眼鏡は何処に!
愛車であるヤマハトリシティを女子寮の玄関先に着けた香苗は玄関から食堂に向かう。明梨に暴力を振るっていたという父親が来る可能性を危惧して千紗が香苗に頼んだのだ。
「明梨ぃ、学校に行くわよ〜」
食堂で声をかけたが誰もいない、千紗はバイトで早くから出ているし他の寮生の姿も見えない。明梨と千紗の部屋にも姿は無く、トイレや洗面所にもいない。管理人に聞いてみるとさっきまで食堂にいたが落ち着かない様子だったという。
「まさかとは思うけど……」
スマホで呼び出してみるが返信が無いしコールにも出ない。位置情報共有アプリを起動すると寮の生垣付近にアイコンがある。
それを見た香苗の顔から血の気が引く、急いでその位置に向かうと明梨のスマホがモニターを砕かれた状態で捨てられていた。
最悪のケースが香苗の頭を過ぎるが考えていても状況は好転しない。すぐに警察に連絡して、それから泰明と千紗、そして香苗の関係者|(主に見守る会のメンバー)に連絡をいれる。後は警察官の到着を待って状況を説明するだけだが……こんなに長く焦りを感じる待ち時間を香苗は今まで経験した事が無かった。
バイト先で香苗からのメッセージを受け取った千紗は顔面蒼白になる。今日はバイトのシフトが早番だったので普段よりも早く寮を出かけた事が原因なのかも知れないと彼女は自責の念にとらわれてしまった。
「たたたたたたっ、大変っす! ヤバいっす! 明梨先輩が! 先輩が! 昨日の今日に来るなんて見通しが甘すぎたっす! 早苗先輩が来るまでワタシが一緒にいてたら! あとは他の先輩に頼んで……」
「落ち着け! チー! まだ明梨さんが居なくなってからそんなに時間は経ってない! 香苗さんが連絡して警察もすぐに動いてるから……」
「残念ながら警察ってやつの初動は結構遅いぞフライ級」
パニくる千紗を何とかして落ち着けようとする蒼太に羽柴冷凍運輸配送センターの副所長である淀川寧々が冷や水を浴びせる。
「まずは眼鏡の友人に詳細を聞いて上の指示を仰いでから現場検証だからな、通報と同時に捜索を開始したとしても多少は遅れる」
「でも俺達に出来ることは……」
「チーちゃん、寮の玄関に防犯カメラとかは無いのか?」
「あっ! すぐに香苗先輩に連絡するっす!」
「フライ級はいつでもチーちゃんを乗せて行けるようにバイクの用意!」
「はい!」
蒼太は返事をするとすぐに二輪置き場に走って行った。その後ろ姿を見送ると振り返って泰明に向かって叫ぶように声をかける。
「それから脳筋!」
「えっ⁉︎」
突然寧々に声をかけられて驚く泰明、明梨に危機が迫っていることに気が気では無かったが、クソ真面目な彼は手を震わせて変な汗をかきながらも淡々と業務の準備を進めていた。
「お前は今日、有給! 申請と手続きはこっちでやる!」
「でも姐さん、俺仕事が……」
「女を攫われて気が気で無い奴に運転なんかさせられるか! 代わりの人間を当てるからさっさと着替えて、いつでも動けるようにしとけ!」
そう泰明に怒鳴りつけると寧々は警察官である夫に連絡し、知り合いが事件に巻き込まれて110番通報が入ってるはずだから、優先して捜査してもらえるように頼み込む。
交通課勤務だが署内では結構影響力がある人間なので多少の足しにはなるだろう。
「次は脳筋の代わりか……そうだな、あいつでいいだろ」
寧々は引き続きスマホを操作して泰明の代わりに配送する社員に連絡を取る。
「休日のところ悪いなスカンピン。悪いが今日は脳筋が諸用で勤務できなくなったから出勤して……なに⁉︎ 今日はパチンコ屋の新装開店だから並んでるだと! どうせ負けてスッカラカンになるんだからサッサと出て来い!」
「和田さん今日は一日中ホールで遊ぶって言ってたのに……」
「まあ、どうせまた負けるんだしべつにいいんじゃないっすか」
千紗は博打好きのトラックドライバー和田がギャンブルで勝ったという話を全く聞いた事が無い。パチンコ、競馬、競艇、麻雀とその他諸々全部負けっぱなしだ。
「とりあえず仕事の調整はついた、後は眼鏡の友人と警察からの連絡を待つだけだ」
寧々はそう言うがみんなの不安は膨らむばかりだ、父親の目的は逆恨みによる仕返しで間違い無いだろう。こうしている間に明梨は酷い目に遭っているかもしれない。
「畜生っ! せめて居場所さえ分かれば!」
珍しく苛立ちを見せる泰明を見て、千紗が涙を流し始めた。
「ワタシが……ワタシがもっと警戒してたら……朝、バックに財布やハンカチを入れる姿がワタシの見る明梨先輩の最後になったりしたら……」
蒼太は千紗の今の言葉の中に何か閃く物を感じた。
「ん? チー! 明梨さんは朝、バックを持ってだんだな! いつものやつか?」
「へっ? いつものバックを持ってたっすよ」
「すぐに香苗さんに連絡を!」
「はいっす!」
蒼太の剣幕で千紗は慌てて香苗に連絡する。
「チーちゃん、まだ警察からの連絡は……」
「香苗さん! 俺です! 蒼太です! 香苗さんのスマホを見つけた時、いつも明梨さんが持っているバッグはありましたか⁉︎」
「見当たらなかったわね。食堂にも無かったはずよ」
「分かりました、ありがとうございます」
電話を切ると蒼太は千紗の肩をガッチリと掴んで真剣な顔で尋ねる。
「チー、明梨さんのバックに仕込んでたGPS付きの盗聴器……まだ生きてるよな?」