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あの日凍える霊山で異世界人と出会った僕は………  作者: 青井銀貨
第1章 少年と異世界犯罪者の出会い 
3/35

3話 ~人を喰う化け物~

 


 振り返った鳴守なるかみ 倫理りんりが見たのは、自分よりも頭一つ分以上は体が大きく二足で立つ蠅の化け物だった。


「………」


 倫理は目を見開いて驚愕の表情を見せている。自分がなぜこの霊山の頂上にいるのか分からない、そう言いながらもどこか余裕を感じさせていた笑みがここにきて崩れた。


「食人アフライです」


 ユウキはできるだけ落ち着いて聞こえるようにじぶんを落ち着かせて、はっきりとした声で目の前にいる化物の名前を告げた。月聖花げっせいかを手に入れるための道中で最も危険と教えられていたのがこの魔物。


「その名の通りこの魔物は人間を食べます。しかも見てくださいあのお腹を」


 ユウキが目で指し示した化物の腹には、いくつもの人間の顔が版画のように浮かび上がっている。


「食べられると魂まで取り込まれて、死んだ後も奴隷のように扱われるんだそうです」


 ユウキは自分の体を両手を強く握りしめることで震えを止めようとした。今回この山に来る前に伝手を頼って色々と情報収集はした。


 あの霊山で普通に死ねることは幸せだ。


 食人アフライは喰った人間の魂を取り込む。そして自分の一部となった人間を使って、狩りを手伝わせたり、寝ている時の警護を差せたり、子守をさせたりするのだという。


 詳しいことは一切分かっていないが、それが食人アフライが持っている固有のスキルなのだという。だから人間を好む。色々と命令に従わせるためには命令を理解できる頭を持っている人間が便利だと分かっているのだという。


 死。


 このまま何もせずにいれば妹のエンカは死んでしまうだろう。そのために自分が命をかけるのはいい。ユウキが霊山に臨むと知った周りの人たちは大の大人でも厳しいのに子供であるユウキには無理だと言った。月聖花なんてものはただの迷信で、万病を治す力など無いのだと言った。


 けれどユウキは月聖花を信じる。もしかしたら何の力もないただの植物なのかもしれない。けれどその覚悟はしてきた。もはや妹の命を救うためにはそれしかない。ユウキには信じて進む以外の選択肢は無いのだ。


 信じる者は救われる。


 そうであってほしいと思う、願う。


 だから恐くない。その為に命を捧げることは当然だと思っている。けれども死んでからも魔物に利用されることは恐ろしい。食人アフライに取り込まれてしまった人間は天国に行けるのだろうか?


 あまりの恐ろしさに体が震えているのが分かる。


 食人アフライは嗤っている。


 ああ、この魔物には知性があるのだ。


 あえて、あえて何もしないのだ、何もせずにこちらの反応を見て楽しんでいるのだと感じた。


「倫理さん、安心してください」


 恐怖で吐きそうだ。感情のままに慌てふためいて叫び涙を流したい、自分の舌をかみちぎって死んでしまいたい、Aの腹に刻まれた人間たちのような運命をだ盗ることは絶対に嫌だ。


 様々な感情が襲い掛かって来る中でユウキは耐えることを選んだ。崩壊しそうな感情の波に流されることなく自分を抑えこみ何をするのが一番正しいのかを考え実行することを選んだ。


「僕がこいつを引きつけます。だから倫理さんは今すぐにこの霊山を下山してください。ルートが分からないままむやみに下山するのは危険ですけど、いま目の前にいるこいつよりは安全なはずです」


 ユウキは自分より年上のこの不思議な全裸の男を逃がすことを選んだ。さっき会っただけの赤の他人。しかしこの短い間だけの会話をしただけでも、なぜかこの男には不思議な魅力を感じた。


 死なせたくないと思った。


 勝算はある。十分な登山経験を持つ大人でさえ誰もたどり着けないこの頂上に辿りつけたのもこれのお陰。


 心を整えるために息をする。


 しばらくするとユウキの見た目の大きな変化が訪れる。髪の毛が伸び、目が吊り上がり、口元から鋭い牙が望む。


「驚いたと思いますけど、これは僕のスキル「銀色の狼」です」


 青白い顔をした倫理に落ち着いた声で話す。


「このスキルを使えば身体能力が大幅に向上します。しかもどんなに荒れた地形にも影響されることなく加速することが出来るんです。これで僕が引きつけますから倫理さんはその間に逃げてください」


 倫理のために死のうとしているわけじゃない。これまでの道中で何匹もの魔物と遭遇してきたが、すべて逃げ切っている。雪山でも普通の人間では出すことができない速度で走ることが出来るこのスキルのお陰。


 だからこれは決して無謀な行為じゃないんだ。食人アフライが触手のような口をビラビラ動かしながらこっちを見ている。獣臭と糞の臭いがするその魔物がただ黙って見ている。


「大丈夫です。倫理さんが十分逃げたことを確認した後で僕もちゃんとにげますから。今までのかの魔物たちからもこのスキルのお陰で余裕で逃げられたので大丈夫です」


 ユウキは無理矢理に笑みを浮かべる。


 笑っているのは食人アフライも同じ。


 きっとこの魔物は自分たちを見て楽しんでいるに違いない。きっと自分たちのことを弱い獲物だと思っているのだろう。霊山のほかの魔物たちに比べ食人アフライは移動速度が段違いだと聞いた。きっともう自分からは逃げられないと確信しているのだろう。


「倫理さん!」


 未だ微動だにしていない全裸の男に対して声を張り上げた。この魔物と遭遇したことで気が動転して話を聞き取ることもできないほど混乱されることを恐れていたが、どうやら固まって動けなくなっているらしいとユウキは判断する。何とか正気に戻してあげなくてはこの危機から救うことが出来なくなってしまう。


「倫理さん!」


 尚も動かない男に対して少年は何とか立ち直ってくれと、再び声を張り上げる。魔物の前で大声を出せばそれに驚いた魔物が飛び掛かって来ることがあるから、普通は絶対にしてはいけない。新米冒険者が必ず最初に教えられることをあえて破った。


 これはユウキにとってかなりの挑戦。


 スキル「銀色の狼」を使って魔物から逃げることは経験があるが、これを使って戦ったことは今までに一度もない。しかしこのまま倫理が固まったまま動けないとなれば、自分が魔物を引き付けて逃がすという作戦が使えなくなってしまう。


 未だ動かない男にもう一度声を掛けようとしたその時。


「ぶち殺すぞテメェ!!!」


 怒声。


 鼓膜に強烈な痛みと恐怖を感じる。


 鳴守なるかみ 倫理りんりがいまにも飛び掛かってきそうな怒りの表情で自分を睨みつけていた。


 ユウキはそこに悪魔を連想した。



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