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不死者への道②

 翌日、(わらわ)は再び『スミ山』を登り、山の中腹にある例の広場に(おもむ)いた。

 例の魔術師、ガルラはそこにおった。このときは老爺(ろうや)の姿ではなく、生気溌溂(はつらつ)とした赤毛の青年の姿をしておった。

 ガルラは長い木の枝を手に持ち、地面にびっしりと文字を書いておった。文字は大陸公用語で書かれておったから、妾にも読むことができた。


「おう、来たか」


 ガルラは昨日同様、気安い態度で話しかけてきた。


「〝不死の秘術〟が欲しいんだったよな? 嬢ちゃんのために、儀式魔法に必要な触媒(しょくばい)のリストを書き出しておいたぜ」

「おお、(まこと)にございますか」


 妾は喜びに声を弾ませた。ガルラは妾の頼みを聞き入れてくれたのじゃ。

 しかし、昨日は乗り気でなかったのに、どうした心境の変化じゃろうか――そうも思った。

 その疑問に対する答えのヒントは、地面に書かれた触媒のリストにあった。


「――――なるほど…………?」

「そこに書かれた素材を全部集めて来な。そしたら、それらを使った儀式魔法のやり方を教えてやる」


 ガルラの言葉を聞いて、妾の頭の中で一本の線が(つな)がったような気がした。


「ははあ、そういうことでございますか」


 妾が(わけ)知り顔で(うなず)くと、ガルラは怪訝(けげん)な顔をして見せた。


「……あん? 何かおかしなことでもあるのか?」

「大アリでございます。これらの素材を集めたところで〝不死の秘術〟はできますまい」

「なにい? ……人が寝る間も()しんで作ったリストに、難癖(なんくせ)をつけようってのか?」


 妾の答えに対し、ガルラは妾を(おど)すかのような剣呑(けんのん)な声を発した。しかし、――


「……目が笑っていらっしゃる。演技なら、もっとお上手になされよ」


 妾がそれを指摘すると、ガルラは(つい)(こら)えきれずにプッと口から息を()き出した。


「ハーハッハッハッ! 嬢ちゃん、やるじゃねぇか。じゃあ、リストのどこら辺が問題なのか、しっかり説明してみてくれよ。その内容によっては、秘術を教えるかどうか考えてやるぜ」


 リストにはわざと誤謬(ごびゅう)が混ぜられておった。それは、妾に対する「試し」だったのじゃ。


 事ここに至って妾は理解した。

 妾が探し当て、(めぐ)()うたこの男は、老獪(ろうかい)な不死の魔術師などではなかった。

 ――ただの、一人の魔法ばかじゃった。



 前にも話したことがあったかと思うが、妾は〝不死の秘術〟の情報を求めて古今東西(ここんとうざい)の様々な魔法・魔術の情報を集めておった。それらの中には、儀式魔法や魔法の触媒として用いる素材の情報も(ふく)まれておった。

 じゃから妾は、ガルラのリストに含まれておった問題点に気づくことができたのじゃ。


「……効果を打ち消し合う素材が含まれております。フレイムリザードの舌とスノーウルフの牙、アルラウネの(つた)火食(ひく)(どり)の羽根もそうですな。それぞれ別の工程で用いることも考えられなくはありませんが、おそらく意味はありますまい。また、バジリスクの鶏冠(とさか)やキラーフィッシュの(えら)には、素材として発揮(はっき)する効果はございません」

