不死者への道①
間章で描いたキュルケの回想におけるこぼれ話です。
二話構成です。一話は短め。
それで、今日は何の話じゃったかのう。
おお、そうじゃ。妾が〝不死の秘術〟を身に着けた件じゃったな。
――なに?
……失礼じゃな。妾はまだボケとらんわ!
さて、父であるソティリス王の命を受け、妾は『チャンドラ国』にて〝不死の秘術〟を修得するべく、『コルキセア国』から旅立った。
そこまでは良いな?
妾には二人の従者がつけられた。
いつぞやも話したかとは思うが……パウロという年長の男と、ピアという娘じゃ。ピアは、当時の妾よりは歳上じゃったな。
『チャンドラ国』は『コルキセア』から見て遥か東方にあった。平時であれば、件の大国『アカメネシア』を通るのが近道じゃった。しかし、――
「アカメネシアは最近物騒だって話ですよ」
「ちと遠回りですが、『藍山』の北側を回るルートにしやしょう」
ピアとパウロから口々にそのように言われてな。
……まあ、特段急ぐ旅でもあるまい。そう思った妾は、二人の言葉に従うことにした。
――それが、妾を『アカメネシア』から遠ざけるための方便じゃったと気づいたのは、それから一年近くも後のことじゃ。
長い道のりじゃった。
高く連なる山々に大きな湖、見渡す限りの砂漠や草原をも渡ったのう。
『チャンドラ国』に辿り着くまでに掛かった期間は、一月余りじゃったな。
『チャンドラ国』の首都に到着した妾たちは、〝不死の秘術〟の情報を得るために手分けして聞き込みやらを行った。
その結果わかったことは、嘗て〝不死の秘術〟を成し遂げたといわれる魔術師は、十年も前に国を出奔しておったということじゃ。
しかし、その唯一の弟子が「導師」と呼ばれ、この国で最も権威のある魔術師じゃということもわかった。
妾はその導師と会うべく、『コルキセア国』の王女として正式な書状を認めた上で、『チャンドラ国』の王宮に送り届けた。
待つこと七日。王宮からの返書が、妾たちが滞在していた宿に届いた。妾は、導師と会うことを許された。
王宮は『コルキセア国』の王城よりも見栄えが良く、きらびやかじゃった。まるで、『チャンドラ国』の権勢を現しておるかのようじゃったな。
妾は王宮の一角に案内され、そこで導師――ラシという名の黒髪の女じゃった――に会うた。
「〝不死の秘術〟を修めたという其方の師匠に会いたい」
挨拶もそこそこに、妾が用向きを伝えたところ、導師の女は次のように応えた。
「師に会いたくば、私が見たこともないような魔法を見せてみよ」
相わかったと妾が応じたところで、導師の女と共に王宮の別の一角にある魔法の演習場に向かうことになった。
「――お見事……」
妾が、当時一番の自慢じゃった五色の――五種の魔法による――合成魔法を披露したところ、導師は息を飲んだ。
「貴女ほどの遣い手ならば、師もお喜びになるだろう」
そう言って、導師は件の魔術師の居るであろう場所を教えてくれた。
それは『チャンドラ国』の南にうず高く聳える『スミ山』と呼ばれる山の中じゃった。
「其方は〝不死の秘術〟を修めてはおらぬのか?」
妾が導師に訊ねたところ、彼女は悔しげな顔をして、次のように言った。
「師は、私にそれをお望みにならなかった」
妾は礼を言って、導師の許を辞去した。
妾たちはさっそく南に赴き、『スミ山』に登ることにした。
ところがその矢先、パウロのやつが腹を壊しおってな……。妾はふもとの村でピアにパウロの看病を任せ、一人で山に入ることにした。二人には反対されたが、件の魔術師にいつ会えるとも限らぬしの。パウロの回復を待ちきれなかった妾は、単身での登山を強行した。
