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凶兆  作者: 黒駒臣
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終章

・グロ、残酷描写、災害描写あり閲覧注意

        


  

  


 カメラのフラッシュを浴びせられ、記者会見の舞台に立つ保良が紅潮した頬を緩めてにこやかに微笑んだ。

 彼はようやく野球選手になる夢を叶えたのだ。

 舞台の袖に立っていた真綾も自然と微笑みが浮かぶ。

 入団するチームのユニフォームを着た保良が記者に促されて後ろを向き、カメラに向けて背番号を見せるとフラッシュとシャッター音がいっせいに騒ぎ出した。チームへの想いや今後の抱負などを質問され、はにかみながら順に答えていく。

「ところで、婚約者の方もきょうここにお見えになってるそうですが――」

 記者の言葉に満面の笑みで振り返った保良へ、真綾は思わず手を振ってしまった。

 会場中の視線が集中し、慌てて手を下ろしたが時すでに遅く、自分に向かってたくさんのフラッシュが光り出し、顔から火が出るほど恥ずかしくなってうつむいた。

「おきれいな方ですねぇ」

 記者の感嘆の声に、

「はい。ぼくもそう思います」

 そう臆面もなく保良が言い放つ。

 ますます恥ずかしくなり、深く深くうつむく。

「彼女がいなければ僕は野球選手の夢を叶えることはできませんでした。彼女は僕の婚約者であると同時に恩人でもあります。世界一愛しています」

 保良の言葉に会場がどよめき、たくさんの拍手が起こった。

 それを聞いて胸が熱くなった真綾はあの時のことを思い出しながら涙ぐんだ。

 恩人は保良のほうだよ――

 ナナシの憑りついた圭吾と迫りくる山津波から無我夢中で逃げたあの時、保良が引っ張ってくれたからこそ、わたしは今ここにいる――



 ひときわ大きな地鳴りがして、押し寄せる山津波を見た二人は獣道に逃げ込んだ。心がくじけた真綾を保良が叱咤し引っ張ってくれた。

 恐怖にたまらず振り返ると、圭吾が嗤いながら追いかけてきていた。その背後には大きく盛り上がった山津波が轟音を立てて迫ってくる。

 それがあっという間に圭吾を呑み込んだ。太い倒木が小さな頭を直撃し、血と脳が吹き飛んだ。その最期の瞬間まで圭吾は嗤っていた。

 その山津波が二人に追いついた。つないでいた手が離れ、真綾は泥土に埋もれながら流された。保良も泥の波に呑まれ遠ざかっていく。

 ナナシの呪いが一つの村を消そうとしていた。

 家々も田畑も分校も郵便局も交番や公民館も車もバスも、人も家畜も犬や猫も、土石流と氾濫流が村ごと全部を呑み込むだろう――長い時を経て、ナナシはとうとう復讐を果たすのだ。

 ママとわたしはよそ者なのに――無関係なのに――運悪く呪いに巻き込まれてしまった。

 真綾の身体に岩や倒木が激しくぶつかってくる。全身の痛みにぷつんと意識が途切れた。


 真綾が意識を取り戻したのは病院だった。あれから二か月が過ぎていた。

 目を覚ました時、父と父の新しい奥さんは涙を流して喜んでくれた。

 父の話では、全身に怪我を負っていたものの奇跡的に助かったのは山津波の本流から少し逸れていたからだという。土石流の流れは逃げていた雑木林の途中で止まり、真綾はその泥土に半分埋もれた状態で発見されたらしい。

 嬉しいことに保良も真綾と同じ状態で救出され、この病院に入院している。

 保良に引っ張ってもらわず、あのままあそこに留まっていたら、もしくはナナシに捕らえられていたら、山津波に完全に呑み込まれ、身体をぐちゃぐちゃに潰されて引き裂かれていたことだろう。

 真綾は早く保良と会って助かった喜びを分かち合いたかったが、お互いまだまだ動ける状態ではなく我慢するしかなかった。


 村は想像したとおり、濁流にすべて流され、さらに土石流に埋められて壊滅状態だったという。

 真綾と保良以外の生存者はいなかった。せめて母の遺体が見つかればいいと願ったがそれは叶わなかった。

 母だけでなく多くの遺体が不明で、運よく発見された遺体も損壊がひどく誰が誰なのか――誰のものなのか――判別ができないらしい。

 災害だけのせいじゃない。

 真綾にはわかっていたが、父に話したとてどうなるものでもなく、ナナシの呪いの真相を胸に秘めたまま生きていこうと決めた。


 退院後は父親に引き取られ、継母と異母弟とも仲良くなって普通の生活に戻った。

 親類縁者のない保良は施設に預けられたが、すぐ小山という子供のいない夫婦に養子として迎え入れられた。義親は野球選手になりたいという保良の夢に惜しみない支援をした。

 保良も真綾同様、真実を誰にも話さず、二人だけの秘密は絆をより強くしたが、呪いから脱した仲間という意識は成長するに従い恋愛へと発展していった。

 保良は叶えたい夢をもう一つ付け加えたと真綾に囁いた。

 一つはご存知、野球選手になること。そして新しいもう一つは真綾と結婚し、幸せな家庭を築くこと。

 初めの一つは叶った。すぐにもう一つも叶えると、保良が顔をほころばせていた――



「では小山保良選手、最後にチームに対しての決意をお願い致します」

 司会者の明るく大きな声で真綾は我に返った。

 保良の満面の笑みに再びフラッシュが浴びせられる。

 なんて幸せそうな、あの弱音を吐いてくじけていた頃の保良とは思えない堂々とした笑顔。

 真綾もうっとりと微笑み、

「ほんま、幸せの絶頂やで」

 そして「今やな――」とつぶやいた。

 マイクを通して会場に保良の声が響いている。

「誠心誠意チームに尽くし、勝利へ導けるような選手に――ああ――――腹減ったなあ」

 そこにいる全員が「えっ?」と声を上げ、隣あった者同士お互いの顔を見合わせた。

「あっああああ」

 突然記者たちが叫び声を上げ、壇上を指さした。

 保良が自分の大事な右手の、甲の肉を噛み千切り咀嚼し始めたのだ。血をぼたぼたと滴らせながら、保良はクリスマスチキンを貪るように何度も何度も手の肉を噛み千切っては咀嚼し飲み込んだ。

 舞台裏から関係者が走り出て慌てて取り押さえようとするも保良は手を()むことをやめない。

 怒号が飛び交う中、あちらこちらで悲鳴が上がった。

 保良同様、そこにいる人たちも自身の、または他人の肉を噛み千切って食べ始めたのだ。

 阿鼻叫喚の会場の中、真綾は満足そうな微笑みを浮かべ、血と肉の放つ(にお)いを胸いっぱい吸い込んだ。


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