「嬢ちゃん、まだ若えのに物知りだなあ。長命種じゃなくて、普通の人間だよな? ……(しゃべ)り方は(ばあ)さんみてえだが」


 妾がリストの問題点を一つひとつ指摘すると、ガルラは感心してそんなことを言った。

 討論は白熱し、気づけば太陽はとうに天頂を通り過ぎておった。


 ガルラと妾は、昼食を(はさ)んで討論を続けた。


「――少なくとも十、予想では二十ほど不足している素材がございましょう」

「……バレたか」


 妾がそう指摘すると、ガルラは舌を出した。


 妾の指摘が一通り終わると、ガルラは腕を組んで「うーん」と(うな)った。

 それからガルラはその場をうろうろと右往左往しながら、しばらくの間、うんうんと何かを考えておった。


「――……よし! 合格だ」


 ガルラがそう言ったのは、たっぷり百は数えた後じゃったかのう。


「嬢ちゃん、キュルケって言ったか? いやー、話せるクチだな。気に入ったぜ。俺のことはガルラと呼べよ。敬語も使わなくていいぜ」

「それでは……?」


 妾が期待を込めて問うと、ガルラははっきりと頷いた。


「約束通り〝不死の秘術〟を教えてやる」

「おお!」


 妾はガルラの言葉を聞いて快哉(かいさい)を上げた。

 妾が初めて〝不死の秘術〟の(うわさ)を聞いてから、五年余りの時が()っておった。……やっと、やっと〝不死の秘術〟に手が届いた。感慨(かんがい)一入(ひとしお)じゃった。


「……不死になるのはマジでオススメしないんだがな。まあ、ここまでヒントが出揃っちまったら、嬢ちゃん――キュルケならいずれ自力で辿(たど)り着くだろ。術そのものは教えてやるから、使うかどうかは自分で決めな」


 ガルラはそう言った。


(かたじけ)ない」


 妾はガルラの言葉に感謝し、深く頭を下げた。



 それから妾は四、五か月ほど『スミ山』周辺に滞在したことになるな。

 その間にガルラと共に各地を回って必要な素材を集め、適当な生き物を相手に儀式魔法を実演してもらった。

 ――ん? その生き物か? ……その辺りで捕まえたトカゲじゃったと思うが、術は不完全な形で掛けたから、別に不死になってはおらんよ。


 ピアとパウロとも早々に合流を果たしたが、二人には留守(るす)を任せることの方が多かったな。二人の足に合わせるより、ガルラと二人で魔法で移動した方が早かったものでな。


 こうして妾はガルラから〝不死の秘術〟の全てを受け継いだ。


「……――次に会うときは、俺はもう人の姿をしてはいないだろうなあ」


 いよいよ妾が山を下りる頃になって、ガルラはそんなことを言った。

 これから彼は、例の魂を木に移す術を成し()げるということじゃった。


 このとき妾には一つ、心残りがあった。


「妾は、お主から受けた恩にどう(むく)いれば良い?」


 それは、ガルラに〝不死の秘術〟を伝授(でんじゅ)してもらったことに対する礼だ。

 ガルラは世捨て人同然の生活をしておったからな。そんな彼に何を贈れば喜んでもらえるのか、妾には見当がつかんかった。


 ガルラはちらと妾の方を見ると、ふっと息を()いた。


「じゃあ、次から山に登るときは酒を持ってきてくれよ」


 それを聞いて、妾は拍子(ひょうし)抜けした。


「そんなことで良いのか?」


 ガルラは頷いた。


「ああ。好物なんだ。ラオっていう、この辺りじゃあ誰でも知ってる酒があるからよ」


 妾はその酒を知っておった。『チャンドラ国』で広く地酒(じざけ)として親しまれておる酒じゃった。


「相わかった。必ず持参しよう」


 ひらひらと手を振ったガルラは、やがてまた老爺の姿に戻った。



 ……話が前後するが、〝不死の秘術〟を修得する過程でガルラが言った言葉があった。それを妾は、今でもよく覚えておる。

 それはこんな言葉じゃった。


『不死になるってのは、死にたくても死ねねえってことだ。これから先、どんなに想像を絶するようなつらいことがあったとしても、抱えて生きていくしかねえ。そして、もしそれを共有できるような誰かを見つけたとしても、その誰もが自分を置いて先に死んでいっちまうのさ』


 妾がこの言葉の意味を実感したのは、自分自身に〝不死の秘術〟を掛けてから、何十年も経った後じゃったかのう。



 さて、山を下りてからの話はこの前にしたな?

