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凶兆  作者: 黒駒臣
8/19

・グロ、残酷描写、後半に災害描写あり閲覧注意

         



 下校途中の邦子は植え込みの陰に隠れ繁樹を待っていた。新しく買ったゲームをしないかと家に誘うつもりだった。繁樹の両親はゲームを禁止しているのできっとついて来るに違いないと考えていたが、繁樹はなかなかやってこない。

 図書室へ行ってんのか?

 久しぶりに雨が上がり、畳んだ傘で退屈そうに植え込みを突っつきながら、登校しなくなって一週間が過ぎた森本多恵のことを考えた。

 あいつきょうも来んかったな――なんやわけわからんで、気色(きしょく)悪いなぁ。

 邦子は昨日の下校中に、雨が降っているにもかかわらずパジャマ姿のままうろついている多恵を見かけた。こちらには気づいておらず、どこに向かっているのかふらふらと歩いていく。

 多恵が自分を嫌っていることを知っていた邦子は避けるためのずる休みだと思い込み、とっちめてやろうと呼び止めたが振り向きもしなかった。

 あいつ無視してんのか? よう言うこと聞くよって今まで仲ようしちゃってたのに――

 かっとなった邦子は人気(ひとけ)のない場所に行ったら後ろからぶん殴ってやろうとほくそ笑んで後をつけた。

 畑の前を通りかかった多恵は急に畑に飛び込んでトマトが実る(うね)の間を走り出した。気づかれたと思った邦子は慌てて追いかけた。

 猫が獲物に飛びつくようにぱっと跳んだ多恵はトマト畑の中へと姿を消したが、邦子は見逃さなかった。

 たわわに実ったトマトの間から覗き見る。

「ひっ」

 邦子は思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだ。

 柔らかくて黒い地面に這いつくばった多恵がイタチの首筋に喰らいついていたからだ。

 毛皮を噛み千切り、その下にある肉を血を滴らせて()んでいる。むちゃむちゃと満足げに――

 その多恵の顔を思い出し、吐き気が込み上げてきた。

 あーほんま気色わる。

 やっとこちらに向かって歩いて来る繁樹が見えた。

 (おぞ)ましい記憶を振り払って笑顔を浮かべた邦子は植え込みの近くまで来た繁樹の前に飛び出した。

「一緒にゲームして遊べへん?」

「遊べへん」

 驚いた様子も見せず、それだけ返して繁樹が通り過ぎていく。

「新しいの()うたんやで」

 言っても振り向きもせず、どんどん遠ざかる。

「誰かと約束してるんか?」

 離れていく背中に訊いてみたが返事はなく、やがて角を曲がって姿が消えた。

 図書室で本借りてきたんやんなぁ、それ早う読みたいだけやんなぁ――真綾と遊ぶ約束なんかしてへんよ――繁樹はそんなん興味ないんや――

 邦子は爪を(かじ)りながらそう自分に言い聞かせ、畑に挟まれた道をずるずる傘を引きずって家路を進む。

「あーあ腹減ったなぁ」

 そうつぶやいた時、一匹の蠅が鼻をかすめた。飛んで行った方向に目をやると、スイカ畑で十数匹の蠅が羽音を立てて何かに群がっていた。

 引き寄せられるように近づくと齧られたような鼠の死骸が畝の間に転がっていた。湿った死骸には多量の(うじ)が湧き、雨水の溜まった腐肉の中で蠢いている。

 邦子は蛆をつまんで口に入れた。

 うち何してんのや? こんなん食べたら多恵と変わらんやん――そやけど――うまいなぁ。


 親にも兄弟たちにも邪険にされ続けているナナシは、ある日立派な身なりの男がお供を連れてあばら家を訪れているのを見た。

 米つきバッタのように頭を何度も上げ下げしている両親が辺りを見回し何かを探している。草むらから頭を出して様子を窺っていたナナシと目が合うとぱっと笑顔になり、男たちに指し示した。

 主人の男がそばまで来て、ナナシの目の高さまでしゃがんだ。

「お前を大倉家に引き取る」

 そう言って優しい笑顔を浮かべた。

 泥と垢で汚れたナナシの手を躊躇なくつないだ男に連れられ、ゆっくりとあばら家から離れていく。

 初めての人の手の温もりに驚きと気恥ずかしさ、そして心地よさを感じた。だが、幸せというものを味わったことのないナナシにはそれが何か表現できなかった。

 それよりも戸惑いが先に立ち、ナナシは肩越しに親を振り返った。

 父親はお供の男から布袋を受け取り、飛び上がらんばかりに喜んでいた。母親も今まで見たことのないような満面の笑みを浮かべている。それを見てナナシはふと不安になった。この手を振り払おうかと考えたが、あばら家の周囲で遊んでいた兄弟、姉妹たちの自分を見る嫉妬の目がそんな不安を吹き飛ばした。

 うち、うらやましがられてる? 金持ちの子になるかいか? 可愛(かい)らし名前つけてもろて、うまいもん食えて、きれいなべべ着せてもろて――

 うちの子にしてもええんはどの子や訊かれて、おとやん、おかやんがうちを指してくれたんやな? うちのことかわいそや思てくれてたんやな――

 ふと木の洞や岩の隙間に隠した『食料』のことが頭の片隅に浮かんだが、そんなものはすぐ忘れた。

 これからうちは金持ちの子なんや。ええもんたらふく食えるんや――


 そやのに、なんでこんなもん食うてんのや?

 邦子はそう思いながらも蛆を()む手を止められなかった。

 まとわりつく蠅を鬱陶しそうに見上げた時、畑の中で実るまるまるしたスイカに目が留まった。

 こんなん食わんでもええのあるやん――

 邦子は這って畑に入り、スイカを抱え込むと皮の上から勢いよく(かぶ)りついた。息継ぎもせず、実の中までがっがっと齧り続けた。

 赤い汁と果肉の欠片や種が口の横から溢れ出し、それらに混じって折れた白い歯も地面にこぼれ落ちる。

 再び白い斜線を描きながら雨が降り始めた。


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