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第十六話 追走劇、再び②

 その日の夜、薄汚れた身なりの女エルフの姿が『ベラウ』の町から東に離れた山の中にあった。


 彼女は全身の様々な部位に複数の怪我を負っていた。

 特に目立つのは、衣服の切れ端を巻き付けた右肩だ。包帯代わりの布切れは血で赤黒く固まっている。また、騎士の蹴りを受けた左の脇腹は魔法で簡単に治療したものの、未だ鈍い痛みを訴えていた。


 彼女――レティシアは、既に日が落ちた山の中腹から、西に広がる山裾の方を見下ろした。

 やや遠く離れた場所で、複数の松明の明かりが右往左往していた。おそらくそれらは、彼女を探す騎士か兵士の動きを示しているのだろう。


「……やっと撒けたかニャ……」


 一匹のキツネコの妖獣――シャパルが、レティシアの左肩に立ち、彼女と同様に松明の動きを見下ろす。その声色からは安堵あんどの感情がうかがえた。

 彼の見た目はレティシアほど汚れてはいないものの、体の疲労具合については負けていないようだった。


「……いや、もう少しここから離れよう」


 レティシアはシャパルの言葉に否定的な見解を示した。


「なんでニャ? まだあんなに遠くにいるニャ」


 シャパルはレティシアの言葉に疑問を呈したが、レティシアは首を振った。


「陽動の可能性もある。あの獅子人の騎士がどこにいるかもわからないしな」

「ライオン丸にゃ。確かに、さっきはヤバかったニャ」

「らいおん……? ……まあ、そうだな」


 シャパルの独特の言葉遣いにわずかに眉根を寄せたレティシアだが、深く掘り下げることはしなかった。


 レティシアはこの少し前の時間に単独行動していた獅子人の騎士レオンハルトの襲撃を受け、慌てて木々が立ち並ぶ中に逃走したのだった。

 レティシアやシャパルの状態が万全であれば襲撃を事前に察知できただろうが、その時は疲労の影響が強く、騎士の先制攻撃をしのぐのがやっとだった。



 ――さて、なぜ『ベラウ』の町に向かっていたレティシアが、その東の山の中で逃げ隠れしているのか。

 話は数刻前に遡る。



 黒毛の馬にまたがったレティシアは馬に風の魔法を掛けて速度を上げ、追手を引き離して一路、『ベラウ』の町へ向かった。

 そして『ベラウ』の町の全容が見えてきた頃、その手前に黒い人だかりを見つけた。


「何ということだ……」


 レティシアはそれを見て風の魔法を止め、呆然となった。


 その人だかりは『ベラウ』の町から出てきた兵士らの一団だった。

 彼らは整然と隊列を組んで街道を進んでおり、このまま行けばレティシアと衝突する。


 ――彼らには別の目的が有り、レティシアが町へ行くのを見逃してくれる――そんな都合の良い想像は、レティシアの頭には欠片と浮かばなかった。


 レティシアの後方からは、元々の追手である騎兵らも迫って来ていた。


「ど、どうしたらいいニャ? このままじゃ、挟み撃ちニャ!」

「……逃げるしかないな」


 レティシアは『ベラウ』の町へ向かうことを諦め、進路を更に東へと転じた。


 その後、山の麓で黒馬から下りたレティシアは、馬に矢傷の手当を施した後、その場で解放した。そして、自身は追手から身を隠すために山を上ったのである。



「決め手に欠けるな」


 と、現状に対する評価を下したのは、レティシアを追う騎士トビアスだ。

 彼は天幕の傍らで焚き火の前に腰を下ろし、地図を見ながらレティシアを捕らえるための今後の動きを検討していた。

 同僚たる騎士レオンハルトは現在、単独でレティシアを追っているため、今この場には居ない。


 彼を含む数名は、山間の比較的開けた場所に天幕を張り、一時的な拠点としていた。


 途中で馬が奪われたのは失策だった、とトビアスは日中の作戦を反省した。あれがなければ、『ベラウ』の町の守備隊との挟撃により、彼の女エルフを確実に捕らえられただろう、と。


 そんなトビアスのそばに黒いローブの男が立ち、口を開く。


「……使い魔がやられました。大まかな位置は掴めましたが、近づくと気づかれてしまうようです」


 魔術師の男の言葉を聞き、トビアスは溜め息をきたい気持ちを抑えなければならなかった。


「根比べというわけか」


 トビアスは、待機させていた従士に指示を出すべく立ち上がる。


「レオンハルトを呼び戻せ。交代で休息を取るんだ」

「ハッ」


 従士の青年が指示に沿って動き出す。


(長期戦になりそうだな……)


 トビアスは山の上方を見遣みやる。

 女エルフがいるであろう場所は闇で覆われ、トビアスはその先を見通すことができなかった。



 その後の女エルフと騎士達の追撃部隊による追走劇は、数日に渡って続いた。


 レティシアはろくに睡眠を取ることもできず、追手を振り切るために山を奥へ奥へと進み、気づけば山を越えていた。


 ある日の日中の事だ。

 レティシアは山頂を通り越して山を下り始めたところで、とある見晴らしの良い場所に出た。

 彼女は思わず足を止めた。シャパルもその肩に立って、共に景色を眺める。


「すごいニャ! めちゃくちゃでっかい水たまりがあるニャ!」

「湖……にしても広過ぎるな。あれが、きっと『海』と呼ばれるものなのだろう」


 山の麓の更に向こう側に青々とした海が広がっていた。

 『ブロセリアンド大森林』の奥で生まれ育ったレティシアとシャパルにとって、海を見るのは初めてのことだった。

 山麓から海へ続く道の先には、家々が立ち並ぶ港町が見られた。


 その景観は疲れ果てた彼女達の心を僅かに慰めた。

 彼女らが景色に目を奪われていたのは、十数秒ほどの間だっただろうか。


 レティシアが体を一つ分横にずらすと、一本の矢が元居た空間を貫き、麓の方へ飛んで行った。

 追手の兵が背後から弓を射ってきたのだ。


「空気の読めない奴ニャ」

「もう少し休ませてほしかったな」


 シャパルが溜め息を吐き、レティシアも思わず苦言を零す。


 レティシアは振り返って山頂の方を見上げたが、射手の姿は見えない。どうやら、慎重な兵らしい。

 彼女は射手とは別の方角から複数の兵がこちらに近付いて来ているのを感知した。


「ここは不利か。先へ進もう」

「やれやれ。追いかけっこはもう飽きたニャ」


 悪態をくシャパルの頭をでながら、レティシアは山を東側へと下り始めた。


【おまけ】


 レティシアの逃走劇の一幕。

 シャパルは、様々な動物に紛れて追跡して来る使い魔の存在を看破し、レティシアがそれを始末する。


「――レティシア、また使い魔がいるニャ!」

「くっ、卑劣な人間の魔法使いめ!」


「――レティシア、あそこにも使い魔ニャ!」

「またか! なんて陰険な奴なんだ!」

「ものすごい腹黒なのニャ! きっと真っ黒なローブを着た怪しいヤツにゃ!」


 一方、騎士トビアスと魔術師はその頃。


「トビアス殿、また使い魔がやられたようです」

「そうか、引き続き頼むぞ」

「……お任せを(なぜだか、いわれのない陰口を叩かれている気がするなぁ)」


 魔術師は黒いローブの裾をなんとなく弄った。


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