眼鏡は筋肉の女
もう駄目だと思っていた、お父さんと気持ち悪い男の人達に今までの人生が全て壊されてしまうと思ったその時、泰明さんが助けに来てくれた。
絶望で流していた涙は安堵と喜びの物に変わり、わたしは泰明さんの胸に飛び込んだ。
「うえ〜ん泰明さ〜ん」
「もう大丈夫だ明梨ちゃん」
優しく抱きしめてくれる泰明さんの逞しい胸と腕、そして汗の匂いに包まれるとお父さんに対する恐怖心が消え失せて安心感が湧き起こってくる。
泰明さんの逞しい身体と匂いで平常心を取り戻すと、お父さんがポケットからナイフを取り出しながら立ち上がり、気持ち悪い男の人達も棒などの武器を手に持ってこっちを睨みつけてくる。
だけど全然怖く無いし身体も震えない、さっきまでの絶望感と恐怖心が嘘みたいだ。
「プロボクサーの拳は凶器だけどこの場合は正当防衛だよね」
「萩之茶屋の人喰いフェレットって呼ばれたウチの本気みせたんで! この腐れ*☆#共が! ケツの穴に釘バットぶち込んでグリグリ掻き回したろか!」
わたし達を守るように蒼太くんと千紗ちゃんが前に出て相手を威圧する。千紗ちゃんが興奮すると大阪弁になる事は知ってたけど……これはちょと下品すぎるんじゃないかな。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくると焦ったのか男が三人、鉄パイプとバール、ナイフで襲いかかってくる。
「しっ! しゅっ!」
蒼太くんが短い息を吐きながら目にも止まらない速さで動くと、鉄パイプとバールの男の身体がくの字になって倒れた。何をしたのか全く見えなかったけど、お腹を押さえて悶絶してるからボディーブローなのかな? 小柄で華奢に見えるけど凶器を持った男二人をアッという間にノシちゃうなんてプロボクサーって強いんだ。
「うりゃ! うりゃ! うりゃぁぁぁ! いてまうぞボケェェェェ!」
ナイフを持ってる男相手に千紗ちゃんが釘バットを叫びながら出鱈目に振り回している。リーチがあるのと千紗ちゃんの迫力に刃物を持ってるのにジリジリと後退していく。
サイレンの音が段々近くなってくるとお父さんがわたしに向かって凄く憎々しげな形相で怒鳴ってきた。
「何でだ! 俺が落ちぶれた元凶のジジイは死んじまったのに俺の運は上がんねえんだよ! 明梨を滅茶苦茶にして取り返すつもりだったのに! 明梨い! お前が俺の……」
泰明さんが怒りに満ちた目で睨みつけるとお父さんは怒鳴るのを途中で止めて、ガクガクと震え出し尻餅をついたまま後ろに下がっていく。どこかで見たような光景だと思ったら、お爺ちゃんがわたしとお母さんをお父さんのところから助け出してくれた時にそっくりなんだ。
「えっ⁉︎ ジジイ? いや若い?」
「ロクな目にしか遭わねえのはお前クズだからだろ? 実の娘をレイプさせて喜ぶような鬼畜は地獄以下のところに落ちりゃいいんだよ」
泰明さんが怒っている……でも怖く無い、何故か不思議なことにあんなに怖かったお父さんも全く怖く感じなくなってしまった。
お父さんが泰明さんを見てジジイって言った、やっぱりお爺ちゃんと彼は見間違えるくらいに雰囲気が似てるんだ。
「ひっ! なっ、何なんだよお前は⁉︎ 俺の邪魔をしやがって、俺をゴミを見るような目で見るんじゃ……」
「ゴミを見てるんだから仕方ないだろう? さっきお前達がしていた会話は彼女のバックに仕込んでた盗聴器で全部警察に聞かれているぜ」
えっ⁉︎ 盗聴器? 何それ⁉︎ 何でそんな物がわたしのバックに仕込まれてるの⁉︎ 何となく千紗ちゃんの方に目を向けると、ナイフの男をやっつけて釘バットを肩に担いだ彼女が目を逸らす。後でちゃんと話してもらおう。
「畜生……何なんだよてめえは! ジジイが居なくなって俺の天下だと思ったのに……」
「俺は株式会社羽柴冷凍運輸のトラックドライバー畠山泰明。明梨は俺の女だ! 汚い手で触ったら許さねえ!」
お父さんと仲間達がへたり込むと部屋の中に沢山の警察官が突入してわたしは保護された。わたしを拉致したお父さん達は逮捕されてパトカーで連れて行かれてしまった。わたしが不安そうな顔をしていると「これからは俺がお爺さんの代わりに明梨を守るから大丈夫だ」と言ってくれた。
その後は其々お巡りさんに事情を聞かれたけどわたしは始終上の空で、頭の中を「明梨は俺の女だ」と「俺がお爺さんの代わりに明梨を守る」と言ってくれた泰明さんの言葉が頭の中をグルグルと回り続けていたのだった。
次回、最終回です。