表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日凍える霊山で異世界人と出会った僕は………  作者: 青井銀貨
第1章 少年と異世界犯罪者の出会い 
7/35

7話 ~雷~


「あれはなんだ?」


「あ、あのあれは月ですけど」


いまはそれどころじゃないと言いたいユウキだったが、それを堪えて聞かれたことに素直に回答する。さっきもそうだったが、この鳴守なるかみ 倫理りんりという人はどうやら自分が気になることがあると周りが見えなくなる人らしい。


「月?本当にあれが月か?」


あわてているユウキの表情を見て倫理が少し笑う。


「はい。月です、夜に空に浮いています。すごく遠くにあるので触ることは出来ないですけどね。あの光のお陰で僕は何とかここまでやってこれました。すごく綺麗ですよね」


子供のころから親しんでいる、白銀色の美しい光を放つドクロの形をした月だ。


もしかしたらこの人は月を今まで見たことが無いのかもしれないと想像して喋る。そんなことあるだろうかと自分でも思うが、倫理にはどこか不思議な雰囲気があって、もしかしたらそうかもしれないと思わせるものがある。


「そうかあれが月か………」


倫理が何を言っているのかユウキには理解できない。なぜこんな状況で月を眺めるのだろうか。確かに山頂から見る月は美しいが今はそれどころではないはずだ。


「ンギョオオオオオオオオオ!!」


山が震えるような叫び声、やはり食人アフライはまだ生きていた。


できれば死んでいて欲しかったが今まで数々の高ランク冒険者を跳ねのけてきた雪の怪物は伊達じゃない。しかしその声からかなりの怒りは伝わって来る。怒っているということはダメージを受けたということ、それだけは救いだ。


「そうか。ここは異世界だ」


「え?」


見上げるその姿は少し寂しそうに見える。


「それなら納得できる、どうして自分がこんなところにいるのかも」


寂しそうでありスッキリしている感じもある。


「さっき言った通り俺は刑務所にいたんだけど、そこでずいぶんと本は読んだんだ、退屈だからね。その中には異世界転生物というのもあったんだ。ユウキは知らないだろうから説明すると、主人公はある日神様とか女神とか高位の存在によって突然違う世界に召喚されるんだ。手違いだとかそんな感じの理由でね」


「は、はあ」


説明しようとしてくれているようだがユウキにはほとんど理解できない話。倫理はユウキに語っているようでありながら自分に語っているようでもある。月を見上げその美しさを楽しむようにしている。


「けどそれじゃあ説明がつかないこともあるな」


月を見上げたまま眉を顰める。


「なぜ裸なんだ?どうして肌の色が変わっているんだ?こんなことは本の中ではなかったと思う。いや、けどスライムに転生する話はあったからそれに比べればおかしくは無いか?」


「あの、食人アフライはまだ生きていて………」


もちろんわかっているはずだとは思うがそれでも言わずにはいられなかった。ユウキの中で今一番重要なのは怒り狂った魔物をどうにかすることで、考え事なら後にすればいい。けれど倫理には一度怒られていることもあってあまり強くは言えない。自然と声は小さくなっていた。


「あれは魔物。それは間違いない異世界転生したのなら魔物が出てくるのは当然。そしてユウキの姿が変わったのは魔法、これも同じ理由だ。うんうん、だんだん頭が整理されてきたな」


満足そうに頷く。


「だったら………」


少年のような笑顔をユウキに向けた。


「俺にも魔法が使えるはず、そうだろユウキ?」


「え?」


「魔法だよ魔法。本にはそう書いていた、異世界に来た主人公はいきなり協力な魔法を使うことが出来るんだ。当然そうであるべきだ、そうじゃなかったら何のために異世界に召喚せれたのかが分からない。力のない違う世界の人間をわざわざ連れてくる理由は無いはずだ」


倫理は自分の赤黒い手のひらを見つめる。


「あの、魔法と言うのは」


爆発音のような恐ろしい怒声が霊山に鳴り響いた。


「気を付けてくださいもうあいつは今まで見たいに遊び半分ではこないと思います。死に物狂いで僕たちのことを殺しに来るはずです!」


心は逃げろと叫ぶ。


捕まったら喰われて捕らわれの身となり利用されるだろう、長く続いている叫び声には恐ろしいほどの負の感情が含まれている。あれは知性を持つ魔物、きっと楽には殺してくれないはずだ。


