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大河ドラマと梅里様  作者: 今西薫
6/50

5 アヤシイ祈祷師と猫をおいかける倫子、命を削る呪詛、道綱の母と母が死んだ理由

ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。

私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。

第五話 告白


「ええと、まひろが倒れたところからでしたっけ」

 土曜日の再放送が終わった頃を見計らって、ドアを開け、いきなりそう声をかける。

 前回はクライマックスのエピソードから話し出したので、ちょっとした誘導だ。

「なんだ、われはそこから話すつもりはないぞ」

 梅里ばいり様は、不機嫌になって唇を尖らす。その様子は本当に五、六歳の子供に見える。

「え、だって気になるじゃないですか」

「いやいや、そこは大した話ではない……わけではないが、まあ、置いといて問題ない」

「問題ないって、梅里様基準ですよね…」

 半ばあきらめるようにそういえば、何が悪いと言わんばかりに頷く。聞かせるために話すのではなく、話したいだけだから手に負えない。もうこれは、本気で本放送なり再放送なりを観たほうが良いのか?

「うん。でも、続きからでもいいか」

 腕組をして思案するように斜め上を見る。どっちが嘘でどっちが真実だったけっけとかふと思うが、思い出せない。

「まず、まひろは倒れた。倒れて自宅に運ばれて、眠ったまま起きてこないんだ。そこで乳母が祈祷の僧と寄坐(よりまし)を呼ぶ。これがいかにもインチキ臭いヤツらでな。寄坐なんかまひろにとりついている霊を降ろすんだが、まひろのことを『娘』と呼ぶ」

「さすがにそこは、名前を呼ばないとですよね」

 正しくまひろの母の霊をおろしたのなら、知っているはずなのだから。

「で、水垢離をするようにと言って二人が去ったあと、まひろが起き上がって言うんだ。『死んだように眠るのはもうやめるから、ああいう人たちを呼ぶのはもうやめて』って」

「……それって、嘘だってわかっている、と」

「うん。ちょっと面白いだろう?」

 この前の呪詛の時もだけど、呪術的なものが普通に存在はしているけど、みんなどこかで嘘だと判っているということなんだろうか。確か、大安とか仏滅とかは、平安時代の陰陽道の占いが起源だったはず。…あ、そうか。友引にお葬式をしないのと同じなのか。日が悪いと知っている。信じてはないけど、何かあったら嫌だから、表面だけなぞる。そして、私たちが持っているイメージの『呪詛』とは違うけど、毒を盛ることも『呪詛』と呼ぶ。

「あと、まひろが倒れたことで倫子(ともこ)サロンの他の姫君たちが、身分の低い人は、みたいな話をするんだが、倫子がそれを止める。そういうウワサ話や発言は許さないという感じかな。それから、道長が、倒れたのがまひろだと知る。ほら、前回、為時(ためとき)の娘だって告白しただろう? だからだれそれの娘らしい、という話ですぐに分かったんだな」

「道長は、心配したでしょうね」

「自分のせいだ、と思ったようだな」

「まあ、道兼(みちかね)のことは知らないですもんね」

 梅里様は、そうなんだよなあ、とつぶやいて、目の前に置いた柚子ケーキに手を伸ばした。レモンケーキの柚子版だが、形はしっかりレモンだ。お茶は紅茶にした。

「ああ、柚子だな」

「今年はたくさん柚子ジャムを作りましたからね」

 視線を明後日のほうへ泳がす。ご近所さんがくれると言うので全部貰ったのだ。多いかなとは思ったのだけど、残りは捨てるだけだから好きなだけ持って行けと言われたら、勿体なくて。

 視界の端で梅里様がにやりと笑ったのが見えたが、気づかないふりをした。

「倫子サロンといえば、倫子が猫を追いかけて、右大臣と関白の前に顔をさらしたんだよ」

 少し納得がいかないような感じの言いかたで、梅里様はそんなことを言った。

「平安時代って、貴族のお姫様はあんまりお顔を見せないのでは?」

「そうなんだ。でもこれはドラマだから、家族の団欒シーンでそれを省くのはアリだと思うんだよ。でも、倫子ほどの姫が、父親が他の男たちと飲んでいる場所へうっかり姿を現すか、と思うんだ。現代なら、社長令嬢が、父親と誰かが話をしている席にいきなり乱入って感じだ。よほどの理由がない限り、まず無い。猫きっかけでっていうのは、源氏物語でも出てくるらしいが、疑問しか残らない」