 それでは、妾の話は今度こそ、これで(しま)いじゃ。


 ……どうじゃ、下らぬ話じゃったろう?


 ――何? 前の話を忘れたから、また聞きたい、じゃと?

 ……お主らなぁ……。……はぁ……。


 わかった、わかった。

 また今度、時間のあるときに話してやるわい……。



***



 ――以下は、キュルケの口からは生涯(しょうがい)、誰にも語られることのなかった話である。



 キュルケが〝不死の秘術〟を会得(えとく)してから七十年ほど経った後のことだ。

 彼女はボロボロのローブを身に(まと)い、ラオ酒の(びん)を片手に一人で再び『スミ山』を登っていた。不死者となった彼女が『スミ山』を登るのは、これが初めてだった。


 やがて彼女は、例の山腹の広場に辿り着く。

 そこには、赤く染まった一本の立木があった。


 キュルケはふらふらと吸い寄せられるように立木の(そば)に行くと、コトリ、とラオ酒の瓶を地に置き、両手と両(ひざ)を地に着けた。


「…………ガルラ…………ッ!」


 キュルケは()れた(のど)(さけ)んだ。



 ――――ややあって、赤木はざわざわと葉擦(はず)れの音を立てだした。



 葉擦れの音に混ざって、ガルラらしき者の声がキュルケの耳に()こえる。


『……よう、久しぶりだな。やっぱりお前は不死になったか』


 懐かしいその声を聴いて、キュルケは(せき)を切ったように涙を流す。


「ガルラッ! ああっ、まだ生きてたっ! ガルラ、ガルラぁっ!!」

『……おいおい、落ち着けよ』


 ガルラは当惑を覚えながらも、キュルケを(なだ)める。彼女と同じ不死者の彼には、この時点でキュルケが何を体験してきたのか、(およ)そのところの想像はついた。

 なおガルラは、キュルケと前回別れてから十年後には、(すで)にこの木に魂を移し終えていた。元の人間の肉体は自ら魔法で燃やし尽くし、骨すら残さずこの世から消し去っていた。


「……みんな、みんな死んでしまった! 生まれ育った国も失った! 家族も、友も、妾にはもう、何も残っておらんッ!!」


 キュルケは嗚咽(おえつ)まじりに泣き叫んだ。

 ざわざわとガルラがそれに応える。


『……わかっただろう? 不死なんて(ろく)なもんじゃないってな』


 キュルケは大きく縦に頭を振る。


「……ああ! お主の言った通りじゃった……」



 その約七十年前、キュルケの故郷である『コルキセア国』は大国『アカメネシア』によって一時的に征服(せいふく)され、キュルケの父親だったソティリス王は処刑された。

 その後、不死者と化したキュルケによって王都が奪還(だっかん)され、新たに王位に()いたのはオレステスという男だ。彼は『コルキセア国』の王族から見て遠縁に当たり、キュルケによって強引に王に選ばれた。

 しかし、その後の歴史を(かんが)みるに、これが新たな不幸の火種となったと言える。


 もと『コルキセア国』の領土であったいくつかの領地を治める貴族らは、オレステスを王として認めることはなかった。彼らはそれぞれ領地を小国として独立し、勝手に王を名乗った。

 キュルケは『アカメネシア国』を(ほろ)ぼした後、個々の小国の王を(たず)ね、再び『コルキセア国』に戻ってくれないかと説得を試みた。しかし、小王らの返答は決まっていた。


「キュルケ様の功績(こうせき)は、オレステス殿とは無関係だ」


 (すなわ)ち、彼女の説得が実を結ぶことはなかった。

 ――仮にキュルケが『コルキセア国』の女王として君臨していれば、結果は違っていたかもしれない。しかし、歴史にたらればを言っても仕方のないことだ。


 オレステスは、小さくなった『コルキセア国』をそれなりに良く治めた。しかし、不慮(ふりょ)の事故によって、後継者を決めないまま急逝(きゅうせい)してしまう。その結果、オレステスの二人の息子が小さな国を更に二つに割って、骨肉の争いを繰り広げることとなった。

