4 赤い紐と五節の舞姫の前にまひろは告げる
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第四話 五節の舞姫
「いやいやいやいや!」
どら焼きを持って扉を開けると、興奮した様子で叫んだ梅里様だった。。。
「五節の舞姫が、美しかったぞ!」
「五節の舞姫って、なんですか?」
聞いたことはあるようなないような?
「五節の舞姫とはな」
ええと、と梅里様はスマホを操る。
「大嘗祭(だいじょうさい)とか新嘗祭(にいなめさい)とかで舞われるんだが、貴族の女性が舞うことになってるんだな」
「今回の放送でそれがあったんですか」
「うん。まひろが舞っていた。他は、倫子(ともこ)の取り巻きの三人。本来は倫子が舞う予定だったんだが、花山(かざん)帝に顔を見られたくなくて、まひろに交代したんだ」
「んんん? 花山帝?」
確か円融(えんゆう)帝ではなかったっけ? 実は、少し調べたのだ。
「うん、体調不良が呪詛によるものとは思っていても、自分が存命のうちに、自分の子供を東宮にしたほうが良いと判断したんだろうな」
「なるほど。でも、帝に見初められたらそれは嬉しいのでは?」
「それが、倫子もその母も、女癖の悪い花山帝を良いとは思っていないのだな。東宮時代の噂話がよほど世間に出回っていたのだろう」
そこで梅里様はにやりと笑う。
「花山帝が即位される際、高御座(たかみくら)の中に女を引っ張り込んだという逸話があるんだが」
「即位される際って、まさか」
「うん、即位式だな」
「引っ張りこんだって、」
「まあ、逸話に残るほどのやっちゃイカンことだな」
わぁ…
「ただし、このドラマの中では、道隆(みちたか)が流した噂であったがな」
「あ、そうなんですか?」
実はそんなに女好きではなかったとか? なんて思ったのが顔に出たのか、梅里様は違う違うと言う。
「ひたすら漢文を読んで聞かせている為時(ためとき)に、足の指で扇子を開いたり閉じたりしながら娘とその母親と遊んだことがあるとか言う男だぞ? 女好きなのは間違いないだろう。さすがに、即位式の時にはちゃんとしていた、というだけだろう」
「なるほど」
「ちなみに、六年間、不真面目に為時の話を聞いてたのに逃げ出さなかったところを買われて、為時は蔵人に取り立てられている。基本、非常に純真な人物なのだろう」
ちょっと首をかしげつつも、うなずくと、それで五節の舞姫だ、と興奮がよみがえったように言った。
「四人の女たちが、色違いの揃いの衣装を着て舞うんだ。それを、正面から撮っていたのが、ゆっくりと上空からの視点になって、全体の動きを見せてくれる。あれは美しかったな」
「ドローンですかね」
「かもな。で、だな。そこで、まひろは道兼(みちかね)と道長を見つけるんだ」
「え、ちょっと」
「舞が終わって、他の三人が、誰それが美しかったとか話しながら廊下を歩いていて、その時に藤原三兄弟の名前が出たんだ。それでまひろは気を失ってしまう」
「え」
「で、待て、次回、だ!」
「なんで、イキナリ、クライマックスの話から入るんですか!」
「なんでって、話したいところから話して何が悪い」
「こっちは聞いてるだけですけど、確かに! 物事には順序ってのがあるんです!」
叫ぶ私に、梅里様は軽く肩を竦めただけだった。
「そういえば、倫子の家に盗賊が入ったんだ」
どら焼きをぱくりと食べて、玄米茶を飲んで気分が変わったのか、梅里様はそう話し出した。
「え、左大臣家にですか?」
「うん、でも倫子はあっけらかんと話している。多少の物が蔵から盗まれても大したことではないからか、それとも興味がないからかは分からんがな」
「恐くないんですかね」
「サロンでは、『こわーい』って言いながら話してはいるがな」
梅里様の言い方が、全然恐いと思ってなさそうな言い方だ。なるほど。
「この盗賊というか、ここ数年、都を盗賊が跋扈しているんだ。でもなかなか捕まらない。第二回の時に、怪しい人間を捕まえて痛めつけたら白状するだろうと、役人たちが捕まえまくっていたんだよ」
「あ」
「そう、道長が間違って捕まったのはそういう流れだったんだ」
「へえ…」
「で、今回はサロンで、義賊かも、という話が出る。というか、まひろが出す」
