12 嫡妻と妾 庚申待ちの夜
ドラマのネタバレをしてますので、お嫌なかたは回れ右を。
私見がかなり入ってますので、それも嫌な方は回れ右を。
第十二回 思いの果て
「ん? 桜餅か?」
リビングのドアを開けると梅里様はすぐに気づいたようだった。
「はい。関西風の?とほうじ茶です」
ピンクの薄皮の生地で餡子を挟んだタイプの桜餅だ。
「今年の桜はようやく咲き始めたか」
「はい。遅かったですね」
「来週あたり、花見にでも行くか」
「あら、じゃあまた桜餅を作らないと」
「今度は道明寺がいいぞ」
「検討しておきます…」
リクエストがあると何を作るか悩まなくても良いが、作りたいものを作れないという問題も発生する。けど、道明寺とどちらを作るか迷ったので丁度いいか。
梅里様の隣に腰かけて、桜餅の載った皿と湯飲みを置く。
「いい香りだ」
さっそく手を伸ばす梅里様。剥がずにそのまま齧っていく。私は、スジだけを取ってから食べる。
「今回はだな、まひろがずっと悩んでいたんだ。妾になって道長の妻になるか、北の方として誰か知らない人の妻になるか」
「前回の道長の、勝手なことばかり言う発言からですかね」
いかにもな逆切れ発言だが、怒りにまかせたその言葉を投げつけられ置いて去られたら、自分の考えが勝手だったのかもと思ってしまうかもしれない。
「それと、宣孝(のぶたか)がちゃんと縁談を進めようとするんだ。まず実資(さねすけ)だ」
「え」
実資って、日記を書きなさいという妻がいたのでは?
「少し前に北の方が亡くなっているらしい。学識もあり、公正で財があるというのがおススメポイントらしいぞ。宣孝とは蹴鞠仲間なのだそうだ」
「え、じゃあ、本当に実資が婿に」
「ならなかったな。宣孝が行ってみると実資は病に臥せっている。家人は会えるというが断って巻物と手紙を言伝て帰り、まひろと為時(ためとき)に『あれはもうダメだ』と却下する。手紙をしたためているときに支えられて歩く姿を見てそう判断したのだろうな」
「ええと、実資もう退場なのですか?」
「史実からいえば、まだ生きるな。まあ、宣孝がそう思わなくても、実資のほうが為時の娘は却下だったようだぞ。実現したらなかなか面白そうではあったがな」
「まひろは乗り気なんですか?」
「いや。もういいと断ろうとすると、宣孝に怒られる。霞を食べて生きていくわけにはいくまい、と。あと、為時が高倉の妾を看取ったことも大きいな」
「?」
「高倉の妾は、夫と子供がいたが別れていてな、天涯孤独なんだ。病を得て先は長くないと言われている。為時はせめて自分が見送ってやりたいと言っていた。無職になってからは帰ってこず世話をしていた。まひろが着替えなど身の回りのものを持って行くと、僧が丁度いて得度していた。その献身的な様子を見ていたから、一概に妾だから、北の方だからとは言えないのではないかと、迷いが生まれたのかもしれんな」
はあ…。ため息が出る。
「道長もな、自分が酷いことを言ったことに気づくんだ。道綱が道長と話す。東三条殿……兼家だな、兼家はまだ道綱の母の元に通っているという話をする。そして、自分にも妾はいて大事にしているが、妾の側からすると足りないと言う。それは道綱の母の考えかときくと、見ていると分かる。妾は、いつ来るか分からない男がやってくるのをひたすら待っている。そう言われ、だが、ならどうしたらよいのかと言い聞かせるように心の中で呟く。酷いことを言ったことには気づいたが、結論は同じではあるな」
ふと何かが引っかかった。そう、前回、道長は兼家と話をしたと梅里様は言ってなかったか? 怒りに任せて帰宅して、その足で兼家に。
「そうだ。道長は、兼家に倫子との結婚の話を進めるよう頼んだんだ」
私の表情を見て梅里様は頷いてからそう言った。
「左大臣は打診という形が取られていたがほぼ決定事項のように迫ってくる兼家に、娘に聞いてみないとと言って去る。だが今度は、道長本人が兼家の手紙を携えてやってくる。道長は父から手紙を預かってきたと言うが、その手紙を開いてみると、この男が道長だ、と簡潔に書いてある」
「兼家、押しが強いですね…」
そうなんだ、と梅里様はうなずく。
「さらに、道長が来ている様子を倫子と母親が見ていてだな、帰ったあとに父に詰め寄るんだ。自分は道長を慕っている。どうか道長と結婚させてほしい、と」
「倫子、積極的ですねえ」
「行動力あるよな。でも、雅信(まさのぶ)は渋る。道長が悪いというより、兼家がよろしくないというのが理由だな。倫子は道長と結婚できないなら一生猫を愛でて過ごすと言う。そして泣き落とし。娘の泣き落としに、ダメだとは言ってないと言ったところで、母が登場。ダメだと言ってないということは、OKということだ!と意訳してかなり強引に了承を得る」
なかなか、母と娘の連携プレイ、なのか?