 キュルケは彼らのどちらとも縁があったため、どちらにも下手(へた)に手を貸すことができなかった。



「キュルケ様、ようこそおいでくださいました」

「ティサメノス。いったいこんな所で、何が話し合われると言うのじゃ」


 そんなある日、キュルケはオレステスの長男であったティサメノスに頼まれ、『コルキセア』国内のある地方都市の地下礼拝堂に赴いた。キュルケに届いた伝言によれば、国の未来を占う非公式な会談に同席してほしいという話だった。

 しかし、それはキュルケを幽閉(ゆうへい)するための巧妙な罠だった。


「――ティサメノス! どういうことじゃ! ……くっ、魔力が練れぬ!」

「あなたは目の上のたんこぶなんですよ。僕にとっても、弟にとってもね。そこで大人しくしていてください。ああ、無事に王位を継いだら解放してあげますから、そしたらまた助けてくださいね」

「ティサメノス! 誰の入れ知恵だ! ティサメノスーーっ!!」


 キュルケは単身、地下礼拝堂の中の狭い一室に幽閉されることになった。礼拝堂内には、魔法の使用を防ぐ結界が張られていた。

 飲まず食わずで放置されること一年。彼女が不死でなければ、最初の一週間で命を落としていたことだろう。

 魔法を封じられたキュルケは、手作業でコツコツと壁を削って掘り進めるより他なかった。彼女が一年をかけてやっとの思いで脱出したところ、ティサメノスも彼の弟も既に処刑されており、『コルキセア』という名の国はなくなっていた。


 それは『コルキセア国』から独立したある小国の王による策略だった。その小王はティサメノスの家臣の一人を籠絡(ろうらく)し、邪魔(じゃま)なキュルケを幽閉した後で、武力によって『コルキセア国』を制圧したのだ。

 また、それに乗じて他の国々も一斉に『コルキセア国』に攻め入ったため、『コルキセア国』だった土地は複数の国々によって散り散りに分断されてしまっていた。


 地上に出たキュルケが全てを知るまでには、二ヶ月ほどの期間がかかった。

 全てを知ったキュルケは絶望し、両膝から地面に(くず)れ落ちた。


 彼女が生まれ育った国は、最早(もはや)この世のどこにもない。


 キュルケにはもう、再び国を立て直そうと立ち上がる気力はなかった。

 オレステスの子供たちも皆、殺されてしまった。

 たとえ『コルキセア』という名の国をもう一度(よみがえ)らせたとしても、果たしてそれは誰のためになるのか……。


 打ちひしがれたキュルケは、『コルキセア国』だった土地のある片田舎(かたいなか)へと向かった。そこで、自分を知る数少ない者たちと共に、息を(ひそ)めるようにしてひっそりと暮らすことにした。

 心に空虚を抱えたままではあったが、信頼できる者たちと共に過ごせたことは、当時のキュルケにとっては幸いなことであった。


 しかし時が経って、その人々もそれぞれ天寿を全うしていった。

 こうして、キュルケは一人ぼっちになってしまった。


 何もかもを失ったキュルケが、最後の最後に(わら)にも(すが)る思いで頼ろうとしたのは、(かつ)て自らに〝不死の秘術〟を伝授したガルラだった。



「ガルラよ、聞いてくれるか? (おろ)かな妾の、愚かな話を」

『……ああ、いいぜ。俺らには、時間だけは腐るほどあるからな』

「妾はな、ここより(はる)か西の土地にある――――」


 不死者同士の語らいがどれだけ続いたのかは、当人同士しか知らないことだ。





「…………ガルラ、ガルラ。聞いておるのか? ――……なんじゃ。もう、眠ってしまいおったのか……。後生じゃから、どうか妾を(ひと)りにしないでおくれよ…………」




(了)

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