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眼鏡の初恋は終わったのか?

「明梨! なんかトラブってテンパってるってチーちゃんから聞いたんだけど大丈夫?」 


 ルームメイトの千紗ちゃんからわたしがショックを受けてパニクっていると連絡を受けた友達の梅野(うめの)香苗(かなえ)が家からオートバイでかけつけてくれた。


「あっ、えっと……そう! まあ大丈夫だよ!」


 なんとか平静を保とうとしたんだけど動揺とパニックが全身から溢れ出してしまっている。


「見るからに大丈夫じゃないなぁ」


「やっぱりそうでしょ? 明梨先輩、帰って来てからずっとこんな感じなんすよ」


「そういえば最近、あんたいつも昼休みにどっか行ってるよね? それと何か関係あるんじゃないの?」


 関係ある、すごく関係ある! だけどこんな事人に話したら絶対に変に思われる! 可愛い後輩の千紗ちゃんと仲良しの花苗に変な人だと思われなくないよぉ。


「ところで明梨、右手に握りしめている物は何?」


「うきゃん!」


 思わず変な声が出てしまった、二人共絶対に何かあるでしょうと言いたそうな目でこっちを見ている。うぅぅぅ…….誤魔化しは通用しないだろうなあ、正直に本当の事を話すしかなさそう。


「えっと……ニコマートに冷食を納品してる業者さんの肌着……」


 わたしは観念して数日前から今日に至るまでの経緯を二人に話す。ある日コンビニの駐車場で猫を追いかけていたら、偶然水道で汗を流している畠山さんを見かけてその背中に見惚れてしまい、彼の姿を眺めることが日課になっていたこと。

 そしてトラックのミラーに干していた彼の肌着が気になってついつい匂いを嗅いでしまったところを見つかってパニックになり、暴走した事を包み隠さずに打ち明ける。


「先輩って男に全然興味無いんだと思ってたんすけど、マッチョ好きの匂いフェチだったんすか?」


 マッチョ好きの匂いフェチ⁉︎ 聞きなれない単語に戸惑っていると意外そうな顔していた香苗が落ち着いた表情でチサちゃんとわたしを交互に見ると優しく私に話かける。


「チーちゃん! とりあえず明梨の性癖に関しては一旦置いとこう。それよりも明梨って男の人苦手だったよね? 口では言って無かったけどバイト先は女性メインのところを選んでたし、合コンは絶対に行かなかった。学食で男子が近くに来たらそそくさと逃げるし授業や実習、制作の時だって男子避けてたよね」


「えっ、うん……わたし男の人が苦手というか怖くて」


「そんな先輩が何で運送会社のお兄さんの汗が染み込んだ肌着の匂いを恍惚とした表情で嗅ぎながら盗み去るという変態行為をしちゃったんですか?」


「こらっ、チーちゃん! どストレートに言わないの! でも普段の明梨がどんな娘なのかを知っている友人としては本当に信じられない行為ね」


 どストレートって……恍惚とした表情|(言われてみればしていた気がする)に変態行為って……内から込み上げる何かに突き動かされた行動だったんだけど……でも客観的に考えてみたら確かに上半身裸の男の人を覗き見して汗の匂いを嗅ぐなんて……。


「明梨先輩! 明梨先輩! 顔色が真っ青っすよ!」


「香苗…….千紗ちゃん。私……なんて事を……」


 顔から血の気が引いて全身がガクガク震え、変な汗が出ているのが分かる。香苗はそんな私を気遣ってか後ろから優しく抱きしめて頭をゆっくりと撫でてくれた。


「とりあえずいつも大人しい明梨が何でそんな奇行に走ったの? もし理由があるんだったら聞かせてほしいな」


 わたしは少し迷ったけど千紗ちゃんと香苗だったら話しても大丈夫かなと思って打ち明けることにする。

 お母さんとわたしに対するお父さんの暴言と暴力、小学生の時にクラスの男の子にそばかすを揶揄われたたり、持ち物を隠されたり叩かれたりした事で男の人が怖くなってしまった事。

 そんなわたしとお母さんを助けて守ってくれた強くて優しい働き者のお爺ちゃんが大好きだったけど三年前に亡くなってしまった事。お爺ちゃんが「明梨は本当に絵が上手だな、俺はお前の絵が好きだぞ」と言ってくれたのがきっかけでイラストの勉強をしようと思った事も全部話した。

 そして畠山さんの後ろ姿、汗を流す仕草が亡くなったお爺ちゃんと重なって見えた事で覗き見するようになり、トラックのミラーにかけてあった肌着からお爺ちゃんと似た匂いがするかと思って匂いを嗅いだ事も打ち明けた。


「要するに先輩はモラハラDVゴミ人間のクソ親父による虐待や、小学校の頭の悪いクソガキ共のイジメが原因で男性不信というか恐怖症に近い状態になってたって事っすね」


「チーちゃん言い方! でもそれで男の人を避けてたのなら納得だわ。そしてお爺さんは明梨にとってのヒーローで、よく似た雰囲気をした運送業者のお兄さんのことが気になったのも分かった」


 二人は特に気持ち悪がる事も批判する事も無くわたしの話を聞いてくれて理解もしてくれている、悩んだけど打ち明けて正解だったな。


「ところでその……汚物の匂いはどうだったんすか?」


「チーちゃん言い方! まあ確かに私達にとってはただ汗臭くて男臭いだけなんだけど……明梨にとってはどんな匂いだったの?」


「真面目な働き者の良い匂い」


 二人共少しだけ気持ち悪そうな顔をしたけど普通の感覚だとそうなるんだろうな。でも汚物はあんまりだと思う。


「まあ、好きな男の匂いだったらどんな悪臭でも良い香りに感じることってあるみたいだしね」


「あっ! クサヤとか鮒鮨とかシュール・ストレンミングが好きだって言う人がいるのと同じようなもんっすね」


「だからチーちゃん、言い方! でもよく考えたら明梨にとって男の人は怖くて近寄り難いものだったんだよね」


「うん、だから何でこんなにドキドキしたり変なことをしちゃうのか自分でも分からなくて……」


「恋っすね!」


 えっ! 恋って…….でも言われてみればそうかも知れない。今まで男の人を避けていたから全く縁が無かったけど、どこかお爺ちゃんと似たあの人に惹かれた事は間違いない。


「そうね……これって明梨の初恋なんじゃないかな?」


 初恋⁉︎ 初恋って…….でも確かにわたしは初めて異性に興味を持って好意を感じた、これが恋なの?


「でもわたし……あんなことして畠山さんに変な人かと思われたかも……」


「う〜ん、変な人というか……」


「変態だと思われてそうっすね」


 わたしの初恋……始まってすぐに終わったかも……。

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