「倫子との結婚を進めていたのは兼家だけじゃなく詮子(あきこ)もだったからか、道長が詮子にも伝えていると、詮子からは源明子(あきこ)を進められる」
「ややこしいですね!」
詮子も明子も「あきこ」だ。
「まあな。源明子は、源高明(たかあきら)の娘。源高明は醍醐天皇の子供だが、名字がついていることで分かるように、臣下になっている。光源氏と同じだな」
「光源氏と同じ……」
「光源氏も帝の子だが、臣下に降りたんだよ」
「そうなんですね…」
としか言えないが。
「源高明は当時左大臣だったが謀反を企てたとして大宰府に流されたのだが、謀反を企てたというのは失脚させるための嘘で、その首謀者が兼家とその兄弟だ」
「え、ってことは、源明子からすると、道長は父を嵌めた人間の息子…」
「そういうことだ。姉としては恩を売っておきたいらしい」
「恩、ですか?」
「明子の兄とともに後ろ盾のない状況だから、手助けをしないと、祟られそうだということらしい」
なんていう、世俗的な…。父のおこなったことの詫びという話ではないということか。
「あとは、臣下に降りたとはいえ、明子は醍醐天皇の孫だ。自分の力になる人脈を作りたいという意味もあるのだろう」
「父親はいなくても、直接の後ろ盾はなくても、心配している人たちはいる、ということですか?」
「おそらくな」
そこで梅里様は思い出したように笑う。
「この場面はコントだったな」
この間から、コント、多くないか?
「姉が薦める。不承不承了承する。と、いきなり当日に会うことになる。御簾の影で見ていなさいと待たされていたのだが、弟をお世話したいと言って御簾を上げるとそこに居ない。まあこの姉と弟の場面はだいたいコミカルなんだがな。道長の『今日ですか?!』の言い方はかなり面白かったし、御簾を上げた時に道長が居ないのに気づいた姉の声も素っ頓狂だったぞ」
くくくく、と笑う。よほど楽しかったらしい。
「まあ、源明子のほうは、兼家に近づいて髪の毛を手に入れて呪詛するために道長の妻になるのは都合が良いということらしい」
「呪詛!」
出た!
思わず拍手してしまう。
それを冷めた目で見る梅里様。
「まあ、今までの取り扱いを考えると、呪詛と出るだけで期待はするよな」
「庚申待ちの夜」
?
「はい!」
思わず手を上げる。
「庚申待ちってなんですか?」
「荒俣宏の『帝都物語』を読め」
「面倒だからって説明を省かないでください」
手を上げたまま訴える。と、
「庚申の日というのがある。カレンダーに書いてあるだろう?『庚申(かのえさる)』とか『甲酉(きのえとり)』とか」
言いながら、袂から取り出した筆ペンとメモ帳に書いてくれる。ああ、みたことがある。
「この、庚申の日に行う行事だ。人間の体の中には三尸(さんし)の虫というものが住んでて、庚申の日の夜に寝ている間に天に登って天帝にその人間が行った悪事を報せるから、寝ずに過ごすというものだ」
「寝ている間に出て行っちゃうから、寝なければ出て行かないということですか」
「そういう行事があったという話だ。この夜、道長から会いたいと手紙が来る。この時にはまひろはもう、妾でもいい、道長以外の妻にはなれない、と思っている。だからそれを伝えるためにまひろも走る。だが」
だが。
「道長の用事は、倫子の婿になることが決まったと、それを伝えにきたという。でも心の中では、妾でもいいと言ってくれと叫んでいる」
「まひろには、無理ですよね。倫子の婿ならば」
梅里様は頷く。
「他の女なら気にしないだろうが、他なる倫子の婿だ。倫子自身が頬を染めて狙っていると言っていた相手だ。まず無理だな。だから、倫子の良いところを告げて去るんだ」
「うー」
前回の恐い恐い場面はこのためか!
「道長はそのまま左大臣家へ向かう。手紙も出さずに」
「この時代、まず女に歌を送るのが礼儀みたいなものでは?」
「道長が来たと知らされた倫子の母は文もよこさないで、と非難めいた言葉を発しながらも、通してしまいなさいと中にいれる。御簾越しに対面する二人。入っていいか確認をしてから御簾を越える道長。そして倫子の手にそっと手を触れたところで、倫子が抱き着いて押し倒すんだ」
「倫子さま、大胆!」
「あっぱれであったな」
いっそすがすがしい、とうなずく。
「あとは、道長がのしかかるようにしていたが、ただの奥ゆかしいお姫様なら腹立たしい部分もあろうが、あれは良い。応援しても良いと思える」
「確かに」
「まひろは、とぼとぼと家に帰る。と一緒に庚申待ちの夜を過ごそうとしていた弟とさわ……為時の妾の娘が待っていて、まひろの様子を見て、深く聞かずに、飲もうと誘う。良いシーンだ」
………?
静かに手を上げた。
「さわさん、ダレですか」
為時の妾の娘って、何故そんな人が。
「ああ」
梅里様は苦笑した。
「説明を飛ばしたんだ。為時が妾を看病していたら、最後に娘と会いたいと言うんだ。自分は看病のために動けないからまひろに呼んできて欲しいと頼む。それで、最後に会えたということだ。妾が亡くなったあと、さわは何を思ったのかまひろの家にやってくるんだ。一緒に住んではいるが父も義理の母も兄弟たちとも疎遠だと言って。それで、まひろにいろんなことを手伝わせて欲しいと言って、家の仕事を教えてもらったりしていたんだ」
「盛沢山すぎて、大変!」
「ちょこちょことこういう場面を組み込んできてるから、結構説明してない部分があるんだよ、実は」
なるほど…
「まあ、どこかでフォローしながら話すから、気にするな」
「うーん」
微妙に『気にするな』の使い方が違うような気がします。




