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第二〇話 再会への道のり②

 『ゾルトボルク』の港町から出発して二日後、レティシア一行は『ヒルデブラン王国』の隣国である『ハルシュタット大公国』内の『ゼーハム』という名の町に到着した。


「――見えてきたぞい。あの町のどこかにノアがおるはずじゃ」


 そう言って、キュルケがゴーレム製の馬車を停めた場所は、『ゼーハム』の街壁を臨む小高い丘の付近だった。


「こんなにあっさりたどり着けるとは……」

「これまでの五年間はいったい何だったニャ……」


 呆然とするレティシアとシャパルを他所に、キュルケは目立たない場所でゴーレム車を片付け、何処どこかへと消し去った。


 それから四半刻ほど歩き、彼女たち二人は徒歩で『ゼーハム』の町に入場した。


 入口の門を離れ、町の中央の方に向かって歩きだすレティシアに対し、キュルケはぴたりと足を止める。


「――どうした?」

「一旦、ここいらで別行動と行こうかの。お主らが旧交を温めておる所に入り込むお邪魔虫にはなりとうないからの」

「……そうか。気遣いに感謝しよう」


 二人は後ほど落ち合う手はずについて話した後、各々の行き先へと歩を進めた。



「ハイドさんのお宅ならあそこだよ。故郷から訪ねて来たのかい? ご苦労さん」

「ああ、そうなんだ。ありがとう」


 この町に四年ほど前にやってきたエルフの青年――ノアは、今は「ハイド」という偽名を通り名として使っているらしい。

 レティシアはそれを、最初に彼について酒場で聞き込みをした際に知った。


 道を教えてくれた町民に礼を告げて、レティシアは町外れに建てられたその家に向かう。


「レティシアも人に物を尋ねるのが上手くなったニャ」

「そうか?」


 レティシアが問い返すと、その肩の上でシャパルがうなずく。


「間違いないニャ。この五年間で得た数少ないものの一つニャ」

「人を世間知らずの田舎者のように言うのはやめてくれ」

「…………」


 シャパルは、えて何も応えなかった。



「……ここだな」


 木造のその家の外側の壁は白い顔料で塗装され、真新しい雰囲気を保っていた。


 レティシアはその玄関に立つと、一つ深呼吸してから戸を叩いた。


 ――はい。


 返答の後、パタパタと戸の向こう側から足音が近づいて来る。


 ガチャリ、と戸を開いて現れた人物の姿を見て、レティシアは目を丸くした。

 それは、レティシアが見も知らない人間の女だった。


(この婦人はいったい――?)


 レティシアが眉根を寄せかけたとき、その白髪の女性が口を開く。


「……あら。エルフの方ですか? を訪ねていらっしゃったのでしょうか?」


 ――は? 


 レティシアの思考は、その単語を聞いてはたと停止してしまった。


 腰まで届くほどの長髪の彼女は、こざっぱりとした顔立ちの美人だった。真っ白なその髪ほどではないが肌の色素も薄く、どこか儚げな雰囲気を感じさせた。


 彼女はエプロンを身に着けており、いかにも料理途中という出で立ちだった。

 そこへ、彼女の背後からトコトコと小さな足音が近づいて来ていた。


「ママ、そのひとだぁれ?」


 その幼子を見たレティシアは、思わず呼吸さえ忘れて目を見開いた。

 その子の髪色はノアと同じ若草色で、耳はエルフの子供ほどではないが、ほんの少し先が尖っていた。


「フェリィ、こっちに来ちゃダメって言ったでしょう」


 彼女はたしなめるような口調で言いながらも、幼児をやさしく抱き上げた。


「――ノア、の、こども…………?」


 レティシアがうめくような声を上げた。

 すると、かろうじてその言葉を聞き取った白髪の女性が真顔になる。


「主人の名前を知って――……あなたは、もしかしてレティシアさんですか?」

「…………え?」


 彼女に問われたレティシアは、ほうけた声を上げた。

 レティシアにとって、目の前で展開された出来事は脳の許容限界を突き抜けてしまっており、真っ当に応対することができなかった。


(……レティシア、気をしっかり保つニャ……)


 足元に居たシャパルの小さな声援も、この時の彼女の耳には届いていなかった。



「主人から聞いていました。幼馴染のエルフの方がいらっしゃると」


 白髪の女性――ヴィンデと名乗った――とレティシアは、家のリビングでテーブルを挟んで向き合って座っていた。

 先程の幼児――フェリィと呼ばれた――の姿は、今この場にはない。ヴィンデが寝室で寝かしつけてきたためだ。


 五年振りのノアとの再会に期待を膨らませていたレティシアは、盛大な肩透かしを食らったかと思えば、岩山に顔面から衝突した挙げ句に巨人に全力で踏みつけられたかと思うほどの精神的なショックを受けていた。

 そんなレティシアは玄関口でのやりとりの後、ヴィンデに促されるままにふらふらと家の奥へ足を進め、勧められるままにテーブルの席に腰を下ろした。


 そして、目の前に温かい紅茶を差し出されたレティシアは、ようやくまともに思考できるだけの意識を取り戻しつつあった。


 レティシアは紅茶の入ったカップを手に取ると、ぐいっぐいっと中身を飲み干し、呼吸を整える。

 一方のヴィンデは、その間で薬包に入った粉薬のような物を口に含み、水で飲み下していた。


「――いくつか、たずねたいことがあるのだが」

「ええ」


 レティシアの言葉に、ヴィンデは頷いて続きを促す。


「あなたとノアは夫婦なのだよな? 先ほどの子供は二人の……?」


 躊躇ためらうようなレティシアの問いに、ヴィンデははにかみながら頷く。


「はい。五年ほど前、身寄りのなかった私をノアが連れ出してくれたんです。それから数ヶ月ほど共に過ごして、私たちは領都にある教会の聖堂で夫婦の誓いを交わしました。その後、こちらに移り住んで家を建て、この町での暮らしが落ち着いてきた頃に、あの子――フェリクスが産まれました」


 当時を思い返しているのか、そう語るヴィンデの顔は上気して、言葉に熱が籠もっているようだった。


 人間とエルフの間に産まれたフェリクスは、いわゆる「ハーフエルフ」にあたるのだろう。


 一方、話を聞いていたレティシアの中では、何かががらがらと音を立てて崩れ落ちていた。もっとも、その「何か」が何なのか、レティシアにはわからなかったのだが。


「――もう毎日が夢のようで。こんなに幸せになれるなんて、五年前は思いもしませんでした」


 花が咲くような笑顔を見せるヴィンデに対し、レティシアはなぜか胸の奥がずきりと痛むような気がした。

 レティシアは今、自分がどんな表情をしているのかわからなくなっていた。


「そうか……」


 言葉に迷ったレティシアには、そんな相槌あいづちを打つのが精一杯だった。


 やや悄然しょうぜんとなったレティシアの態度に構うことなく、ヴィンデは一つ咳払いをしてから、言う。


「私、ノアから話を聞いて、ずっとあなたにお会いしたいと思っていたんです」

「私に……?」

「はい、実は――」


 丁度その時、レティシアの長い耳はこの家の玄関の扉が開く音を捉えていた。


 ――ただいま。


 記憶にあるままのその声を聴いて、レティシアは思わず背筋を伸ばした。


【改稿履歴】

(2023年11月25日)ヴィンデの台詞を訂正:「五年近く前、行き場のなかった私をノアが救ってくれた」→「五年ほど前、身寄りのなかった私をノアが連れ出してくれた」


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