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筋肉、眼鏡の手紙を読む

 拝啓 

 蝉の鳴き声がうるさくなり日毎に日差しが強くなる中での配送のお仕事、いつもお疲れ様です。

 先ずは数日間続いていた私の奇行により、畠山様に多大なるご迷惑をおかけした事を心より謝罪させていただきます。

 私が奇行に走ったのは、ニコマート裏の水道で汗を流す畠山様を偶然見かけた事が発端でした。貴方の後ろ姿があまりにも三年前に亡くなった私の祖父に似ていたのでついつい魅入ってしまったのです。

 祖父に似ていると言われる事は若い畠山様にとっては失礼だとは思うのですが、父から暴力を受けていた母と私を救ってくれた強く優しく働き者の祖父は私にとって理想の男性でした。

 理想の男性にどこか似ている畠山様の姿をほとんど毎日拝見しているとある日、トラックのミラーにかけてあった貴方の作業着を見つけたのです。

 私は祖父が農作業や空手の稽古で流す汗の匂いが大好きでした。側から見たら変に思われるかもしれませんが誠実な働き者の匂いがするのです。

 畠山様の肌着からは私の好きな真面目な働き者が流す汗の匂いがしていたので夢中になって嗅いでるところを見つかったのが貴方との出会いになってしまった事を大変残念に思っております。

 貴方は暴力を振るう父や幼い頃に私を苛めた男子によって男性恐怖症になった私が初めて好意を持った男性なのです。

 出来る事なら始めは知人としてでも良いのでお付き合いをしていただければ幸いです。もしよろしければいつものニコマートでお会いしてお返事をお聞きたく願います 敬具



 真田さんが書いた手紙は若い女性らしからぬ形式ばった文章だった。彼女はなんとなくだけどガチガチに真面目な人間なんじゃないかと思っていたらその通りの娘だったという訳だ。この手紙は読みようによってはラブレターと言えなくも無いな、というか、もしかしてこれってやっぱりラブレターなのか⁉︎


 手紙によると彼女が慕っていた祖父と似ているから俺に興味を持ったという事らしいな。男性恐怖症で男とはまともに話をしたことも無かったと言っていたし……まあその点に関しては俺も大して変わらないか。


 リトルリーグから大学で肘を故障するまでの間ずっと野球一筋だったからな。はっきり言っていかに自分の身体を鍛えるか、技術を磨くか、どうやってチームを強くするかを考える以外の事には興味が無かった。

 肘を壊した時は特待生を外れたので兄妹が多い実家の負担にならないよう、大学を中退するつもりだったんだけど……監督や教授が奨学金やバイト先の手配をしてくれたのでなんとか教員免許も取得し、卒業する事が出来たんだ。

 卒業後は住み込みでバイトさせてもらっていた羽柴冷凍運輸にそのまま就職して現在に至る。


 職場では「ずっとエースで四番だったからさぞかしモテたろう」とよく言われるけど野球以外の事ってほとんど考えて無かったからな。知り合いによく「野球をしていない時は何をしていたんだ?」と聞かれたけど学生なんだから勉強に決まってるじゃないか。

 あとは実家が飲食店だから店の手伝いとか高校が工業高校だったからレポートや実習もあったし大学では退部したあとはバイトと勉強に明け暮れていたから遊びらしい遊びってしたことが無いんだよな。

 だから身体を鍛える以外の娯楽は読書くらいしかしていないし家族と職場以外の女性とはプライベートで接したことはほとんど無い。


 知人としてお付き合いを始めたいか……正直言うと女性に好意を持たれたことで俺は少し浮かれている。始めはやっぱり変な娘だと思ったけど事情が分かれば納得だし、綺麗な字と丁寧な文章は好感が持てる。


 しかし男性恐怖症で男とまともに接したことが無い彼女と、職場と家族以外の女性とはほとんど話した事が無い俺……ちゃんと付き合っていけるんだろうか?


 翌日、午前中の配送を終えてニコマートあかね台四丁目店に到着すると真田さんがソワソワとした様子で待っていた。今日の付き添いは大柄な女の子一人だ、俺のトラックが見えると動揺しはじめたようで友達に背中をさすられている。


「こんにちわ真田さん、先に仕事を済ませるからちょっとだけ待っててね」


 ニコマートに商品を納入すると事情をある程度分かっているオーナーの奥さんがニヤニヤと笑いながら商品を受け取ってくれた。このあとコッソリと覗き見に来るんだろうな。

 配送を終えてトラックに戻るとガチガチに緊張していて指を高速でモジモジと動かしている彼女が待っていた。


「タオルありがとう、手紙読ませてもらったよ」


「はひっ! ありがとうございます」


「えっと、とりあえず知り合いから始めようという提案だけど……こちらこそよろしく」


 俺がそう言うと彼女は物凄く嬉しそうな顔になる。この娘って男と話すのは苦手で文章も丁寧過ぎて堅苦しいんだけど表情は豊かなんだよな。


「それでこれからの事なんだけど、真田さんて男が苦手なんだよね? 実は俺も女性とまともに付き合った事がなくて正直言って何をしていいのか分からないんだ」


「本当なんですか? なんかモテそうなのに」


 真田さんの大柄な友達が初めて口を開く、結構モテそうって言われるけど全く女性と付き合った事は無い。


「よく言われるけど本当だよ。野球と勉強に励み過ぎたのか遊びらしい遊びもほとんどした事が無いくらい。それでね……」


 俺は女性との付き合い方がよく分からないのでこれから勉強する事を彼女に伝え、SNSのDMを交換した。言葉が難しいのなら文章のやり取りの方がやり易いかと思ったからだ。


 スキップしそうな感じで帰って行く彼女を見送り、汗を流してトラックに戻るとスマホに新着メッセージが入っていた。

 さっそく彼女がDMを送ってきたのかと思い開いてみると差出人名は「神坂英雄」だった内容は『昨日先発だったから今日は休みなんだ、明日は移動日だし今夜飲みにいかないか?』だった。かつて甲子園で二度に渡り投げ合ったライバル……今でも友人として付き合っている現在プロ野球チーム、レールウェイズのエースだ。

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