「梅里様は、倫子がわざと右大臣と関白の前に姿を現した、と」

「そう考えたほうがしっくりくる、という場面だったんだよ」



「今回はな、忯子(よしこ)の懐妊したことで、兼家(かねいえ)が清明に呪詛を頼んだんだ。胎の子を流せってな」

「大胆ですねえ」

「先の帝の時は、詮子(あきこ)のあとに入内した女御には子が出来ぬよう呪詛をさせていたからな、その延長的な感じで頼んだようだ」

「だから、お子様がお一人なのですね」

 梅里様は一つ頷く。

「でも、清明は断るんだ。帝の子を流してしまうとなると、自分の命を削らなければならないくらいだから、と」

「え、清明って、言われた通りに呪詛したりする人じゃないんですか?」

「そうなんだ。どういう基準かは分からないが、ほいほい言うことを聞くこともあるが、断ることもある」

 なかなか、複雑な人のようだ。

「え、でも、なんで忯子に子供が出来ちゃダメなんですか?」

 忯子の父親って誰だっけ? 確か、エフ(フォー)の斉信(ただのぶ)の妹だったはずだけど。

「忯子が、ではなく、花山帝に、だな」

「……あ、円融帝の子供を帝にするため、ですか」

「そう。子供が出来たら、親なら子供を帝にしたいと思う。円融帝もそうだっただろう?」

「………そうでしたっけ?」

 正直、あんまり覚えていない。

「自分の子供は東宮にしたいが、その子の母親の詮子はキライって話をしたろう?」

「……しましたっけ??」

「まあいい」

 梅里様はため息をついた。

「とにかくそういうわけで、花山帝に子が出来たら非常にマズいんだ。右大臣は。それに、左大臣も関白も喜ばしくない」

「どうしてです? 花山帝は真面目に教育係の話も聞かない人だったんでしょう? 適当なことを言ってごまかしてしまえばよいのでは?」

「おそらく、右大臣も左大臣も、そして関白もそう思ってただろうな。そう思ってたからこそ、右大臣は、円融帝の退位を急いだんだ。花山帝は単なるつなぎ。自分の孫がもう少し大きくなるまで帝の位に据えておけば問題ない。きっとそう思っていた。だが、違っていた。花山帝は、実は結構真面目に考えている人間だった。だから、円融帝が退位し、自分が帝になるという時に、為時を蔵人に取り立てた。為時と叔父の義懐(よしちか)と惟成(これしげ)以外は信用できぬとして、この二人も取り立てた」

 意外な展開、だったわけだ。

「味方をつけて、自分のまつりごとを行おうとしたんだな。当然、政を意のままに動かそうとしているように見える右大臣のことは嫌いだ」

「なんていうか、無茶苦茶こじれそうですね」

 花山帝と右大臣との仲が。

「そうだな。それでも、花山帝の政が正しい方向を向いていたら、まだ良かったのだろうが、目先の利にしか考えが及ばない。『○○をすれば民は喜ぶだろう。そして朕をさらに尊ぶだろう』という発想だ」

 おお。それはなかなか、分かり易い感じの。

「まあ、バカだな」

「梅里様…」

 私が敢えて言葉にしなかった部分をハッキリ言わなくても。まあ、ドラマ上のことではあるけど。

「いいじゃないか。……まあ、言葉を変えるのなら、純粋なんだろうな」

 純粋。

「彼の言葉に耳を傾け、正しく導くことのできる側近がいたなら、良い政ができるのかもしれないな」

 そう言って言葉を切った梅里様は、ふと思い出したように、そういえば、と言った。

「清明を脅してたこのシーンは面白かったぞ」

「そりゃ、迫力のあるシーンだったでしょうけど」

「いや、確かにそうなのだがな。緊迫感のあるやり取りは役者の演技力の部分…もちろん演出もあるだろうが、その演出の部分が際立っていたんだ。右大臣と清明が話している場の明かりが消されるんだ。そうしたら、御簾の向こうにたくさんの人影が見えるんだよ」

