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大河ドラマと梅里様  作者: 今西薫
2/50

1 子役時代。出会いの話

ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。

私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。


第一話 約束の月


「おおぅ…」

 呆然とした声がリビングのほうから聞こえてきた。

 ちらっと覗いてみると、梅里ばいり様がソファに座ったまま、テレビの画面を眺めていた。画面を見れば、ドラマが放映されていた。時代劇……と呼ぶには少し古い時代の衣装。丁度梅里様が着ているような衣装だ。時代劇には違いないが、江戸時代ではなさそうだ。

 どうやら、ドラマの内容に思わず声を上げたようだと判断し、キッチンへ戻る。今からお茶準備をすれば、終わった頃に間に合うだろう。


 案の定、ドラマの後の、紀行ものをしていた。本編のドラマが終わった後に、関連する地の解説もあるので、梅里様は真剣に見ている。

「ビスコッティ焼きましたよ。どうですか」

 豆皿に二つほど載せて、テーブルの上に載せる。横にはほうじ茶だ。コーヒーでも紅茶でも合うが、日本茶にもしっかりと合う。

「はー」

 紀行物も終わり、ため息をつきながら、梅里様は、ビスコッティに手を伸ばした。

「面白かったんですか?」

「うむ」

 頷いて、ビスコッティをつまむとかじる。チョコとナッツが入っているので、ポリポリと噛み心地の良いクッキーになっている。味もだが、この食感が美味しい。

「心配していたのだが、これからが楽しみだ」

 バリバリポリポリと齧って、飲み込んで、そう返事をする。

「特に、安倍清明(はるあきら)の役者が良い。よくぞこの者を選んだと褒めたいくらいだ」

「はるあきら?」

「安倍晴明(せいめい)のことだな。平安中期、紫式部と同時期だったらしい」

 「清明」と書いて「はるあきら」と読むのか。

「梅里様がお生まれになった時代ですか?」

 平安時代と言われれば、梅里様の衣装はジャストな時代だ。五、六歳にしか見えない姿での狩衣かりぎぬは、実際にはあり得ないのかもしれないが。

「ばかもの。われはもっと若い。生まれてまだ二百年ほどしか経っておらぬ」

「二百年、というと、江戸時代?」

「そうなるな。しかも、田舎の梅林で産まれたから、江戸の町はよく知らぬ」

「へえ~」

 たまに話してくれるけど、梅里様が何者なのかは謎だ。

「この清明、陰気な、世の不幸をすべて背負っているような顔つきをしているのだが」

 湯飲みを両手で持ってほうじ茶をすする。

「かなり腹黒い。ドジョウひげみたいなちょろっとした髭が目立たぬのも良いし、目じりに朱が入っているのが、化粧というより、涙目のように見えるのも良い」

「梅里様、それは、その俳優さんをディスって……」

「褒めているに決まっている!」

 私の言葉をさえぎって、そう言い切る。

「普通、清明といえば、美しい俳優がすることが多いのだが、そうでないところが良いのだ。あの陰気な感じも、役作りだ!」

 やっぱり、ディスっているのでは、と思ってしまうような言葉をどんどん繰り出していく。

「これからが楽しみだ!」



「それにな、小鳥が籠から逃げるのだ」

 安倍晴明についてひとしきり語った梅里様は、まだ続ける。ほうじ茶の湯飲みをテーブルに置いて、量の手のひらをぎゅっと握りしめている。

「小鳥……?」

「今回は、紫式部の話なのだ」

「あ、源氏物語」

 雀の子を、犬君が逃がしつる……だったっけ。

「貧乏な家なのに、籠に小鳥を飼っていてな、世話をしている時に、飛んで行ってしまう。それを追いかけて行った先で、ボーイミーツガールだ!」

 ええと、つまり、小鳥を探していった先で、誰かと会う……?

「誰と?」

「道長だ」

 ……みちなが……?

「藤原の?」

「そうだ」

 重々しく頷く。

「まだ子供時代だから、七歳のまひろと、十一歳の三郎が出会うのだ」

 どこかうっとりとするように、梅里様は呟く。まひろ、誰? 三郎、誰?

