目を向ける。
「まあ、まだ寒いからな」
暖房が効いてないわけではないが、気分の問題だ。
「今日の回の副題は、『道隆(みちたか)、おまえもか』だな」
「副題は、『二人の才女』ではないんですか?」
そして、今日の回というのは正しいけど正しくない。本放送は日曜日で、今日は再放送の日なのだから。……まあ、細かいことは言わないけれど。
「ああ、そうか。なら、副題の更に副題だな」
「ソウナンデスカ」
「うん。道隆はやはり、兼家(かねいえ)の息子だったって話だな」
私のテキトーな返事など無視をして、梅里様はゴキゲンに続けた。
「今まで道隆は、出来の良い長男として描かれてたんだ。兼家は、道兼と三兄弟が集まっているところでは、長男を盛り立てろと言い、道兼(みちかね)と二人きりの時は、お前のことを頼りにしている、と言い。道長と一緒にいる時は、道兼のことを道具だと思えと聞かせている。兼家は、三兄弟に対して、それぞれ別々の顔で接しているんだ。だが、詮子(あきこ)が乱入してきたとき」
「乱入って何ですか?」
「……言わなかったか。…四人で食事をしていた時、詮子が怒りを露わにやってきたんだ。円融(えんゆう)帝に毒を盛ったのか、と。道兼は動揺を表に出さないようにし、兼家はそらっとぼけた。その様子を見て道長は事実だと気づいた。詮子が去ったあと、道隆は動揺もまったく見せず、これで我ら三兄弟の結束が強まった、と言ったんだ」
なかなか、強烈な人だったんだ、道隆。
「決して、潔癖な真面目な長男ではなかったわけだ。で、今回は、義懐(よしちか)が味方を増やすために若手を取り込もうとするんだ。F4からも、公任(きんとう)と斉信(ただのぶ)が呼ばれた。それを行成(ゆきなり)が聞いて、道長に知らせたんだ。右大臣と関係ない者を誘っているのだから、当然道長には声がかかっていない。そのことに気づいた道長が、道隆につたえた。……そこで、道隆は漢詩の会を開くことにする」
何故…? そこは分かり易くこちらも酒宴では?
「あちらが酒宴なら、同じ方法というのは芸が無い。若い人たちは勉強をしたことを披露する場が欲しいのではないかということらしい。これが功を奏す。呼ばれた公任と斉信は、これからの時代は道隆様だなと話すんだ」
「そういう物なんですね」
理由を聞いてもよく分からなかった…
「酒宴は楽しいだけだが、漢詩の会は教養が試される場であるからな。格が違うということなのだろう」
「策士だったんですね…」
「そうだな。義懐が酒宴を開くという話は兼家にはしないようにとも言っていたから、間違いないだろうな」
「それで『道隆、お前もか』なんですね」
やはり親子、ということなのだろう。
「それで言うなら、詮子もそうだな。道長に倫子(ともこ)と結婚するように勧められていたぞ」
「詮子さん…」
最愛の帝に毒を盛るような家族の存在が、兼家の血を目覚めさせた、とか?
「まあ、兼家も勧めていたがな」
「あ、猫事件」
「そう。あれで倫子の存在を兼家は強く感じるようになったわけだ。これで、やっぱりアレはわざとだったと思わざるを得なくなったな」
「前回の続きで気になるところと言えば、忯子(よしこ)が寝込んだことだな」
「清明の呪術が成功したんですか」
「そう。そこへ兄の斉信がやってきて、自分を帝に売り込めと言う。忯子は眉をひそめていたから、実行には移さなかったようだが。せっかく子が産まれると喜んでいたところで寝込んでしまったのと、義懐が力を増してきたのとで焦ったのだろう」
「……クソですか」
「言葉は悪いが、クソだな。でも、一族の人間が帝の子を産むとなれば喜ぶのは、あの時代の通常営業だったようだからな」
「きっぱり、クソですね」
しつこく繰り返す私に、梅里様は苦笑するように肯定した。
「そして結局、その頼みの綱の忯子は結局死んでしまう」
「……!」
「胎の子、どころではない」
「ただでさえ、出産は大事業ですもんね」
「現代でも、母子ともに健康で安全に出産までたどり着けるのは大変だからな」
清明の使った『呪術』というものがどういったものかは説明が無かったらしい。ドラマの中の話とはいえ、痛ましい話だ。