 ん? 私が首を傾げると梅里様は、腕組をして、うーん、と唸った。そしておもむろにリモコンを手にした。

「観た方が早い」

 録画されているコンテンツから選んで、再生。すぐに早送りして、高齢っぽい男性と、それより少し若い感じの目元に朱を入れた不健康そうな男が映るところで再生させる。やりとりがあって、ふっと明かりが消え、御簾の向こうに浮かび上がる人影……。

「御簾の向こう側の方を暗くしておくと、その向こうは見えにくくなる。それを利用して潜ませていたんだな」

「清明、脅しに負けたんですね…」

 実際のところはどうなんだろう。表情だけからだと、動揺したようには見えないけれど。



「あとは…、右大臣道綱の母、だな」

「なんです? 右大臣は兼家だったですよね?」

「『なげきつつひとりぬる夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る』という歌が百人一首にあってな。その作者が右大臣道綱の母なんだ」

「あれ? その和歌はどこかで聞いたことがあるような…」

 遠い昔、まだ少女だった頃。記憶を辿っていると、梅里様は私の言葉など気にしないように、軽く頷いた。

「まあ、有名な和歌だからな。それで、この作者というのが、兼家の愛人だ」

「………。つまり、道綱は兼家の息子」

「そう」

「道綱の『道』は、道長の『道』だったんですか!」

「そう」

 梅里様は重々しく頷く。

「まあ、愛人と言っても、この時代、正妻のほかに妻を持つことは別に悪いことではないからな。道綱は、道隆の次に生まれているらしいから、同時期に付き合っていたのは間違いないが、ドラマの中のこの時期は、道長たちの母は病死しているしな」

 梅里様はなにやらごにょごにょ言っているが、私の頭の中は先ほどの和歌と『道』で混乱中だ。右大臣道綱の母。それも覚えている。というか思い出した。あの和歌の作者として紹介されていて、「道綱、誰?」って思ったのを覚えている。

「この道綱が、陽気な男に描かれていて、踊りを見せて兼家を楽しませていた。家ではめったに見せないようなくつろいだ雰囲気だったな。横に道綱の母ーーこのドラマでは寧子(やすこ)と名付けられているが、寧子がいて、道綱を必死に売り込んでるんだ」

「……自分の息子を出世させたいってことですね」

 思い出せないものはしょうがない。あきらめて、梅里様に返事をした。

「だが、実資(さねすけ)が後に日記に書いてるんだが、この道綱、自分の名前くらいしか漢字を知らなかったらしい」

「実資。ビジュアルが平安貴族の人!」

「……変な覚え方をしたな」

 梅里様は少し悲しそうな顔をして頷いたのだった。



「さて、クライマックスだ」

 言ってからチラリと空になった皿に目を走らせる。

「まだありますよ? 持って来ましょうか」

 立ち上がると、開いた手のひらを前に出された。犬にマテをかけるような仕草だ。

「終わってからで良い」

 そうですか?と言いながら、座り直す。

「結局、まひろは道長と会うことになった。家にふみが来たのだ」

「まあ」

 ここは、きゃーとか言うべきだろうかと少し迷う。

「うん。そういう展開だ。道長は倒れたのがまひろだと知って、自分の素性がバレたのだと思った。それで、まひろの家に行くと伝えたのだ」

 平安時代って確か、男が女の家に通うのが普通で、三日通ったら婚姻が成立とかそういう話で? ちょっとドキドキしながら梅里様の話の続きを待つ。

「でも、まひろは家では会えないと、別の場所に誘導するように、直秀(なおひで)に頼むんだ」

 ?

「なおひで、ダレデスカ?」

「何故、片言なのだ…」

「何故……でしょう? いよいよまひろと道長の恋が!と思った矢先に別の知らない男の名前が出てきたから?」

「気持ちは分かるが、考えてもみろ。まひろと道長の身分差なら、まひろは間違いなく愛人だ。源氏物語では、正妻でないがゆえに哀しい思いをする女人が多く書かれている。それは、まひろの体験からなのだという筋なら、悲しい結末しか生まないのだぞ?」

 ………。

「はい!」

 先生、と、小学生のように手を上げてみた。

「史実では、紫式部と藤原道長は婚姻関係にあったのですか?」

 そんな有名な話なら、教科書で習ってそうなものだ。

「そういう話は聞かないな」

「なら、問題無しです」

「……ドライと言うか、なんと言うか…」

 頭を抱えて小さく唸ったあと、気持ちを切り替えるように、頭を振った。

「分かった。気にしないのだな。分かった。では、直秀だ。例の散楽のメンバーの一人だった謎の男だ」

「おー?」

「まあ、いろいろあって、まひろと気安く話す仲になっていたのだ」

 なにその少女漫画的展開!