『スミ山』は険しい山じゃったが、『コルキセア』一の魔法使いである妾にとってさしたる困難はなかった。
ただし、例の魔術師は容易には見つからなんだ。妾は導師に聞いた情報を頼りに候補と思われる場所を巡り、山頂まで行ってはまた下り……といったことを三日ほど繰り返した。妾がその魔術師に会えたのは、その三日目のことじゃ。
『スミ山』の五合目から六合目の間。その山の端っこに大きな崖があってな。その手前は、ちょっとした広場になっておった。そこが導師に聞いておった中で、最も有力な候補地じゃった。
痩せこけた、枯れ木のような老爺がおった。
魔力も生気も感じられぬその老爺を、妾はその三日間、見つけられずにおった。
その日は、老爺が広場の中央にあった古い立木のすぐ傍に現れておったから、妾も気づくことができた。
「もし……そこのご老人」
妾は恐る恐る声を掛けた。木の幹に片手をつき、目を閉じて微動だにせん老爺が、生きておるのかも定かでなかった。
妾が声を掛けたところ、老爺はぱちりと片目を開き、妾と目を合わせた。
「……やっと来おったか」
老爺は重々しく口を開くと、木の幹から手を離した。
すると老爺の姿が、みるみる内に若い青年のものに変わった。先ほどまでとは打って変わって、燃えるような赤い髪をした、生気に満ち溢れた青年に変身しおった。それまでぶかぶかじゃった服は、誂えたようにぴったりになった。
赤髪の青年――魔術師は、ぞんざいな口調で話し始めた。老爺の姿のときとはまるで別人じゃった。
「二日前から山をうろちょろしてただろ? 魔力でモロバレだ。察するに嬢ちゃん、実戦経験は乏しいな?」
明るく溌溂とした青年の言動は、先ほどまでおった死にかけの老人と同一人物とは信じられないものじゃった。
ガルラ――それが、その魔術師の名前じゃ。
妾に対するガルラのその指摘は、的を射ておった。
「――貴兄は、いま何をしていらっしゃったのですか?」
妾が訊ねたところ、ガルラは一瞬、怪訝な顔を見せた。
「あん? ……あぁ。この木に魂を移そうかと思ってな。ちょっと構造を探ってた」
予想だにせぬ答えが返って来て、妾は不思議に思った。
「魂を? 何故でしょうか?」
「人として生きるのが面倒になったからさ。お前も不死者になればわかるぜ。……クックックッ」
これは後になって思ったことじゃが、ガルラの台詞には深い諦念と絶望が滲み出ておったようじゃ。
じゃが、当時の妾はその一片すら察せずにおった。なんとなく、煙に巻かれておるように感じたのじゃ。
「妾は〝不死の秘術〟を求めて参ったのです」
妾が言うと、ガルラは含み笑いを止めて、神妙な顔をした。
「……やめとけよ。碌なもんじゃねぇぞ。この俺がそのいい証拠だ」
ガルラはそう言ったが、妾はそんな言葉ひとつで引き下がる気にはなれなんだ。父王の命令もあったし、妾にとって〝不死の秘術〟とは、それまでの人生で長らく追い求めてきた悲願じゃったからな。
「――それでも、妾にはその術が必要なのです」
食い下がる妾の様子を見て、ガルラは呆れたように溜め息を吐いた。
「ああ〜。気が乗らねぇなぁ。……明日でもいいか?」
「……明日になったら、木になっていらっしゃった――とかだったら困るのですが」
妾が率直な懸念を示すと、ガルラはぷらぷらと片手を振った。
「ああ、そりゃあねぇよ。魂を移す術を作るのは、一筋縄じゃ行かなさそうだ」
その言葉に嘘はなさそうじゃ――と、妾は思った。
「では、明日また参ります」
妾は一礼して、その場を立ち去った。
広場を離れる際にちらと後ろを振り返ると、ガルラはまた見窄らしい老人の姿に戻っておった。