「倫理さん!」


何のために名前を呼んだのかは自分でも分からない。もしかしたら恐怖を共有したかったのかもしれないし逃げるぞ、あるいは逃げろと言って欲しかったのかもしれない。しかし倫理の様子はユウキが想像していたものとは全く違った。


「気色悪いな………」


倫理はあまりにも落ち着き払っていた。


「ンギョオオオオオオオオオオオオオオ!!」


爆発的に雪を舞い上げながら食人アフライは突進してきた。


「聞いてるかユウキ?」


「あえっ?!」


「よく見たらあの化け物、相当気色悪い」


「そ、そうですね、そうですけど」


今はそれどころじゃない。


「でかい蠅の化け物じゃないか、そもそも俺は昆虫がそれほど好きじゃないんだ」


「は、はぁ………」


「それにしてもどうして今まで気が付かなかったんだ。あんな気色の悪いものに触られてしまったと考えると鳥肌が立つな」


もうはっきりというしかないとユウキは心を決める。いくらなんでも倫理には食人アフライに対して集中してもらわないと困る。今まで戦ってみて分かったことだが、いまの自分には倫理を守りながら食人アフライにを倒すなんて言うことは不可能。なんとか倫理にも頑張ってもらわないといけない。


「本気になった食人アフライが来ます!腕の二本は倫理さんが破壊してくれましたけど、腕はまだ残っています、それに一番危険なのはあの口なんです!あの口で食べられたら僕たちもロドヒみたいになっちゃいます。食人アフライにとらわれて利用されながらあいつの言いなりになって死ぬこともできずに生きていかなきゃなくなっちゃいます!」


事態を理解できてい無さそうな倫理に懸命の説明をする。


「もうあいつに近づくのは御免だな。そうか、そのために魔法があるってわけだ、ずいぶんとおあつらえ向きじゃないか。仕組まれているようにすら感じるな」


必死の言葉が全く届いていないことにユウキの体の力が抜ける。やはりこの人は自分が気になることがあると周囲が見えなくなってしまうようだ。


「けどまあそれに無理に歯向かうのもおかしな話だ。せっかくだから試してみようじゃないか、どんな力が与えられているのか知りたい。頭が熱くなってきた、こんな感覚は………」


顎をさすりながら呟くように言っている声はユウキには届かない。なんだか泣きたい気持ちになる、自分がこんなに追い詰められているというのに、倫理は顎を掻いている。こんな行動は追い込まれている人間ならしない行動、落ち着いた空間でしかやらない行動だ。


「ンギョワゼロオオオオオオ!!」


爆発的に雪を巻き上げながら食人アフライが来る。恐怖を感じたユウキの体は一瞬硬直して何をするでもなくただその場に立ち止まってしまう。本当ならどの方向に避けるのか、考えながら相手のスピードを考慮して適切な行動を選択しなくてはいけない。


「そうか、この化物は魔法を試すためにいるんだな。いわゆるチュートリアルと言うやつだ、そうかだんだんわかってきたぞ」


右の手のひらを顔の前に出しながらなにやらポーズを決めている。


「千雷」


大木ほどの雷が一つ落ちた。


遠く離れたところから見ればそれはいつも通りの光景であったのだが、その場にいるユウキにとっては全く違った。


獣の唸り声の様な怒りを伴った振動を伴った低音が果てしない上空から世界を震わせる。強烈な光は一瞬で視界をすべて白一色に染め上げて何も見ることができない。雷が地面に落ちた振動は体全体が太鼓になったのでないかと思わせるような振動を引き起こす。


一度落ちたと思ったら、それが何度も何度も続いた。このリョウゼンフガクその物を消滅させてしまうかと思うほどの力。それは魔法などという一個人が扱うことのできるものを超えた、自然が持つ圧倒的な力。


息ができない。


神の怒りを買ったかのような大いなる自然の力は根源的に全ての生物を恐怖へと叩き落す。ユウキは震えていた。両手で耳を覆い目を閉じて何もできずただただ地面にうずくまって赤子のように泣き叫んだ。


何も見えない低音の振動の中でただひたすら神に赦しを乞うように倫理に赦しを乞うていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