「それで案内された先が、六条の古い屋敷。もう寂れて、良い家の姫ならば物の怪でも出そうなと言いそうな風情の屋敷だ」

「六条って、聞いたことがあるような?」

「六条御息所(ろくじょうみやすどころ)だろうな。源氏物語だ。光源氏の愛人で、生霊になって光源氏の正妻を呪い殺すことで有名だな」

「そういう話だったんですか…」

 源氏物語は読んだことがないし、まんがもよく知らないけれど、あちこちのまんがや小説で出てくることがあるから、「六条」という単語は目にしたことがあったのだろう。

「そういう話だ。後に光源氏はそこに屋敷を作って、妻たちを住まわせる。読者にはなじみのある名詞だろうな」

 かつての愛人で、自分の妻を殺した相手の住んでいた場所に……。光源氏、よく分からない…

「そこに呼び出された三郎は訝りながらもやってくる。こっちは少し頭に花が咲いたような状態だ。だが、まひろはまったく嬉しそうにしていない。まひろにしては、まず話さねばならないことがあるからな」

「道兼のことを、話すんですか」

「話す。そして、道長のことは好きだが、道兼のことは呪うとまで言う。道長は自分の家の者が悪かったと謝るんだ。まひろが、道兼のことをそんな人間じゃないとは言わないのねと言うと、道長は、まひろの言うことを信じる、と言う」

「なかなか!」

「なかなか?」

「上手いこと言う!」

「そうだな。道兼がそういう人間だと半ば知っているのにそのことは言わないんだ。そして、まひろはそこまでは気づかない。信じると言われて、気持ちが緩んだのかもしれない。そのまま、母を殺したのは自分だと泣き出すんだ。自分が三郎に会いたくて急いでいたせいだ、と」

「それは、絶対に違います」

 私が断言すると、梅里様も頷いた。

「吾もそう思う。だがな、道兼も言うんだ。道長に。あの時、道長が道兼の気分を害したからいけないんだ、と」

「それも絶対に違いますっ」

「うん。吾もそう思う。でも、道長は自分にも責任があると思ってしまう」

 道兼のこと、まひろは本気で呪っていい。

 ……ん?

「なんで、道兼と道長はそういう話になったんですか?」

「あー、道長が帰ってすぐ道兼に詰め寄るんだ。六年前、人を殺めたか、と。肯定した道兼を殴ったあとに言われるんだ」

「道兼、クソですね」

「口が悪いぞ」

「口が悪くてもいいです」

 ぷんぷん怒りながら言うと、梅里様は苦笑する。

「だがな、もっと恐いのはその場にいた兼家なんだ」

「その場にいたんですか」

「乱入したのが道長だったんだな。で、一部始終を座ったまま見ていて、言うんだ。道長にこんな熱い心があったとは我が家はこの先安泰だ、と哄笑するんだ」

「……え」

 なにそれ。

「恐いだろう?」

「ちょっと鳥肌立ちました」



 ヤカンを火にかけて、柚子ケーキを戸棚から取り出す。

 道長が道兼を殴ったところまでは良い話なのになあ…

 聞いた順番は違うが、おそらく、六条から帰宅→兄から話を聞き出す→殴る→兄、道長のせいにする→パパ哄笑、という順なのだろうから、殴るまでは良い感じで観られたのだろうに、後が恐い。

 パァンと殴ったのかな。それともバーンとか、ガンっとかかなと、恐い部分を忘れるように勝手に想像してた時に記憶が蘇った。そう、パーンと殴ったのだ。

「『いかに久しきものとかは知んなさいよ』」

 少女時代に読んだ小説のセリフ。主人公の恋人の元奥さんのセリフだ。パーンと殴って、その後に言ったのだ。

「……変なこと、覚えてるものだなあ…」

 戸棚をもう一度開けて、自分の分の柚子ケーキも取り出した。梅里様にも聞いてもらおう。そう思いながら、湯飲みも用意したのだった。



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