「あ、まひろは、このドラマの中の紫式部の名前だ。本名はどこにも残ってないはずだから、創作だな。三郎は、道長のことだ。藤原兼家(かねいえ)の三男だから、三郎なのだろうな」

「え、ってことは、長男は、一郎?」

「太郎だな。太郎君たろうぎみなどと呼ばれる」

「へえ~」

「兼家は右大臣で、男三人、女一人を儲けている。三郎の上は姉で、詮子(あきこ)と言う。その上が、道兼(みちかね)、長男が道隆(みちたか)。母は時姫(ときひめ)と呼ばれていたな。さすがドラマなのは、御簾みす越しではないところだな」

 腕組をして、うんうんと何度も頷いている。

「ああ、あの、簾みたいなの」

「あの時代は、高貴な女性は、元服した男とは息子であっても直接対面はしないと言うからな」

「それくらい再現してもいいんじゃ?」

 視聴者は画面を見ているだけなので、カメラワークでなんとかなりそうなものだが。

「それだけならな。高貴な女性は、声を聞かせることもせぬ。そばに付いてる女房が代わりに声に出すのだ」

 お姫様が御簾越しの相手に何か言おうと思ったら、まず女房に「これこれこう言って」と言い、そしたら女房がそれを頑張って伝える。相手はそれを聞いて返事をするが、やっぱり姫君は女房へ、となるらしい。それを再現したら、確かに観てるほうもメンドクサイ。

「詮子の入内が決まって不安に思っている様子を見せたのも良いな。状況と人物がよく分かる」

「……でも、その道長……三郎は、貴族なんですよね?それがどうして、逃げた小鳥をおいかけた少女と出会うんですか?」

「それはな」

 良いことを聞いてくれた、と言わんばかりの表情で私を見つめる。

「三郎は、お忍びで、散楽(さんがく)という路上の芝居を観に行っていたのだ」

「おしのび…」

「藤原家を揶揄するような内容だが、それが良いと言って見物している。なかなかヒネた子供だ」

「……そこで、出会う」

「出会う。まひろは、自分は前の帝が手を付けた女房の子だと嘘を言うのだが、いずれ源氏物語という壮大な物語を書くその片鱗を見せたのだろう」

「なるほど……」

 べた褒めである。

「それからまた別の日に会い、間に詮子が入内、帝の寵愛を受けるくだりが入って、三度目に会う前」

 梅里様は、ほうじ茶で喉を湿らせた。

「右大臣家の次郎君は乱暴者でな。しかも、弱い者をいじめる」

 唐突に話を変えて、そして、そこで言葉を切った。

「この次郎君が、機嫌が悪いときに、まひろが出会ってな。馬が驚いて、落ちてしまうのだ。その結果、母親が殺されてしまう。目の前で」

「え……、これ、初回ですよね?」

「そうだな」

「平安時代のきらびやかな物語ではないのですか」

「きらびやかな世界も出てくるがな」

 ……衝撃的すぎる。出会った相手の兄に母親が殺されるなんて。

「しかもな、父親は、そのことを黙っていろ、と言う。母は病気で死んだことにする、と」

「え、ひどい」

「まひろも、父を責めるのだ」

 梅里様は、痛ましそうにつぶやく。

「父はな、縁あって右大臣に呼ばれ、東宮の教育係をすることになったのだ」

「ひどい!」

「食うに困るような状態だったしな。まだ幼い弟もいるし。それに、糾弾して無事でいられる確証もない。下手をすると、京を追い出されるかもしれぬ。そう考えたのだろう」

 梅里様は残ったビスコッティをポリポリと食べ、ほうじ茶を飲んだ。

「そんなわけで、待て次回、だ。明日が楽しみでならぬ」

「………明日?」

 さっき、テレビでやってたのは録画ではない、よね?

「ああ、先ほどのは、再放送だ。日曜日の本放送、前日の土曜日に再放送がある。本放送も観たぞ」

 梅里様はなぜか胸を張る。

「ちなみに、本放送は、地上波で八時からだが、BSで六時からも放送している。それももちろん観た」

「………ってことは」

「さっきので三回目だな」

「まるで初めて見るようなリアクションしてたじゃないですか!」

「観るたびに新発見があるからな。……お前も観るか?」

「観るか……?」

「録画してあるからな、いくらでも観ることができるぞ?」

 思わず、幼い二人が出会うシーンを妄想してしまう。

「いやいやいやいやいや……!」

「やらなきゃいけないことがたくさんあるんですから、変な誘惑しないでください!」

「一時間くらい問題なかろう」

「そこに一時間使うなら、別のことに使いますっ」

「ドラマ鑑賞も立派な趣味なのになあ」

「別に否定はしてません! 単に自分が嫌なだけですっ」

「まあ、そういうことはあるな」

 やけにあっさりと頷いて、梅里様は、テレビの電源を切ったのだった。

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