ポンコツチェイサー
「見た感じ良い雰囲気っすね明梨先輩と脳筋のお兄さん」
「脳筋って……淀川の姐さんの影響受け過ぎって言うか、三日でうちの会社に馴染むってチーちゃんコミュ力高過ぎだろ……」
「蒼太くんもわたしの事をもうチーちゃんって呼んでるっす」
いたずらっ子のようにニタリと笑う千紗に蒼太は小さなため息を吐く。千紗を始めとする明梨の友人達と協力体制を持って僅か数日、ボクシングを始めるまではスクールカースト下位の陰キャだった自分のSNSに女子大生のフォロワーが多数登録されて少し浮かれていたのだが現実は使いっ走りに近い状態だ。
「周りにつられて呼んでるだけなんだけど……嫌なら立川さんに戻すよ」
「呼ばれ慣れてるからチーちゃんでいいっすよ」
灯台前のベンチに並んで腰掛けて仲良くジェラートを食べている二人の様子をビデオカメラで録画して香苗の自宅で連絡を待つ友人達に送信する。最近の観光地はネット環境が整備されているので通信に不便さは無い。
『いいじゃない!』
『なんか初々しいね』
『明梨ちゃん煙が出そうなほど真っ赤になってる』
『畠山さんって本当に彼女いない歴イコール年齢なの? 行動や言動が一々イケメンなんだけど』
千紗からの報告と添付した動画の感想がほぼリアルタイムで彼女のスマホに送られてくる。
千紗と蒼太は泰明と明梨が乗るジムニーがニコマートを出発してからずっとバイクで追跡しているのだ。
明梨のバックに忍ばせた盗聴器で二人の会話をリアルタイムで見守る友人達に送り、光学望遠付きのビデオカメラで二人の様子を撮影してはコメント付きで報告している。
「わりと近くまで寄っているのに二人共、全然気付かないな」
「なんかお互いに意識し過ぎて周りが見えてないって感じっすね」
「まあ追跡するには楽だからいいか」
「ちなみにこの動画と盗聴の音声は寧々さんにも送ってるっすよ」
盗聴って犯罪じゃないのかと思う蒼太だったが、あくまでも異性に不慣れな二人を見守る為であり、第三者に教えたり拡散する事は絶対にしないからと言いくるめられている。
姦しい女子大生や百戦錬磨の運送会社副所長に元陰キャが敵うはずが無い。
「灯台に登るみたいだな」
「今度は抵抗なく手をつないでるみたいっすね。段々とデートらしくなって来たっす」
「それにしても真田さんって皆んなに慕われてるんだなぁ」
「明梨先輩は女子力高くて面倒見がいいから寮生からはお母さんみたいに思われてるっす。課題も真面目に取り組むし仕草も自然に可愛らしいし嫌味も無いから皆んなの人気者っすよ」
「ヤスさんとの出会いの話を聞いた時はドン引きしたけどな」
「あれは……あんなにバグった明梨先輩を見たのは初めてっすね。ずっと男性を避けてた先輩が生まれて初めて人を好きになって感情が暴走したみたいっす」
「ヤスさんもこの数日間でかなり変わったけどな……まあ職場のみんなも好意的に受け止めてるからいいか」
灯台を見上げると二人が並んで海を眺めている、時々遠くを指差したり談笑したりとなかなか楽しそうだ。その様子を撮りながら千紗は蒼太に尋ねる。
「このカメラって結構良いやつっすよね普段は何に使ってるんすか?」
「練習やスパーリングをしているところを撮ってるんだよ、第三者視点で初めて見える弱点もあるからな」
「そう言えば蒼太くんってプロボクサーなんすよね? 陰キャで弱そうなのに」
「陰キャで弱そうは余計だ! とりあえずデビューしてから三戦三勝でそのうちの一勝は新人王決定戦の一回戦だよ」
「えぇぇぇぇぇぇぇ! もしかして蒼太くんって意外と強い?」
「意外とは余計だ!」
「じゃあ結構儲けてるんじゃ……」
「新人のファイトマネーは一試合手取りで三万くらいだよ」
「やっすう! 安過ぎるっす! 殴り合って痛い思いして勝ってもPS5も買えないじゃないっすか!」
プロボクサーは過酷な練習と危険を伴うスポーツの割には収入が低い、日本チャンピオンになってもボクシングだけで生活する事は困難なくらいだ。好きでなくては続けることの出来ない世界なのだ。
「好きでやってるんだからいいんだよ」
「過酷な減量に厳しい練習、試合ではガチンコの殴り合い……もしかしてプロボクサーってドM集団なんじゃ……」
「お前なぁ……」
二人が会話に夢中になっているうちに泰明と明梨は海原の景色を堪能して灯台から降りて来ていた。灯台から目を離している蒼太と千紗は追跡しているはずの二人が自分達に近付いて来ている事に気付いていない。
「あれっ? 蒼太じゃないか、どうしてこんな所に?」
「えっ⁉︎ 千紗ちゃん? 何で?」
尾行しているはずの二人に声をかけられて狼狽える千紗だったが、コンマ一秒でパンチが飛び交う世界で生きる蒼太は瞬時に打開策を思い付く。
「ヤスさん、僕バイトでチーちゃんの教育係やってるじゃないですか。仕事教えてるうちに仲良くなって一緒にツーリングに来てるんです」
「そうそう! 海が見たいって言って連れて来てもらったら、たまたま明梨先輩達と同じところになっちゃったんすよ」
コミュ力の高い千紗は即座に蒼太の話に合わせる。咄嗟の三文芝居ではあったが素直な明梨と泰明には通用したみたいだ。
「へえボクシング一筋かと思ってたら意外だな蒼太」
「僕も男ですからね」
「千紗ちゃんいつの間に……」
「なんとなく気が合ったっす」
平静を装ってはいるが内心胸を撫で下ろす二人に泰明が提案してする。
「昼飯まだだろ? 友達に教えてもらったカフェがあるから一緒に行かないか?」
「それじゃあご一緒させてもらおうかな」
「せっかくだから一緒にランチしよっか千紗ちゃん」
「はいっす」
駐車場出口で合流することになり、とりあえずバイクに戻ると二人は深いため息を吐いた。
「助かったぁ!」
「ヤバかったっす! でもカフェでランチってワタシあんまりお金持って無いっすよ」
「緊急事態だったし奢ってやるよ」
「本当っすか! 殴られて三万円しかもらってないのに!」
「収入はほとんどバイトだって! いい加減にしないとここに置いていくぞ」
「ひえっ! ごめんなさいっす」
二人が言い合いをしていると千紗のスマホに連続でメッセージが届く、盗聴器を通じてさっきの泰明と明梨との会話は友人達に筒抜けだったようだ。
『見つかってどうすんの!』
『あの二人が天然で助かったわね。そうじゃなかったら絶対にばれてたわよ』
『いちゃついてないで真面目に追跡してよ!』
『このポンコツ!』
『まあ近くで観察出来るんだからある意味チャンスかも』
ダメ出しを受けて少しへこみながら蒼太と千紗は泰明と明梨と合流するため灯台の駐車場出口へとバイクを移動させるのだった。