「あとは、タイトルの『二人の才女』の、清少納言だな」
清少納言。『枕草子』の作者。
「漢詩の会を開くにあたって、清少納言の父と、まひろの父が呼ばれることになったんだ。ただ単に人を集めて漢詩を読むのではなく、その道を究めている人を呼ぶというのは、会の格を高めるのに必要なことなのだろう。清少納言の父は清原元輔(きよはらのもとすけ)。そこに、清少納言も連れてきた。為時(ためとき)にもお呼びがかかり、弟の惟規(のぶのり)を連れて行こうとするのだが、弟は『無理!』と言って断る」
「『無理!』って」
梅里様の言い方に笑ってしまう。
「勉強大嫌いだからな」
「よっぽどですねえ」
うん、と梅里様はうなずいて。
「で、まひろが自分が一緒に行く、と言う」
「え、道隆主催ですよね? 道長に会えるのを期待してですか?」
「いや、まひろは、道長と離れて自分の力で生きて行こうと心に決めたところだ。倫子サロンでも、自分ではワケの分かっていないタイミングで笑い声をあげる他の姫君たちに合わせようとしたりもしている」
「それは…」
「観ていて痛々しいんだな。これが。でも、生きていくために必要だと思ったのだろう。…漢詩の会は、出席者の名前を確認した上で、為時に声をかけている。……だが、行ってみると道長に出会ってしまう」
「わあ……」
「『酒』をテーマに、呼ばれたそれぞれが漢詩を読む。今回呼ばれたのは結局F4全員だったわけだが、公任以外はテーマに沿った有名な漢詩を選んだ。道長は、まひろに宛てたラブレターだったがな」
「それは、まひろは落ち着きませんね」
「そうなんだ。全員が読み終わったあと、道隆がまひろに感想を求める。まひろは、当たり障りのない返答をする。もしかすると、道長がいたために動揺していたのかもしれないが、倫子サロンで学んだ当たり障りのない受け答えに努めたのかもしれない」
「まひろは、漢詩ができると知られているんですか?」
「才女であると、言われているらしいな。それは、元輔の娘、清少納言も同じだ。この時はまだ清少納言とは呼ばれておらず、ドラマの中での名前は『ききょう』だが、彼女は、まひろの感想が気に入らなかったらしい。まひろが話し終える前に『私はそうは思いませんわ』と言い出して、自分の感想を述べる」
「空気を読まない女!」
「そうなんだ。だがおそらく、ききょうは、まひろとマニアックは話をするのを楽しみにしていたのではないかと思う」
「……女が、漢詩を読むことが珍しい時代」
「そう。ウワサに聞いていた『仲間』が面白くない回答をした。反論すればもっと盛り上がって会話できると思っていたかもしれない」
「でも、まひろは、そんな相手の気持ちなんて分かるわけないですよね」
ただでさえ、好きな相手と同じ場にいて、ラブレターを送られて。
「いやみな人とか、そういう感想だろうな」
「ですよねえ」
「ああ、忘れるところだったな。直秀(なおひで)は盗賊だったぞ」
「直秀?」
誰だっけ、と思ったところで、梅里様が、散楽のメンバーでまひろの家に三郎が無事だと知らせに来た謎の男だ、と説明してくれる。
「あ! あの!」
「うん。あの男だ」
「義賊ってウワサがあるんでしたっけ?」
「まひろが可能性を示唆しただけだがな。もしそうなら…」
「情報が多すぎる…!」
「完全なオリジナルキャラのはずなんだが、目立ち過ぎなのがなあ」
「え、ダメなんですか?」
少女漫画的には、主人公に片思いする男友達って感じでかなり良いと思うけど。
「ダメじゃないが、心配にはなるな」
どういう意味で?と首を傾げると、梅里様は、腕組をして、うーんと唸った。
「早死にしそうじゃないか」
「……確かに」
何故だか二人で顔を見合わせてため息を吐いたのだった。
梅里様はクッキーを齧って、満足げに頷いた。
「素朴なゴマのクッキーも美味いが、バターがたっぷり入ったこういうのも美味いな」
「気温が高すぎると作るのが面倒なので、今の時季だけですけどね」
暑い季節にどうしても作りたい時には冷房は必須だ。それでもバターが融けてしまう。
「なんか、季節感が出てるみたいで、それはそれで面白いな」
梅里様はすっかり冷めてしまったコーヒーを飲みほしたのだった。