筋肉の忙しい一日
三人娘が帰った後、いつものようにコンビニの惣菜とオニギリで昼食を済ませる。真田さんから渡された紙袋の中を見ると綺麗に洗濯された肌着とスポーツブランドの包装紙に包まれた箱、大きさと重さからするとタオルかな? そして可愛らしいデザインの便箋が入っていた。
手紙は帰ってから読むとは言ったけど内容は気になるんだよな。初めは着替えを覗き見したり肌着の匂いを嗅いだりと危ない娘じゃないかと思っていたけど友達や後輩には慕われてるみたいだし、便箋に書かれた「畠山泰明さんへ、真田明梨より」と書かれた文字がとても綺麗で丁寧だから悪い娘じゃ無いような気がする。
学生時代ほとんど野球ばかりやっていた俺は人生経験豊富では無いし人を見る目も無いと思うんだけど、もともと真田さんにはそんなには悪い印象を持っていないんだよな。
確かに半裸のところを覗かれたり汗の匂いを嗅いだりと変な行動をしていたから最初は奇妙に感じていたんだけど。
人と接するのが苦手だっていう空気が全身から出てたから緊張しすぎているんだろうと思っていたし、あの感じだと女友達とは仲良さそうだったから本当に男が苦手なんだろうな。
とりあえず昼から配送する件数と物量が多いからやっぱり手紙とプレゼントは仕事が終わってから開けるようにしよう。
休憩を切り上げ作業着を着て冷凍トラックを発進させる。配送先のコンビニであるニコマートは俺の担当エリアだけでも三十二件、この時期は冷たい商品が毎日飛ぶように売れるので、定期配送の他にも追加注文で同じ店を何回も回ったり他の担当エリアのヘルプをすることも少なくない。
「はい! 三号車の畠山です」
「お疲れ脳筋、新商品の蜂蜜パインレモンスカッシュフラッペの追加注文が殺到してな、申し訳ないが一度センターに取りに戻って今日中に届けてくれない?」
「わかりました、在庫管理と処理は……」
「こっちでやっとくよ。まあ夏が終わるまでは忙しいけど頑張ろうな」
現場も忙しいけど注文を受けて在庫を調整し、商品や運行を管理する淀川の姐さん達内勤も夏場はノンストップで働いている。冷たい商品を扱う業者は製造、運送、販売共に涼しくなるまでは掻き入れ時だから仕方がない。
「こんにちわ、羽柴冷凍運輸の畠山です! 新作フラッペとチョコどら焼きジャンボの追加分をお持ちしました」
トラックのエアコンが効き始める前に次の配送先に到着し、炎天下の中で素早く冷凍車から商品を店内に搬入する。冷たいものを運んでいるのに毎日毎日大汗をかいているという訳の分からない仕事だ。
まあ俺は暑いのも汗をかくのも嫌いじゃないからいいんだけど。
「三号車、畠山帰りました」
冷凍配送センターに着いた頃には夏場だというのに空はすっかり暗くなっていた。テレビのランキング番組で新作フラッペやニコマートオリジナルのアイスデザートを紹介していた影響もあるだろうな。
「ハタケ〜何でお前そんなに元気なんだよ〜」
「蜂蜜パインレモンスカッシュフラッペをジョッキで飲みてえ!」
「ジョッキで飲むのはビールだろうが……これからみんなで行かね?」
事務所内は屍累々と言った感じだった。今日は今年一番の暑さだったし、配送する物量も特に多かったのでみんなクーラーの効いた事務所でバテている。
「やっぱり脳筋は鍛え方が違うな……んっ? その紙袋は何だ?」
淀川の姐さんがそう言って俺が持っている紙袋を指差したので俺は中身を出して彼女に見せた。
「あっ、前に言ってた女の子が肌着を洗って返してくれて。お詫びの品と手紙もそえて渡されたんです」
「へえ、ブランドの包装紙はスポーツタオルかな? それと、その可愛らしい便箋はもしかしてラブレターじゃないのか?」
『何だとぉぉぉぉぉぉぉ!』
それから先輩や同僚達の質問攻めを受けたけど何とかはぐらかす事が出来た。姐さんは大笑いしながらそれを見ていたから完全に面白がっているな。
今日は遅くなってしまったのでスポーツクラブには寄らず餃子の自販機で餃子一八個とキムチを購入し、軽い筋トレをしてからシャワーで汗を流す。
餃子を焼きキムチを添え、アサヤケスーパードライの500ml缶を開けて今日の夕食にする。
普段はあまり飲まないんだけどギョーザやお好み焼きなど合う食事の時はたまらなくビールが欲しくなるんだよな。
食事の後片付けを終えるとクーラーを効かせた部屋のベッドに腰掛け紙袋の中身を開けてみた。
洗濯された肌着は明日着るとして、まずはブランドのロゴが入った包装紙をテープを剥がし、丁寧に開けていくとスポーツタオルとハンドタオルのセットが入ったいた。
有名ブランドだから女子大生が買うには結構高価な品物のはずだ、もしかして気を使わせてしまったかな?
そして可愛いデザインの便箋を手に取り封として貼られたシールを剥がそうとした時、姐さんの人を食った笑みと言葉が頭に浮かんだ。
「脳筋のことが好きなのかもしれんぞ」
「もしかしてラブレターじゃないのか?」
いやいや今日初めて名前を知ったような相手だしそれは無いだろうと思いながらも、便箋から手紙を取り出す俺の手は震えていて心臓の鼓動は早くなっていた。