「実際のところは分からない、と」
「単なるウワサ話かもしれんし、合ってるかもしれんし、違ってるかもしれん。楽しみだな」
「ですね」
あとだな、と言葉を切った梅里様は、あ、と声を上げた。
「さっきの花山帝の時に言い忘れてたんだが、入内した忯子(よしこ)との初夜のシーンが一瞬映るんだが、この忯子の両手首を赤い紐で縛るんだよ」
「紐で、縛る……?」
それって、ちょっと危ないプレイでは…
「紐って言っても、着物を着る時の腰ひものようなものだけどな。実際にどう使ったのかは分からんが、この忯子は花山帝に寵愛されたらしい」
「これって、NHKの大河ドラマの話ですよね…?」
「そうだな」
これが、「攻めてる」ってことなんだろうか……
「それから、前回出てきた謎の男」
「前回…あ、屋根の上のフクロウ」
「……うん、まあ、それだ」
梅里様はなぜか不本意そうにうなずいた。
「ヤツの正体が分かったぞ。散楽のメンバーの一人だった」
「散楽……あ、道長が観に行ってた」
「それだ。今は、アキの女御をしてる」
「アキの女御?」
「藤原家のことを笑い話にしてるんだな。アキの女御……道長の姉の詮子(あきこ)が子供を産んでから帝には嫌われてるんだが、何か相談ごとがあるたび、道長を呼びつけるんだ。それで、『弟よ~』というのがキマリ文句で」
「それを道長が観てる」
「従者は気分が悪いらしいが、道長はそこが面白いと言って観てるな」
「それは、心が広い、ということ…?」
「いや、庶民の息抜きをよく分かってるってことなんだと思うぞ」
「あ、なるほど」
「その程度で溜飲を下げてくれるなら、安いという話だな」
「それにしても、詮子が帝に嫌われてるとか、想像力豊かですね」
「いや、実話だ」
「え」
「どこかから、話が漏れてるんだろうな。そのたびに道長を呼ぶのも合っている」
「恐い…」
「内裏の女官たちの噂話というのは、ドラマの中で効果的に使われてるが、そういうところからなんだろうな」
はー。ため息をついてしまう。
「実資(さねすけ)が帝に毒が盛られているんじゃないかって食事の用意をしている女官を調べたら、陰口がすごかったしな」
「恐いですねえ」
「女たちはな、恐いな」
想像に難くないので、顔を見合わせて頷きあってしまった。
「もう一つ山場があってな」
どら焼きの最後のひとかけらを飲み込むと、梅里様はそう話し出した。
「倫子サロンからの帰りに道長と会ったまひろは、とうとう自分が為時の娘であると話すんだ。二人でベンチに並んで座って、こう、顔を近づけてな」
ベンチ…というか、まあそういった座ることのできるものがおいてあるんだろう。でも、ベンチ…。
「ここに来るまで、まひろも道長も、相手が自分より身分が下と思っているのは面白かったな」
梅里様はそんなことを言いながらくすりと笑って。
「で、道長もそこで言おうとするんだ。自分の正体を。だが、そこに宣孝(のぶたか)がやってくるんだ」
「ノブタカ……ネタバレになると教えてくれなかった、為時の友達」
「変な覚え方をするな」
梅里様は顔をしかめる。
「でも、まあ、それだ。これが馬でやってきて、しっかりと邪魔をして、まひろに市女笠を被せて馬に乗せて去っていく」
「……牽制、ですか?」
ノブタカ、父の友達ということは、父と同年代?
「どうだろうな。ただ、宣孝は、道長を知ってるんじゃないかと思うんだよ。もともと、為時に右大臣家に自分を売り込むように勧めたのは宣孝だしな。五節の舞姫の時に道兼や道長も座って見物してたんだが、ここに宣孝もいたんだ」
「なのに、まひろには伝えなかった、と」
「そうなんだ。宣孝は道兼のことも知ってるからな。だからかもしれんが、だったら教えてもおかしくないとも思える」
「なるほど、山場ですね…」
「だろう?」
梅里様はにんまりと笑って、どら焼きを載せていた小皿をちらっと見た。
「美味かったな。まだあるか?」
「ピーナッツ餡にしたのが良かったですかね?」
「うん、いつもとちょっと変わってて良かったな」
「お茶もおかわりをお持ちしますね」
くすくす笑いながら立ち上がる。梅里様に食べすぎということはないのだから、おかわりしてもらえるのは素直に嬉しいものなのだ。